第十七話…「善と善」


 堅苦しさも感じる話し合いの後、俺は軍施設に設けられたある部屋に、足を運んでいた。

 部屋の前には、その扉を挟むように、両側に兵士が立ち、重々しい雰囲気を醸し出している。

 俺はそんな兵達を一瞥しながら、扉を叩き、中の返事を待ってから入っていった。

 中に入れば、真っ先に目へと入ってくるのは、出された食事を必死に貪る子供達の姿だ。

 数人の使用人とシオが、そんな子供4人の面倒を見ている。

「調子はどうだ?」

 子供の様子を伺いつつ、俺はシオの方へと寄っていく。

「皆ひどく痩せてる。ご飯をろくに食べられて無かったんだろうな」


---[01]---


「そうか」

 子供…、それは、鉱山の中で見つかった孤児達だ。

「先生の方は、話は終わりか?」

「終わった、煮え切らないままにな」

「そうか…」

「・・・」

 今の所、俺の興味…というか、気になる所は、この子供達の存在だ。

 何故孤児に…てのは、想像した所でしょうがないが、ヴィーツィオとの関係性には興味がある。

 それでも、子供は子供だ。

 ほとんど見た目から考えるにジョーゼより歳は下だろう。

 そんな中で1人、周りの子供達と比べて、群を抜いて上な奴がいる。


---[02]---


 と言っても、子供達と比べれば…てだけで、まだまだ子供、ジョーゼよりも2年か3年ぐらい上ってだけだろう。

 そしてそんな中に、俺の財布をくすねた子供らしき姿は無い。

 ここでの一番の年長者が、あの時、捕まえたのを助けた奴として、やっぱりあの魔法使いが、俺の財布をくすねた奴…だったか。

 どこに行ったんだかな…。

 トイウナの女王に食われて絶命したか…、女王の死体の先、あの穴の奥で生きながらえているか…、後者であってほしい…と何故だか思う。

 あの魔法使いともう一度会いたい。

 事情を聞く意味ももちろんあるが、それ以上に、胸がざわつくというか、その存在をどうにかしなければいけない…離してはいけないと感じる。

 なんでそう思うのかは全くわからず、ただただため息が漏れるばかりだ。


---[03]---


 何はともあれ、たらればの話とかは横に置き、今はこの面子の中で話をする事の方が重要だ。

 とすれば、話を聞く相手は、必然的に年長者の男子になるだろう。

 飯の最中だから、今すぐに…て事ではないが。

 何故だかすごい睨まれているように見えるけど、きっとそれは気のせいでもない。

 視線を向ければ、目が合うと同時に、その子供ながらに鋭い眼光は、俺の視線から逸らされた。

 この子供達が何者なのか、はっきりとしていなくても、ヴィーツィオに助けられている部分があったとすれば、俺達は彼らにとっての救いを消した事になる。

 相手がどうであれ、この子達にとっては、ちゃんとした意味がそこにはあったに違いない。

 小さい子はともかく、年長者の彼は、その色も必然的に強くなるはずだ。


---[04]---


 差し出された救いの手、それがどんな状態か…、神の助けとも思える光り輝く手か…、血みどろで穢れ切った手か…、俺らにとっては後者でも、彼にとっては前者…。

 俺達にとっての善を成しているつもりでも、その結果、誰かの善を摘み取っていると思うと、やりきれない気分になるな。


 子供達の食事は終わり、暖かく柔らかい長椅子に、暖かい食事、当然そこには子供達を陥れる意図は全く無く、無垢な心は、そこに安らぎでも見つけたかのように、3人の子供は船を漕ぎ、夢の世界へと落ちて行く。

