第二十五話…「不気味なモノと合流」
「・・・」
「どしたどした? シオっち? なんか落ち着きがないでありんすなぁ? なんかさっきからソワソワしてどしたんす?」
師匠のいるであろう場所に向かう最中、アパッシさんの様子にクリョシタさんが首を傾げた。
走る訳でもなく、小走り程度に杭の方へと向かっていた僕達…、クリョシタさんの問いかけに、アパッシさんはその足を止める。
「さっきの白い奴ら、城の方から出てきただろ? その…、鉱山で助けた子供達は、大丈夫か心配になって…」
アパッシさんは、少し俯き気味に、腰に携えた剣の柄を掴んだ。
「大丈夫です。宮殿はこの国の騎士団…ではなく軍…でしたか? その施設と隣り合っていますし、何か問題があればすぐに兵が宮殿に向かうはず。問題の発生地が宮殿だったとしても、その問題への対処も速いはずです」
---[01]---
理由は知らないけれど、アパッシさんは、あの子供達に対して、思う所があるようで、王都に連れてきた時も、その身を気に掛けていた。
問題が起きれば、その心配もひとしおのはず…、しかし、その不安を解消させる言葉を、僕は持ち合わせてはいなかった。
自分が持っている知識を全力で振り絞って、このぐらい…、カヴリエーレ隊長に任されておきながら、仲間の不安を解消させてあげられない自分を不甲斐なく思う。
「アレっちの言う通りだよ、シオっち」
「…うん。でも、問題が起きた場所に兵が行くのは当然だけど、助けるのは王様とかだろ? あの子達は…その、難しい立ち位置だし…」
保護と言って牢に入れられずに客室を用意してもらっているとはいえ、ヴィーツィオとの繋がりを考えれば、それは体の良い拘束だ…、そう思うのも無理はない。
---[02]---
「ですが、その宮殿には今、カヴリエーレ隊長達が向かっています。ヴィーツィオ対策として組まれた隊の隊長でもありますから、子供達の事もきっと、考えがあるはずです。なので、まず僕達がやるべき事を、隊長に言われた通り、師匠と合流を優先しましょう」
そう、我々は騎士団に所属する者であり、隊の隊員でもある。
そこに私情を挟み、そして関係ない事に足を向けては、周りの人間にまで被害が行ってしまう。
それはダメだ、あってはならない。
「与えられた任を早々に熟せば、次へと進めます。なにより、師匠と合流さえできれば、次に向かう所は、アパッシさんが気に掛ける子供達がいる宮殿です。まずは自分達ができる事を優先していきましょう」
アパッシさんは、下を向いていた視線を揚げ、僕の目を見る。
---[03]---
「わかった」
そして、頷くと僕の横を抜けて先へと進もうとする…が、その先に様子のおかしい人が立っていた。
「皆さん…」
僕は、足を止めたアパッシさんの前に出ると、剣を抜く。
ただおかしい…というだけなら対処のしようなんていくらでもある…、けど、目の前の相手は、そうはいかないようだ。
一糸まとわぬその姿の男性、不気味に思える程に真っ白な肌に、痩せ細り…その細腕が掴んでいるのは人だった。
その姿で、人の髪を鷲掴みにして引きずる…、その様には狂気以外を感じない。
表情も、何の感情も持たず、虚ろな目で視界を周囲に泳がせているだけだ。
ソレを、人…と呼称していいものだろうか…。
---[04]---
なんにしても、アレを一般人とは思えない。
反射的に剣を抜いてしまったけど、その行動に間違いは無いと、僕は思う。
『えへ…』
泳いでいた視線が、僕達を捕らえる。
その瞬間、その口元には笑みが浮かび、男は動かない人を掴みながら、走り寄って来た。
魔物や魔人を相手にしていても、ここまで、悍ましい光景はそうそうない。
腐人と対峙した時だって、ここまで嫌悪感を抱いた事は無いほどに、体は迫る相手を拒絶した。
近づいてきた男は、空いた手をこちらに伸ばし、掴みかかってくる。
肌が真っ白だからか、その指先の汚れは、印象深く目に映った。
