第三十話…「集まる脅威と見るモノ」


 左手が痛みという悲鳴を上げる…。

『隊長、これからどうするんだ?』

 痛みはあれど、ちゃんと動く腕に違和感を覚えながらも、軍施設へと続く通路を走った。

「え? 何ですか?」

 そんな体の状態を確認する事に尽力してか、柄にもなくレッツォの言葉を聞き逃す。

 別段、彼の言葉が利きやすい…とか、特別…とか、そう言った意味はない…、いつもは出来る限り聞き逃しが無いように…と耳を利かせているだけだ。

「だから、この後の事だって」

「この後? 問題が起きたであろう軍施設へ向かい、その問題の確認ですが」


---[01]---


「俺が聞きたいのはその後の事だ。あの音に衝撃、ただ事じゃなかっただろ? できる事なら関わりたくない。嫌な予感しかしねぇよ」

「嫌な予感がするのは私もです。ですが、誰かがやらないと」

「その誰か…が別に俺達じゃなくたって問題はねぇだろ。俺が言うのもなんだがよ、他国だぜ? 恩を売るってんなら、またとない機会だとも思うが、それで命を落としたら笑えねぇ」

 なんか汚いというか、意地の悪い考え方だ。

 レッツォらしくない…と感じる。

 いや、彼が言いたい事もわかるつもりだけれど、問題が起きている事がわかっていて、見て見ぬふりはできない…というのが本音だ。

 この一連の問題、規模からして、決して小さくない…、それこそ国規模のモノと思ってもいい程に…。


---[02]---


 私1人がそこに手を貸した所で、何か変わる訳でもないだろう。

 私には私の目指すモノがある…、なら命の危険ばかりが多い問題に首を突っ込むのは、自分からその目指すモノを手放すのに等しい…、彼が抱いているのは、そういうモノ…そういう心配だ。

「助けるモノ…、優先するモノの選別は、時に迫られ、時に大事ではあります。ですが、目的のために、目の前の相手に犠牲になってもらう…というのは違います」

「そりゃあそうだが」

 確実にレッツォはこの先へ行く事に乗り気ではない。

 軍施設へと向かうのに一番速い通路は、衝撃のせいか…天井が崩れて塞がっていた…、だから今は遠回りにはなるけれど別の道を進んでいる。

 その余計にかかる時間は、ある意味で話し合いをする時間になった。

 その乗り気になれない理由が何なのかは知らないけど、私だって、嫌な予感がする。


---[03]---


 この左手に痛みが走るのは…、ほとんどの場合がアレ…が関係しているから…。

「それに…、もしここで引いたとして、この国…オーロヴェストに何かあれば、私に責任がなくても、いずれ私に…いえ、私達や各国にしわ寄せがいきます。邪神竜に対して、全てが協力しなければならないこの状況で、ココが崩れれば、終わってしまいます」

 そう…終わってしまうのだ。

 私には、その邪神竜の力を測り知る事ができない。

 ですが、あの…村でのドラゴンとの一件で、その恐ろしさの一旦は見た気がします。

 少なくとも、今まで見る事の無かったドラゴンという存在が実在する事実…、その脅威…、ソレがある以上、昔話に聞く邪神竜の伝承もまた…、そんな事はあり得ない…と一蹴する事も出来なくなった。


---[04]---


 本物か偽物か…、あのドラゴンがどういった存在かはわからないけれど、伝承に聞く邪神竜の力は五神竜様達が力を貸してくれてなお…、倒すのではなく封印という形に収まっている。

