第二十四話…「やるべき事と白」
この世の光景とは思えなかった。
いったい、どんな人間でいたら、その光景を受け入れられるだろう…。
私には無理だ。
それが…、坂を転げ落ちてくるモノが…、何なのかに気付いた瞬間から、全身の毛が総毛立ち、一瞬にして口の中が乾き切って、剣を持つ手は小刻みに震え、転げ落ちてくる波に対して、自分が取るべき行動を考える事ができなかった。
そんな私の手を引き、レッツォが道の隅へと引き寄せる。
そして、道は、白で覆われた…、見間違いではなかった。
転がり落ちてきたのは…くるのは…、人だ。
真っ白な肌をした人…、肌の白い人は普通にいるけれど、その白とは別の白。
生を知らない白…、生を失った白…、全てが無になった白…、つまりは白紙の白。
「あ…ありがとうございます…レッツォ」
---[01]---
「礼を言う事じゃねぇよ。こりゃまさに地獄絵図…想定外だ。動けなくても無理はねぇ」
アレが人であるのなら、何人が…。
白は、そう長く続く事は無く、その流れは途切れる。
その場にいた人達は、皆同じように言葉を失っていた。
あんな光景を見てしまっては無理もない事だけど、白が転げ落ちて行った先、坂の下を見続ける人たちに、私はその震える唇で、避難の準備をするようにと叫ぶ。
私はこの街の事に関して、知識はほとんどない。
何か問題が起きた時、どう人々を避難させればいいのかはわからない…、それでも、このままこの人たちをその場に棒立ちにさせておくわけにはいかないのだ。
家の中で、必要最低限のモノを見繕い、いつでも避難できる状態を作るように…と、私は声を上げる。
---[02]---
「隊長、俺達はどうする?」
「・・・私達は…王宮へ…」
何を優先すればいい?
この…今の状況は、全く持って予想外、想定外の事が起きている。
国…いや世界を脅かそうとするヴィーツィオの問題に対処する事になった時、何が起きても遅れは取るまい…なんて思いで今まで来ていたけど、この状況を誰か当てられる者がいるか?
いる訳が無い。
当事者以外、思い至らない…。
でも、あの光景を見て、嫌でも思い出すのは、入団試験の時にヴィーツィオが出した人の塊…怪物…。
ソレとは雰囲気が違うように思うけど、それでも彷彿とさせるものがあるからこそ、油断できない。
---[03]---
「王宮だな? サグエはどうする?」
「・・・気になりますけど、こんな状況では、1人の為に動き回る訳にはいきません」
向こうの事が気にならない訳がない…、気になるからこそ、こんな事になる前、彼のいるはずの杭へ向かおうとしたんだから…、でも隊の隊長として、隊を動かす義務がある。
大丈夫…と、私は自分に言い聞かす。
自分の力ではない…、何か問題があっても、サグエなら対処できる…と信じているから、私は大丈夫…と自分に言い聞かせた。
『ご主人様ッ!』
これからの行動を、頭の中で動かしている中、宿の2階の窓からティカが顔を出した。
---[04]---
「ティカ、あなたはジョーゼさんの事を守ってあげてください。それが最優先です。何人か人を残すので、彼らと宿の護衛もお願いします」
「わ、わかったのだッ!」
ティカは大きく頷き、自身の力を誇張するかのように腕を掲げる。
それを見届けて、レッツォに呼んできてもらった隊員達に、私は指示を出す。
隊員を何人か残しつつ、レッツォと私…他隊員数名で王宮の方へと向かう…、国の頭である王宮から、あの白が溢れ出た…何が起こっているかはわからないけれど、問題が発生している事が確実、状況把握と援護へ向かう。
「サグエさんのお弟子さん達…プディスタさん達は、封印の杭の方へ…、サグエさんと合流し、こちらと合流するように伝えてください。もし何か問題があり、こちらと合流できない場合は、サグエさんの指示に従うように。彼は、魔法使いとしては優秀ですが、兵としてはまだ発展途上なので、そこは隊での動きに慣れたプディスタさんが補助してあげてください。お互いの力を最大限発揮できるよう尽力するように」
