第三十八話…「騎士とその見る先」


 その目に宿る炎…、文字通りのソレは、歪なドラゴンのその体を照らし、私達へ、悪寒を走らせる視線を向ける。

 私は吐き出された炎を避けて、近くの柱へと跳びついていた。

 …と同時に…。

 そんな私を追って、ドラゴンは自身の体を作る白き者達を分け、放たれたその敵が、こちらに向かって襲いかかってきた。

 すぐに柱から離れ、跳びついてきた相手を叩き斬る。

 こちらは、杖魔法の技術を転用した鎧によって、魔力の使用で常人以上の身体能力を得られるけれど、白き者は一糸纏わぬ姿、私のような強化ではない…、なら…。

 ドラゴンの体の全てが白き者だというのなら…、1人や2人斬り伏せた所で、相手の攻め手が終わるはずもない。


---[01]---


 着地の影響で、ほんのわずかな隙ができてしまう私に向けて、白き者が向かってきている。

 まず1人…。

 剣を斬り上げ、横腹から入った刃が、その肩まで赤い線を描き、同時に血しぶきをまき散らす。

 そんな相手を蹴り飛ばし、別の白き者に当てた。

 味方の体の重さによろめく白き者、その隙を見逃さず、私は2人もろとも剣を突き刺す。

 剣越しに伝わる、皮を…肉を断つ感触は、まさに人のソレだ。

 見た目の不気味さ…、人に見える姿も、不自然さが極まり、人ではないと納得できる。


---[02]---


 それでも、ひたすらに後味は悪い。

 もう、斬った白き者の数なんてわからないけれど、積み重なり続けて、人ではないと言い聞かせ続ける自分にまで嫌悪を覚えそうになった。

 ドラゴンの口が、一際強い光を放つ。

 口から溢れ出る炎が、目に入る…、すると、剣に刺された白き者の手が、私の手へと伸びた。

 剣を引き抜く前に、常人以上の力で、腕は掴まれる。

 そして、そんな私の後ろからは、別の白き者が迫ってきていたけれど、それは私が対応する前に地に伏した。

 まるで石でも当てられたかのように、頭部が横へと叩き飛び…引っ張られるように体も飛んでいく。


---[03]---


 レッツォの魔筒が後ろからの援護…、その役目を果たした。

 だからこそ、私はドラゴンの炎1つに専念できる。

 …といっても、腕を掴まれて動く事が難しいこの状況では、やれる事は限られるのだけれど。

 どうするのか…、考える必要も無いけれど、まるで考える暇を与えない程の速さでドラゴンの方は動いていた。

 後ろからの襲撃、腕を掴む白き者…、どれもこれも…その次に続く炎も、間髪入れない速さで襲ってくる。

 私は、自身の手を掴む白き者達を盾に、ドラゴンの方へと突き出すと、その刹那、眩い光が私を襲う。

 鎧越しにその熱は肌を焼くように…、肌へと痛みを覚えさせた。


---[04]---


 鼻を塞ぎたくなるような悪臭…、焦げた臭いが鼻を刺激し、盾にした白き者達がその体重以上に、私の方へと押し込まれる。

「ぐ…ぬぅ…」

 何の交じりっ気のない肉壁だ。

 本来の盾と違い、魔法的防御の入っていないモノである以上…、防ぐ能力にも劣るモノを当然ながら感じる。

 こんなやり方は、はっきり言って不本意と言っていい。

 それでも、生死を掛けた戦いに、私情を挟んでは自分の命すら守れなくなる…。

 勝つための外道を美化するつもりは無いけれど、何をしなければいけないかを、忘れては…。

 自身に襲い来る脅威を…威力を軽減させる力が何も無いコレは、予想以上に体への負担が大きい…。


---[05]---


 少しでも被害を抑えようと、体を丸め、盾の中心へと頭を潜り込ませる。

 本来の盾なら、私に届く火の熱量を抑える事ができるけれど、これは叶わない…。

 そのせいで、盾の外側になればなるだけ、肌に感じる熱が高くなった。

 さっきまでの炎とは明らかに違う…。

 苦しいだけのこの炎、ソレはあの…、脳裏に焼き付いている光景を蘇らせる。

 必死だったからこそ、あの時…あの村でのドラゴンとの戦いの最中では感じなかった…恐怖…。

 あの時程、今の私は冷静でいられているの?

