第三十五話…「到着した剣ともう1つの戦い」
響く轟音が体を震わせる。
並みの魔物でも、そこまでの咆哮を上げるモノはそうはいないだろう。
でも、その響く声はどこか寂しげで、悲しみを帯びた叫びにも聞こえるし、怒りが籠っているようにも…。
足を進めれば進めるだけ、鼻には焦げ臭さが香ってくる。
山を掘って作られた城、考えなしに焚火なんてする訳も無く、もしやっていたとしても、この臭いは度を越えたモノだった。
何かがいる。
それはわかっているけれど、頭ではもしかしたら…と考えてしまう。
『そこを曲がれば訓練場は目の前だ』
横を走るレッツォが道を教えてくれる。
---[01]---
今日はそこまで戦っていないのに、兜の中がいつも以上に汗ばんでいた。
もう少し…、そう考えれば考えるだけ、足が重くなるような気さえした。
駄目…、私はそんな考えが頭から出て行ってほしい一心で首を横に振るが、当然、不安が消える事はない。
時折襲い来る左手の痛みが不安を助長する中、障害の無い通路を進み、目の前に扉が見えてくる。
「あそこだッ」
開け放たれたままになっている訓練場の扉、その先では、幾度も炎が溢れては消えていく。
その度、鎧越しに肌が熱を感じ、戦いの場である事を認識させる。
乾いてしょうがない口の中、何の足しにもならない僅かな唾を飲み込み、意を決し訓練場への扉を潜った。
---[02]---
焦げ臭いどころの話ではなく異臭が鼻を襲う。
燃やしているモノは、木だとか食料とか、そんな生易しいモノじゃなかった。
騎士団の任務で魔物や魔人狩りをした後、その死骸を燃やしている時に、よく臭ってくるソレだ。
しかも、その悪臭を換気の行き届きにくい場所で充満している事もあって、その臭いが何倍にもなって襲ってくる。
そう…、燃えているモノは生き物の体だ。
訓練場に入って右側には、巨大な何か…白き者達が幾重にも重なり合って形を成した…ドラゴン?が…いる。
そして正面にはこの国の兵士たちが大盾を持って、ドラゴンから放つ炎を防いでいた。
---[03]---
燃えた白き者の死骸…とは別に転がる…同じように燃えた兵士達の死骸が散乱する中で、その大盾を持った兵士が守っているモノは…。
「サグエさんッ!」
サグエがいた。
白き者達に襲われている。
見るからに疲弊しきった様子に、その姿を見ても安心できない。
彼の下へ行こうとしたその時、ドラゴンの方から白き者が襲い来た。
1体をレッツォが魔筒で撃ち抜き、続いてきた相手へ剣を振る。
敵が倒れたそばから、次が来るのが見えた。
明らかに危険な状態のサグエの方へ行こうとする私を、敵が妨げる。
サグエの近くで大盾を構えている兵士達も、白き者達に襲われて手が回らない…、そんな状態で背を向けたら、手も足も出せずに押し潰される…、何とか保てている陣形も、1か所の崩れが、全ての崩壊につながるだろう。
---[04]---
そんな事…。
「…ッ!?」
押し倒されたサグエの姿を前に、思わず前へと体が動く。
「諦めないでッ!」
そんな私の衝動的な行動を狙いでもしていたかのように、ドラゴンも動いた。
そのドラゴンを模した体、ここにいた兵士達へ放っていた火炎放射は、そのドラゴンの口から放っていたのに、私へ向いたのはドラゴンの頭ではなく、その体を構成する白き者達…その左腕部分の人達だ。
歪に、服をデタラメに引き出しへ詰め込んだように、規則性のない体勢で折り重なった白き者、各々がバラバラ、それでいて左腕を形作るその者達は、感情の籠ってない目をこちらに向けている。
同時に、動かせる腕を私に向けていた。
---[05]---
その動きに目が行った訳じゃない…。
その瞬間、肌に感じた殺気に、自然とその矛が何処が何処からきているのか…ソレを目が追った先に、その腕があった。
知り合いの…、もはや身内と言っていい相手の危機に、動揺してしまった頭が、その殺気に引き戻される。
瞬く間…、その向けられていた手が光ると、こちらに向かって無数の炎弾が飛んできた。
逃げ道を無くすように、一斉に放たれたソレは、1つの面を作る。
「隊長ッ!」
なんとかその攻撃を乗り切ろうとした時、レッツォが近くの兵士の死体から大盾を拝借して私を庇う。
ドドドドッと、炎弾が大盾に当たる音が一斉に響く。
---[06]---
その度に視界に閃光が広がり、目をチカチカさせ、自分の周りの気温がグッと上がる。
「行けッ」
閃光が途切れ、レッツォの声と共に、サグエの方へと駆け出す。
彼は魔法によって、自分を襲って覆いかぶさる白き者を、天井へ吹き飛ばすけど、よろよろと動く白き者が1体、サグエに近づいて行った。
