第三十一話…「剣と拳」
ソレは、なかなか動き出す事はしなかった。
何かを待ってやがるのか…、それとも動けないのか…、その理由を探すなんざ…、時間の無駄だ。
俺は剣を肩に担ぎ、ソレを睨みつける。
白い連中をどれだけ集めてその形を作ったのかは知らねぇ…。
だが…。
「あの野郎の体は、結局白い連中の集まりだろ? なら、最後の1人になるまで使い物にならなくすりゃ…終わりだ」
「…いやいやいやいや、言葉にすんのは簡単だがよ。あの図体だ…、生半可な攻撃じゃうんともすんとも言わねぇんじゃねぇか!?」
「あの図体の魔物を相手にしたら…そうかもしれねぇな」
実際…、人間なんざ蟻に見えるぐらい巨体な魔物は存在しやがる。
---[01]---
人間がいる場所に出てくる事なんざほとんどねぇが、もし出てくるようなら騎士団総出で撃退する…なんて決まりだ。
実際、えらい昔に1回だけ撃退した記録も残ってる。
こいつも、大きさだけならそれに含まれるかどうか…程度はあるだろうさ。
だが…、結局一枚岩じゃねぇ。
小石を積み上げた山と、1つの大岩からなる山…、どちらが崩しやすいかって話だ。
硬くなる魔法が掛かってるようには見えねぇし、大きさはあっても、結局見掛け倒し。
「お…おい…あんちゃん、あいつ…動くぞ…」
そんなもんは見てりゃあわかる。
白い連中だけなら、まだ人間に見えなくもなかったが、アレになった時点でそんな考えは消えた。
---[02]---
あの魔物は、ゆっくりとだが、確実に…、その地面に立てた自分の手を上げて、前へ進もうとしている。
ここの兵共は何をしている…、この状況にあって、その不満がまた頭を過った。
だが…、いない連中に期待するだけ無駄ってもんだ。
ドスンッ…と魔物が上げて前に出した手を地面に下した時の振動が…足に伝わってくる。
そりゃあ…、怖気づくのは当然だ。
それでも俺はやる…、俺はその枠に収まってる人間じゃねぇ。
イイじゃねぇか。
大型の魔物を1人で討伐…、できなくてもその足止めをしたとあったら…、名を売るのにまたとない機会ってもんだ。
見た目からしたら、人間には似ても似つかねぇ…、それでいて人の形で四足歩行する姿は、図体も相まって気持ち悪いの極み。
---[03]---
俺は口に溜まった唾を吐き捨てて、剣を強く握る。
この世には、2人で翼竜を倒した連中がいるんだ…、1人じゃ大型の魔物を倒せねぇ…なんて道理はねぇ。
それに、今は体の調子がすこぶる良い。
今まで戦ってきて受けた傷の痛みは無く、体も軽く…、担いでいる剣も思ったほど重くも感じなかった。
いける…、今この瞬間、頭の中にあるのはその自信と、やってやる…という意欲だけだ。
「お、おい、あんちゃん、マジかッ!?」
「他人の心配をする前に、てめぇの心配でもしてろ」
「自分の心配はしてんだよ」
俺は魔物の方へと走り出す。
『あんちゃんがいなくなったらッ、誰が俺を守るってんだよってなッ!!』
---[04]---
後ろから聞こえてくる鍛冶屋の言葉は、自分勝手で、自分の事しか考えてないモノだったが…、知ったこっちゃない。
お前がソレを自分のために叫ぶように、俺も自分のために動く。
ただの人間相手なら、剣の技術を磨きまくる…、だがそれだけじゃ足りないと知った。
事足りるなら入団試験で俺が負けるなんて事、ある訳がねぇ。
その力が、俺をさらに高みへ上げるってんなら、利用するまでだ。
感謝なんかしねぇ…、俺は俺のために、それを利用するだけだッ!