 この部屋は一応客室だ。

 部屋に備え付けられたベッドに眠りについた子供達を寝かせ、シオを残し、使用人たちには出て行ってもらって、俺は1人眠らずにいる年長者の男子へと視線を向けていた。


---[05]---


『拷問の時間か?』

 どう見てもこちらを信用していない目、それを向けられながら、俺はテーブルを挟んで向かいの椅子に座る。

 開口一番が拷問か…とか、物騒極まるな。

「そんな事するわけないだろ。話が聞きたいだけだ」

「こっちはてめぇと話す事なんてなにもねぇよ」

 口が汚いな…、まるで子供の姿をしたセスを見ているみたいだ。

 だがしかし、こちらに彼が言うような意図は全く無い。

 俺は呆れながらも、敵意むき出しの彼に対し、首を横に振った。

「そう物騒な事を言うな。大人は全員敵…みたいな考えは、孤独を生むだけだぞ。助けの手だって、無くなるかもしれない」

「・・・俺達の助けの手を奪ったのは、どこのどいつだよ…」


---[06]---


 痛い所を突いてくる…、俺に対して向けられる棘がソレだとして、分かっていたとしても、改めてソレを言われると悲しくなるというか、来るものがやはりある。

「確かに、俺はお前から、大事なモノを奪ったかもしれない。それが必要だからと言って、お前達にソレは関係ないからな。すまなかった」

 俺はこの男子の敵ではない。

 上でも下でもなく、対等である相手である事を見せるために、俺は本音を口にしながら頭を下げる。

 そこにあったモノを失う恐怖、ソレがどれほどのものか、俺は理解しているつもりだ。

 だからと言って、上手く相手に伝える事ができるかどうかは…、また別問題だが。

「・・・そんなんで許せる訳ないだろ。ガキたちはまだ状況を理解してねぇけど、腹が減った時、優しく飯をくれた奴がいなくなった事に気付いたら、どんな気持ちになるか…」


---[07]---


「・・・」

「ここは牢屋じゃないし、うめぇ飯もくれた。てめぇたちが俺たちに悪い事をしようとしてる風には見えねぇけど、ソレとてめぇらがやった事は別だ」

 そうだろうな。

 俺だって、村を奪ったあのドラゴンが、お前達を悪いようにはしない…なんて言ってきたりしても、当たり前のようにその申し出を突っぱねるだろう。

 だから、こいつの言いたい事はよくわかる。

 しかしあれだ…、ヴィーツィオは等しく敵で、それ相応の認識を持っていて、そこには良心的な考えは一切ない。

 それなのに、子供に手を差し伸べていたような物言いには、違和感を覚える。

「君にとって、ヴィーツィオはどんな存在だ?」

「ああ? どんなって、さっきから言ってるだろ。優しくて、腹を空かせたガキたちに飯をくれるイイ人だよ」


---[08]---


 良い人…か。

「ヴィーツィオが、どこで何をしていたのか知ってるか?」

「知るか。俺たちは、あの鉱山と町だけが全てだったんだ。他であの人が何をやっていようと、知らないし、知ったこっちゃない」

 俺達が見てきたヴィーツィオの姿は、世界の根本を揺るがす事を成そうとする存在…世界の敵…という認識で、それが全てだ。

 だが、その一面を知らないこの子供は、アイツは味方だという認識…。

 どっちがヴィーツィオの本当の姿だ?

 やろうとした事は事実として、多くの人間が目撃している。

 成そうとしている事がソレだとして、その先、目標はまた別にあるのか?

 やろうとしている事が事だけに、そこにしか目が向いていないが、邪神竜復活の先に、何を望んでいる?


---[09]---


「ヴィーツィオは君達に何かをやらせようとしたりしていたか?」

「何か? ・・・そんなもんはねぇよ」

 何も無い…。

 あのスリ行為が、何かヤツの目的に繋がるとは思っていないが、絡んでいるモノがモノなだけに、全てが怪しく見えてくるな…。

 ・・・子供相手に何を考えてるんだか。

「とにかく、あの人は、俺らの恩人だ。だから、あの人を悪くいうヤツにベラベラしゃべる事なんて無い」

 少しでも情報を…とか思っていたが、門前払いを喰らってる気分だ。

 あのヴィーツィオが、本当にジェソだったなら、それこそ情報が欲しい…、世界云々…何をしたいのか…問い詰めたい。

 同郷の者として、知らなければいけないとも思う。


---[10]---


 アレが本当にジェソだったのか、それは確定した訳じゃないが…、それでも…信じたい。

 その可能性が確定するなら、もしかしたら、まだ村の生き残りがいる事になる。

 そうなれば、ジェソを死に関わった人間としての責を負う事にもなるが…。

「じゃあ話を変えるか…。今ここにいる人間とヴィーツィオ以外にもう1人、魔法使いがいただろ? 俺の財布をすって、捕まえたと思ったら、君が横槍を入れて…、覚えてるか?」