---[05]---
この場にいるサグエの弟子達は、プディスタ、クリョシタ、アパッシの3名、残念だけどフォルテの姿はない。
こんな状況になるとは思っていなかった以上、街に繰り出していてもおかしくないから、残念ではあるけど責める事は出来ない…、この場にいる人間だけで動いてもらうしかないようだ。
こちらの言葉に、プディスタは頷いて、行動に移っていく。
『隊長、状況が状況だ…、できる事なら避けたかったが、比較的損耗の少ない装備は付くけてくれ』
プディスタ達が去っていった後、宿の方から、レッツォが私の装備を持って現れる。
「ありがとうございます」
---[06]---
差し出された鎧を手慣れた手つきで着けていくけど、そこに盾は無かった。
「やっぱり盾は無理ですか」
「当たり前だ。あんな無茶したせいで全体的に歪んじまってる。この際だ。適当に見繕う事はできるがどうする?」
「いえ、大丈夫です。問題があるとは思わないけど、いつもの感覚で盾を使って怪我をしてしまっては話になりませんから」
こここぞと言う時に、いつもと同じ力を要求できなかったら…、一歩下がるだけで自身の命に触れるモノに、この身は預けられない。
「まぁ、あんな想定外な使い方をすりゃあ、使い物にならなくなるのは当然だがな。アレを直すのは、かなり時間が掛かる。むしろ新しく買い替えろって言いたいぐらいだ」
「すいません。・・・でも、あの盾でなければいけないのです」
---[07]---
「盾自体に、何か特別な事をしてあるようには見えないんだが…、まぁ隊長がそう言うなら、善処するさ。それでも、今まで通り…、寸分たがわないモノになるとは思わない事だ」
「はい…。ありがとうございます」
これから戦いに赴こうという時、いつもならその左手に装備している盾が、今回は無い。
左手は軽く、戦いに行く意思とは別に、そのズレに多少の不安が残る。
「薄気味悪いが、坂を転げてった連中はどうするんだ?」
「目に付いた問題に、手当たり次第に当たっていたらキリがありません。この国の兵だって、一か所に固まって問題が起こるのを待っている訳ではないでしょう。巡回している兵もいるはず。街を見て回っている時、見かけた事があります。それに…私達は、この国の兵士ではない。勝手をし過ぎて問題を起こせば、国家間の問題にもなりますから、協力関係とはいえ、剣を持つのなら、この国の指揮系統の指示を仰ぐのが筋と言うモノでしょう」
---[08]---
「確かにそうだが…、時間が掛かり過ぎるだろ?」
「私が今動かせる兵なんてここにいる皆さんだけです。必要以上に分散させては、危険が増します。それなら、まとまって事に当たった方が効率も良いですし、能力を発揮できます。それに、あの溢れ出た白いモノの場所を考えれば、王宮も問題が起きています。問題解決と指揮系統の回復、1つの問題解決で戻ってくる方が多い…と考えます」
「そうだな。二頭追う者一頭も得ず…にならない様に頑張るだけか」
「不安になるような言い方ですが、…そうです。でもあくまで私達の目的は、指揮系統の回復…そして指示を仰ぐ事、問題解決はやるべき事ですが、この場での最優先事項ではありません」
「わかった」
レッツォは、手に持った魔筒の確認し、頷く。
---[09]---
周りの隊員達に目配せをして、彼らが返事の代わりに頷き、私達は王宮の方へと向かった。
「何がどうなってやがる…」
宿の中で、ぬくぬくと仲良しごっこをするなんざうんざりで、街へとくり出し、大河を横目に川辺を歩いていただけだったはずだが…。
街の至る所から轟音が響き、黒煙が空へと舞っていく。
