第十六話…「ヴィーツィオとガレスの知る男」
大それた接点なんてない。
あるのは、同じ村の住人…というだけだ。
それに、いくら村の人口が多くないとはいえ、全員と仲良く…なんて事もないだろう…、少なくとも俺はなかった。
それでも、そいつとの交流は、他の村の人間達と比べれば多い方だったと言える。
俺の、今は亡き故郷プセロアは、魔法使いの村。
そこに住む人間は魔法に対して強い熱を持っている。
その才能には個人差ももちろんあるし、全員が全員、魔法使いになれる訳でもない。
剣術に秀でた才能を持つ両親の間に生まれたからと言って、その子供も剣術の才を持って生まれる訳じゃないのと同じように、魔法使いも、優秀な魔法使いの両親を持っているからと言って、その子供も優秀かどうか決定づける事はできない。
---[01]---
多才な魔法使いは、あらゆる方面にその才を伸ばし、得手不得手をわかっている魔法使いは、得意分野を徹底的に伸ばすか、不得意な分野を克服して凹凸を無くす。
まったくの無才は、魔法使いの道を諦め、その平穏な世界の中に、その身を溶かしていくか、あがいてあがいて、使えるモノを何でも使って、一握りの可能性を手放さず、とにかくあがき続ける。
彼は、そんなあがき続けた側の人間だった。
彼の両親は、村でも優秀だと言われていた人達、まだ見ぬ魔法使いとしての人生に目を輝かせる子供達に、魔法を教える役目を任されるほどに…。
でも彼は、そんな親のようにはなれなかった。
家に籠り、村の行事には律義にいつも参加はしていたけど、何もない間は常に家の中で魔法の研究をしていた。
朝も、昼も、夜も…。
---[02]---
どんな人間にも魔力は存在する。
扱える魔力量は人によって異なるし、どれだけ精密に魔力を操れるか…も使い慣れているか以外にも元々の器用さが必要だ。
彼の場合、魔力量には何の問題も無かった。
彼に欠如していたのは、魔力を操る能力の一部。
致命的なまでに、その一部が潰れていた。
体から魔力を出して、それを決まった形に変化させて、現実に干渉させる…、それが魔法の大雑把な全体の説明だとするなら、彼はその魔力を出す…という点において、致命的なまでに体の機能が欠如していた。
逆に、それ以外の部分は全く持って問題が無かったとも言える…、むしろ優秀だったと言える。
一度魔法を発動させれば、その操る技術は、優秀な両親に負けずとも劣らない素晴らしいモノだった。
---[03]---
俺も彼が魔法を使っている所を見た事があるが、それは見事なモノだったよ。
血制魔法を使っていないのに、それと見紛うほど、綺麗な魔法だった。
そんな彼がずっとやっていた研究は、魔力の出力を弄る薬の作る事。
魔力量に魔力の制御、どちらも問題ないのなら、残る問題は身体の外に魔力を出す事だ。
その部分を薬でどうにかできないかと思ったんだろう。
そんな薬の研究に没頭して、滅多に家の外へ出ない奴と、なんで交流があったかといえば、それは俺自身の生活の形に理由がある。
俺は魔法に修行とか、それらを極めるのはあくまで人並み程度で、ゴリゴリに熱心にやる人間じゃなかった。
だからこそ、他の連中なら魔法の探求に費やしているであろう時間が、俺には余っていた訳で、その時間は村での仕事…何でも屋をやる事で消費されていた。
---[04]---
彼とは、その仕事で手伝いをしたんだ。
それは主に薬に使う材料集め、薬草の採取から、動物とか魔物の血とか、肉とか、内臓とか…、とにかく色々と集めた。
だいたいが集めてきたモノを彼の家に持っていくだけだが、たまに彼自身も材料集めに同行する事もあった。
その時に、話もしたし、一緒に飯も食った。
だからその顔も、何となくだが体付きもわかる。
思い出せる限り、俺はその場で、彼…「ジェソ」の事を話した。
「つまり、そのジェソという男と、今回の件…ヴィーツィオの遺体の男が似ている…と?」
アットは、俺の話に眉をひそめながら首を傾げる。
---[05]---
俺自身、我ながら何を言っているんだ…と思う所はあるし、彼がそういう感情を抱く事に違和感を覚える事もない。
自分が同じ立場なら、彼と同じ事を発言者に言っているのを、想像もできる。
「自分でも馬鹿げた事を言っていると思うんだがな」
死人に口なし…既に息をしない骸であるヴィーツィオに、事の真相を聞く事は出来ない。
だからこそ、俺自身が感じている事に対しての確固たる証明はできず、胸に抱く違和感…疑問…それらを解消できない事が、もどかしくて仕方がなかった。
だからこそ、言い訳がましく、そんな事が口から出てしまう。
「聞く所によれば、あなたの住んでいた村…プセロアは、あなたとジョーゼさん、2人を残し…言いにくいが、全員命を落とした…と聞いているのですが…」
「まぁ…そうだな。それは間違いじゃない。何なら、村が壊滅したって事に関しては、譲さんが証明人になれる」
---[06]---
「はい。私もその状況をこの目で見ています」
「・・・では、何故、サグエ殿はそのジェソなる人物がヴィーツィオである…と疑いを? 似ている…とただ一言言われるだけでは、真に迫れない」