「・・・ああ」

「その魔法使い、お前はあの時、姐さんてそいつの事を言ってたが、どういう関係だ? 君達と一緒で鉱山孤児か?」

「・・・だ、だったらなんだって言うんだ?」

「そっちの話も、してくれるつもりはないか?」


---[11]---


「・・・ああ」

 その目はどこまでも険しく、いつまでも熱がこもり続けている。

「どこで誰が聞いてるかわからねぇ。てめぇが信用できる奴だったとしても、これ以上喋るつもりはない」

「強情だな…」

 子供は素直だ…、だからこそ、融通が利かず、固まった石を砕く事もまた難しい。

「壁に耳あり障子に目あり…だ。そもそも、俺はてめぇらを信用しちゃいねぇんだから、しゃべる訳ないだろ」

「・・・壁に耳あり…か」

 確かに、現状で信用を勝ち取れていたとすれば、それは逆に不信の表れだ。

 相手側ではなく、俺らが抱くモノのな。

「鉱山孤児になる前、勉強ができる環境にあったのか?」


---[12]---


「・・・なんで急にそんな話になるんだよ」

「まずは信用第一…だろ? そんなモノが無くても話してほしいのが本音だが、お前は悪人じゃない」

 スリだのなんだの、悪人じゃない…と言うには、少々無理のある事だとは思うが、今それはいい、環境がこいつをそうさせてしまっただけだ。

「まずは信用を得る所から、それが普通だ。尋問めいた話はやめにして、まずは親睦を深める所からいこうと思って。だから雑談から」

「何をいまさら…」

「今だからこそ…だ。何事もお互いの歩み寄りから…」

 柄にもない事が口からベラベラと…。

 真剣に、真面目に、人間やればできるもんだ。

 俺は結局田舎の魔法使いで、情報を聞き出すための基礎を知らん。


---[13]---


 だからこそ、上の連中も、そして譲さんも、話をする許可をくれたのかもしれない。

 相手が子供だから…、ヴィーツィオに巻き込まれた側だから…、そんな考えもあるのかもしれないな。

「・・・はぁ~…」

 あれやこれや考えながらだと、どうにも自分自身の考えが纏まらん。

 自分の頭を掻きつつ、思わず大きなため息が出た。

「取り繕い続けるのも疲れるな…」

 本気で話をしたいと思っていたから、堅苦しく感じもするが、丁寧に話せる事もわかった。

 だがだめだ。

 結局話す気が無い奴に何を言ったって、話をする気になる事なんて無いだろう。


---[14]---


 そりゃあため息だってつきたくなるわ。

「先生って、結構不器用?」

「不器用って…何が?」

 俺と少年とのやり取りを見ていたシオが口を開く。

「なんかいつもの先生らしくないから」

「ほっとけ」

 そんな事は自分でもよくわかってる。

「お前、名前はなんだ? ウチはシオ・アパッシ」

「・・・」

 俺と話をしていた時と比べれば、若干だが視線の鋭さが緩んだ…ように見えなくもないが、勘違いと言われればそこまで程度だ。

「・・・無い」


---[15]---


 無い…てのはつまりそういう事か?

