第二十話…「迫る影と襲う殺意」
世界の…平和の要であり、象徴でもある杭…、俺はソレに触れ、その存在を、肌を通して…魔力を通して感じ取る。
自分なんて、ちっぽけな存在だ…、杭に触れ、その流れを感じている中で、真っ先に感じる事がソレだ。
自身の持つ魔力なんてモノは、大河に落ちる水滴の一粒に過ぎない…、それ程の差がそこにはある。
『魔法使い殿、どうですか?』
何も言わずにいる俺に、不安を募らせるオーロヴェストの役人。
自国の平和に欠かせない象徴の状態が、気になってしょうがない…と言った所だ。
どう…と聞かれたが、俺から返せる言葉は、きっと彼らの求めている言葉ではない。
---[01]---
感じ取った魔力、その膨大な魔力は濁っている…、汚れている訳ではない…、杭の機能…とでも言えばいいか…、その流れ自体が鈍っている…、新しい魔力を取り込み、封印の力とする機能が弱まっている…というか…。
俺にとって、それは初めての感覚だった。
今まで、故郷の杭に触れる機会はあったし、その中に秘められた魔力の流れがどんなだったか…、それは今でも覚えている。
透明度の高い川の水に触れるような、そんな感覚が、記憶の中にある故郷の杭だ。
その封印…杭の大きさがそのまま影響しているのか…、この濁りが、そのままこの杭での当たり前であるなら、頭を悩ませる理由も無いんだが…。
俺は自身の杭の知識量を説明し、あくまで、俺が見てきた故郷の杭と比べて…と、俺が言った事がそのまま真実になる訳じゃない…と前置きをして、今俺が杭に対して感じた事を説明する。
---[02]---
元々期待は無かったのかもしれない。
役人の顔は、俺の説明に対しても、さほど顔色を変える事無く、こちらの話を聞き続ける…、それはもうこちらの言葉がちゃんと届いていないんじゃないか…と思えるぐらいに…だ。
「覚悟をしていた事でございます」
「覚悟って…。常に最悪な事態が襲ってくるって思ってるのか? なんだか心身共に参りそうな話だな」
「我々の国は、とにかく魔法に…魔力に対しての知識や技術が、他国よりも劣っているとわかっておりますから…、ソレらに関しては、常に最悪な知らせが来る事を前提に動き、そしてすぐにその問題に当たれるように…と動いているのでございます。」
「そうか…。すまない」
それもそう…だよな。
---[03]---
この役人のような…、この国のような考え方が普通で…、あってしかるべき思考…というモノだろう。
守るべき対象…、平和を実感できる象徴…、それらを言うのは勝手だが、もしそれが無くなった時の事は、一体どれだけの人間が考えている事だろうか…。
難しい話だ。
あるのが当たり前と思考が固まってしまっているからこそ、もしもの話をしないし、考えない。
俺自身、村の杭が無くなって初めて、杭が無い事から続くこの先の未来の事を考えた…、無くなるまで、そうなった時の事なんて考えてこなかった。
「魔法使い殿が謝る事ではないでしょう。それだけ、この平和な時が続いた証でもあるのですから」
「そう言ってもらえると、過去の自分を叱る気持ちも、幾分か紛れますが、この際、自覚が足りない…と言ってくれた方が、今後の励みになりますよ。」
---[04]---
「ほっほっ。確かに、反省する心は、後の自分を大きく…そして強くするモノですが、あなたは我が国にとって、希望の光の1つでございます故、そんな方を叱るなんてとんでもございません。恐れ多い事でございます」
「・・・そんな目上の人間を相手にするような対応はやめて欲しいんだがな」
俺はそんな大層な人間じゃない。
「俺はあくまで、先行して来ている臨時の医者とでも思ってくれ。その辺にいるような一介の魔法使いに過ぎないよ。ウチのじょ…隊長に改めて、杭の調査をできる人間を寄越すように連絡をしてもらったし、俺はその場繋ぎでしかない」
「しかし…」
この人達からしたら、すがる思いだろうし、臨時の人間だとしても、その辺の医者だって王宮付きの医者に見える事だろう。
---[05]---
