第三十四話…「燃え行くモノと超え行くモノ」


「うぉッ!?」

 視界が揺れる。

 大男に担がれながら、年甲斐もなく変な声を上げるものだと…、自分で思う。

 魔法使いは少しでも体力を温存しろ…、その言葉に甘えた結果、俺は自分より一回りも二回りも大きい甲人種の大男に担がれながら、そのドラゴンの攻撃をかわしていた。

 飛んでくる火炎放射を避けて避けて避けて、それでも駄目なら、大盾を担いだ兵士が、その炎を受け止める。

 鼻にかすめるのは、どこまでも焦げた臭いばかりだ。

「行けるぞッ!」

 そんな俺の声と共に、俺を担いでいた兵士が足を止める。


---[01]---


 飛び降りるように、大男から離れた俺は、その横を抜けて、左右を、大盾を持った兵士に囲まれながら、自身の左手に意識を集中させた。

 相手はドラゴン、1体でありながら複数体、個ではなく軍…、個ではないからこそ、軍…人の集まりであるからこそ…。

 俺自身、絶対に忘れる事の出来ないであろう…村でのドラゴンとの戦い…。

 そのドラゴンの個としての強靭さ…、ドラゴンという強者の体を傷つけるのは、まさに至難の業だった。

 受け付けるのは最上級の一撃、人の身が放つにはあまりある豪撃…。

 だが、このドラゴンには、そこまでの豪撃は求められていない。

 所詮は人の集まった集合体だ。

 ドラゴンとしての力を真似た紛い物。


---[02]---


 人と言う軍だからこそ、その体を傷つけるのにも、求められるのは人に対しての…豪撃だ。

 一点突破でなくていい…、その体を形作っている連中を…、そのデカい体の肉を削ぎ落せばいい。

 左手の平を炎が包む。

 俺は一歩前に出て、ソレを手に付いた水を振り払うように、相手に向かって振った。

 まるで火のついた油が飛び散るかのように宙を舞い、地面に落ちたソレは、俺の意思に従うように、ドラゴンへと纏わりつくと同時に、より強い炎を立ち上げる。

 ボゥボゥとソレが燃える音を立たせながら、勢いよくその火力を増していった。

「ぬあッ!」

 俺が左手に力を込めれば、炎は胸から腕へ、そして首を伝い…顔の方まで、一瞬で火の手を伸ばす。


---[03]---


『行けるぞッ!』

『『おおおーーーッ!』』

 そのドラゴンの体を覆う炎に鼓舞された兵士たちが、各々が持つ武器を天に向かって歓声とともに突き上げた。

「・・・それで終わらせられればいいが…」

 俺は左手に力を入れる。

 …こうであれ…と炎に自分の意思を送って、その火力を増させようとするが…、思うように事が運べない。

 魔力が足りず、これ以上の火力が出せなかった。

 このドラゴンが放つ炎も、元をたどれば、俺が使う魔法と同じような原理…だと思う。

 魔力を炎に変えて、それを放っているのだ。


---[04]---


 だからこそ、ソレが放たれる度に…霧散して、この空間の魔力量が増えていき…、その体の内に貯め込み、己だけが使える魔力ではなくなっていった。

 担がれて、炎を避けると同時に、その空間に霧散していく魔力を掻き集めて…、俺の血を混ぜて魔法へと変えたが…。

 それはつまり、俺自身の魔力量どころか、周囲に普段からある魔力量だけじゃ、攻撃としての魔法を作る事ができなかったって事だ。

 といっても、今日はもう魔力的に無茶をした後だから、その精度に乱れがあるのは否めない…。

 だがそれは、今一歩押しきれない事に対する見苦しい言い訳だ…。

 魔法使いたる者、常に乱れ無き魔法を使ってこそ…。

 にしてもキツイ。


---[05]---


 ただ魔法を放つだけならいざ知らず…、使った魔法を継続的に維持し続けるのも、なかなかに骨が折れるな…。

 その維持にも魔力を使うし…、いっそ…その分の魔力も魔法の威力を上げる方に回せばよかったか?