「お前はいつからあの鉱山にいるんだ?」

「覚えてねぇよ、そんなの。俺を生んだクソ共の事情なんて知った事か」

 物心付く頃には既に鉱山暮らしか…、はたまた言いたくないだけか…。

「じゃあ、今からお前は「シア」な」

「・・・は?」

 俺と少年2人が同時に口を開ける。

 無いというのなら、付ける事は別におかしい事ではないが、唐突過ぎて反応が遅れた。

「嫌か? とりあえずウチの名前から文字を取った。まぁ嫌ならまた今度別のを付けるから、その時まで、お前はシアな。わかったか?」

「わ、わかったか…じゃねぇよ。何を勝手にッ!?」


---[16]---


「ウチが勝手にそう呼ぶだけだし、別にいいじゃん」

「いいじゃん…て…」

「とりあえずシア、ウチらの事を今すぐ信用しろとは言わないけど、全員を敵って思うのはやめた方がいいぞ」

「・・・」

「それをやり続けても損しかないから。お前たちに手を差し伸べる奴はヴィーツィオだけじゃない。そうやってなんでもかんでも敵だって決めつけてると、味方かもしれない奴を敵に回す事になるかもしれないぞ?」

「知るかよ。てめぇらには関係ねぇ」

「そんな事わからないじゃんっ。ヴィーツィオがお前たちをどういう経緯で助けたか、それは知らないけど、アイツだって、最後までお前たちが否定し続けたら、助けてくれなかったかもよ」


---[17]---


「・・・」

「まぁウチらが言えるのは、味方かどうかはともかく、敵じゃないって事だけ」

 その言葉を最後に、シオは俺の手を引っ張って、無理矢理立たせると、部屋を出て行こうと俺を引きずっていく。

「お、おい」

「昨日今日で進む話じゃない。あの子にも考える時間をあげなきゃ」

 そりゃあそうだが…。

「じゃあシア、疲れてんのに長居して悪かったな。とりあえずゆっくり休みなよ。今日の所は、ウチらはお暇するからさ」

 俺の意思は関係なく、ズルズルと気付けば部屋の外。

 シオは、シアたちの事をよろしくと、扉を固める兵士に頭を下げた。


 その後も、シオは難しい顔をしながら歩き、ため息と共に口を開く。


---[18]---


「ああいう子供は、何を言っても意味ないよ。話が進まない」

「まるで経験があるような言い方だな」

「そりゃあ、経験あるから」

「なるほど。お前の反抗期は大変だっただろうな」

「なんでウチの話になってんだよッ?」

「違うのか?」

「違う。下の姉弟たちの話だッ」

「お前、兄弟いたのか」

「いて悪いかよ」

「悪くはないが…」

「先生は、ジョーゼとかがいるのに子供の扱いがいまいちだな」

「・・・そうだな」


---[19]---


 比較的子供と接する事が多くなかったからな。

 反抗期の子供相手とか、それに似た状態の子供の相手とか、経験が無い。

 比較的接点の多かったヴィーゼジョーゼだって、ヴィーゼはそもそも反抗期めいた雰囲気を出した事なかったし、ジョーゼはまだ先の話だ。

 ならば…と、自分の事を思い出してみれば、誰かに反抗している余裕なんて無かった生活だったし、思い出せども出せども、参考になるようなモノは何も無いな。

「とにかく、ああなっちゃってるのを追い立てたって、毛を逆なでするだけ。半ば自分が何とかしなきゃって責任感持ってる奴はもっと大変だ」

「それが今のシアの状態か?」

「そう。だから、見た目は子供でも、ちゃんと見てやらないと」

 シオがこうだこうだという度に、納得していく自分がいる。


---[20]---


「あと、先生、なんか焦りが見えるよ。いつもならもっと一歩引いて物事を見るだろ? やっぱ、ヴィーツィオ関係だからか?」

「・・・どうだろうな」

 ヴィーツィオ関係から来る焦り…、無いと言い切れないし、あるかも…というかあるだろう。

 それが焦りかどうか、自覚があるかはわからないが。

「そうだな。一旦落ち着かないと、相手も落ち着かないな」

「そうそう」

 目の前に存在するあるかもしれない情報、知らなければいけない事、事が動いて自分の中で処理しきれていない事を思い知る。

 シオに言われた事は、そこに行き着いた。


 今の俺は1人で動く人間じゃない。

 今回、それを思い出す機会となった。


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