モノがモノで、杭の話ときたら、下手に人を呼んで調べさせる事も出来ないだろうから、普通に事に当たる以上に心労が絶え無さそうだ…、想像だけでも、お疲れさまと言いたくなる大変さだよ。
とにかく、悪化はしていないが、全くもって良い方向に言っている雰囲気は一切ないのが、今の杭の状況だ。
俺個人としては、この杭の濁りが、コレ特有のモノであってほしいと願うばかりなんだが…。
杭に触れながら…、その周りをグルグルと観察していく。
コレと言った大きな変化はない…ように見えるが、一度そこにある…と認識してしまった杭に走った亀裂に、自然と目が行った。
亀裂が悪化したとか、他に亀裂が増えているとか、そう言った悪い方向へと転ぶような状態にはなっていない。
その点に関しては、ホッと胸を撫で下ろす所ではあるが…。
---[06]---
「鉱山の方へ行っていた時、そちらが言っていたような魔力震を感じる事は無かったんだが…、揺れはあったか?」
「いえ、そう言った異変を、身を持って体感する…といった事は、今の所起きていませんね」
「・・・そうか」
チェントローノ…中央国での国同士の会談前は2日に1回の感覚であったモノが…、今はさっぱり無くなっている…か。
わからないモノだ…。
大きい声で叫びたい気持ちをグッと押さえ込み、唸り声のようなモノを口から漏らしながら、俺は頭を掻く。
自然的なモノなら、突然パッと事態が収束するのも分らんでもないが、魔力震が起きなくなった頃が、妙に関連性を持ちそうな時に起きているせいで、俺の頭の中で混乱を招いてくれる。
---[07]---
俺達が来たから…、魔力震の問題に杭の問題、それらを話し合うために会談が行われるから…、魔力震が起きなくなったのが、そのぐらいの時なせいで、変に勘ぐってしまう。
「もしその魔力震が、ヴィーツィオが杭にちょっかいを出していたのが理由なら、アイツを討った以上、これで終わり…となってくれるのがありがたいんだが…」
「しかし、現状ではヴィーツィオは…」
「まぁ安心はできないって事で一致してるな。一応調べるために兵を出してるんだろ?」
「はい。鉱山の町と、それより先に何かないか、他に原因は無いか…と、範囲を広げつつ調査をしております」
妥当な流れだな。
わからない事が多い…、結果として出てきたモノも信用ができない…、そんな事が連なれば、満足いくまで調べる以外に、選択肢なんてある訳がない。
---[08]---
「はぁ…。ないない尽くしだな」
念の為に…と、杭に対して、問題は無いか…見落としは無いか…、何周かしている時、足元の方を見ていると、何かが目に付く。
「・・・」
見覚えのあるソレを拾い上げる。
結晶の欠片…、棒状のソレが、また落ちていた…、それも、亀裂の下に…だ。
「またこれか」
「それは…」
役人も、俺の拾ったモノを覗き込み、何とも言えない表情を見せる。
「我々は、夜間もこの杭までの橋を警備の者を置いて監視しております。湖の杭の周辺も見ていますが、誰かが船で渡る姿を見た者はいません。一体全体、なんでそんなモノが何度も…」
---[09]---
「待ってくれ、そう焦らないで、冷静に…」
「は、はい、すいません」
昼間はもちろん、夜間だって明かりを灯して監視をしていれば、隠れようが無いし見つかるのが関の山だ…。
「第一、これが人為的なモノかだってわからない…」
俺はこの欠片が何の用途で使うモノなのか、その辺の知識を一切持っていない。
勉強として、有名どころの魔法類は、村に居た頃に教えられてきたが、話で聞いてきた限りで、こんな結晶のようなモノを使った魔法の話は聞かなかったと思う。
単純に俺が忘れているだけだというのなら、さっさと思い出せ…と喝を入れたい所だが…、その記憶の尻尾さえ見えず、心当たりがない。
デカい湖のド真ん中、そこに杭があって、近くまで来る方法と言えば、一本の橋と、他に方法があるとすれば、船でも出すか…、後は空を飛ぶとか…、しかし、橋も船も監視されてる中で使ったら警備に気付かれる…。
---[10]---
「じゃあ空か?」
いや確かに、空は橋に水の上と監視の範囲外かもしれない、それでも昼間に飛んで来たらさすがにバレるだろ…、夜だって飛び方次第では音でバレる…。
