第二十三話…「希望とその歩み出した先は。」
足元に倒れた戦兵を横目に、目の前にある扉を開ける。
遠くから、ドンッドンッと物騒な爆発音が、ここまで響いてきていた。
全ては始まり、各地で我々は立ち上がる。
その爆発音は、狼煙の音とでも言えばいい…、そう…始まりの音…、だからこそ勝利のため、その決定打になるモノの準備が必要なのだ。
「準備はいいかい?」
部屋へと入り、そこで、こちらを見ながら立っている少年に手を差し伸べる。
羽織るマントから出た手…、自分の指に形作られた…種族としての証明の形…、それが視界に入る事に不快感を感じつつも、差し出した手を引っ込める事はしない。
時は来たのだ…、いや、来てしまった…と言うべきか。
本来はまだまだ時間がある予定だった。
これはこちらの失態だ、御しきれていない自分の失態だ。
---[01]---
だからこそ、ちょっとした負の感情も、全てを達成させる糧としなければならない。
少年の顔は引きつり、恐怖を隠しきれずに体は震えている…、それでも、その震える足を一歩一歩前に出し、こちらへと寄ってくる。
「他の…他の奴らは大丈夫…なんだよな?」
「ああ、大丈夫だとも、必要なのは君の手の中に…」
少年はこちらに左手を出し、私達はその手を取った。
「そう言えば、名前を貰ったそうじゃないか」
「なっ…、アレは…向こうが勝手にそう呼ぶって…」
「すまないね。私達では、そういった事ができない。名前と言うモノを必要としない…。その必要性を考えもしなかった。だが、君が名前を貰ったと聞いて、その考えも変わったよ。私達に名前があるのに、君には無いというのは、あまりに不公平だった」
---[02]---
「じ…じゃあ、今からでもイイから、俺にも、その名前をくれ」
「その名前? 私達の名前が欲しいと?」
少年は首を縦に振る。
しかし、私達は、そんな彼の望みに対して、良い返事はできない。
「それはできない。この名は、「供物」の名のだ。君は、未だ供物としての価値を持たない。その価値を得るために、此度この場に君はいるのだ。名を得たいというのなら。その価値を示せ」
「・・・そうかよ」
私達の言葉に、少年は不機嫌そうな表情を浮かべ、視線を下へと落とす。
そんな少年の肩を叩く。
「不安がる必要は無い。心配をする必要もない。私達の望みが聞き届けられないという事は、決して…、決してないのだから。「大いなる希望」は、絶対に私達の望みを叶えてくださる」
---[03]---
「本当か? 皆、元気で、一緒に生きて行けるか?」
「できるとも」
きっと、少年からは、私の顔は口元しか見えていないだろう。
それでも、私達は、笑顔を向ける。
不安に満ちた少年に希望を与えるため…、心配をする少年に…、勇気を与えるために…。
「では始めよう…」
私達は、視線を少年の手の平へと向けた。
その手の平を指でなぞる…、4本の線を一点で交差するように引き、その一点へ、忌々しく思う鋭く尖った爪を突き立てる。
爪は、少年の手の平の肉へと食い込み、プスッと限界を超え、皮を破り、肉を裂いた。
---[04]---
少年は痛みで顔を歪めるが、この程度で苦しみを覚えていては、耐えられまい。
「臆するな少年。かのお方は見てくださっている。示すのだ…そして、願うのだ。そうすれば、力をくれます。君は一人ではない。私達は常に共にある。共に行こう…、あのお方の下へ…」
「…あの…お方…」
私達の爪は、少年の手の平を貫き、その血を一帯に広げていく。
それは普通に考えれば尋常ではない量だ…、大の大人が剣を突き刺して、手に穴を開けようと、こうはなるまい。
これは…血とは違う何かが溢れ出ている証明である。
「では、貸していたモノを、返してもらいます。いいですね?」
「・・・ああ」
少年の体がふらついて、1歩2歩と…後ろへと後ずさる…、それは目的のモノが少年から出ようとする時、余計なモノまで持って行ってしまっているからだろう。
---[05]---
その時、ドンドンッと扉が強く叩かれる。
『オイッ! 中で何があったッ!?』
外で倒れている戦兵が見つかったらしい…、だがしかし、問題はない。
扉には鍵を掛けてある…、その気になれば破り開ける事は容易いが、その時にはもう事は済んでいる。
