第二十九話…「落ちる影と記憶の影」
バキンッと音を鳴らしながら、持っていた剣が折れる。
「チッ…。ちんけな商売してんな…」
自分の武器じゃねぇからこそ、そのいつもと違う勝手に苛立ちすら感じる。
この剣もその1つだ。
状況を理解するよりも早く、大量に溢れかえった白い連中が襲い掛かって来た。
あちこちから悲鳴が上がってきやがる…、つまりだ…、襲われてるのは俺だけじゃねぇって話だな。
だから何だって…話だが。
俺は剣身の折れた武器として不出来な形となったソレを、その辺に放り投げて、自分の周りに視線を送る。
二桁を越えたあたりの白い連中の死体、それでもまだまだ残った連中がこちらの隙を伺ってか、ジッと視線を向けたままで動こうとしない。
---[01]---
結局他人どうこう以前に、手が空いてねぇって訳だ。
「もっとマシな剣はねぇのか?」
俺は自分の背後で、店を守ろうとする小太りの鍛冶屋に、そちらをむこうともせず、怒りの籠った声を荒げる。
「マジかよッあんちゃんッ! そんなんでよく今まで戦ってこれたなッ、おいッ!」
「知るか、切れ味はいらねぇ、二の次だ。丈夫なモノを寄越せ」
一瞬、鍛冶屋の方に目を向けた隙に、連中の1人が走り寄る。
「クソがッ!」
その顔面目掛けて思い切り拳を振り抜き、骨が砕ける感触を拳越しに覚え、相手は後方へと叩き飛ばされていく。
それが幕開けとなって、残っていた連中が一斉に襲い来る。
相手を襲う…、そのたった一言の命令をただ守るだけの木偶人形…、俺がこいつらに感じるものはそれだ。
---[02]---
頭の中を空っぽにして、何も考えず、その命令に従うだけ…、考える事をしないから、何も進歩せず…、何の成果もない。
数では圧倒的に連中が有利…、だが…その利点を生かす頭が無い…、その辺の子供以下の思考…、個対個なら俺の勝ち、個対多だったら、本来なら連中が勝つはずだ。
左から迫ってきていた奴の顔面を殴り、その隙に他の奴が俺に掴みかかるが、その腹へ肘打ちを入れて、その頭を掴むと、勢いよく地面へと叩きつける。
正面から来る奴の腹を蹴り、次に来た奴の攻めを避けてその首を小脇に抱えて絞め…、他にもまだ敵を迫り、自分に近寄せまいと、蹴り飛ばして距離を取った。
「チッ…」
いくら考えなしの有象無象の集まりと言っても、さすがに数が多すぎだ。
小脇に抱えた野郎の首を力一杯絞め上げて、硬いモノが砕ける。
動かなくなったソレを放り、また迫った奴を殴り飛ばす。
「考えなしも考えよう…か?」
---[03]---
普通の人間だったら、余程痛みに強いでもない限り、コロッと逝っちまった奴はともかく、まだ動けても動けなくなるはずだ。
動ける限り…、手足が動く限り…、こっちに来るってか…。
おまけにこの物量…、なるほど、こいつらは考える事ができないんじゃねぇ…。
「これでいいのか…」
どんな事があったって、動けるなら命令された事を全うする…、なるほど、個としての戦闘力に目を瞑れば、完成された駒って訳だ。
「反吐が出る…」
こいつらがどうしてこんなになっちまったのかは知らねぇが、それはもはや人じゃねぇ。
『あんちゃん、これならどうだッ!?』
鍛冶屋が店から出てくる。
---[04]---
その腕に両手剣を1本抱えながら…。
「おせえッ!」
ちょうど攻めて来てた奴を掴み、近くの連中を薙ぎ倒すように振り回して投げ飛ばしたその隙に、ふんだくる様に鍛冶屋から奪った剣は、ズシリと重く、自分が普段使っている両手剣の倍以上の重量が確実にある重さだった。
「どうだッ! 昔、ぜってぇ折れない剣を作れとか言われて作ったものの、依頼人が重くて使えるかって捨て台詞を吐いて逃げてった業物よッ! まッ、重過ぎて手入れすらやってねぇなまくらだがなッ!」
言ってる事がアホ程滅茶苦茶だ。
だが…、鍛冶屋のやけくそな怒りの混じったような言葉、自分の手の中にある重さが、それが真実だと言っている。
丈夫なモノをと言ったのは俺だ…、普通の剣じゃ、すぐに折っちまうのも俺だ…。
---[05]---
普段使いしているのも特注のモノだが、まさかここまで極端なモノを持ってくるなんてな。
「ハッ、上等だッ!」
こんな状況じゃなけりゃ、いらねぇの一点張りだ…、だが、今はもう贅沢は言わねぇ。
剣としては重すぎるが、今は調子が良い。
連中にひっかかれて流れ出た血が…、蒸発するんじゃねぇかってぐらい体が熱く、何故かこのなまくらを振れるって自信しか沸いてこねぇ。
訓練でもあるまいし…、剣を振り上げるだけで腕が軋む…。
いつもの剣は、場合によっては片手でも振るえるが…、こっちは無理だ…、両手で持つだけでもきついと来る…、だが…、そんな状態でもなお、負ける気は全くしねぇ。
---[06]---
モノはともあれ、得物を持った事による優位性に酔ったか?