「魔法による浮遊なら…いや魔力の消費が激し過ぎる…」
浮遊なら確かに音類を最小限にして杭に近づけるだろうが、杭に何かちょっかいを出す事が目的なら魔力を使用するのは必然、なら魔力を大量に消費する浮遊はあまりに効率が悪い…、可能性が無いとは言わないが、空からの接近はなかなかに選択肢としては選びづらいな。
敵…犯人が複数人なら、ちょっかいを掛けるヤツとそいつを運ぶヤツで、役割分担していけば可能かもしれない…、ヴィーツィオが個ではなく複数の存在なら、可能性は上がる。
「…クソ」
---[11]---
可能性が多すぎる…、絞れる気がしない。
なら…、他の可能性を考えてみるか?…と言っても、他にそんなのがあるとすれば、警備を含めて杭に関係している連中が全員裏切り者とか…、あまり考えたくない可能性だがな…、後は…、水中を進む…とかか。
俺は何気なく杭に背を向けて、足場の縁に行くと、そこで膝を付き、湖を覗き込む。
見えるのは何の変哲もない碧、ゴミが浮いているとかも無く、水面は風で揺れているだけだ。
「この湖には、何か変わった生き物が生息しているとか…、そういった話はあるか?」
「生き物…ですか? いえ、特にそう言ったモノを聞いた記憶はありませんね。過去、軍による調査も何度か行った記録はありますが、別段気にするような結果はありません」
---[12]---
「そうか…」
「何か湖が原因なモノがあるのですか?」
「いや、この杭までたどり着く方法として水中を進む…とかもあると思っただけだ。それで、何か変わったモノを見た事は無いか…て」
「水中を…ですか? しかし、そんな事が可能なのですか?」
「さあな、わからん。わからんことだらけだから、ポッと頭に出てきた可能性を、何でも見ていかないと…と思って」
「左様ですか。では、今一度、湖の調査記録を見るのも、よさそうですね」
「かもしれないが…」
結局、わかってるだけの情報が信用ならないせいで、しらみつぶしになる訳だ。
「おや…何やら騒がしいですね」
騒がしい…。
---[13]---
「・・・」
役人の呟いた事に俺は耳を澄ませると、確かに、ここからだと丁度死角にならないぐらいの、この杭までの唯一の道を警備している連中が、何やら話しているのが聞こえた。
「誰か来たようですね。はて、今日は我々以外にここへ来る予定は無いはずですが」
「問題事か…?」
何か問題があって連絡として人を寄越したのかもしれない…、しかし、それにしては警備の連中が口にする言葉はどれも穏やかではない。
止まれ…とか、動くな…とか、その程度なら何も気にする事じゃないんだが…、聞こえてくるのは、急にどこから…とか、これ以上こちらに来れば容赦しない…とか、滅茶苦茶なモノも聞こえてくる。
---[14]---
自分が口にした問題事…とは意味が違うんだが…、その言霊は生きて問題を引き寄せたらしい。
その時、ちゃぽんッ…と、何かが水に落ちる音が、さっきまで見ていた湖の水面から聞こえてきた。
その水面はさっきまで無かった何かが落ちた波紋を広げ、不気味にいくつもの円を描く。
「なんだ?」
音と波紋、それだけで何かが落ちた事は理解した…、だからこそ俺は再び水面を覗き込む。
そこには、さっきまで無かったモノがあった。
「レッツォ、居ますか?」
---[15]---
本国への報告書もまとめて、それを早馬で出し、新たに届いた鉱山の調査報告書に目を通し、頃合いを見て昼食を取った後、私は部屋を借りている宿の裏手に併設された鍛冶場に顔を出していた。
そこには、目元に隈を作り、少々やつれ気味ながらも、隊員の装備と向き合うレッツォの姿があって、彼はこちらの存在に気付くと、手を上げて返事を返す。
「なんかすごい顔…」
「昨日からぶっ通しでやってたからな…装備の点検。そりゃあ顔も台無しになる…」
そう言って、彼が指さした方向へ視線を向けると、そこには使い込まれながらも、問題ないまでに手入れのされた武器や防具が並んでいた。