粘り気のある赤い液体が付いた指…、その爪には何かが詰まって、一部剥がれているモノもある…、普通に生活していればそんな事には早々ならないし、男が掴んでいるモノを考えればそれは…。
---[05]---
僕は剣を片手で持ち、伸ばされた手を掴むと、笑みの浮かべた口が自分の方へと近づかない様に…とその首へ、剣を持った方の手の前腕を押し付ける。
状況が状況だけに、腕を掴んだ手にも力が入った。
鎧越しでも、自分の手が…指がその肉に深く食い込んでいるのがわかる。
それでも、相手は止まる事を知らず、その口でカチカチと歯を打ち鳴らしながら、僕の方へと近づけてきた。
ダラダラとヨダレを垂れ流しながら、不気味さ…嫌悪感を助長する。
そんな時、そんな僕達の横を通り、相手の後ろへとクリョシタさんが回り込む。
男が掴んでいる人を助けようと、その手へと掴みかかった…が、事が上手くいかず、どうすればいいかわからず動けずにいたアパッシさんへと、助力を求めた。
ソレに応えるように、クリョシタさんの方へとアパッシさんが走る。
そんな姿を男も視線で追い、僕ではなく彼女達の方へと体を動かす。
---[06]---
やらせてはいけない…と、僕の手にも力が入り、細い腕なだけあって、骨が軋むような感触が手に伝わった。
「動かないでください、これ以上は怪我をしますよ!?」
相手が普通じゃない事はわかってる…、でも、もし混乱状態にあるだけなら、出来る限り危害は加えたくはない…と、咄嗟に忠告する言葉が口から出た。
それでも、自身の行動を改めようとしない相手に対して、段々と僕の頭には焦りが見え始める。
「ちょっとッ! 暴れないでくださいッ!」
片方の手は僕が掴んでいるからいいとしても、もう片方の手までばたつかせ、捕まれた人を助けようとするクリョシタさん達の行動を妨げているのが、視界に嫌でも入って来た。
「2人とも離れてッ」
---[07]---
このままじゃ話が進まないと思った僕は、自身の足を相手の足の後ろへと回し、力任せにすくい上げる。
結果、相手の足は地面を離れ、その体は背中から地面へと落ちた。
一瞬、動きを止めた相手に対して、手を掴むのを止め、その代わりに足で踏みつけ、空いた手を相手の体を押さえつけるのに回し、剣を持った方の手で、バタバタと動かす人を掴んだ手へと向けた。
華奢というより不健康、ほとんど骨と皮でできているかのような…その体のどこにこんな力があるのか、疑問に思う程、僕の拘束から免れようともがく男の力は強い。
僕自身、そこまで力がある方ではないけど、肉体面で優位を取っているだけに、その力の強さには驚くばかりだ。
「なんて力…、こやつ本当に人間でありんすかいッ!?」
クリョシタさんも同じ事を思ったようで、なかなかの難航を見せている。
---[08]---
「き…切ろう。その方が手っ取り早いッ」
「おッ! そうだな、シオっちッ! さぁさぁ、このほっそい手をスパッといっちゃってちょーだいッ!」
「違う、切るのは髪の毛だからッ。わかって言ってるでしょ!?」
「いいから早くしてくださいッ!」
それからほどなくして、鷲掴みにしていた髪はアパッシさんの剣で切られ、男に捕まっていた人を放す事は出来た…、しかし、その結果は…といえば、良いモノではなく、クリョシタさんは首を横に振った。
何となくわかっていた事とはいえ、その結果は、罪悪感となって、僕の肩にのしかかる。
「…ッ!?」
その直後、より一層、男の力が増した。
---[09]---
押さえつけていた腕が上がっていく。
僕は比較的軽い方だと思う…、それでも、全体重を掛けられて、この細腕がそれを凌駕するなんて…。
上がっていった腕は、最終的に踏みつけていた足が外れると同時に、僕の体を抑えていた腕を掴んで、横へと投げ飛ばす。
腕だけの力で、鎧を着た男1人を寝転がった状態でソレをやってのける…、その常識から外れた力に驚く間もなく、僕は建物の壁に背中を打ち付けた。
「カハッ!?」
「アレっちッ!」
背中へ、衝撃と共に痛みが襲う。