周りの兵士は、他の白き者に掴みかかられて動けそうにない。
その状況を無理矢理作られているようにすら思える。
ただ襲うのではなく、まるで時間稼ぎをするように、その盾や兵士を掴む白き者達…、それは今まで会って来た白き者達と比べても、明らかに意図的な動きだ。
兵士達に対してだけじゃない…、私の方に対しても、同じように邪魔が来る。
数体の白き者が向かってきた。
---[07]---
相手に対して、レッツォが体当たりをし、魔筒で残りに攻撃をしていくけど、全てを捌き切るのは無理だ。
そんな事している場合じゃないのに…。
迫る白き者に対し、両手で持った剣を、力一杯…肩から斜めに体の中心を斬る様に振った。
あっという間過ぎて、肉を断つ感触は手に伝わらず、骨を砕く感触だけが、相手を斬った事を実感させる。
体の途中で止まった剣を、引き抜くと同時に相手を思い切り蹴り飛ばす。
飛んでいった白き者が、後ろから来ていた白き者の動きを邪魔し、攻めの隙間を作る。
私は急いで、その足を再びサグエの方に向けるが…、動かない彼に対して、弱々しくもその首に手を伸ばす白き者…。
---[08]---
自分に対しても、白き者が迫ってきているのが気配でわかる…、それを引き連れて彼の所まで行くのは良くない。
相手の考えを理解出来ようはずもないけど、動かなくなった彼に手を伸ばすのは、弱っているからだ。
各々がやりたいようにやっているのではなく、やらされているような…指揮通りに動いているかのような形も見て取れる。
白き者に襲わせる事が可能だろうに、圧倒的なまでの物量差で襲ってこないのにも意思を感じる部分だ。
でも、こちらを襲う方法は陳腐、そこには相変わらず知性はない。
その辺の魔人魔物の方が、よほど頭を使って動く。
だからこそ、不安が拭えない…、動かないからその相手を襲わない保証がない。
彼の首に手がかけられそうになっているのがその証明だ。
自分に対して迫ってくる白き者も、出来る限り排除する必要がある。
---[09]---
「邪魔ッ!」
自分に迫る白き者の首を飛ばす。
宿の前で、人間離れした奴と対峙した事もあって、適当に傷を負わせて戦意を消失させる…なんて事ができない分、1回1回の攻撃に力が入る。
倒れ行く白き者の横を抜けて、別の白き者が迫った。
伸ばされる手をしゃがむように姿勢を低くして避け、立ち上がり様…横に流れながら、その腕を斬る…、そしてその白き者の側面へ、膝裏を斬りつけ…倒れるように膝を付いた所を、首目掛けて剣を突き刺し、斬り払うと同時に、その体を倒す。
『行けえええぇぇぇーーーッ!!!』
その時、訓練場にドラゴン以外の声が響き渡る
そして、サグエの方へ向かおうとしていた私の視界に、1つの影が物凄い速さで彼の方に向かっているのが見えた…と思えば、彼の首に手を掛けていた白き者の頭を、粉砕する勢いで斬り飛ばした。
---[10]---
人の動きではなかった速さ…、明らかに常人の出せるモノではない…、なら魔力による強化だが、私の鎧に施されている肉体強化の魔法を限界まで出したとしてもあそこまでは…。
その自分では届かぬ速度にも驚かされたが、それをやり遂げた人物にも驚かされる。
「プディスタさん?」
そこには、サグエの弟子になった部下のプディスタの姿があった。
彼が隊の中で真面目に仕事を熟す姿は目にした事があるし、サグエの魔法の訓練に精を出す姿も見ている。
努力家だとは認めるけれど、だからと言って今のはデタラメが過ぎるというモノだ。
---[11]---
そんな彼は、軽々と甲人種の兵士達を跳び越える跳躍を見せ、サグエと同じく兵士に襲い掛かっていた白き者達を倒していく。
「プディスタさん、これは一体…」
まるで別人のような超人さを見せる彼に、若干の動揺が残りつつも、迫る白き者の隙を抜けて、彼の所まで近寄る。
「隊長、すいません、急ぎますのでッ!」
しかし、彼はそう言い残して、迫って来た白き者達に向かって行った。
『隊長先生ッ! 生きろッ! 死ぬなッ!』
『縁起でもない事を言うなっての』
状況が理解できない部分もあるけれど、まずはその状況を把握する必要がある。
サグエの容態も気になる所で、いつの間にか、プディスタと同じくサグエの弟子であるアパッシとクリョシタが、彼の傍にいた。
---[12]---
「私はサドフォークから派遣された隊の隊長のカヴリエーレです。状況を聞かせてもらえませんか?」
どういうカラクリかわからないけれど、プディスタが白き者達を防いでくれているおかげで、若干の余裕が生まれた。