 そんな存在に端を発するヴィーツィオという者の問題。

 全てを未然に防げるのであれば、それに越した事は無いけれど、もし…止める事ができなかったら…。

「・・・」

 私は、自身の左手を強く掴む。

「隊長?」

「・・・いえ、何でもありません」

 腕の痛みを払うように…、その手を振って、薄暗い通路をしっかりと見る。

 その時、こちらへと足を引きずりながら歩いてくる兵が目に入った…、そして、その後ろにはあの白き者…。


---[05]---


「レッツォッ」

「わーってるよッ!」

 彼は魔筒を手にソレを相手へと向ける。ドンッドンッと、自分の横を風のような何かがすり抜けていくのを肌に感じながら、私もまた腰の剣を抜く。

 左手の痛みが気にならない訳ではないけれど、鎧を通して魔力による強化を施せば、その痛みもだいぶマシになり、戦闘に支障がない程度まで抑える事ができた。

 歩いてきた兵の横をすり抜け、レッツォの攻撃でよろめいた相手の首へと、剣の切っ先を突き刺すッ。

 口から溢れる血潮は、まさにソレが生きている証明だろう。

 その在り方は、到底自分達と同じ人と言うには外れ過ぎているけれど、その目に映る光景は、きっと…何度見たって慣れる事はない。

 相手の体を蹴り飛ばし、無理矢理剣を引き抜く。


---[06]---


「レッツォ、その人は大丈夫ですか?」

 私は、前方からまだ来るかもしれない見えぬ敵を警戒しつつ、後ろで兵の容態を見ているレッツォへと言葉を投げる。

 そんな彼から返って来た大丈夫だ…という言葉に安堵しつつも、その兵の登場によって、軍施設で問題があったのだろう…という可能性が、現実へと変わった。

「訓練場の…方で、化け物が…」

 兵は息を切らしながらも、状況を教えてくれた。

 化け物…、その単語に左手の痛みの意味が、早々に分った気がする。

「…魔法使いが、化け物の相手を…、他の戦兵も加わってはいるが…、どれだけ持つか…」

「魔法使い…」

「この国に真っ当な魔法使いは、そうはいねぇ。となると、そこで戦ってんのは…」


---[07]---


「恐らくサグエさん…ですね」

 また問題の中心にあなたはいるのですか…。

「でも、戦えているのですね…」

 最悪な可能性として、入団試験の時の、誰もかれもが動けずにいた光景も想像していた…、だからこそ進む足も速くなっていたけれど、戦闘をしているという事は、そこまでの事態には陥っていない…という事、それはある意味で朗報と言えるだろう。

「にしても訓練場か…」

 私がホッと小さく胸を撫で下ろす中、レッツォは難しそうな表情を浮かべる。

「どうかしました?」

「いや…訓練場は…」

 レッツォが言うには、訓練所は緊急時の簡易の治療場になるらしい。

 負傷した人間の命綱になるべき場所…、そこが襲われた…。


---[08]---


 自身の体から血の気が引くのを感じる。

「レッツォ、訓練場まではどう行けばいいのですか?」

「行けば…て、行くつもりかよ、隊長!?」

「当然です。簡易とはいえ、治療場になっているというのなら、負傷兵も少なからずいる…。なら一人でも早く増援が欲しいはずです。それに、急がなければ何も知らない負傷した方達が訓練場へと行ってしまう。治療場という事は、国民の人たちも来る可能性がある…、出来る限り被害を最小に抑えなければ」