剣は刃こぼれなく、鎧は凹みなく、何人分も一夜で終わらせたにも関わらず、問題なく使えるまでに仕上がっている事に、彼の腕の良さがうかがえる…と言っても、両手を上げて褒める事は出来ないのだが…。
---[16]---
「一夜でこれだけの仕上がりは素直にスゴイとは思いますが、帰ってきてすぐにその調整を頼んだはずですが…。もう幾分が日は経過してますよ?」
「・・・いや、俺はよ。やればできる子の分類に入る人間でな。十分に英気を養って、その能力を遺憾なく発揮できる瞬間を待ってからでも、十分仕上げは遅くならねぇって訳よ」
「それは…」
いつまでに…という確固たる日にちを決めて頼まなかったのは自分だけど…。
「確かに、普通に鍛冶屋に頼むよりも早く仕上がっているとは思いますが…」
なにも、こんな体に負荷のかかるようなやり方をしなくても…。
レッツォの整備の腕は、隊員の皆が認めているモノで、この国には腕のイイ職人もいるだろうけど、安心感という点で彼に点検を頼んだ。
---[17]---
もちろん、無理にとは言わなかったし、断られたらソレはソレで、できる限り信用に足る職人を紹介してもらうつもりだった。
そんな中で、二つ返事で承諾してくれた彼には感謝する…。
期間を決めなかったのは、彼の負担にならない様にするため、余裕をもって作業に当たってもらうためだったのだけど…。
「自由ですね、あなたは」
「そらそうだ。自由があってこその人生だからな。何をどうするのか…なんて、各々の自由、仕事を頼まれれば、それをどう処理するのかも個人の自由だ。そして俺は、気がノリまくった昨日、この仕事を終わらせなければ、いつ、最高の状態で仕事に当たれるかわからなかった。だからこのノリが続く間に、やりきった訳だ」
「言いたい事はわかりましたが…、体に悪いので、あまり褒められたやり方ではありませんね」
---[18]---
「かもしれねぇ~な。まぁ徹夜なんてしょっちゅうやってる訳だし、今更ではあるが」
「いつもやっていても、仕事と飲酒では頭の使い方が変わるでしょ。当然疲れるのは前者です。というか、いつもと雰囲気が違って、なんか絡みづらいです」
「まぁ確かに、俺に取っちゃぁ両方とも楽しい事ではあるが、仕事はつかれるわなぁ。人の命の乗っかるもんで、一切の手抜きができねぇし。絡みづらいと言われても、こっちは一睡もせずに昨日の夜から、装備達と仲良く睨めっこをしてたかんな、気分も上々で調子も空回り前提のハツラツ状態だ。その甲斐あって、仕事は捗るし、それで終わらせた仕事に気分の良い達成感もある。文句のないイイ気分だよ」
「そう…ですか」
仕事をやりきった事による達成感、それは私にもわかるけど、同じ事を真似しようものなら、ドルチェに叱られるだろう…、肌が荒れるとか健康に悪いとか、そんな事を言われる未来が見える。
---[19]---
「所で、隊長はどうしてここに? 何か用事があったんじゃないのか? それとも、俺の見舞いでもしに来てくれたとか?」
「用事があったのは確かですが、見舞いでは絶対に無いです」
いつもと様子の違うレッツォの勢いに乗せられて、目的を忘れそうになってしまった。
私は仕切り直す…という意味も込めて、一度咳ばらいを挟む。
「大した用事はないの。こちらに戻ってきてから机仕事が多かったから、この後で街を見ても回ろうと思って…」
「あ~、なるほど、それで自分の装備を取りに来たってか」
彼は私が最後まで言い終わる前に、こちらの意図を理解して、ピンときたように頷いた。
「はい、そうです」
---[20]---
「それはそれは…、ちょっとした運動代わりの散歩でも、剣だけは忘れない…、まさに剣士の鏡だな、隊長は」
そう言って、彼はおいてあった私の剣を取り、それを鞘から抜いて状態を確認する。
「だがまぁ、残念な知らせだ。譲さんの剣はまだ診てないんだわ」
「ちょっと刃こぼれはしていたと思いますが、問題になるほどの状態ではなかったと思いますので、別に構いませんが」
「駄目だ。たかが刃こぼれ…、それがもし剣が折れるきっかけになったりしたらどうする」
「ですが、こんな街中で大きな戦闘なんて起きないと思いますが…、考えすぎでは?」