 いや、それは出来ない…。

 相手の体を焼けはしているが、もしそれができなかったら、魔力が全て無駄に無くなって終わっていた。

「・・・チッ」

 そう…。

 焦れば事を仕損じる…ではないが、焦った結果、自分を窮地に立たせる事になる…。

 これのように…。


---[06]---


 ブオオオォォォーーーッと、ドラゴンの全身の白い連中が雄叫びを上げた。

 この場を地響きかのように震わせ、耳をつんざく。

 周りにいた兵士に動揺が走る中…、頭部を燃やした時と同じように、炎が焼くモノをドラゴンはいらぬモノとして、その体から排除した。

 ぼたぼたッ…と、硬いような柔らかいような…それなりの重量があるモノが地面に振っていく。

 白い連中…、人の形をしているとはいえ、所詮は道具だとでもいうのか?

「・・・くッ!」

 その動きもやはり…と言わざるを得ない。

 頭部の時もそうだったのだから、その可能性を考えていて当然だ。

 いらぬモノとして捨てる量を増やさせる意味でも、局所的な魔法ではなく、広範囲的なモノにした…。


---[07]---


 可能性の1つとしてあった行動をドラゴンがすると共に、今だ消えぬ炎…ドラゴンの周辺の炎の海へと変えている炎を操ろうとしたその刹那…。

 燃え行く連中の目が俺の方を見た。

 その体が炭へと変わっていく中動き出す。

 山となった肉塊が焚き木のように1つの炎を作っていたけど、動き出した連中は、その体にどういった力が備わっているのか疑問に思う程、人間離れした動きを見せた。

 あるモノは一直線に馬のような速さで突撃し、またあるモノは天井へと跳び上がり、そこを伝って向かってくる。

 その動きの動揺もあるが、1体や2体ならいざ知らず、落ちた連中の半分が動いたせいで、1つの炎だったモノが分散して、俺の制御を離れた事により、火力が落ちる。


---[08]---


 制御を離れたモノは、それはただの炎。

 魔力から作り出されたモノとは言え、燃えるモノをただ燃やすだけのソレは、ただの火でしかない…、むしろ魔力を燃料にしている分、その焚き木がまだまだ燃えるモノだとしても、魔力が切れれば炎も消える。

 制御を離れた以上、魔力の供給が無いから、消えるのも早い。

 連中を倒すため、無理に制御して燃やしたとして、いつ動かなくなるかもわからない以上、ここで無理をするのは愚策だ。

 こっちに突っ込んでくる連中の対処を…。

 落ちてきた今も動かないと連中は、もう動けないって事…か?