 レッツォがとても難しそうな顔をしている。

 普段の陽気で気の抜けたような感じとは真逆な…とても真剣な表情だ。

「自分は…、1人で動ける…だから頼む…。訓練場の…仲間を…」

 座り込んでいた兵が、こちらの会話を汲むかのように、自力で立ち上がる。

「大丈夫ですか?」


---[09]---


「・・・ああ」

 とても弱々しい声…、しかし、ここまで移動してきたのもまた事実だ。

 私は、彼の意思を尊重し、王様達が避難している部屋を教え、状況の報告をするように頼む。

 それに、向こうの白き者達は、ある程度倒す事ができているはず…、本当に運が悪い…などという事がない限りは、頼みを遂行してくれる事だろう。

 こちらにできる事はそれだけ、後は頼みがやり遂げ、こちらに援軍が来るのを待つのみ…。

「レッツォ、行きますよ」

「あ、ああ」

 思う所のある彼は、今だに払拭しきれない感情を抱き、表情に影を落としつつも、こちらの言葉に深く頷く。


---[10]---


 それを見届け、私達は、訓練場の方へと向かった。



 ドラゴン…竜…、それらに属する連中…、正直、それらを目にする度に虫唾が走る…。

 まぁ、そもそも出会う機会なんて無いし、遭遇したとしても、今の所全部敵対する存在…、良い感情を持て…という方が無理な話だが。

 こいつが…、この目の前に現れた奴が、ソレらに関係した奴かどうかは、正直な所不明ではある…が、わざわざこの姿を…ドラゴンの姿を取るのにも意味があるだろう。

 この瞬間…この世界で、ドラゴンという存在に一番固執している輩は、考えるまでもなくヴィーツィオのはずだ。

 宗教として五神竜を崇める連中はいても、それらを利用し、復活までさせようとする連中はいない。


---[11]---


 無宗教な俺が言うのも、説得力なんて無い話だが…。

 とにかく、その形…姿には意味がある…と見て間違いない。

 右手…に走る痛み…、左手にも微かな痛みを覚えて、外傷の無い状態でのその痛みは、ヴィーツィオ関係の問題の時にばかり起こる…。

 この状況は、ある意味で答えを示されているのと同じ…そう捉えて問題はないだろう。


『魔法使い殿には近づけさせんッ!?』

 その腕や頭に巻かれた包帯が痛々しい兵士達。

 各々が俺の前に立ち、自身の身長ほどもある大盾を構え、ドラゴンから吐き出される火炎を数人がかりで防ぐ。

 その度に鼻をかすめる焦げた臭いに、俺の感情は急かされた。

 俺達が進んだ通路から溢れ出た白い連中が集まって、上半身だけが形作られたドラゴン、並みな屋敷なら簡単に何件も収まってしまいそうなこの訓練場の天井に届かんばかりの大きさはあるが、その図体に対して、放たれた炎はさほど強いものではない。


---[12]---


 俺を守ってくれている兵士たちは、甲人種だ。

 その図体こそ大きく兵士として申し分ないモノではあるが、種族としての宿命として、魔力に対しての能力が俺達よりもかなり劣る…、だからこそ、その炎を耐え抜いた盾には、何の魔法的…魔力的な力は籠っていない…にもかかわらず、防ぎきる事ができた。

 それは兵士たちのその体の強靭さ故な部分も確かにあるが、魔力的な補助が無くても防ぎきる事の出来る威力とも言える。

 ドラゴンの体は、大きさこそ村で遭遇した翼竜よりも大きいものの、その力は翼竜並みか、もしかすればそれ以下だ。

 その姿を見た時は、どうなるか…と心底不安になったものだが…。

「諦め時は、まだまだ先らしい」

 自身の左手の平の上で燃え盛る小さな太陽の玉…。


---[13]---


 ソレを目にし、ホッと…安らぎすら覚える。

 村での翼竜との戦闘…、あの時に使った魔法と同じモノ…同じ効果を持つモノではあるが、その規模は半分以下だ。

 あの時と同じ規模の魔法を使ったら、腕を完全に潰すかもしれないし、下手をすればこの訓練場を崩壊させる。

 直線的な攻撃範囲しか持たないこの魔法も、あの時の威力はドラゴンの鱗等を一瞬で消し飛ばす威力はあったが…、その効果が及ぶ場所は何もドラゴンに対してだけじゃないのだから、本当の意味で奥の手だ。