 全身を照らしていた光が消えていく…。

「…ッ!」

 熱にやられて、肌がそれらを感じなくなっている。

 あの炎が直撃すれば、鎧越しでもただでは済まない事はわかっている。


---[06]---


 炎は無くなった…、立ち上がり、そして刺さっていた剣を引き抜く。

 ゴリッと硬い何かが砕けた音を聞き流しながら、ドラゴンの方を見た。

 口には、白い炎が未だ残り続けている。

 それを見た時、ドラゴンと目が合ったようなそんな気がした。

 また大口を開け、こちらに向ける。

 こちらが動くのとほぼ同時に、白い炎が一際大きな光を放った。

 その場を飛び退いたけれど、今までいた場所が眩い光に包まれると同時に、床を敷き詰める石畳を真っ黒に焦がしながら、ジュクジュク…と、その中央を白く融解させる。

 攻撃の種類が違うとはいえ、その白い炎の威力に、ゾワッ…と背中を寒気が襲った。


---[07]---


 ドスンドスンと、ドラゴンの顔の側面に、レッツォの魔筒が撃ち込まれる…が、威力に対して相手の体が大き過ぎる。

 魔筒も、こちらの攻撃も、大した傷を相手に与えられない。

 どうしたものかッ!

 襲い来る白き者を斬り伏せながら考えを巡らせる。

 村でのドラゴンとの戦いは、水晶のような…何か…核のようなモノを破壊する事で倒す事ができた。

 今、相手にしているドラゴンも、別物ではあるけど、その形だけは、あの村で遭遇したドラゴンに酷似している…、なら、このドラゴンにも核のようなモノがあるのだろうか?

 それだけでも、確認をしたい所…ですね。


---[08]---


 私は、斬り伏せた白き者を掴み、思い切り…ドラゴンの顔目掛けて投げつける。

 もし…もし核があるのなら…。

 あの村から王都の方へと帰路で…、アレが何なのか…ソレをサグエに聞いた。

 彼にもその正体はわからなかったようだけれど、人間でいう所の心臓のようなモノ…だと予想は付けている。

 心臓であり、体以上にその存在を維持しなければいけないモノ…だと。

 だからこそ、あの核には、それを維持するために魔力を多く保持しているとも言っていた。

 なら、相手が何かをしようとした時、より魔力を感じ取られる場所があるとしたら…、そこが核のある場所だ。

 しかし、私は、サグエ程に魔力に長けた技術を持っていない…。


---[09]---


 それでも、あれだけ大きな体だ。

 魔力の使用量も相当なモノのはず。

 見た目やその大きさからも、圧を感じるけれど、さらにその圧を助長しているモノもある。

 感じる…と言った方が近いかもしれないけれど…。

 それが魔力なのかどうかは…、今は横に置いておこう。

 自分ができる事…、感じ取れる事を限界まで引き出して、事に対処していくしかないのだから。

 何にしても、まずは近づかなければ。

 魔法使いでない私でも、魔力を扱う技術を持っている身として、近づけば…、大量の魔力の動きぐらいわかる…はずだ。


---[10]---


「ふぅ…」

 白い炎は強力だ。

 それは村での戦闘から続いて…、嫌という程に知っているし、体のあちこちで…ジンジンと痛む恐らく火傷が起きているであろう場所も、ちゃんとした防御方法が無い場合の危険を示している。

 直接当たっていないのにソレだから。

 でも、それ以外はどう?

 白き者の物量攻撃は脅威ではあるけれど、大量…という意味では心もとなさ過ぎで、一度に攻めてくる数はまちまち…、自身の優位性を生かせていない。

 その大きさこそ、村で戦ったドラゴンの一回りも二回りも大きいモノだけど、所詮は集合体、動きはぎこちなくて、そもそも体の上半身部分しかなく、動き回る事も出来ずにいる。


