第十九話…「戦兵と物言わぬ者達」
薄暗い鉱山内としては、その肌の白さは別段珍しくないかもしれない。
しかし、任務で坑道内の調査を行っていた戦兵の目には、異様さしか感じえなかった。
一糸纏わぬ細身…いやそれよりもさらに細い裸体の女性が1人…、生気の感じない表情に感情の無い目でソレはこちらを見続ける。
この坑道は廃坑だ。
自分がこの町に住んでいた時には、既に何年も放置された後だったはず。
再び人が入るようになった…という話も聞かないし、何より、つい先日まで魔物だって巣くっていて、ここで生活していた子供達が助かったの自体奇跡と言えるモノだ。
任務で、このヴィーツィオが討たれた坑道を調べる事になった。
---[01]---
エークこと自分は、軍に入ってから幾年の時間を国に尽くした軍人だ。
ベテランとは言えないが、新米という札は剥がされ、狭い坑道を調査するため、いくつか作られた班の班長だって任されるようになった。
魔物や魔人を相手にする事だって何回もあったというのに、その突如として現れた女性に声を掛ける事も出来ない。
気恥ずかしさがある訳じゃない…、度胸が無い訳じゃない、魔物達と対峙した時の恐怖、今では感じる事はあっても、体が動かない理由にはならないソレが、全身を覆っている。
自分の右手は自然と、腰に携えた剣へと伸びた。
「ち、ちょっと班長、何考えてんすか!? 生存者ですよ? 保護しないと!?」
そんな自分の剣を握る手を、部下の1人が諫め、もう1人がその女性に駆け寄り、最後の1人は女性の横を抜け、まだまだ続く坑道の先を警戒するように立った。
---[02]---
彼らは何も間違った行動をしていない。
軍人として、民を守るのは大前提、目の前にいる人を、こんな危険のド真ん中である坑道内に立たせ続ける方が、間違った行動だろう。
じゃあなんで体はこんなにも恐怖しているのか。
なんで他の部下達は何も感じていない?
坑道の中で、真っ白な女性が、一糸纏わぬ姿で、その体に一切の汚れも付けずに、急に姿を現した…、助けての一言も、こっちを見るなという恥じらいの言葉も何も無く、ただ立ち尽くし、無言のままこちらを見続ける。
その状況に異常さを感じないのはおかしいだろう。
「班長、そんな所で突っ立ってないで、手伝ってくださいよ。女の人を裸で放置とか、イイ趣味とはいえませんよ?」
「あ…ああ」
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自分がおかしいのか?
怪訝そうな視線をこちらに向ける部下に流されるまま、自分もその女性へと近づいて行く。
「しかし、どうしましょうか? ずっと真っ裸で歩かせるわけにもいかねぇよなぁ?」
「そうだよな。どうしましょうか、隊長?」
どうする…て…。
不安は残るが、助けるにしてもこの格好のまま歩かせる訳にはいかないし、かといってその体を覆わせるだけの布などがある訳でもない。
「戻るしかない…だろうね」
こんな場所にいたから…、こんな格好でいたから…、不審に感じる理由はいくつもあるけど、それでも自分がそう感じているだけでは、助けない理由としては説得力を欠く。
---[04]---
「自分が先頭を歩く。皆は、2人は女性の警護、1人は後方警戒。1回坑道を出よう」
自分達が進もうとしていた先、まだまだ坑道は続いているけど、戻る選択肢を取るしかない。
坑道内はお世辞にも広い場所が多いとは言えない、大人数での行動ができずに、かなりの制限がかかる…、だからこその班行動だ…、にもかかわらず要救助者がいるから…とただでさえ少ない班を、さらに分割する訳にはいかないだろう。
自分は、部下と共に発見した女性を外へと、連れていく事にした。
『君、名前はなんて言うんだ?』
『どうして、あんなところにいたんかね?』
『どこか体に不調を感じる所とかあるかい?』
『お腹は空いているかね?』
---[05]---
部下が後ろで女性に話しかけているが、その言葉に返ってくるモノは何も無い。
それが自分の不安を増幅させてくるのだが…。
その背中に感じる不安の根源、来た道を戻る中、来る時以上に道のりが長くなっているように感じ、焦りからか、若干の汗が額を伝う。
外の光が見えた時は、それはもう心底ホッとしたと言える。
肩の荷は未だ下りてはいないけど、坑道の中という、不確定であり、自由に動く事の出来ない制限のかかった場所から抜ける事の出来た事実は、自分に十分すぎる程の安心感を与えた。
「これは…どういう事だ…?」