「おらああぁぁーーッ!」
持ち上げた剣を肩へと担ぎ、敵の脳天目掛けて振り下ろす。
手入れをしてなかったなんて言っちゃあいるが…、実際はそれ以上に酷い代物だ。
振り下ろされた剣は、相手を斬る…なんて事一切せず、もはやそれは叩き潰しているに等しい…。
剣の形こそしているが、その実、これは棍棒と言っていいかもしれねぇ。
相手の脳天は粉砕され、そのまま体も潰し、ソレに耐えきれなくなった体は地面へと打ち付けられる。
そこまでやってもなお勢いの衰えなかった剣は、その切っ先を地面に打ち付けて、ゴンッと石畳を砕いた。
その光景は、はたから見れば相手に畏怖の感情を与えるに余りあるモノだが、恐れを知らねぇ連中は、それでも迫って来た。
---[08]---
「ふんらああぁぁーーッ!」
砕けた石畳を削る様に、地面を引きずりながら、横から迫る相手に向かって、全力で剣を振り抜く。
ぐしゃりと相手の体があらぬ方向に曲がりながら、叩き飛ばされる光景は、振るう事さえできれば、その剣の強さを証明するモノだと言える…が、その剣自体の重さを利用した振り下ろしと違って、自分の体だけで振るやり方は、痛みこそ何故か一瞬で消えたが、激しく体を軋ませながら悲鳴を上げた。
「剣を振って体がバキバキ音を鳴らすなんざ…、ガキの頃以来だ…」
その時代の記憶が頭を過って、嫌でも頭が冷やされる。
だが同時に、頭が冷えれば冷えるだけ、剣が重くなっているように感じた。
「次ッ来いッオラァッ!」
地面へ血しぶきが飛ぶが、同時に血肉も飛ぶ…、体に痛みはねぇ、それどころか調子がうなぎ上りだ…。
---[09]---
だが…、さっきまで襲い掛かってきていた連中が、またピタッと止まった。
さっきは、こっちの様子を伺う様子があったが、今度は違う。
未だ立ち続ける連中の視線は、一点へと注がれていた。
「ああ?」
ようやくこの重さに体が慣れてきた時、その相手連中は、雁首揃えてこの国の王宮の方を見ていやがる。
何の前触れもねぇこの状況で、その行為は、てめぇからてめぇの首を差し出しているようなもんだろ。
相手は完全な異常者だ。
そうでなかったとしても、情け容赦を掛けてやるつもりは一切ない。
俺は動かなくなった連中を1体1体確実に叩いて行く。
剣の刃に相手の血肉がこべり付き、ただでさえ切れ味もクソも無かった刃に、斬る力が完全に消えた。
---[10]---
まさに、剣の形をした棍棒もしくは鉄塊へとなり果てる。
はなから切れ味を求めていなかった訳で、その程度…と思うばかりだが…。
動かなくなった相手、その中で次に仕留める奴を捉えた時、体がガクッと揺れた。
地震?