「俺が許容できねぇ~の。装備は命そのモノ、比喩でもなんでもなく、それの有無によって生死が変わる瞬間がある。剣士であるなら必然として、死が隣り合わせになっているんだから、そこに妥協はしちゃいけないんだよ」
---[21]---
「・・・すいません」
「わかりゃあいいんだ。もし隊長がそれで怪我以上の事が起きでもしたら、他の連中の指揮にかかわるぞ? 俺は間違いなく凹む。自分の仕事もまともにできないって泣き叫ぶ」
「イイ大人がそんな事をしないでください…」
「そう思うなら、万全じゃないモノでも構わない…なんて事、今後は言うんじゃねぇ」
彼は、作業の手を止め、鍛冶場の隅へ足を進めた。
「全く、隊長はガレスと同じ事を言うんだな」
「サグエさんもここに寄っていったの? たしか彼、今日は封印の杭の点検に行く…と言っていましたが」
「じゃあソレに行く前だな、丁度アイツの剣を診てた時で、時間が掛かるなら別にそのままでも構わないって言いやがってよ、あの野郎…。言い方は違えど、譲さんと同じように酷い状態じゃねぇから、そのままでいい…てよ。冗談じゃねぇ。2人とも、武器の状態を軽視し過ぎだ」
---[22]---
「そんな事はない…と思うのですが…」
レッツォは…、装備の事になると完璧主義…という事かな?
普段はここまで我を強く出す人じゃないのだけど、今日は妥協を許さない…と言った感じだ。
「武器とソレを使う者、その気遣いはとても嬉しいのですが、ソレなら、あなたも、自身の戦い方に注意してください? 試作品とはいえ、上手くいかないから…と飛び道具が鈍器に変わるのは…その予期しない破損が起きそうでヒヤヒヤします」
「俺の方は別にいいんだ。身体も頑丈だし、そんじょそこらのぬるい攻撃じゃビクともしないからな」
「よくありません」
武器は大事で、使う者の命と同等…、そう言った彼と、同じ人間の発言とは思えない…、僅かな時間で、バッサリと相手は気にするが自分はどうでもいい…なんて、そんな事許容できるはずもない。
---[23]---
「今後、世界がどうなっていくのかはわかりませんが、起きるであろう戦いは、今までの魔物や魔人との戦闘とは比べ物にならない程に激しくなっていくでしょう。それなのに、相手はダメで自分はイイ…なんて、命を分けるような考え方は、よくありません。どちらも大切な命です。戦いは何が起こるかわかりませんから、自分は大丈夫…なんて、ただの油断であり、緊張感の足りない緩みでしかないです」
レッツォとはそれなりに長い付き合いだ…、ドルチェの次に長いと言ってもいい程に…。
だからこそ、自身の命を軽視する発言は許せなかった。
ハッキリ言って、私が言えた身ではないけれど、お互いにその妥協や緩みは、大事な時に命の危険を伴う…、それはあってはいけない事だ。
「私も、武器の状態を軽んじる事はやめますから、レッツォも、自分の身を大事にしてください」
---[24]---
「・・・わかった」
ちょっとの妥協が危機につながるかもしれない、武器の刃こぼれ1つがソレに繋がるとは、正直私は思っていなかった…、実際ソレがどれだけ危険を呼び込むのかはわからないけれど、いつもお気楽なレッツォの真剣な目は、そんな気にしてこなかった事にも目を向けるきっかけとなった。
だからこそ、考えを改める方へと、意識も向く。
「さて…替えの剣だが、これなんかどうだ? 隊長の剣に重さも長さも近いし、一時的に持つ分には問題ねぇと思うぞ」
そう言って、レッツォは一本の剣を私に差し出す。
「まぁ剣を診ている間の貸し出し用で置かれてる剣だが、手入れも行き届いてるし、その辺の問題も無い」
「ええ、確かに、重さもちょうど良いですね」
---[25]---
その剣を鞘から引き抜き、軽く素振りをしてみる。
愛用の剣でないからこその、多少の違和感はあるけど、これはすぐに慣れるだろう。
「ありがとうございます、レッツォ」
「別に、礼を言われるような事はしちゃいねぇよ」
彼は再び置いていた武装の調整に戻る。
私は、それを見届けて、鍛冶場を出ようとしたのだけど…。
「…ん?」
その歩いている最中、足に違和感を覚えた。