 ならッ。

『来るぞッ! 構えろッ!』

 大盾を持った1人の兵士が叫ぶ。


---[09]---


 周りの兵士も雄叫びと共に、前へと出てその盾を構えた。

 元々負傷兵が大半だった場所で、その身を顧みない行動に感謝する。

 大丈夫か…なんて心配をしている暇はない。

 お互いが自分のできる事を精一杯やるだけだ。

 俺は未だ制御下にある炎を操る。

 敵を焼いていた炎が舞い上がった。

 それは宙を舞う炎の蛇の如く…、空中を縫うように、その炎は1本の線となって、周囲の柱や天井を這う連中を攻撃していく。

 その時、チラッと見えたドラゴンは、その頭部付近から赤い血のようなモノを吐き出して、ソレと共に白い連中が溢れ出るのが見えた。

 一体全体…何処から湧いて出てくるのか…。


---[10]---


 正面から攻めてくる相手を、大盾が防ぐ中、それ以外…人とは思えない動きで柱を渡り…天井を這う相手を、炎で飲み込む。

 ドラゴンの巨体を燃やすための炎…、火力が落ちたとはいえ、今まで拡散していたモノが凝縮した一点突破用の形は、かなりの火力だ。

 その炎に呑まれれば、数秒ほどで身体機能を止められる。

 自分の方へ飛び込んでくる…火だるまになった相手…、大口を開け、両手を目一杯こちらに伸ばしながら…、俺の操る炎が更なる業火へと飲み込んでいく。

 命と呼べるモノが完全に燃え尽きて、焦げた骸へと変わったソレを…、兵士が大盾で防ぎ、ドサッという重い音と共に落ちる。

「・・・」

 アレは人じゃない…。

 ドラゴンとの集合体の時は大して気に止めなかったが、多から個になった奴が燃え…、そして動かなくなるその絵は、精神的に重くのしかかる。


---[11]---


 入団試験の時は、がむしゃらに…無我夢中で感情に任せて見えていなかった。

 でも今は、焦りがあるものの、あの時より幾分も冷静だ…、だからこそ、人の姿をしているモノを燃やし奪っていく事実は、精神を通じて俺の体に絡みつく。

『魔法使い殿、まだ行けますかッ?』

 その兵士の声は、そんな暗くなっていく思考を切り替えるのに丁度いい。

 今使っている魔法はもう少しで切れる。

 2体か3体か…、地上を走らずに人外な移動でこっちに迫って来た連中は落とした。

 残りは兵士達だけでも止めらえるだろう…。

 その波が終われば、またドラゴンへの攻撃を再開する事になる…、だからこその兵士の問いだ。


---[12]---


 兵士たちが持っている武器は、どれも普通の魔物を相手にする時のモノ…、あの大物に大打撃を負わせられる武器じゃない…、おまけに、下手に近寄って行けば、燃やされるか…潰されるか…、質量の暴力を振るわれるだけ…。

 そんな中で、俺はそのドラゴンに攻撃を通せる武器。

 使えるモノは使わないとな…。

 だが、兵士の問いに、俺はすぐに首を縦に振れない…。

 地面を走って襲ってきた連中は、大盾に阻まれてこっちまで来る事は出来ずに動きを止めている。

 どんな素材を使っているのか、ドラゴンの火炎放射を防ぐ盾だ…、容易に突破ができないんだろう。

 俺は左手を下に振る。

 柱や天井を進んだ白い連中を燃やした炎が…、盾に阻まれて固まった連中に降り注いだ。


---[13]---


 ガシンッガシンッと盾に何度も体を当てる音が、徐々にその強さを弱めていく。

 モノの数秒で盾に当たるのは、焼く事しかできない炎だけとなって…、ソレもまた…。

「・・・ブハッ…」

 消えた。

 その瞬間、体にドッと疲労が溢れた。

 体が魔力を使う状態から、作る状態に切り替わり、魔力残量も少ないこともあって、体力を根こそぎ奪っていく。

 魔力の使い方は、間違えれば下手をすると死に至る事もある。

 その線をまだ超えていないとはいえ、このいくら吸っても治らない息苦しさとか、杖で体を支えていないと辛い状態とか、目眩とか…、相当魔力を使った事の証明だ。

 薬を使って無理矢理魔力を増やすのとはまた別の…別の辛さがある。


---[14]---


「…大丈夫だ…行ける…」

 今すぐにでもベッドに入って数日間寝て過ごしたい気持ちは、今は叶うはずもない…、いや、叶えちゃいけない望みだ…。

 この正義感は、一体どこから湧いて出てきているのやら…。

 いや…、全てはアイツのために…、コイツを野放しにして逃げたら、それは必ず自分の所へ返ってくる。

 だからやるんだ、俺は…。

「…行けるが、さすがに同じ事を何回も連発は出来ない…」

 額を汗が伝い落ちて行く。

 魔法使いとしては、それなりに体も鍛えているつもりだが…、まだまだ足りないか。

 まぁ同じ魔力量でも、魔法使いと戦士じゃ、魔力の使用量が違う。


---[15]---


 体を鍛えれば、それはそのまま魔力の量…強さに変わる…という訳じゃない。

 もっと費用対効果を図っていかないといけないか…。

 だがその前に、それを考え余裕を手に入れないとッ。

 ドラゴンの口に炎が溢れる。

 その予兆がさっきまでよりも長く感じた。

 ほんのわずかな差、なにより違ったのは、その炎を込めた口の光り方だ。

 さっきまでの火炎放射と違う。

 そう感じ、俺は左手を突き出した。

 塞がっていない傷が、その手の平にはあるっていうのに、血制魔法の使い過ぎで、手の平に溢れる血は一瞬で消えていく。

 その瞬間、俺達とドラゴンとの間に現れるのは巨大な手の平だ。

 ドラゴンの頭程度なら覆う事ができそうな大きさ…。


---[16]---


 そして、ドラゴンの口から放たれたモノは、火炎放射ではなく火の玉…、嫌でも脳裏を過る…村でドラゴンが放った火の玉と同じ…、その図体の問題か、その火の玉は大きく、村でドラゴンが放ったモノとは、一回りも二回りも違った。