「おらああぁぁーーッ!!」
その前足が地面につき、反対の手が前へと伸ばされた刹那…、体を支えるその手に向けて…、その白い連中の集まりに向けて、俺は思い切り剣を振る。
肉を断つ感触は一瞬。
---[05]---
一番手に伝わってくるモノは、その肉が包む数多の骨々が砕ける感触だ。
それでも、この魔物を人間に例えるなら、皮を越えて肉を多少切った程度のものだろう。
そもそも、斬る事に力の入った剣じゃねぇ…、一振りでこの図体の手を切断するなんて、そんな夢物語を望む訳もない。
だが…、出来る…その頭の中に浮かび続けるその単語が、体を動かす…、石畳が割れんばかりに踏ん張って、腰を入れ、剣を思い切り振り抜く。
両手に走る激痛に、この戦いの最中、自分の意思…自分からやった行為にも関わらず、意識が飛びそうになる。
その結果、魔物の手はわずかに後ろへとズレ、体勢を崩した。
傾いて行くその巨体を見て、俺は過度とも言える程に、距離を取る。
ドスンッと地響きを響かせながら、巨体が倒れた。
---[06]---
その瞬間、バケツを落とし…その中の水がぶちまけられるかの如く、その体を作っていた白い連中が、四方に転がった…、しかし、そんな連中は、再び光に包まれていく。
それは、あの巨体が初めて作られた時と同じ…。
今の一撃で終わるなんて、誰も思っていない…、俺だってそうだ…。
だが、その体が崩れた時、何か期待するモノはあった。
それはひとつまみにもならねぇ、小さな期待だ…、金槌を振り下ろされ、粉々に砕けていく砂のひとつぶ。
それでも、重さすら感じない小さなモノのはずが…、ただひたすらに大きく見える…、それだけ希望めいたモノにすがっているのか?
んなわけがないだろう。
まだ始まったばかりだ。
---[07]---
白い連中が、またデカブツになっている最中、その中の数体が、光から外れて、こっちに突っ込んできやがる。
それは、アレからしてみれば、顔の周りを飛ぶハエを追い払う手の一振りと同じ…、反射的な動きだ。
俺を見ろ。
「てめぇの相手は俺だッ!」
迫る相手に、剣を振り下ろす。
「ダアアァァーーッ!」
腕に痛みが走った。
骨の髄までが悲鳴を上げたかのような警鐘。
それでも俺は剣を振るう。
振るう事ができるから、敵を叩きのめせるから…。
---[08]---
自分の力を底上げするかのように叫ぶ、痛みも一緒に飛んで行けと、その雄叫びに混ぜながら。
てめぇが俺の事を見ねぇなら、気づいた時には手遅れにしてやる。
もうあのデカブツは元の形に戻ってやがる…、だがそれに、今潰した連中が混ざっていく気配はねぇ…。
その胸を、頭を、今度は確実に潰してやった。
だからか?
知らねぇ。
だが…、体の一部として使わねぇならそれでいい…、ならもう1回だ…、もう1回、その腕でも足でも、さっきと同じ1撃を喰らわしてやる…、お前の肉を確実に削いでやるよ。
使えるかは知らねぇが、その使い物にならなくなった奴しか、手元に無くしてやる。
---[09]---
『見ていられない…』
俺は再び剣を構えるように担ぐ。
そこに、声が聞こえてきた…、同時に、俺が今から斬りかかろうとしていたデカブツの横に、ボロボロのローブを纏った奴が立っていた。
フードを深々と被ってやがるせいで顔は見えねぇ…、大人…にしちゃあ体が小さい…、線も細く見える…、ガキか?
