第二十六話…「王宮と発生地」
「レッツォッ、右ッ!」
「あいよッ!」
正面から迫りくる白い人、その行く手を阻み、右側から迫る別の敵を、レッツォが魔筒で撃ち飛ばす。
それを横目に、私は目の前の相手の横へとすり抜け、その足の腱を斬りながら、後ろへと回り込むと、膝を付いた相手の首を跳ねる。
これで何人目だろうか…。
王宮に入って早々、何人もの敵が、こちらに襲い掛かって来た。
話をする余地は無く、問答無用とばかりに、その歯をむき出しにしながら、虚ろな目を光らせる。
見た目こそ不気味さがありつつ、生気を保ってはいたけど、その目は腐人とたいして変わらない。
---[01]---
王宮の外、私達がいた坂道を滝のように転がり落ちてきた大量の白い人、それだけの大人数が少なくともこの場所を通った…、そこに居た人達は、この白い人達と同じように外へと押し出されたか、それか私の視界に映る人たちのように、部屋の隅で押しつぶされているか…、どちらにしても、あまり良い事にはなっていないようだ。
王宮に入ってすぐ、見映えのする彫刻が並ぶ広間は、今の敵で最後…、この空間は確保したと言っていい。
「生存者がいないか確認ッ! 簡易的な処置の後、私達はすぐに奥へ進みますッ!」
「「「了解ッ!」」」
1体や2体なんて数じゃない…、この広間だけで10体を越える相手を倒した。
外に溢れ出した白き人はあくまで一部、量的に向こうが本体かとも思うけど、それでも余りある量が、王宮内には未だ残っている。
「こいつらは一体何なんだろうな」
---[02]---
足元に転がる白き人を覗き込みながら、レッツォは首を捻る。
「わかりません」
答えがあるのなら、こちらが聞きたいぐらいだ。
「ですが、この人たちを見ていると、入団試験の時、ヴィーツィオが出した集合体の怪物を思い出します」
「ふ~ん。俺はソレを見た事がない、話に聞いただけだが、似ているのなら気を付けなきゃいけないな」
「ええ。どんな能力を秘めているのか…、未知数な事が多いですから、警戒しないと…」
「どういう理屈か…、人の動きを封じる力…、入団試験でのソレが使われたら、もう何もできずに部隊が壊滅するだけだしな。怖い怖い…」
「ですが、今はそんな事をする素振りがありませんでした…」
---[03]---
「そうだな。やれば勝ち確だってのに」
「それができない理由でもあるのでしょうか…。あの時…、入団試験の時の彼らのような、その統率の取れた動き…という事もなかったですし」
あの巨木の枝のような形状…、その体の折り重なった1つの集合体とも言える姿…、今私達が相手にしているのは、その多の中の個…のようなモノだと、私は思っている。
そして、多ではなく個としての動きも、あの入団試験の時に目にした。
多の中から分離し、個になった者達数人が、ヴィーツィオに向かっていったサグエの剣を止めたその姿は、勝手な動き…無計画ながむしゃらな動きではなかったように、私は思う。
あれは確かに、確固たる意思の元の自己犠牲、あのヴィーツィオを守るために盾になっていた。
---[04]---
だからこそ、それを見ているからこそ、この白き者達の動きには、疑問を感じずにはいられない。
「統率…動きっての? まとまりが無かったなら、それは要するに頭が無かったって事じゃねぇのか?」
「頭が…ない…ですか」
頭…、この場合は指揮系統…という事?
「ヴィーツィオという指揮者がいなくなった事で、力はあってもそれが纏まらない…と、レッツォはそう言いたいのですか?」
「そこまではわからねぇけど、ヴィーツィオを倒せたって事を前提に置くなら、この白い連中の動きの説明には筋が通るんじゃないのか?」
「まぁ…、確かに。ただの力であるなら、使う…という意思を与えられていない以上、人の動きを封じる力を使ってこない説明にもなりますね」
---[05]---
そうなると、指揮者の失った力が、何かのきっかけで発動した事になる…?
操るモノが居なくなった強大な力…、それの行きつく先は?