しかし、安心感から出た安らぎは、再びその色を黒く染める。
坑道を出ると、救助した女性のように真っ白な肌の男女が、何人も座り込んでいた。
『よくわからないが、坑道内で発見して救助したんだとさ。・・・てお前らもか?』
---[06]---
その光景に驚いている中で、近くに居た同期の兵が、状況を教えてくれる。
坑道の中で…救助、それだけ聞けば、自分達と全く同じ状況だ。
「・・・まずは女性をそんな格好のままにしておけない。各自、女性に羽織れるものや食事を集めて来て。自分は隊長に報告をしてくるから」
「「「了解」」」
明らかに異常だ。
救助した人達の面倒を見ていた戦兵に、こちらの事情を説明、部下達が必要なモノを持ってくる事を伝え、自分達が救助した女性を任せる。
何にも感じていないかのように、その戦兵は首を縦に振り、自分はそれを見届けて、その場を離れた。
「報告は以上です。我々は再び坑道内の調査に戻ろうかと思います」
隊長に状況の報告をするが、彼もまたこの状況に何も感じていないような、そんな風に思う。
---[07]---
坑道内から救助した人間は、10人には満たないまでも5人は超えている…、この状況下でそれだけの人間があの坑道内で見つかるというのは、絶対に何かある。
自分が最初に感じた恐怖とかが杞憂で、彼ら彼女らが無害だとすると…、この坑道の中に一体何があるのか…、その謎がより一層増すばかりだ。
人の命を使った何か問題になるような事が行われていたのか?
自分が、この町で生活していた時、そんな話は耳にした事はない。
その時はまだ子供だったから、そういった話が届いて来なかっただけ…とも言えるかもしれないけど、だからと言って急に人を見つける…なんて状況になるとも思えない。
もしかしたらまだ中に人がいるのかも…、感情は無いように見えるけど、実は助けを求めている?
わからない事が多い、元住人だからこそ、土地勘こそあれ…、子供だったからこその情報の狭さがもどかしい…、裏の事情なんてなおの事知らない事ばかりだ。
---[08]---
坑道内だけを調べるだけでは…、すぐに息詰まるだろう。
一旦、調査の幅を広げた方がイイかも…。
その夜、隊長の許可を得て、調査の目的はあるものの、ソレを勘繰られないように、息抜きという態で町の酒場に向かった。
「戦兵さんが来るなんて珍しいじゃないか~」
客引きをしていた女性は、胸元をはだけさせた服で、それが自身の武器であると自覚した上で、それをこれ見よがしに掴んだ手に押し付けてくる。
「き、今日は、隊長からお許しが出たので」
許しと言っても、お酒を呑む許しではなく、調査の許しではあるが、この分では調査が終わるのがいつになるか分かったものではない。
「そうかいそうかい、坑道で働く連中のたくましさも嫌いじゃないけど、あんたみたいなほっそりとしてても、ちゃんと筋肉の付いた可愛い子も嫌いじゃないわ」
「そ…それはどうも」
---[09]---
お世辞か、定型文か、それとも本心か、そう言ってもらえるのは嬉しく思うけど、今はそんな事を言っている場合じゃない。
それに、気を抜けば財布を搾り取られてしまう。
下手をすれば、それ以外のモノも…だ。
「じゃあ、とりあえずお酒と食べるモノ、適当に見繕ってくれない…かな?」
「それだけでいいのかい?」
「は、はい」
「そうか。ちょっと待ってな」
不敵な笑みを浮かべながら、女性は店の奥へと入っていく、それを見届けて、やっと一息つける時が来た。
この町の酒場は客引きが強引過ぎる。
酒場を選ぶ事は無いとして、入るかどうか、飲むか飲まないかの選択肢、飲む気が無いとしても油断すれば無理矢理連れ込まれる町だ。
---[10]---
今日はそもそも酒場に入る予定だったけど、接待の仕方がどうにも過激で、心臓に悪い。
王都の方は客の取り合いから来る強引さはあるけど、今まで入って来た酒場では、こういった接客をやって来た所は無かった。
「戦兵さん、さっきから思ってたんだけど、どっかで会った事あるかい?」
酒を持った女性が戻ってきて、自分の横に椅子を置くと、さも当たり前かのように、そこへ座る。
「…元々この町の出だから。もしかしたらすれ違うぐらいはあったと…思う」
「あ~、だからか。うろ覚え…て事は、戦兵さん、この町で酒を呑まなかったのかい?」
「ここにいた時は、まだ成人をしてませんでしたので」
「成人…。ふ…あっはっはっはっ。この町でそんなもんを守ってる奴がいたとは…、これはまた驚きだ」
---[11]---
「いいでしょ別に」