「邪魔だ、どけ」
「あの時もそうだった。醜い…」
声も男としちゃ…ガキだったとしても高すぎる…て事は女か…。
「喧嘩売ってんのか、てめぇは?」
デカブツがゆっくりと、また動き出す。
「チッ…」
---[10]---
地味な戦いだが、白い連中を1人1人潰していく事に決めた矢先に掛けられるちょっかいは、反吐が出る鬱陶しさだ。
俺はデカブツに目を向ける。
「獲物の大きさも考えられない…、狩りが下手な獣のよう…」
ガキは、懐から短剣を取り出す。
「こっちは取り込み中だ、ガキ。ソレを今すぐしまって母ちゃんの所に帰るなら見逃してやる。でなけりゃ、女子供だろうと…、容赦しねぇぞ?」
「相手が子供だとわかっているなら、汚い口の利き方を止めたら? 教育に悪いわよ? それとも、教育もまともに受けられない人生を送って来たの? 私にはたくさんの事を教えてくれた人がいたけど、あなたにはいなかったのね」
ああ…、知ったような事を言いやがる…。
---[11]---
考えなんてモノは無かった…、その言葉が耳を通った瞬間、もはや条件反射とも言える動きで、デカブツじゃなく、ガキの方に体は動いていた。
忠告はした…、その上で、挑発してきたんだ。
この命のやり取りが成される場で…。
それはつまり、その土俵に上がる事を宣言したって事だ。
なら、ガキだろうが何だろうが、もう関係はねぇ。
殺し合いをする敵同士…、ただそれだけだ。
その短剣でなにができる?
それでこっちの攻撃を止められるならやってみろ。
手に持った短剣、普通に考えりゃ、武器として…得物としての使い方が妥当だ。
こっちの剣と対峙するなら、心もとないどころか、元から足りないと判断するような力量差…、だが、そのガキは迫る俺に対して、何ら焦る様子も無く、ジッとこっちを見ている。
---[12]---
肩に担いだ剣を振る最後の踏み込み…、ザザザ…と地面を靴が擦る感触が、攻撃をするその瞬間のいつも通りの踏み込みができていると実感させた。
そこに言葉通りの女子供だろうが容赦しないという、有言実行の結果が物語る。
ブォンッ!と空を斬る剣…、それだけで強い風が舞い、華奢な子供の命など、簡単に地へ落とす一振り…。
しかし、その一閃が、ガキを斬り裂く事はなかった。
それはまるで風に吹かれる羽毛の如く、ひらりと剣を躱すガキは、その手に持った短剣を俺じゃなく自分の手に当てる。
そして…、何の躊躇も無く、その手を切った。
それを見た俺は、追撃しようとしていた体の動きを止め、無理矢理にガキから離れようとする。
「未熟よ…」
---[13]---
後ろへ一歩、足を動かした時には、ガキは切った手の平を俺の腹に当てる。
「…ッ!?」
ボンッ!…と、何かが弾ける音が耳へと届く。
瞬く間に、視界には火が迫り、腹部を殴られたような衝撃が襲った。
「…ゴハッ!?」
背中を地面に打ち付け、視界一杯に火の波が映ったかと思えば、今度は青い空が広がる。
「うぅ…ああぁ…」
背中に…後頭部に…痛みが走る…、それ以上に腹部を中心に広がる痛みが、呼吸をする度に全身を駆け巡った。
「クソ…が…」
ガキが…、俺を…。
---[14]---
痛みが歯を食いしばる。
腹が熱い…、まるで火傷でもしたみたいだ…、いや、視界に広がった火からすれば、マジで焼かれた。
何も持っていない?