「考えても、悪い方向への考えしかでてきませんね」
憶測で物事を決めるつもりはない…、それでも、今ある情報を整理していると、その過程の話が、悪い方向へと転がるモノばかり…、気分もますます落ちて行くばかりだ。
『隊長、生存者への対応、完了しました』
溜め息が出そうになるのを堪えると、隊員が寄ってくる。
その報告を聞いて、ホッと胸を撫で下ろした。
「打撲や骨折などのケガを負っている者が多少いますが、どれも命に別状はありません。動ける者には、負傷者達の避難をしてもらうようお願いしました」
「わかりました。では数名ここに残り、この場の維持及び守護をお願いします」
---[06]---
王宮なだけあって、通路等その広さはさすがと言える…、それでも、大人数で移動するには窮屈さを感じるし、そんな状況で戦闘ともなれば、支障が出る所か、もしかしたら命に関わるかも…。
隊の人数を減らし、安全地帯の確保する意味を込めて何人か…5~6人といった所だが、残して私達は先に進もう。
これで宿に残してきた兵に、ここに残す兵、それらを引いて私と行動する兵は一桁…、私を含めて7人といった所だ。
「いいのか? ただでさえ人数に限りがある中で、さらに分散させちまって?」
レッツォはその魔筒の具合を確認しつつ周囲に視線を泳がす。
「ぞろぞろと移動しても動きづらさが増すだけですから」
「そうは言うがなぁ~」
「何か気になる事でもあるの? それなら、どんな些細な事でもイイから教えてください」
---[07]---
「いや、別にそんなんじゃねぇよ。ほら、俺って、こう見えても戦闘職の人間じゃないから、戦える人間が減ると怖くなっちゃうんだよねぇ~」
「その体でよくそんな事を言いますよ。元々身体面で恵まれた甲人種の中でも、鍛えられた体の度合では上位でしょうに。お酒でも切れましたか?」
「こりゃ~また…手厳しい」
「どんな場所であれ、そこが戦場であるなら、私は部下の命を預かる身…、弱気な事を言って足を滑らされては困ります。レッツォ、あなたは大丈夫ですよ。先ほども普通に戦えていました。何も臆する事はありません」
「だが…」
「魔物相手なら、普通に戦えているじゃないですか。人と姿が似ていると言っても、人ではない何か…です。この程度の相手に負けるような腕ではないですよ、あなたは」
---[08]---
レッツォは気まずそうな表情を浮かべて、そっぽを向きながら頭を掻く。
「さあ、来ますよ?」
広間を抜け、まずは階段を上った。
どこからどうあの白き者達が出てきたかわからない以上、細かく中を調べていく必要がある。
途中途中で使用人や警備兵の案内を受けつつも、上からしらみつぶしに進む。
宮殿内は3階構造、3階に問題が無い事を確認し、2階へと降りた私達、入口の広間とは違う、さらに奥にある…ある意味で中庭のような空間は、1階から3階まで吹き抜けであり、1階の庭園をどの階からも見る事ができる。
だからこそ、見晴らしのいい場所と言えるわけだけど、私達の進行方向に白き者の姿が確認できた。
---[09]---
相手も、こちらの姿を既に確認していたのか、こちらが動くよりも早く走り寄ってくる。
「総員戦闘準備ッ」
その敵の数は3体、兵の数でも勝っているこちら側は、苦なくその迫って来た相手を倒した。
「兄貴ッ!?」
その直後、白き者がいた方へと進んでみると、そこにはレッツォの兄であり、この国の重要人物であるアットの姿があった。
『んぐ…』
パッと見た感じでは大きな怪我は無いように見えた…、でも、頭を打っているのか、後頭部に大き目のたんこぶが1つ…、意識を失っているようで、こちらの応答に返事はない。
---[10]---
他にも通路には数名の兵が倒れているけど、既に息は無かった。
「隊長…」
「・・・ええ」
彼が意識を取り戻し、軍の指揮をとる事ができれば、治安等、街の方で起きている問題は終息に向かうはず。
何より、こちらも動ける範囲が明確になって動きやすくなるはずだ。
でも、そんな大事な事よりも、視界に映るモノに意識も持って行かれる。
彼の倒れていた場所は、明らかに何かが違う。
それは臭いも、視覚的にも…、感触的にも…、問題だった。
人の腐るような臭いに近い…、言うなれば腐人のソレに近い臭いが鼻をかすめ、足元は、何やら血のような赤黒く…僅かに粘々した液体で濡れている。