どうにもここの雰囲気は慣れない。
王都でご法度な事でも、ココでは別におかしくない普通な事…、荒んだ心を癒すのに、普通のやり方では足りないのだ。
だからこそ、自分はこの町を出た。
「そういや~戦兵さん。今日、他の戦兵さん達が町中を漁って、いらなくなった衣類を寄越せって言ってきたけど、何かあったのかい?」
「ええ、ちょっと。救助した人達のための衣類が不足していまして」
「救助した連中…ね~。そんなに大勢いたのかい?」
「それはもう不自然な程に」
「ふ~ん。また人身売買とかでもあった…とか?」
「また?」
---[12]---
「そうさ。知らないかい? 人蟲闘技…なんて言われた、人と蟲を戦わせる裏賭博をさ」
「いえ、初耳です。それが何か関係がある…と?」
「さ~ね。どうかな。話してやってもいいけどさ…、ちゃんと出すもん出してもらわんと」
「・・・」
そう言って、女性は親指と人差し指を擦り合わせる。
出すモノ…か。
自分は、懐から数枚の硬貨を机の上に置く、価値にしてお酒10杯分は超える量だ…、ついでにと追加でお酒と料理も注文した…、食べきれなければ、部下への土産行きだが。
「毎度~」
---[13]---
女性は笑みを浮かべながら、厨房に注文を大声で伝え、再び自分の方へと向き直る。
「私がココに来た時には、もうやってなかったらしいけどね。一部の上級国民とかが偉く好んだヤツらしくて。肉食の蟲と対峙させて、どれだけ生き残っていられるか…で勝負するんだとさ」
命を賭けさせる賭博…か、イイ趣味とは言えないな。
「その賭博と一緒に人身売買も行われてたって話だ。あくまで噂だけどね。でも、この町で歳の行った連中は大体その話になると、あの頃は良かったって、口を揃えて言うよ。まぁその話をする時のほとんどは酒が入ってるし、笑い半分で話してるから、信憑性に関しては保証しかねるけどね。あとその賭博が行われてたって言われる時期ってのは、大体この町が一獲千金の町とか言われるようになった時期と重なるよ」
「一攫千金…て、ここの鉱山が王都の利益を短期間だけ上回ったっていう…あの?」
---[14]---
「そうそう。さすがに知ってるわよね。その噂は」
「ええ。自分が子供の頃、ここに来るきっかけになった話でもありますから」
「あ~、なるほど、あなたも。それは自分の意思? それとも他人?」
「親の意思ですよ」
「そう、よかったじゃない。今のあなたは、その呪縛から解放されてるのね」
「・・・」
呪縛…か。
自分の意思に反して、この町での生活を強いられる子供…、それが自分ではどうにもならない檻だというのなら、確かにそれは呪縛で、逃げ出した自分は、解放されていると言える。
「あら、いらっしゃい」
女性の言葉に、思わず考え込んでしまう。
---[15]---
酒の入ったコップを覗き込みながら、自分の逃げ出した事実を思い出す。
そんな時、女性は、新しく入って来た客に気付き、席を立った。
視界の端で、人が動く姿に視線が自然と釣られる。
女性が向かった先には、見覚えのある姿の女性が立っていた。
坑道内で見つけた人物、今でこそ素っ裸では無いものの、どうにか集めた衣類は、余り物だけにボロボロで、有り合わせ感がいがめない。
でも、そんな事はどうでもよかった。
彼女は隊の保護下にあるとはいえ、自由に動ける身ではないはずだ…、護衛兼監視役の人間が居るはずで、おいそれと外を自由に動けるはずもない…、にも関わらずここにいる事に、思わず自分は座っていた椅子から勢いよく立ち上がる。
そして、急いで彼女へと近寄り、肩を掴んで、なんでここにいる…と少々怒りの感情の籠った声を上げた。
---[16]---
しかし、彼女から返ってくる言葉は無い、それは彼女を見つけた時と何も変わらないものだ。
『ちょっと戦兵さん、女にはもっと優しく接するように心がけないと、イイ職についてても人が寄って来なくなっちゃうわよ?』
彼女の目は…またも感情の籠らない目を、自分の方へと向けてきていた。
酒場の女性の言葉が耳に入っても、その内容を理解できない程に、自分はその目に…。
「すいません。自分、今日はこれで失礼させてもらいます」
「え!? ちょっと、戦兵さんッ!?」
予定変更だ。
また理由のわからぬ恐怖が…押し寄せてくる…、その目を見ていると、自分が責められているとさえ思えてくる…。
---[17]---
そんな感情がそうさせるのか…、彼女を自由にしておく事が、怖くてしょうがなかった。
今の時間、誰が、救助した人達の監視をしている?