部屋の中で何が起こっているのか、それがわからなければ、下手に入る事も出来まい…、優先すべきは、その場に見張りを置き、戦兵の増援と、上官からの指示を仰ぐ事…、そもそも、何か問題があろうとも、一介の戦兵如きでは手を出せない…、この場は…「王宮」なのだから…。
下手に王宮の中で破壊活動をすれば、クビが飛ぶ。
「う…あ…ぐぅ…」
少年の左手はみるみる内に色を失い、白く変色していく。
---[06]---
浮かび上がる血管が、その白い腕に線を引いていたが、ソレも次第に消えていった…、まるで、血管そのものが無くなっていくかのように…。
色を失った腕は、徐々に肥大化し、ブクブクと膨れ上がった。
「あ…ああああ…」
少年の腕は見る影もなく、2倍…3倍…と大きく…太くなっていく。
まるでそれと比例するかのように、扉を叩く音も大きくなっていった。
ドンドンッ! ドンドンッ!…と扉を叩く音、それ以外に聞こえるのは、恐らく少年のうめき声だけだろう。
戦兵達も、それに気づいたからこそ、扉を開ける方へと動くようだ。
しかし…もう遅い。
この国の人間の大半は甲人種の人間だ。
魔力に対しての技術力は体質的に弱くとも、そもそもの身体能力が高い…、その力を基準にし、無理矢理な扉の開け方に対しても、どの扉も頑丈に作られている。
---[07]---
ここが王宮ならば尚更の事。
その備えもまた、問題へとたどり着く道を遠ざけるモノとなった。
どのみち、封を切った時点で、誰かが止めに入ったとしても、止める事は出来ないだろうけど…。
ドンドンッと叩かれていた扉は、一際大きな音を鳴らし、ガシャンッという音と共に部屋の中へと倒れる。
鎧を着こんだ戦兵達が何人も中へと入ってくるが…、こちらの準備も完了した所だ。
完了と言っても、私達は最初のきっかけを与えただけで、後は勝手に進んだだけなのだが…。
『こ、これはッ!?』
戦兵の1人が、部屋の中の状況に、悲鳴にも近い声を上げた。
---[08]---
足元にはビチャビチャ…と、もはや赤を越えて黒くなった血の池が足へと纏わりつき、目の前には私達越しに見えるモノ…、自身の体よりも大きく膨れ上がった腕に、立っている事すらままならなくなった少年の姿がある。
こんな光景は、今のご時世、真っ当な生活をしている人間にとって、見る事はない光景のはずだ。
魔物や魔人に人が攫われ、その直後に巣へと向かえば…、別の意味でこういったこの世のモノとは思えないモノを目にする機会はあるだろうけど…、とにかくだ…、彼らにとって、国の中心である王宮内でそんなモノを見てしまった動揺は計り知れないだろう。
その体の硬直が無ければ、もしかすれば私達の首1つだけでも、落とせたかもしれない。
だが、その動揺は、そんな機会すら奪った。
---[09]---
「時間だ…。少年…いや…「シア」、忘れるな…、望みを。望みを…希望を忘れさえしなければ、君は絶対に死ぬ事はない…絶対にだ…」
「あ…ああ…」
その身に起きている事…、それはもう常人には理解できない苦痛を与えている事だろう…痛み…恐怖…呼吸困難に寒気…、ありとあらゆる苦痛が襲っている…、貰ったモノとはいえ、無くすというのは、嫌なモノのはずだ。
その反動として、あらゆる苦痛が伴うのなら、なおの事…。
状況を理解できなくても、行動し、私達を止めようとする戦兵達は、実に優秀と言える…、いや、そう思いたいだけか…、この状況で、一体何をどうしようというのか。
知らぬ事は罪ではない。
国の事を思い、命を賭け、事に当たるその姿は、称賛に値するだろう…、だがだめだ。
---[10]---
その勇気、その行動、その褒め称えられる全ては、鉄板に落ちる水滴のように、一瞬で蒸発し、跡形もなく、その命を消し去る。
グシャッ…とソレは弾けた。
そんなモノ…どこから来るのかも分からない程、溢れ出るモノ全ては常識を逸脱している。
溢れ出たモノ…それは黒い血ではない…、グチャグチャな肉片でもない。
それは人だ。
その人々は、塞き止められていた土砂が解放された時のように、一瞬にして溢れかえり、それは部屋を越え、外の廊下を越えて流れ出る。
一方は弾けたシアの左腕から、一方は部屋の床を満たす黒き血から…、一方はその血から洩れる魔力から…。
その者達は這い出でる。
---[11]---
1人? 10人? 100人?