自分の歩き方がおかしくなっている訳じゃない…、足事態に伝わる、動くような感覚…、不審に思って足元へ視線を落とすが、そこには何も無い。
しかし、何かがおかしいのだ。
---[26]---
そして、そのおかしい何かは…、私が答えを導き出すよりも早く、答えを見せてくる。
足元に何も無い事を確認した後、今度は耳に届くあまり聞く事のない音…、それが聞こえた時には、体はその異変を実感として受け取っていた。
カチャカチャと、並んだ武器防具達が揺れ動く。
壁に掛けてあった工具類は、カタンカタンと壁を叩き始めた。
「揺れていますね」
この国に来て初めての地揺れだ…、といっても地揺れ自体、大して経験した事のないものだけど。
「確かに揺れてんな」
レッツォも、持っていたモノを置き、周囲を見ながら答える。
彼自身もそこまでの動揺を見せていない。
---[27]---
「あなたは、地揺れとか怖くないの?」
そもそも地揺れを体験する機会が無いから、比べようも無いのだけど、サドフォークから、サグエの故郷であるプセロアに向かう時に体験した地揺れでは、サグエが少しの間動けない状態になったりしていた。
比較対象が少ないからこそ、それが普通なのかとも思ったけど…。
「まぁ体験する事が少ねぇからな。怖くないと言えば嘘になる。正直、今は座ってるからいいけどよ、上手く立てるかわからねぇよ」
「そうなの?」
「ただ…」
「ただ?」
「最近起きてる地揺れは、杭が原因の魔力震て言うじゃねぇか。なら、原因がわかってる以上、少しはマシになる。だから話せてるってだけだよ」
---[28]---
なるほど、原因がわからない未知の揺れじゃなく、理由がわかっている揺れでは、恐怖の度合が違う…という事か。
「魔力震…です。」
その話は私も聞いている…、サグエからも、その種の話を聞いた。
なればこそ、この国に来て、今まで揺れていなかったにも関わらず、今日は揺れた事に注意を向けないと…。
原因が杭だというのなら、何か異変が?
丁度サグエが杭に向かっているこの日に?
「まるで見計らったかのよう…」
胸騒ぎがした。
解決しているようで解決していない、疑問しか残っていない手元の事実が、不穏な空気を匂わせる。
---[29]---
「レッツォ、あなたは、今使える装備を全部出しておいてください。それが終わり次第、宿に残っている隊員と合流。臨戦態勢で、宿で待機。危害を加えるモノがいれば対処を。正体がわかるまでは人への無駄な殺生は禁止します」
「了解、隊長はどうする?」
「何事も無ければいいですが、原因が杭なら、そちらへ向かっているサグエさんが心配です。私はそちらに。問題が起きていれば、軍の方達と合流も出来るでしょう。もし戦闘が始まっても私が戻って来なかったら、問題に当たっている軍の方達の指示を仰いでください」
「わかった。無茶するなよ、隊長」
「ええ」
私はレッツォの言葉に頷いて、鍛冶場を出た。
結局、地揺れが起きただけ、問題なんて起きる訳が無い…なんて、杞憂であってほしいと願うけど、地揺れはあのプセロアの事を脳裏にチラつかせる。
---[30]---
外へ出たのち、主な大通りに出たが、人の行き来が混乱を極めていた。
普段通りの行動をする者もいれば、何かから逃げるように走っていく者、起きている事を楽しんでいるのか…何かの行事でもやっているのかと興味を示す者…、行動が皆バラバラで問題が起きているのか、そんなモノは無いのか、判断ができなかった。
でも、もし問題が起きていないのなら…。
「…ッ!?」
…肌に刺さるような殺気を浴びる事なんて…あるはずもない。
何かの勘違いだろう…と頭の中ではソレを否定するけど、異変を感じ取った方向へと視線を向けた時、その脅威は、既に目前まで迫ってきていた。
ボロボロのマントを羽織り、その合間から見え隠れする白い肌に、体は反射的に悪い方向へと問題が動いていると理解する。
目前まで迫った鋭利な殺意の塊、人の命を奪わんとするその刺突を避け、私は剣を抜いた。
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