まだ夜も更けていない時間、任務に体を鞭打って動かしてたとしても、軍人がそう易々と力尽きて寝落ちする事などあり得ない。
もしそうなったとしても、それを補い合うために複数人が監視に当たる…、最低でも3人だ…、救助した人達が、悪人罪人の類じゃなかったとしても、体調を崩したりするかもしれないのだから、複数人の目付が必要だというのに…。
彼女の手を引く自分の手に自然と力が入ってしまう。
「あ…、すいません」
それに気づき、立ち止まってから、しっかりと彼女の方へと体を向いて頭を下げる。
やはりその行動に対して、返ってくるモノは何もなかった。
---[18]---
松明の心もとない明かりを頼りにしているから、その手が実際にどういう状態になっているのか、それをしっかりと確認する事は出来ないけど、自覚している範囲で言えば、それなりに強く握ってしまっていたのだが…、痛い…の一言も無い…。
「・・・」
何の反応も示さない彼女…、まるで、見た目こそ人で、人としての呼吸や瞬き…と言った機能を持っている人形を相手にしているみたいだ。
生きた人形…。
誰かに操ってもらう事もなく、ただそこにあり続けるだけの…。
自分は、再びその手を取り、今度は力を入れ過ぎないように…と意識を少なからず向けながら、野営地へと戻った。
でも、様子がおかしい、戻って来た野営地は、不気味な程に静かで…、焚火の火がメラメラと周辺を照らす中、それを囲う戦兵の姿は1人として存在しない。
---[19]---
「なんだ?」
山奥にいる訳でもなく、燃えるモノが少ないとはいえ、全く無い訳じゃない…、焚火を焚いておいて、それを誰も見ていないのはおかしかった。
戦兵でなくても、その番の重要性は、一般の人でも理解している事のはずで、この場所が戦兵の野営地なら、その重要性をさらにわかっているだろう。
「一歩間違えば火事だな…。悪い方に転がっていないからイイものの…」
誰もいない焚火を抜けて、まずは救助した人達を休ませているテントへと、彼女を連れて行こう。
誰もいない程の静けさ…その不気味さに、心細ささえ感じる中で、目的のテントまでたどり着くけど、見える範囲には人の姿は無く、人の気配と呼べるモノも、全く感じない。
「誰かいないのか?」
---[20]---
自分の呼びかけには何も返ってくる事は無く、松明の明かりが照らすのは、もぬけの殻となったテントのみ…。
「・・・ッ!?」
その光景は、自分の平常心を保つ精神へ、致命的な傷を負わせた。
心臓は鼓動を早め…、呼吸は荒く…、吐き気が襲い来る。
「誰かッ!? 誰かいないのかッ!?」
自分の言葉は、空しく静寂の闇の中へと消えていく。
「どうなっている…どうなって…」
この暗闇を支配する空間の中に映るモノと言えば、もう1人だけだ。
「君が…何かしたのか? なぜ君は酒場に来た? これはなんだ!? 君は何を知っている!? 話せッ!」
---[21]---
静寂に負けまいと放たれる怒声も、それを聞き届けるモノがいるのか?
持っていた松明は地面に落ち、自分は彼女の肩を掴んで、こちらを見ろと言わんばかりに前後に揺する。
はたから見れば襲っているとさえ思える状況だが、その状況にもなお顔の状態を崩さずに…、彼女はその目で自分を見た…
「・・・」
魔物に襲われでもしたのか?
みんなして移動しなきゃいけないような急な任務でも入ったのか?
どれも説得力の欠片も無い、争った形跡はない、慌てて移動した形跡もない…、何も無い。
「…ッ!?」
その瞬間、自分の頬を、真っ白で細すぎるとさえ言える手が…触れるのだった。
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