苦しくて、痛くて、立ち上がる事さえ嫌になりそうだ。
それでも、相手は止まる事はない…、立ち上がると、その視線を2人の方へ…。
---[10]---
「シオっちッ!」
咄嗟に、クリョシタさんがアパッシさんの前に立つ。
腰から杖を抜き、自分の方へと向かってきた男へ、その魔法をぶつけた。
ドンッ!ドンッ!と放たれた魔力弾は、男の体を叩き飛ばし、地に伏させる。
「隊長先生の杖は使いやすいな」
彼女は自分が魔法を撃っておいて、その杖の効果に驚きを見せた。
鎧を着ていたならまだしも、生身の体でその魔法を受けては、少しの間とは言え、身動きが取れない程に体に痛みが走るはず。
実際、師匠との戦闘訓練の時、そう言ったモノに慣れていなかった師匠が撃った魔法を、僕は直に受けた事がある…、その時は、まるで金づちで殴られたかのような衝撃に襲われ、痛みでしばらく動けなかった程だ。
杖魔法を撃ったのはクリョシタさんだけど、その杖は師匠が作ったモノ、ならその力だって折り紙付きなはず…、なのに、男は立ち上がった。
---[11]---
「うっそッ!? まじですかい、旦那ッ!」
そんな相手に、クリョシタさんは容赦なく、再び魔法を放つ。
また叩き飛ばされた男だったけど、それでもまた立ち上がる。
「いやいやいや、私手加減してないんですけどッ!? 痛くないのあなたッ!? 手だってぷらんぷらんしてる…じゃん…?」
クリョシタさんが言うように、相手の左腕は、打ちどころが悪かったのか、本来曲がらない場所が、前後左右に揺れていた。
手を持ち上げれば、その部分を境に手の先が下を向く始末だ。
「あああッ! ごめんさいッ!」
普通じゃなかった。
そんな人を普通とは思えない。
最初に捕まっていた人は残念だけど助けられなかったし、この男がそういう事をするのは、証明されてる。
---[12]---
犯行を行った瞬間は見ていないけど、これまでの行動を踏まえれば、言い逃れできる状況じゃない。
人のように見えて、人じゃない何か…。
「…くッ!」
僕は体を起こす。
背中を中心に痛みが走り…、投げ飛ばされるときに捕まれていた腕が痛む。
それでも、その痛みが何だ…、男に殺された人はもっとつらかったはずだ…、この程度の痛みッ…、守り手が動かなくなる言い訳にはならないッ!
ジリジリとクリョシタさんに寄っていく男に側面へ、僕は体当たりをした。
手に持った剣を突き立てて、その横腹から斜め上へ、体当たりした時の勢いと、手の力と、腰を入れて、全力で、剣を突き刺す。
普通の人だったら、それで動かなかなくなる…、動いたとしても、その顔は最低でも痛みで歪む…、なのに、男は動じない。
---[13]---
傷口から、剣を伝って、自分の手に血が流れてくる。
この人にも、確かに血は流れている…、僕達と同じ赤い血が流れているのに…。
その目は…どこまでも人ならざるモノだった。
魔物でも、そんな目をしない…、その目をするのは、死の中に生きるモノ…腐人ぐらいだ。
剣は刺さり、致命傷になる傷を負っているはずなのに、男の手が僕の方へと動いた。
僕の首へ…、まっすぐに伸びる…、あの力で首を掴まれでもしたら…、僕はどうなる?…、考えるまでもない…死ぬ。
なのに…いやだからこそなのか、動けなかった…、自分に伸びる手が怖くて…、男から離れられなかった…。
その時、まるで、一瞬だけ自分の時が止まったかのような瞬間、男の首に、白い一閃が走る。
---[14]---
ただでさえ死人のような目をしていた男の目が、本当の意味で、死が籠った。
突如として現れた鎧姿の人達…、オーロヴェストの…軍の人、その中の剣士の刃が男の首を跳ねたのだ。
その刹那、他の兵の人に引き離され、僕はようやく男から離れる事ができた。
「相手を仕留めるなら首を落とせ。それが手っ取り早い」
「え…あ…はい…」
その言葉は、僕と彼らとの考えの違いか、経験の違いか…、とにかく大きな差を見せつけられたようなそんな気がした。
『お前達…、大丈夫か?』