彼らは流れ進む濁流のように、戦兵達を押しのけて、王宮内を満たしていった。
ドンドンッと、破裂音がレッツォの持つ魔筒から出る度に、狂人は怯み、動きを鈍らせる。
その隙に寄った私は剣を振り下ろす。
こうして刃を交えている間も、周りから…街から…、問題が起きている事を教えるかのように、悲鳴がこだまし、私の気持ちを逸らせる。
こちらの攻撃を片手で防ぎ、相手は、もう片方の手に持った短剣を振り回す。
間一髪の所でかわす…、そんなモノ戦いの中では日常茶飯事だ。
それでも、この相手にはそれが決定的な致命傷になる。
---[12]---
それがほんのかすり傷程度だとしても…、剣で防げるのなら、出来るかぎりその選択を…。
狂人との戦闘の中、理由は定かではないけど、相手の刃で傷を負った時、何故か体に施す肉体強化も魔法が途切れる。
それが一瞬か…、はたまた数秒間続くモノなのか、その効果はまちまちであるけれど、この場では、些細な傷が決定打になる可能性が高い。
相手の…、その左足はすでになく…、徐々に動きも鈍り始めた。
それはこちらの攻撃が入る事で傷を負っていったから…と思ったけど、どうも様子がおかしい。
もちろん体力の消耗は、必然的に生きる者にとって避ける事の出来ないモノだけど、その狂人は違った。
狂人であるから…、狂った存在であるから…、変化に気付いていないだけかもしれない。
---[13]---
その体の異変…変化…、動きの鈍り続ける体に、本人自身が、不思議そうにするのだ。
顔に笑みを浮かべながら…、笑いながら…、首を傾げる…、足を斬った時も、何食わぬ顔で、笑みを絶やさずに攻めてきた。
まるで、体が発する異常に気付いていても、感じていないよう…。
どこまでも他人事で、意に返さない…、まさに狂人と言えるその振舞いは、本当に人なのか…と人と戦っているというこちらの認識を狂わす。
迫る凶刃を防ぐ…、動きの鈍りが剣筋にも表れ、最初とは打って変わって、容易に防げる状態にまで弱まっていた。
防いだ刃を押し返し、よろめいた相手のお腹へと、強く蹴りを入れる。
体は蹴り飛ばされ、斜面に作られた街特有の坂道を転がり落ちて行く…、その時、相手の斬り落とされた足の無くなった部分から溢れ出ていた魔力が伸びて、私の手を掴む。
---[14]---
「…なッ!?」
なんとか踏ん張ろうと足に力を入れるけど、さらに強い力で引っ張られる。
「隊長ッ!」
レッツォの私を呼ぶ声が聞こえる中で、私の体は大きく宙を舞った。
転がる相手に、ただ引っ張られるのではなく、強い力で引かれて振り回されているかのようで、投げ飛ばされるように、私は近くの建物へと飛ばされ、ドスン…と、石壁に背中を打ち付ける。
「…グッ…」
鈍い痛みが背中を覆い、立ち上がろうとする意思が揺らぐ、それでも歯を食いしばり、立ち上がった矢先、黒い何かが、私の方へと迫った。
それは狂人の左足から洩れた魔力…、触手のようにのたうって、私の体に巻き付く。
---[15]---
体にかかる重し、今度は引き寄せられるのではなく、相手の体がこちらへと飛び込んできた。
「…ッ!?」
こちらに迫る凶刃を見て、その道となっている魔力を斬る。
まるで生き物の肉を斬るかのような感触が、剣を通して手へと伝わった。
それは、魔力であって、魔力ではない…ようだ。