---[11]---


 脅威の度合だけを見れば、村で戦ったドラゴンの方が上…。

 私の目の前のドラゴンの格が固まっていく。

 まだ見せていない攻撃があるのなら…、出してくればいい。

 それができないのなら、あなたはあのドラゴン以下だ。

「・・・」

 鎧の身体強化の魔法は死んでいない…。

 良かった…と安堵すると同時に、強化によって、ジンジンと痛み続いていた皮膚の痛みが和らぎ、体が軽くなっていく。

 気のせい…ただの感覚でしかないけれど、迫る白き者達の動きも遅く感じる程だ。

 強化に回す魔力量を上げた。

 大本を辿れば、鎧の魔法は杖魔法…、細かな能力向上は見込めない…、だからこそ、少しでも必要な場所へ、必要な力が向かうよう、頭の中で…こうあれ…と確固たる形を作る。


---[12]---


 私は剣を強く握り、目前まで迫っていた白き者達に向けて、剣を構えた。

 脚力を上げろ…、馬だって追い越せるほどの脚力を…、衝撃に耐えられるように足の関節にはより強い強化…。

 腕には無駄に力が入らないように力任せにはしない…、剣を離さないために握力を強化、関節を強化…。

 同時に握る剣へ、魔力を注ぐ。

「より鋭く…、より鋭利に…」

 これで全てが終わる訳ではない…まだこの戦いは先に続く。

 でもより強く、あのドラゴンへ、私を早急に排除しなければいけない敵と認識させる…、より強力な力を使わせれば、その体の魔力の流れを、もっと感じ取りやすくなるはずだ。

 無駄な無茶ではなく、意味のある無茶を…。


---[13]---


 スパッと、目の前に迫ってきていた白き者が、一瞬にしてその体が2つに分かれ落ちる。

 積み上げた木箱が四方に飛び散るかのように、その落ち行く白き者を分け入って、私は次へと突っ込んで行った。

 その光景は、傍から見れば、刃物そのものは物凄い速さで突撃をしているかの如く、白銀の鎧が、相手の血で赤黒く染まっていく。

 横目にレッツォ達の方を見れば、状態を立て直した彼らは、先ほどよりもわずかに引いた位置で陣を構え、レッツォの魔筒で迎撃しつつ、交代で負傷者の応急処置をしている。

 白き者が全く向かっていない訳ではないけれど、それでも相手は、より多く私の方へと白き者を割いているようだ。


---[14]---


 一度に10体程度の白き者を出せば問題無いだろう…なんて思っているのなら、思い違いも甚だしい。

 その思考そのものが幼稚な証拠、危機察知能力の欠如…、感の鈍さも残念な程だ。

 まるで、戦いを知らぬ子供と戦っているようにさえ思える。

「タァーッ!」

 何を求めているのかは知らないけど、思い切り…というのは、時に大事であり、慎重に事を進める以上に多くを得られる事もある。

 何体も白き者を斬り伏せ、その間を縫いながら、ドラゴンの懐へ、あっという間に潜り込んだ私は、その白き者が折り重なるドラゴンのお腹目掛けて、剣を振るった。

 生肉へ包丁の刃を通すように、剣が白き者達の骨を斬り裂いてく。

 最後…剣を振り切った時には、斬る所か、肉片と共に、白き者の体がいくつもドラゴンから離れてぶちまけられた。


---[15]---


『・・・ギャアアアァァァーーーッ!!』

 僅かな間を置き、ドラゴンの断末魔…いや…その叫びを上げているのは、ドラゴンの体を作っている白き者達…、無数の白き者の叫びが耳をつんざくように木霊する。

 そして、肌へゾワッと悪寒が走ると共に、未だドラゴンの体を形作っている白き者達の手が、私の方へと伸びていた。

「…ッ!?」

 一番近くまで伸びていた手を斬りながら距離を取る。

 タッタッと軽く跳ねるように離れるが、十分な距離を離す前に、ソレは私の視界に入っていた。

 それは、ドラゴンの体には不釣り合いな巨大な腕。

 体を作っていた白き者が動き、その巨椀を作り出していた。

 そして、その腕に、肌に感じる程の圧も…同時に感じる。


---[16]---


 人なんて軽く握りつぶせるほどの巨椀だ…、ソレに恐怖し、萎縮し…、圧を感じる事なんて、当然あるだろうけど…、そういうモノじゃない。

 気持ち的な問題じゃない…、まるで、風が体を…肌を押すかのよう…、そんな感触…圧がそこにはある…、川の流れのように、あるいは風の流れのように…、ソレが流れているのを感じる。

 目には何も見えない。

 でも、そこを確かに…何かが流れている。

 この肌の感触は、体の内から魔力を発散させる時に、肌を伝うソレと同じようにさえ…。

 そう感じた時には、距離を取るのではなく、逆にドラゴンの方へ、体を突っ込ませていた。

『隊長ッ!?』


---[17]---


 後ろで、レッツォの声が聞こえる。

 その呼ぶ声に対して、言葉を返すつもりはない。

 自分に対してへ振り下ろされる巨椀を、下を滑るように抜け、ドスンッと地面を叩く音を背中に聞きながら、巨椀の方へ振り向くと、その剣を振るう。

 グシャッと耳障りな音を聞きながら、振るった剣を折り返すように、巨椀へと振った。

 さっきまでの圧を、腕から感じない…。

 もう1回…、アレを感じる事ができたなら…。

「…く…」

 息が切れそうだ。

 身体強化は、限度を考えなければ僅かな時間だけでも人を越えられるけれど、その反動は大きい…、連続で使うのは自分の首を絞める事になる。


---[18]---


 この状態で攻撃できるのは、せいぜいあと1回…、だから早く…、早く。

 白き者の叫びすら、耳に届かなくなっていた。

 全神経を集中させるのは、あの圧。

 持ち上げられる巨椀…、そこじゃない…。

 その動きにも感じるモノはあるけど、それは弱い…、もっと強いモノを。

 もっと…、もっと…、もっと…。

 ただ動かす程度じゃ、何も変わらない…。

 ソレは、巨椀が斬られた白き者を排除し、新しく別の白き者がその部分を補修しようとしたその瞬間…。

「・・・来た」

 どこ?

 その流れの本流…、大本は…。


---[19]---


 腕には無い…、村で戦ったドラゴンと同じ胸?

 いや違う。

 もっと別…。

「…そこか」

 ソレはドラゴンの頭部…、左目の…奥。

 私が見上げる場所。

 直った巨椀が振り下ろされるのを避け、距離を取ると同時に、一際強く足に力を入れ、その顔目掛けて飛びこんだ。


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