僕達が呆気に取られている時、知った声が耳へと届いてくる。
「だいぢょうぜんぜぇぇーーーッ!」
声のした方向へと視線を向ければ、兵の人達の間から割り入ってくる師匠の姿があった。
---[15]---
その姿を見るや、クリョシタさんが、べそをかいたような声を上げ、師匠へと抱き着く。
鬱陶しそうにしながら、離れるように手でつっかえ棒をする師匠だったが、あまりに力が入っていたクリョシタさんに、呆れたようにため息をつきながら、最終的に受け入れていた。
「なるほど、状況はわかった」
師匠と合流出来た…という事で、自分達の状況と、カヴリエーレ隊長に言われた事を伝える。
少し顔色が良くないようにも見える師匠だが、こちらの話に頷いた。
「杭の方は大丈夫なんですか?」
「一応は…な」
そう言って、師匠は周囲を警戒している兵達を一瞥する。
---[16]---
「杭の方はこっちの軍の連中が守りに入ってる。向こうにも変な連中が出て来てたから、早い軍の動きに助けられた」
『では魔法使い殿、我々はこれで。杭の守護に回ろうと思います』
「ああ、すまない。助かった」
『では』
それは男の首を跳ねた兵だ。
彼は、頭を軽く下げ、周りの人達も同じ行動を取ると、踵を返して杭の方へと走っていった。
その姿を見送る事ができた自分は、問題の最中ではあるけど、命が助かった事実に、胸が安堵でいっぱいになる。
「アレっちも、ありがと~な~。あの時、横から突撃して来てくれなかったら、私はどうなってた事か…、考えるだけでも震えてくるよ」
---[17]---
「い、いえ、やらなきゃいけない事を…しただけですから」
人を助ける事に理由はない…、それは勝手な自己満足の言葉かもしれないけど、その自己満足の結果、誰かの命が助かるのなら、僕はその言葉を持ち続ける。
だから、お礼なんて言われる事はしていない…、自分のやりたい事をやってるだけだから。
「師匠、この男の事、どう思いますか?」
横たわった男の死体…、元々生気の感じない相手ではあったけど、本当の意味で死を抱いたその体は、より一層不気味に思えた。
できる事ならもう見たくはないけど、この違和感を解消できないと、ソレはソレで前に進めないような気がする。
違和感…疑問、それの正体を少しでも知りたかった。
「人じゃないだろうな。というより、人と思いたくはない…と言った方が、近いかもしれないけど」
---[18]---
「そう…ですか」
「気に病む必要は無い。やらないと、誰かがやられていたはずだ。ここに来るまでに、この男と同類だろう連中と遭遇したが、その行動というか、行動原理というか、動きは人のソレからは外れていたし、魔物や魔人が魔力を求めて…糧を求めている時と近かったように思う。だから、こいつが死んだ原因の一端が自分にある…みたいな気負いをする必要は無い」
師匠は僕の方を一瞥して、ため息と共に肩を叩いた。
『みんな先生と合流出来たんだから、早く宮殿の方に行こうッ!』
死を感じるような極限状態、そのせいで身を纏う興奮状態も冷めやらぬ中、痺れを切らしたアパッシさんが宮殿のある方を指差して叫ぶ。
「そ、そうですねッ」
奇妙な相手の存在に気を取られ、さっき師匠に話した事さえも頭から外れていた。
---[19]---
「師匠は大丈夫ですか? 顔色が良くない様に見えますが…」
「一時的なモノだ。その内、良くなる」
「む~り~はしちゃいけないぞ? 隊長先生がぶっ倒れたら、私の事を守ってくれる人がいなくなるからな」
「そういう事を言ってる余裕があるなら、その余裕を少しでも生き残るために使え」
「だから、今使って隊長先生が倒れたら困る…て言ってるんでありんすよッ!」
そんな握り拳を力強く握られても…。
「とにかく、俺は大丈夫だ。行くぞ」
「「「はい」」」
師匠と合流した僕達は、その足で、宮殿へと向かった。
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