事故が起きたようには見えない…、不自然な程に爆発場所が多いからだ。
これじゃ、まるで誰かが爆弾でも無作為にばらまいたようにも見える。
居心地の悪さから宿を出た先では、別の問題事。
こんな事なら、柄じゃない魔法の自主練でも、宿の部屋でやってるんだった…と、黒煙をその目に捉えながら、俺は溜め息を吐く。
---[10]---
「なぁ? これはてめぇらの仕業かなんかか?」
俺の足元には、ぼろいマントを纏ったひょろい男が倒れている。
その男の背中を片足で踏む着けながら、苛立ちを覚えていた感情を、踏む力を強める事で晴らす。
だがしかし、そんな事で鬱憤が晴れきる事はない…、この程度じゃ晴れる訳が無い。
俺がこの場に差し掛かった時、こいつは急に襲い掛かってきやがった。
「てめぇの事なんざ、知らねぇ。身に覚えがねぇのに、短剣で襲ってくるってのは、どういう了見だ?」
今は、相手が持っていた短剣は俺の手にある。
こちらの質問には何も答えず、ただ立ち上がろうと力んでいるのが、足を通じて伝わってきていた。
『おい、そこのお前、その足を退けないか?』
---[11]---
「ああ?」
この瞬間だけを、はたから見れば、ひょろい流浪者を短剣片手に脅している図に見えなくもないが、俺の事を悪として決めつけているのは、お門違いにも程がある。
遅ればせながら到着なさった憲兵、そんな連中を俺は睨みつけた。
「なんだその目は?」
完全に俺の事を敵とみなした反応、癪に障る…が、面倒に巻き込まれても、自分から起こして手間が増えるのはごめんだ。
「俺はセ・ステッソ・フォルテ。杭の調査で来てるサドフォークの兵だ。この足元の野郎から襲ってきた…この短剣を使ってな」
憲兵に見えやすいように、持っていた短剣を向ける。
「周りにはまだ野次馬が何人もいるんだ…。事の流れを見てた連中もいるだろうよ。こっちを疑うのも勝手だが…、周りから話を聞くのを忘れるんじゃねぇ」
「んぐ…」
---[12]---
憲兵が言葉を詰まらせる…、そして目を向けた先、近場の武器屋の店主らしき男を目で捉えると、男はこっちの言った事を肯定するように、何度もその首を縦に振った。
「オラ…おとなしくしてろ…」
どんどんと力を増していく下の奴に対し、再び足を浮かせ、力いっぱいその背中を踏みつける。
その体がまた地面へと叩きつけられ、足で踏みつけられる…、普通の人間だったら、それで抵抗が弱まると思うんだが…、そいつには絶対に動かなきゃいけない意志があるのか…、それとも諦めが悪いのか、未だ立ち上がる意志を消す事は無かった。
「君、この男との関係は?」
「なんにもねぇよ。ただの通り魔だろ? その辺のガキやジジババ連中を襲わず、俺を襲ってきやがった。誰でもイイってんなら、十分度胸は据わってると思うがな。だが…、相手が悪ぃ…」
---[13]---
自暴自棄になって傷害沙汰を起こす話なんざ…、飽きる程聞く話だ。
この男もどうせ同じ口だろ。
あわよくば返り討ちにあってお陀仏…、あとの事は責任もろとも全部他人に押し付けてさようなら…。
・・・冗談じゃねぇ。
誰がテメェのケツの穴を拭くってんだ?
俺はまっぴらごめんだ。
だが…、腑に落ちねぇ。
人生をドブに捨てたい奴が、なんで抗ってくる?
未だに踏みつける俺に逆らうように力を入れる男、その力は緩まる所か、ドンドンと力を増しているようにすら…。
「…ッ!?」
もう一度、力を入れて踏みつけてやろう…そう思った時、視界へ何か白いモノが割り込んでくる。
---[14]---
何かが当たる衝撃と共に、体は横へと叩き飛ばされ、倒れた俺の体に次々とのしかかって来た。
幾重にも折り重なって、視界を闇が侵食し、耳もその捕らえる音を減らしていく…、それでも聞こえてくるのは悲鳴だ。
その恐怖に負けた悲鳴だけは、俺の耳にも届く。
だから何だ?