とにかく、伸びた魔力を一刀両断するけど、今度は斬られたソレが四方に枝分かれし、胴体、腕、足…と私の体に絡みつく。
それだけなら、無理をすれば手でも引き千切れそうな程に細いモノ、しかし、それができない。
凶刃によってつけられた傷…、傷である以上、痛みを伴うのは当然…、でもその瞬間、同じ傷を同じ場所に受けたような痛みが走った。
それだけなら我慢できるけど、同時に、体の力が失せる。
---[16]---
まただ、また体の強化が切れた。
そうなってしまえば、体を縛る魔力から、自力で逃れる事ができない…、そこへ追い打ちを掛けるように、魔力はさらに私の体を締め付け、身動きも取りづらく…体の自由も奪われる。
私ができる事は完全に無くなり、凶刃が迫るその刹那、レッツォが私の前へと割って入った。
そこから間髪入れずに、私を襲うはずだった凶刃を彼が受ける。
左手に刺さるも1本は受け止め、もう1本は軌道を逸らせて躱す。
彼は、激痛が走っているであろう手に何かをするでもなく、自身の身よりも相手を優先、魔筒をその腹へと突きつけ、引き金を引いた。
ドンッという音が響いた瞬間、狂人の体は後ろへと飛び、自然と彼に刺さった剣も抜け、私の体を縛っていた魔力も消える。
---[18]---
レッツォは追撃の為に狂人の後を追い、私も縛られていたせいか…残っている息苦しさを引きずりながらも、彼の後を追った。
まだ立ち上がる狂人、そのお腹には血が溢れ出し、至近距離での魔筒の威力を物語る。
再びこちらへ襲い掛かろうとしていた狂人へ、さらに2発…魔筒が撃ち込まれ、完全に動きが止まり、よろめくその体…。
まるで私と狂人との直線上から離れるように、レッツォは横へと避け、相手の姿がしっかりと私の目に映る。
足を失い、体に穴を開けてもなお、笑みを浮かべたままのソレ、最後には口からも血がこぼれる中…、こちらの剣を…その刃を相手の首へと通した。
できる事なら、そんな事をしたくは無かったけど、生きたまま無力化するのは難しい。
---[19]---
仕方ない…と自分に言い聞かせながら、倒れ行く狂人の亡骸を見た。
「レッツォ、傷は?」
「剣が刺さったのは問題だが…、それ以外は問題ない」
「そうですか…。ではすぐに治療をして、次に備えてください」
できる事なら安静にしていて欲しい所だけど、そうもいかない、街中で上がる黒煙は、普段の鍛冶場から出る煙とは明らかに違う。
何かが起きている…。
1人でも多く、事に当たれる人間が必要で、この街の事に詳しい彼を、休ませている余裕は無かった。
いつの間にか、宿から出てきていた部下の隊員達が、周りの人々が戦いに巻き込まれない様にと非難誘導してくれたおかげで、その辺の被害はない。
---[20]---
彼らにレッツォを任せ、最初の…ガレスの下へ行く…という目的を部下達に伝えた時、新たな問題が目に飛び込んできた。
「…なッ!?」
それは丁度、自分達のいる道の先…、王宮の方を見た時だ。
不自然を通り超して異常な程の白…。
人の姿をした白い何かが、坂道を転げ落ちてくる。
1人2人? 1つ2つ?
とにもかくにも異常な光景、王宮から溢れ出ているようにも見えるソレは、川に流れる水のように、その白は坂道を…。
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