揺れた…と言っても俺の体が始まりじゃなく、俺が足を付けるその地面が揺れた。
それは一瞬の出来事だったが、かなり重量のあるモノを持っていた俺の体は体勢を崩して、倒れ込まない様に…とその場に膝を付く。
「なんだ?」
生暖かい風が、俺の頬を撫でる…。
全身の毛が逆立って、咄嗟に身構えてしまったのも束の間、俺が仕留めた連中の体が光り出した。
俺は立ち上がり、周りに視線を送る。
---[11]---
まだ立っている連中は、今だ王宮の方へと視線を向けたまま動かない。
俺は周囲を警戒しつつ、鍛冶屋の方に後退してく。
「あ…あんちゃんアレは何だ?」
鍛冶屋が怯えたように前方で光り続ける連中を指差す。
「俺が知るか」
むしろ、答えを知って奴がいるなら、問いただしたいぐらいだ。
だがそんな奴はいねぇ。
光るだけで飽き足らず…、誰かに何をされたでもなく、まだ立ってた連中を中心に、光る骸が集まって、宙に浮き始めるその様子を、何が原因か、ちゃんと説明できる奴がいるのなら、ここに来やがれってんだ。
浮いて行った連中は、ぶつかり合うように重なり合っていく。
「おいおいおい…あんちゃんあんちゃん、アレは普通じゃねぇって…なあッ!?」
---[12]---
鍛冶屋が俺の腕を掴んで、ユサユサを振る中、その肉塊は止まる事無く重なり続け、1つの影を俺達の前に落とした。
後ろは振り向かない…。
俺は呪文を唱えつつ、自分の足を左手で叩く。
「…ヒノ…カムイノミ…ミ…シュターク…マグシクラフト…セ…」
自分の足の力が増す。
「…ヒノ…カムイノミ…シュターク…コシネ…セ…」
そして、今度は自分の体が軽くなっていった。
ゴゴゴと自分の背後で迫りくる存在の音が耳へと届く。
時折グチャッとした音が聞こえるのが何なのか、正直想像したくもない。
---[13]---
とにかく今は逃げる事が先決だ。
自分の前を走るアレン達との距離があっという間に縮まる。
「…ヒノ…カムイノミ…シュターク…コシネ…セ…」
そして呪文を唱えながら2人を叩く。
自分の掛けた魔法と同じ、体を軽くするモノ…、その唐突な体の変化につまずきそうになるシオを右手に抱え、何ならアレンも左手の力も増させて抱え、一気に通って来た通路を逆走していった。
暗がりだった通路を抜け、訓練場兼簡易治療施設へと、がむしゃらに…吹き飛ばされたような錯覚すら覚える飛び出し方で出る。
視界一杯に広がる光は不安を拭うように安心感を与え、心が洗われるような感覚にすら覚えた。
不安が和らいで、自分がやらないといけない事が鮮明に頭の中へと浮かぶ…。
---[14]---
アレを…止めなければいけない…。
「皆離れろッ!」
唐突にそう言われたって、ソレに反応できる人間が何人いるんだ…という話だが、とにかく叫んだ。
抱えていた2人と1人をなるべく自分から離れるように放り投げ、腰にある剣を抜きながら、同時に左手の平を切り、痛みという悲鳴が、体の全身を駆け巡った。
止めるのか…討つのか…、そんな考えが、一瞬頭の中を過る。
あの少年を助けなければ…、慎重に考えれば、その選択肢を取ったのかもしれない…、だが、この瞬間の俺は、個を救うために多を犠牲にする事ができなかった。
逃げる方向がココしかなかったから、でもここの人達を犠牲にする訳には…、何て勝手ないい分だろうか…。
「燃えろッ!」
---[15]---
左手の平に作り上げられた火の玉は…、射られた矢のように通路の方へと飛んでいき、その光がアレを映し出したその瞬間、手の平台だった大きさの火の玉が、まるで屋敷1つ簡単に飲みつくすかのような巨大な炎の渦へと爆発的に変わっていく。
一瞬にして、見てたアレは炎の渦に隠れ、通路が炎で溢れかえり、訓練場にまでソレは溢れ出た。
その爆炎…炎は俺の魔法であり、ある意味、俺の体の一部とも言えるモノだ…、細かい所まではわからないが、その炎が燃えている空間ぐらいは把握できる。
ただの炎よりも熱量は高く、物理的にも若干の効果を見せられる魔法の炎…、通路を進んできていたアレを燃やし、押し戻そうと力を入れているけど、それでもなお、アレはこちらへ来ようと力を増してきた。
「…グッ!」
押し返そうとさらに力を入れた瞬間、再び予期できない痛みが体を巡った。
---[16]---
右手の激痛、それには及ばない左手の痛み、目の錯覚か、誰かに腕を掴まれたかのような幻覚すら見えた気がする…。
とにかく、その瞬間、俺の魔法の力が弱まり、押しとどめていたソレが訓練場へと飛び出した。
同時に、爆発にも似た魔力の衝撃波が、爆音と共に周囲にあるモノを吹き飛ばし、その魔力に干渉してか、地面に宿る魔力が揺れ大地を揺らす。
そして魔力は、俺の魔力にも干渉してきているのか…、何かが頭へと流れ込む…。
…お母さんッ! どこッ!…
誰だ?