俺は正義を愛する戦士なんかじゃない…、自分を犠牲にして人を助ける聖人になるつもりはない。
「クソッ…。なんだ…、重ぇんだよ…」
自然と体中に力が籠る。
万全の体勢じゃねぇから、力んだ所で、出せるモノは大してない。
諦める…なんて文字、俺は持ち合わせてはいねぇが…。
どうにかこの状態から抜け出そうとする中で、鳥肌が止まらなかった。
---[15]---
押しつぶされる自分の体に当たる、押しつぶしてきている元凶…、自分の体に乗っているモノの感触が、俺に不快感を与えてきている。
硬い物がありながら、そのほとんどが柔らかく、そして生暖かい、坂を転がり落ちてきた樽とか、水とか、そういう類のモノじゃない…、それはまるで人だ。
そんな俺に追い打ちを掛けるように、それは開いた。
ちょうど俺の目の前、目と鼻の先…、俺の体に乗っているモノ…、その2つの何かが開く。
それは何か…、最初こそ、疑問しか浮かばなかったが、闇に目が慣れ始めた時、それが何か、うっすらとだが見えた。
目だ…、人間の目。
この暗がりの中で、僅かに差し込む光を吸収し、そして反射させて、そこにある…と何とかわかる程度だが、確かにその2つの眼は、瞼を開き、俺の事を見た。
「…なッ!?」
---[16]---
俺と同じように、何かが当たって押し倒された誰かなのか…、最初はそう思った…、だが、様子がおかしい。
のしかかっているのは人だ…、人だが、うっすらと見えるその顔には、怖いぐらいに特徴が無い…、生が見えない。
個人としての個を失った無数に存在する何かだ。
その感情の籠らない目は、ジッと俺を見続ける。
そして、何の前ぶれもなく、その口を開き、こっちの同じように身動きが取れない中で、ジリジリとこちらに詰め寄って来た。
カチ…カチ…と、何度も歯と歯を打ち鳴らしながら…、ゆっくり…ゆっくり、俺の首元へ開いた口をにじり寄らせる。
「クソッ!」
薄気味悪いどころか、久方ぶりに恐怖すら覚えるその状況…、目に映るモノに対して、じっとりとした嫌な汗が額をなぞる中、なんとかその存在から逃れたい…と、体を動かす。
---[17]---
足も、腕も、重みでガッシリと固定されたように動かず、見苦しくも、相手と同じように、なんとか逃れようと身をよじりながら、離れようと動く。
それでも、結果は大して変わらない。
「クソッ、クソッ」
体にのしかかる重みが憎たらしい…、なんで俺がこんなみじめに、悪足掻きみたいな往生際の悪さを見せなけりゃいけないんだ…。
なんとか…何とか体を動かそうと、足に…腕に力を入れる。
動かないモノを無理やり動かそうとするせいで、痛みすら覚えるが、そんな痛みすら、ジワジワと沸き上がってくる怒りに比べれば、安すぎる代償だ。
強く食いしばったせいか、口の中に広がる鉄の味を、舌が感じた頃、それを一線として、何かが越える。
---[18]---
痛みが和らぎ、ほんの少しだけ、体に掛かっていた重さが、軽くなったように感じた。
「ああああぁぁぁぁーーーーッ!!」
自分を奮い立たせるための雄叫び。
さっきまで動かせなかった腕が、若干の自由を得て、乗っているモノを押し上げるように、上へと上げる事ができた。
上げれば上げるだけ、軽くなるソレに合わせるように、腕だけじゃなく足にも力を入れて、少しでも力が入る体勢を整える。
俺の首へと向かっていた相手の口は離れていき、徐々に隙間から光が差し込み、より一層、体が軽くなるのを感じた時、一気に体をよじりながら、のしかかっていたモノを横へと退けるように、手に全力を注ぎながら、押しのけた。
その瞬間、目に大量の光が注ぎ、僅かな痛みと共に目を細める。
体の節々が再び痛みを覚え始める中、地面に手を突きつつ、体を立たせた俺が目にしたのは、死体のように動かない、無数の人間の姿だった。
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