 作り出した魔法の手は、そんな火の玉をつかみ取る。

「ぐ…、うらああぁぁーーッ!」

 左手を勢いよく上へと振り上げると同時に、火の玉を掴んだ手もまた上へと動き、掴んだソレの軌道を逸らす。

 できる事なら、手の平に包んだまま、消し去りたかったが、節制状態の魔法では無理だ…。

 上へと火の玉を持ち上げた時、その力に耐えきれず、魔法の手は消失…、それでも火の玉は俺達ではなく、天井へとぶち当たった。

 そして、天井をそのまま火の海と化す。


---[18]---


 爆発もしたせいで、天井が僅かに崩れ、火のついた破片が雨のように降り注ぐ。

「魔法使い殿ッ!」

 すぐさま盾に守られて事なきを得はしたが、ソレが自分達の方に飛んできていたら、火の玉を防ぎきったとしても、その後で周りが火の海と化して焼死してただろう。

「はぁ…はぁ…、くそ…」

 村のドラゴンの奴はそこまでの力はなかったぞ…。

 爆発する火の玉…て印象しかなかった。

 それだけでも、その爆発が、最後の要にも思える防御の陣形を崩す可能性があったから、魔法を使ってでも守った…、結果としては、やって正解…みたいだが…。

「・・・ッ!」

 視界の端に何か映った…。


---[19]---


 白い何かが…。

 自分の手の平からは、血がとめどなく出続けて、血制魔法の条件には事欠かないが…、使えば使うだけ痛みは増していくし…、今自分の体を襲っている目眩は、多分血の出し過ぎが原因だ。

 弱音どころか、命の危機だな。

 といっても…、命の危機が1つじゃなく複数あるこの状況じゃ、一番の脅威をどうにかしなきゃならん。

 倒すにせよ…逃げるにせよ…だ。

 そう…この手の傷と、その部分を酷使して起きる命の危機なんて、今のこの状況からしてみれば、危険度は最上位からは少し落ちるってもの…。

 視界の端に映ったモノ、それは探すまでもなく、こちらへと向かってきていた。

 白い連中だ。


---[20]---


「…後ろッ!」

 あの火の玉に目が行ってたせいで、周辺の警戒が愚かにでもなったか?

 それでも、俺と同じように、その存在に気付いた兵士が、こちらに向かってくるソイツを止める盾となる。

 突っ込んでくる以外に、何か特殊な力がある…という訳ではない白い連中を、兵士が押し返し、倒れた所で、盾の縁をその首に数回叩きつけて敵を倒す…その最中、また1体…そのまた2体と、白い連中が新たに迫ってきていた。