…待ってよッ! ねぇッ!?…
---[16]---
子供が1人…、自分の元から歩き去ろうとする女性を追っている…。
…出て行けッ! ここはお前の家じゃねぇッ!…
突き飛ばされ、転ぶ子供、それをまるで汚いものでも見るかのように見下ろす大人…。
…てめぇの親はもういねぇッ死んだんだよッ! この家も家畜も、もう俺のもんだッ! 分かったらとっとと消えろッ! 薄汚ぇガキがッ!…
そして、扉は閉められ、日の沈んだ道に、子供だけが取り残される。
…どうしてお父さんは帰って来ないの? どうしてお母さんはどこかへ行ってしまったの?…
子供の手にあるモノは、血なのか…赤黒く変色し、硬くなってしまった布切れだけ…。
…寒い、寒いよ…
---[17]---
冬が近づき…、風が肌を刺す…、その痛みから逃げるように…、子供は先の見えない洞窟か…穴か…暗闇の中へと入っていった。
…嫌だよ、嫌だ、置いて行かないで…、お母さん。僕はここだよ、お父さん…
子供の前を歩く大人2人…、その存在に気付いていないのか、呼びかけに答える事無く歩みを止める事もない。
…待って、待ってッ!…
声を掛けようが、手を伸ばそうが、それらが、2人に届く事はない。
そして、視界が闇へと落ちて行った。
衝撃波に吹き飛ばされた俺は、体を地面に打ち付けて倒れている。
キイィーーーンッと激しい耳鳴りが頭を襲い、思考が定まらず、視界もはっきりとせず、体を起こす事さえできない。
---[18]---
体の節々が痛みで叫ぶ。
自分のモノではない何かが頭の中を駆け巡り、不快感もまた最高潮だ。
「く…そ…」
何が原因かわからないが…、度々起きる唐突に走る痛み…、アレは恨みべき病気の前触れかなんかか?
魔物に食われて死ぬのはごめんだが、病死ってのもごめんだぞ…、ジョーゼが成人するまでは、絶対に死ねねぇからな…。
成人した後なら好きにしてイイから、急に痛みを走らせるのだけはやめてくれ…。
体が悲鳴を上げる中、仰向けに倒れていた体をうつ伏せにして、四つん這いになりながら持ち上げる。
思考が定まらなくてもいい…、大雑把に…ざっくりと…した魔法でもいいから、体の回復を…。
---[19]---
周りの音が聞こえない中…、ぼやけながらもまだ失っていない目が捉えているのは…、大きな…何かだ…。
人じゃない…、獣でもない…、ぼやける視界の中、見えてくるその輪郭に…、何としても動かなければ…って意識だけが背中を押してくる。
ああ…ああ…、くそッ…、ド素人の治癒魔法のような鈍足さながら、徐々に魔法による回復が進む中、段々と視界はハッキリとしてきて、見えてきちまったソレは…、とてつもなく醜い…、ソレをソレだと…いうのも違和感しかないが…、その形はまさしく…
【ドラゴン…】
…の姿をしていた。
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