その間に近くの兵に説明を求める。
臨時の治療所になっていたこの場に、あの怪物が出現し戦闘へ、動ける者がしんがりとなって、負傷兵を退避させている所だったそうだ。
相手がただの魔人や魔物じゃない以上、守りを強固にするのはイイ、その中で痛手を負わせられるのなら、その手を打つのも必要だ…、その手段がサグエさんだったという事か。
「2人とも、サグエさんの容態はどうですか?」
兵に守りを任せて、私はサグエさんの元へと向かう。
---[13]---
「大きい怪我はしてないけど、意識が無いんじゃッ」
怪我は確かにない…、でも襲われている所を見ているからこそ、何かしらあるはず…と、私は彼の体を診ていく。
「たぶんコレですね」
彼の左手に目が行った。
手の平を横に切った傷…、大きくないけど、彼の魔法を考えれば、魔法の使い過ぎ。
戦闘が始まってしばらく経つはずなのに、その割には手の平を染める血の量が少ない。
いつ手を切ったかによるけれど、傷に対して量が少なすぎる。
疲労とかはあるはずだけど、普段の彼と比べると、顔色も青白く見えなくもない。
「血の使い過ぎでしょう。無茶をするものです」
---[14]---
私は懐から取り出した布切れを、その手の平にあてがう。
「私がここに来た時、あなた達は居ませんでしたよね? 何をしていたのですか?」
「私達は、隊長先生の指示で負傷者の移動を手伝ってた」
「そっちが終わったからこっちに来たんだけど…」
「隊長先生がめっちゃあの白い奴らに襲われてたから、3人で協力してアレっちを超強くしたってヤツ」
「超強く…ですか」
「ですです。でも~…」
コクコクッと腕を組みながら頷くクリョシタだったが、一変してぎこちない笑みを浮かべる。
「そろそろ時間切れだッゼッ!」
ガシャンッと、私達から見てドラゴンの反対側に、そのアレンが着地する。
---[15]---
・・・が、踏ん張りが足らずも、その常人離れした跳躍の力を殺しきれず、ゴロゴロとはるか後方へと転がっていった。
「・・・アパッシさんは彼の救助を。クリョシタさんは、まずサグエさんの手の治療をしてください」
何をどうしたのか、超強く…と雑な説明とはいえ、その力は確かに強力だった。
その方法を聞きたい所だけど、まずは…。
私はドラゴンを見やる。
「私は、アレをどうにかしないと…」
防御に徹して今の被害…、最小限に抑えられていたけれど、攻勢に出れば被害は増える。
「私達も戦闘に加わります。わかっている範囲で敵の情報をください」
必要な事だから…と言ったものの…、その直後にドラゴンの体を形成する白き者達が、何体も地面へと落ち、個々に動き始める。
---[16]---
分かってはいたけれど、落ち着いて話を聞ける状況ではなさそうだ。
「・・・致し方ない…ですね…。私が陣形の外へ出て囮をしつつ遊撃に回ります。レッツォッ!」
陣形外から魔筒を撃ち続ける部下を呼ぶ。
「兵士の方達と協力しつつ、状況の整理をしてください。可能なら、いざという時にすぐに後方の通路へ退避できるように陣を少し後退させて」
「了解ッ!」
「勝手に決めてすいません」
レッツォの返事を聞くと同時に、近くの兵士に頭を下げる。
「いや、それは構いません。指揮を執る者は全員、外で起きている問題に当たっていたので、この場には…」
「・・・わかりました。では、やりましょう」
---[17]---
ここから逃げてきた兵士が、この訓練場で起きている事を上に報告を入れてくれるはず。
負傷者の避難のための時間稼ぎが、増援が来るまでの時間稼ぎに変わるだけだ…、といっても、この兵士達は、少なからず負傷した人達…、無理をさせないためにもこちらが頑張らないと。
ここまで耐え抜いてきた大盾を持つ兵士達、防御力は折り紙付きであり、その中ならレッツォも相手へ狙いを定めやすくなるだろう。
「…ふぅ…行きます」
私は陣形から外れ、ドラゴンの方へと走っていく。
そんな私の動きに反応するように、ドラゴンの顔がこちらを向いた。
吐かれる炎を跳び避けて、ドラゴンから分離した白き者へと、剣を振り下ろす。
その頭をカチ割って、その白き者を片手で掴むと、こちらを見るドラゴンの顔目掛けて投げつけた。
こっちを見ろ…と。
ここからはまた気の抜けない戦いが始まる…、少しでも長く兵士達には戦ってもらわなくちゃいけない…、なら少しでも呼吸を落ち着かせる時間を…。
ドラゴンの意識が、長くこちらに釘付けになる様に、私は大きく動いて行くのだった。
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