それは、目の前の部屋から洩れ、扉は通路側へと破壊され、明け開かれたその中は、さらに醜い世界が広がっていた。
---[11]---
そこから何かが引きずられたような跡も残っており、そっちは部屋の正面の転落防止の手すりを乗り越えて下の階へと落ちている…。
部屋の中には、何人か…この国の兵が倒れ、部屋全体にその血のような液体が満ち満ち、辺りにばらばらと人の体の部位が転がっていた…。
普通…、魔物に襲われた村だって、こんなにはならないだろう。
まるで、関節ごとに体をばらしたかのように、その転がるモノは綺麗な状態…、バラバラで何が綺麗なのか…とも思うけど、とにかく魔物に襲われたようなバラバラ死体じゃないという事だ。
『うぶ…』
隊員の1人がその光景に吐き気をもよおして、こちらに背を向ける。
血といい、臭いといい…、まさに殺戮現場と言って相応しいモノだ…、でも、この場はソレとはまた違う…、もっと別の何かなのだろう。
---[12]---
そう思える理由は、そのバラバラな死体のようなモノにあった。
その転がっているモノは、液体のせいで汚れてはいるものの、その肌は白い…。
白き者達と同じぐらいの白さだ…、それだけでも気の引くモノではあるけれど、極めつけは、そのバラバラなモノの形が変化していっている事にあった。
最初は何かの見間違いかとも思ったけれど、それは瞬く間に変わっていく…、いや変わるというより、増殖?…、それとも復元…というべきだろうか?
まるで元の形があるかのように…、そう壊れた彫像の破損部分を作り足していくかのような…そんな感じだ。
「地獄絵図ですね…」
その部屋の惨状を見ているだけで、気分が害されそう…。
「これなら、腐人の群れを眺めている方がよっぽどマシです」
---[13]---
あちらは、人の形を保ってはいるものの、そのほとんどが人と言えない程に体が腐り落ちていて不快感こそあれど、親近感は沸く訳も無く何も思う事はない。
こちらは、バラバラではあるものの、人の部位として判断できるうえ、その1つ1つに生気を感じさせるために、その存在感を体が受け取ってしまう…受け入れてしまう。
そんな部屋へと、私は意を決して入った。
「…痛ッ!」
瞬間、左手に激痛が走る…、体がふらつき、倒れそうになるのを、踏ん張って何とか堪えた。
剣を持つ手には、場の異質さからか、汗が滲む。
「…また…」
---[14]---
鉱山での戦いで左手を酷使し過ぎた…、その痛みが、さっきまでの戦闘でぶり返した…のかとも思ったけど、それも違うように思う。
痛みは痛みとして…同じモノではあるけど、種類が違う…、鉱山での痛みが表面的なモノなら、今の痛みは…もっと深い…深く深く…芯の部分の痛み…。
それはヴィーツィオが初めて現れた時に感じた痛みにも近い。
でも…何かが違う…、近い…というだけで、何かが…。
痛みも最初だけで、徐々に鳴りを潜めていく…。
それが何なのか、ソレも気になる所ではあるけれど、自分の心配よりも、今は周りの事だ。
部屋の調査に、頭の中を切り替える。
部屋自体は何か特別な場所という感じはしない…、何の変哲もない応接室…といった所だ。
---[15]---
中にも警備の兵が倒れ、机やら椅子やらは、隅へと追いやられて壊れている。
私はその中の兵の1人に近寄り、その状態を確認するが、着ている鎧は歪んでいた。
まるで重い物で押し潰されたように、鎧に留まらず体の方も影響を受け、当然…息もしていない。
「隊長…これは…」
通路に兵を残し、2人の兵が私の後を追って部屋へと入ってきた。
ついてきた隊員達の中でも、比較的この状況に気圧されていない者ではあったけど、その表情は気分を害している事を表すように歪んでいる。
「私に聞かないで」
この状況を説明できる勉なんて、私は持ち合わせていないし、それを補うだけの経験はしていない…といっても、この状況を補う事の出来る経験なんて、このご時世に存在するのか…疑問な所だ。
---[16]---
少なくとも、真っ当な生活をしている人間には、絶対に経験しえないモノだろう。
不快な臭いに鼻を曲げながら、周囲を見回してみるけど、この部屋に生き残りはいなさそうだ。
明らかに問題の発生源はこの部屋のはず…、もしそうでないなら、その本命を見る前に匙を投げる。
ここが本命でないなら、この惨状よりも深刻なモノが…その本命である可能性があって、その問題に対して、到底自分の力で解決できる未来が想像できない。