ちがう…。
違う…、ガキは持ってんだろう…、力を…。
「…ッ!」
視界に広がっていた空に、そこにあっちゃいけないモノが入り込む。
俺が地面を転がり、そこから移動すれば、元居た場所には子供と同じぐらいの大きさの岩がいくつも降って来た。
誰が…、いや、その答えはもう出てるだろ。
俺は剣を杖代わりに、手で腹を抱えながら立ち上がる。
---[15]---
そして、まっすぐに視線を向けた先、そこには、自身の周りに拳ほどの大きさの石を浮遊させているガキがいた。
「魔法使い…」
こいつ…、ヴィーツィオと一緒に居た魔法使いか…。
アイツらの話じゃ、行方不明だの…生死不明だの…なにもわからんみたいな事を言ってやがったが…、ここにいるじゃねぇか。
「ち…」
腹は、主に右横腹にかけて軽い火傷みたいな状態になってやがる…。
そこを庇う様に当てた手も、そこに触れて焼けた部分の皮が引っ付いて、気持ち悪いったらない。
だが、ただの火傷なら問題はねぇ。
「高圧的でガサツで…、気持ち悪い…」
---[16]---
「気が合うな。俺も、いちいち歯向かってくるガキは、反吐が出る程嫌いだ」
こいつがヴィーツィオにヘコヘコと頭を下げてた魔法使いなら、問答無用で俺達は敵同士だ。
味方だったとしても、俺のやる事は変わらねぇが、気が合わねぇ…てのは、後腐れが無くていい。
腹の痛みもだいぶ引いてきた…。
剣を杖にするのを止め、また肩に担ぐ。
「あなたの事…嫌い」
浮遊していた石が、射られた矢のような速さで飛んでくる。
「チィッ!」
1つを剣で粉々に叩き落し、他を避ける。
---[17]---
この重量の剣を振れるっていっても、間髪入れずに何度も振れるような代物じゃない。
魔法…、改まってソレを使う人間と対峙すると、面倒極まりない連中だ。
矢の飛び交う場を進むのは苦にはならない…、地面に刺さった矢が、自力で動き出す事はねぇから…、だが、この魔法は違う、こいつらは避けた所で止まる事を知らない。
「めんどくせぇッ!!」
いくつも飛んでくる石を3つほど砕いた所で、痺れを切らした俺は、再び魔法使いに向かって走り出す。
魔法をいくら潰した所で、その大本が五体満足じゃ、終わるモノもいつまで経っても終わる訳がねぇ。
魔法使いは、自分の前に、出続けている血を撒くようにその手を振る。
---[18]---
一振り、二振りと振った後、まるで俺の動きを妨げるように、撒かれた血の付近に炎が舞い上がった。
「何ッ!」
勢い余った体を無理矢理止める中、今度はその炎を越え、火のついた石が迫る。
1つを避けるが、2つ3つと、俺の体に当たった。
それ自体は致命傷の一撃になる事はない…、だが、それらが各々に大の大人の拳の殴打程の威力…。
体勢が崩れる。
頭を守りながら、万全な力を出せねぇ中、石を叩き落していくが…。
次に飛んできたソレを止める寸前、急に軌道を変えた石が、太ももに強打する。
「グッ…」
膝を落とす事こそしなかったものの、ガクッと力が抜ける。
---[19]---
それを見計らったかのように、次に飛んできたのは、いくつもの石を一纏めにしたモノ。
剣を盾に防ぐが、それも1回が限界で、完全に体勢が崩れた。
魔法使いの方は余裕を見せるように、息つく暇も与えず、また岩を飛ばしてくる。
「上等だぁッ!!」
体勢が崩れ、踏ん張りを効かせられない状態…、それでも、立て続けに押し負けるのは癇に障る。
あのデカブツを転ばす事だってできる俺が、石っころ1つ止められねぇ訳がねぇだろうがッ!
迫る意志に向けて、剣を横に振りかぶった瞬間…、目の前に…飛んでくる石に向かって、誰かが突っ込んでいく。
『フンッガアァーーーッ!!』
---[20]---
そして、そいつが放った拳は、飛んできた石を粉砕した。
「てめぇ…」
間に割って入って来たそいつは、ガレスの傍使いだか世話役だが、子供の世話係の使用人だった。
「フンッ! フンッ! ガッシャアァーーッ!」
次々と飛んでくる石に向けて拳を突き出し、それらを砕いて行く。
「真を握った拳は、それを鉄拳と化し、鉄にも負けぬ拳と成す…」
右手を空へと突き上げ、そこから舞をしながら戦う構えへと変える。
その動きだけを見れば、相当な使い手にも見えるが、どうにもそのメイド服姿が邪魔をした。
「ティカの仕事服はこのメイド服、コレを着たティカは一味も二味もッ! いっそ十味だって違うぞッ!」
等の本人は何かを決めた達成感に浸かりながら満足げにしているが、そのなりに加えて今の武術…、場を乱された俺は、追い打ちの追い打ちで、頭を混乱させざるを得なかった。
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