 それに、この規模にしたのだって、ちゃんと意味がある。

 戦闘に参加してくれた兵士達、その中であのドラゴンへ攻撃した人がいた…、すると、その剣は難なく、ドラゴンの体を形成している白い連中の体を斬って見せた。

 つまりは、見た目こそアレだが、その防御力は、お世辞にもドラゴンの模す事は出来ていない…という事に他ならない。


---[14]---


 なら、無理をしてでも大技を繰り出す必要は無く、継続的な火力で持って、確実にその力を削いでいく方が得策だ。

「行けるッ!」

 その声に、兵士たちは一斉に横へとズレる。

 ドラゴンの口に、再び炎が溢れ出し、俺達の方へと向かって飛んでくるが、こっちの方がその熱量も、威力も、全てが上手だ。

 こっちに飛んできた炎は掻き消され、俺の放った炎は、一閃の光となって、ドラゴンの顔の側面を形作る白い連中を燃やしていく。

 威力を押さえた分、消し飛ばす事こそできないまでも、今の一撃で顔を作っていた白い連中…10体程度は燃えて地面へと落ちた。

 いや、落とした…といった方が正しい。

 ドラゴンの顔が崩れ、その奥で、雰囲気の違う人がこちらを睨みつけている。


---[15]---


 その腕の中には、安らぎを得た子供の姿…、安心しきった寝顔を見せるシアがいた。

 削れた顔…、そこへ、他の部位から白い連中が這って移動するように集まり、元の形へと戻っていく。

 そして、今まで形だけを模していたその姿に、目があるであろう場所に、赤い炎が灯る。

 目玉…と呼べるモノが存在しないものの、その炎が灯った瞬間、全身を悪寒が走った。

 強大な何かに睨まれたかのようなソレに、思わず身構える。

 さっきから口から吐かれる炎で、口部分の白い連中が焼け焦げる…なんて事はなかった…。


---[16]---


 その目も同じ…、ただの炎ではない炎…、その炎と…その目と目が合った瞬間、再び右手に痛みが走る。

「クソッ」

 咄嗟に、左手に作り出した火の玉を投げ飛ばす。

 何故だろうか。

 確かに目の前のドラゴンという存在は敵だ…、でもそれ以上に放置してはいけないと反射的に…衝動的に体が動く。

 火の玉は、右目の少し上付近へと当たり、そこの白い奴を燃やす…、その瞬間、炎こそ消えたものの、それが戦闘開始の合図となった。



 それは手を地面に付けて四足歩行する巨大な怪物。

 あの白い群れが集まって、1つの塊になりやがった。


---[17]---


 人の形をした連中の集まりだからこそ、その体には手も足も、顔も、人間の一部が所狭しと無数に詰め込まれていて、見ているだけで吐き気を覚える。

 見上げる程の大きさ、その辺の建物の屋根を越える大きさに、俺は思わず見上げて息を飲む。

『ななな…なんだありゃーーッ!?』

 後ろで同じソレを見上げていた鍛冶屋の店主が裏返った声で叫び声を上げるが、そんなもんはこっちが聞きてぇぐらいだ。

 さっきまで、さんざん俺の事を狙ってきやがったのとは打って変わって、そいつの視線の先はもっと遠くの彼方を見ている。

「おい、アイツが見てんのはなんだ?」

 視線を一部に固定して、ジッと動かないその巨体はさらに不気味さを膨らませていく。


---[18]---


 その存在そのものの気持ち悪さに、少しでも情報を入れて気持ち悪さを緩和しようと、鍛冶屋に聞いてみる。

「お…俺が知るかよッ! この国に魔物が欲しがるようなもんがあるかっての! 鉄なら山ほどあるがな、自慢じゃねぇが観光で来るような国じゃねぇぞ!? 見るもんなんてせいぜい封印の杭だけだろうよッ!」

「チッ…」

 分かってて言ってるのか…と、鍛冶屋の言葉に思わず舌打ちをする。

「じゃあ、その封印の杭は何処にあるんだ?」

「場所…」

 俺の言葉に一瞬だけ考える素振りを見せた鍛冶屋だったが、その顔はどんどんと青ざめていった。

 悪い予感的中ってやつだろう。

 ただの魔物狩りだけでも手の余る大きさだってのに、そこに防衛まで目的に追加された。


---[19]---


 面倒だがやるしかない。

 この国がどうなろうが、俺の知ったこっちゃねぇが、アレがどうにかなっちまうと、この国どころか、大陸そのものの問題に発展するんだろ?

「この国はザル兵士の集まりか?」

 この瞬間、この場にいる兵はいねぇ…、気絶してるか…それとも死んでるか…、動けて戦える輩が誰もいねぇ…。

 この一大事に何をやってるんだか。

 それだけ多方面で問題が起きているのなら、より一層の面倒くささを感じる。

 誰も見ている奴がいなけりゃ、張り切るだけ疲れるだけだ。

 面倒くささに深いため息が漏れる。

 手に持った馬鹿みたいに重い剣の切っ先を地面に叩きつけ、割れた地面を気にする事もなく、俺はその怪物を見るのだった。


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