『ここには…、保護した…しょうね…んが…』
目ぼしいモノが見当たらず、外へと出ようとしたところで、部下の簡易的な治療の結果か、意識を取り戻したアットが、頭を押さえながら答えた。
「頭を打っているようなので、あまり無理をされては…」
私が身を案じると、彼はこちらに手を向けて静止する。
---[17]---
ここでまた意識を失われても困るし、国の上層部の人間が大事な事になられると困るのだけど…。
「自分の命は大事ですが…、それ以上に…今は…国の…。どうか…、こちらの事は…気になさらず…」
「ですが…。・・・いえ、あなたがそう言うのであれば」
状況が状況なだけに、彼自身にその意思があるというのなら、存分に動いてもらおう…。
私は彼を止めようとする言葉を飲み込む。
「何があったのか簡潔に教えてください。こちらにできる事は出来る限り行います」
「すまない」
アットは、手すりに背中を預けて、呼吸を落ち着かせる。
---[18]---
「保護した子供…、一番の年長者の少年が、魔法か何かで大量の人間を…」
「人間…というのは白い人達の事ですか?」
「…ああ」
多分、彼の言っている人間は、白き者達で間違いはないだろう。
ならここが発生源…という事で間違いない。
ここが発生源で、流れ出るように宮殿を出た後は、糸の切れた操り人形のように坂を転げ落ちてきた…と?
「・・・ん~」
引っかかる部分はあれど、発生源…その大本がわかっただけでも収穫か。
「わかりました。では、まずあなたを安全な場所へお連れします」
「…いや、まずは我が王…を…」
王様の事か。
---[19]---
気に掛けるのは当然ではあるけど。
「私達は彼女が普段どこにいるのか把握していません。宮殿は軍施設と併設されていますし、そちらの方達も探しているのでは? ですので、まずはご自身の体を心配なさった方が…」
「自分の事…よりも、王の方が優先されます…」
「それはそうですが…」
この感じ、優先順位が変わる事は無さそう…。
アットは、楽になって来たのか、呼吸も整ってきて、私達を一瞥する。
「あなた達がここに武装した状態でいるという事は…、外で何かが起こった…という事のはず。ここでの出来事を考えれば…わかります。それなら当然…、戦兵達も事に当たるために動いているはずです。しかし…、今ここにその戦兵の姿はない…。向こうでも問題が発生していると…見るべきです」
---[20]---
「だから、少しでも王様の安否確認とその確保に人員を割きたい…という事ですか?」
「…ええ」
この場にいる人間の中で、この国の事を一番理解しているのは彼だ。
彼が言うのだから、軍関係がちゃんと機能していないと考えて行動する…、その方向で動くとなれば、王様の保護…その優先順位は自ずと上がる。
「・・・わかりました。ですが、まずはあなたを安全な場所へ移動させなければ」
「大丈夫…です。王はこの先にいます。私も動くだけなら可能ですので…」
彼はそう言って、私達が来た方向とは逆を指差す。
そこには私達がこの場所に出てきた通路と向かい合うように、さらに奥へと続く通路が存在している。
彼はその先に王様がいる…そう言った。
---[21]---
「王は…、保護した子供達の事を気に掛け、話がしたい…と。自分と兵の者数名でそこへ…、お連れした後、自分はここに…」
問題が起きる直前の行動がソレなら、まだそこに居る可能性が高い…か。
「レッツォ、お兄さんに肩を貸してあげてください。ひとまず、その部屋まで移動します」
「了解」
王様優先は当然、どこにいるか…その可能性の高い場所を知っていれば、彼の行動にも納得がいく…。
問題は、軍関係の事…、彼の話では何かあれば兵がすぐに動くという…、その様子が無いという事は向こうでも問題が起きたという事だ。
私達の兵力は、人数的に高いとはお世辞にも言えない…、この状態で王様を保護できたとして、安全な場所に誘導できるだろうか…。
レッツォが兄に肩を貸し、立ち上がらせるのを横目に見ながら、今は移動して王様の安否の確認が優先か…と、不安は一旦横へと置く。
負傷者がいる以上、ため息を吐きたい気持ちを、グッと押さえ込みながら、私達は彼の言った方へと足を延ばすのだった。
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