 ドラゴンの火炎放射を防げる盾の陣形は、確かに心強い、ソレがあるからこそ、俺はまだ生きている…、だが、それと同時に、その陣形は最後の砦だ…。

 陣形が崩れればそれはそのまま死を表す。

 だから必要以上に、他へと戦力を割けない。

 おまけに今の自分は満身創痍に近い状態…、その数体の奇襲が、とてつもなくキツイ攻撃だ。


---[21]---


「…ふんぬッ!」

 体重を杖に預けていたのを、自分の足でしっかりと立ち、俺は踏ん張りを効かせ、近づいてきた白い奴を、思い切り叩き飛ばす。

 相手が叩き飛んでいくが、俺も、踏ん張りが足りずに転びそうになるのを、杖を突いて、不格好に杖へとしがみ付く形で、何とか転ばずにすむ。

 次の奴が来る。

 兵士は、他にも来ていた白い連中の相手をし、後ろ…ドラゴンの方は、放たれる火炎放射を必死に押さえ込む。

 自分がやらなきゃいけない。

 こんなバテた状態で、魔法無し…か。

 使えるモノを使えッ。

 迫る敵に向かって、自分から体当たりをする。


---[22]---


 開いた大口に杖を咥え込ませて、そのまま押し倒す。

 そんな俺をどうにか退かそうと、捕まれた左腕は、相手の指が肉へと食い込んで、服にジワジワと血を滲ませた。

 それでも、もう片方の腕は、膝で押さえ込み、文字通り全身を使って、馬乗りになる形で相手の動きを封じる。

 といっても、俺の左腕をもぎ取らんばかりに、でたらめな力を入れている腕はただただきつい訳が…。

 捕まれた腕からは、痛みというか、もはや激痛だかが走り…、それがあるからこそ、必死になれるというか…、死を身近に感じられる…、そんなモノ、感じずに済むのが一番イイに決まっているが、感じるからこそ、その先の最悪を意識する事ができる。

 そこへさらに別の敵…。


---[23]---


「…チッ…」

 先に突っ込んできた白い奴を仕留めた兵士が、敵を止めるが、ソレとは別にもう1体…。

 自分が押さえ込んでいる奴をどうにかするのにも、まだまだ時間が掛かるというのに、もう1体なんぞ、対処しきれるかッ!

 仕方ない…、やるッ!

 掴まれた左腕を魔法で強化し、無理矢理相手の手を振りほどいて、その敵の顔を鷲掴みにすると、一瞬で青くさえ見える炎を溢れさせる。

 絶命まで持って行くのには時間が足りなさすぎる…、相手の振りほどかれた腕が、今度は俺の横腹に伸び、その指を思い切り食い込ませた。

「ゴホッ…」

 その圧迫感は、痛み以外に吐き気を呼ぶ。


---[24]---


 それでも、俺は、自分の方へと迫る白い奴に、左手を向けた。

 しかし、無理のし過ぎに加え、痛みやら何やらで、集中が乱れる…、意思が定まらない。

「…魔法が…」

 相手を焼く炎を作り出そうにも、魔法が形を成さない。

『サグエさんッ!』

 その時、俺の名を呼ぶ声が響く。

 譲さん?

 いや、幻聴か?

 無理が祟って、聞こえちゃいけないモノまで聞こえ始めたか?

 迫ってきた敵が、俺の左手を掴み、そのまま突き飛ばすように押さえ込んでいた敵から引きはがす。


---[25]---


 メキメキ…と、捕まれた腕からは、体を伝って、聞こえちゃいけない音がしているような気がした。

『諦めないでッ!』

 押し倒され、身動きを取ろうとする前に、相手の空いた手が俺の首へと回る。

 腕やら腹やら、捕まれた時にどうなるのか、そんなモノはもう体験済みだ。

 強化だ…、それを怠った瞬間、一瞬で首がへし折れる…ッ。

「…グッ…」

 再び聞こえた譲さんの声に、苦しさの中、霞み目でその姿を探す。

 だが、それ自体を頭の中から振り払う。

 駄目だ…駄目だ駄目だ…。

 ここでまた助けられたら、命は助かっても、手放しちゃいけない何かを譲っちまう。


---[26]---


 頼っちまう…。

 自分の命ぐらい自分で…。

 左手に握り拳を作る…、自分の指が…爪が…、血を出す為に切った傷へと食い込み、痛みと共に、血が垂れ出て行くのを感じる。

 退けッ!

 目の前で生気も無く、何かを求めてパクパクと大口を開けた敵が、全身を炎に包まれていく。

 そして、天井に向かって、吹き飛ばされていった。

 首や腕に掛かっていた痛みが…拘束が無くなる。

 必死だった…、加減を忘れた魔力の行使が、残っていたモノを、遠慮なく吐き出させた。

 視界が真っ暗になっていく。

 さっきまで押さえつけていた敵が、起き上がってこっちに向かってきていたが…、その焼け焦げた頭部目掛けて、剣の刃がめり込んでいく光景を見たのを最後に、俺は意識を失った。


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