「そっちの言いたい事もわかる…。・・・まず似てるって理由というか、俺もただ似てるだけでこんな事を言うつもりはないんだ。ヴィーツィオの正体が何であれ、あの死体の人間がジェソと似ている…そいつ本人かもと思う理由だが、まず1つに左の頬、あいつはそこにホクロが2つ縦に並んでいて、物珍しくて記憶に残ってる。それがあの死体にもあった」
言っててなんか、間抜けな感じが拭えないな。
しかし大事な事か。
今言ったのはあくまで、見た目の話、次に話すものには、可能性の話ではあるが、俺自身の想い…こうあってほしいと思う部分もある。
---[07]---
「確かに村は壊滅…滅んだ。あの時、死体だっていくつも埋葬したし、その光景は今でも忘れない。だが可能性の話であっても、もしかしたら生き残りが居て、村から逃げられているかもしれない…なんて思った事もある」
「そうですね。状況が状況ならば、誰しもあなたと同じ事を考えるでしょう」
「ああ、そうだな。・・・小さい村とは言え、俺自身全員の名前を憶えられていた訳じゃないし、人数だってちゃんと把握していた訳でもない。村の人間達を弔っていた時、出来る限り全員を弔ったつもりだ。状態が酷くて誰かわからない死体がいくつもあった。だからもしかしたら俺の記憶から洩れている奴がいるかもしれない」
「それが彼だと?」
「いや、たぶん違う」
「・・・どういう事ですか?」
「弔っていた死体の中に、恐らくジェソはいた。アイツの家は燃えていて、その中から死体も見つけた」
---[08]---
「ならば、それが彼なのでは? 今回のヴィーツィオと関係するモノとは、今の段階では思えないのですが…。魔法使いとしての見解として、可能性はある…と?」
「あくまで可能性の話ではある…が。死体を見つけたと言っても、燃え盛っていた家の中から見つけたんだ…、死体はあった…だからあいつだろう…なんて、そもそも決めつける事は出来ない」
「死を偽装していた可能性があるのですか」
「あくまで可能性だ。あのヴィーツィオ自体わかってない事が多い…、どれだけ隠し玉を持ってるか…考えたくもないね。だが、自分の複製を魔法で作れるかは疑問だ。少なくとも俺はそれができる…て想像が全くできん」
「人間の複製…それが可能な場合、いくらヴィーツィオを仕留めたとしても、終わりが見える事はありません」
「確かに。私もそんな想像はしたくありません」
---[09]---
「だからこそ、死体を焼く必要があったのかも…と」
「・・・なるほど、焼死体なら、その状態によって詳細な判断ができなくなりますし、その死体に偽装したい人間の特徴でも付け加えれば…」
考えたくはないが…、可能性としてあり得る話だ。
「そのジェソなる人物の家…そして死体…、サグエ殿はその点において、他に気になる所が?」
「・・・ああ。その死体の頬にもホクロがあった」
「頬に2つ…縦に並んだホクロ…ですか」
「ああ。ソレを見たから、俺はその死体がジェソだと判断した。世の中には、自分に似た人間が3人はいると聞くが、それは全体的に見ての話だろ? 頬のホクロ…数と位置まで同じなんて…あると思うか?」
---[10]---
「自分に似た人間の話は…自分も聞いた事がありますが、あくまで噂の域を出ない話ですからね。その真意は何とも言えませんが、サグエ殿の違和感の理由…何となくではありますが、自分も理解できた気がします」
「そのジェソという人物がヴィーツィオの正体だったとして考えれば、ある意味で、この騒動の始まりがプセロアである事に納得がいきますね」
「目と鼻の先にソレがあって、魔力の集める時期を考えれば、見方によっては魔物を味方につける事も出来る。他の杭に比べ、規模が小さいと同時に、その警備も薄いからな」
「腕試し…ではありませんが、力を試す意味では恰好の的だった…という事ですか」
「身内にそんな奴が居たんじゃ…、同郷の人間として打ち首モノだな、俺は…」
ジェソがヴィーツィオである…、そんな確固たる証拠がある訳じゃないが、あの死体の姿が頭を過る度にその責任がのしかかるような感じがする。
---[11]---
俺は悪くない…、俺はそんな事をやるとは思っていなかった…、そんな言葉を並べたとして、信じてくれる人間が何人いるだろうか。
いたとしても、ソレはソレ、コレはコレだ。
その身近に潜む巨悪を見抜けなかった罪、止める事ができなかった罪、言い始めれば理由なんていくらでも作れる。
「まだそうと決まった訳ではないでしょう、サグエ殿。悲観的に考えるのはまだ早いですよ」
「そうなのかねぇ…」
「現状のサグエさんの貢献度を考えれば、まず打ち首になる事は無いと思います」
「それは慰めか?」
「いえ、事実を言っただけです」
「そうかい」
---[12]---
「ですが、ヴィーツィオの正体がジェソだと考えた時、住んでいた場所もそうですが、魔法を扱う技量の事を考えれば、あながち的を外してはいないと思います」
「・・・と譲さんは言っているが、あんたはどう思う?」
「自分も、その可能性は低くないと思いますね。これで全てが終わったとは思いませんが、無駄な情報とは思えません。他に何か、ジェソという人物に関して情報はありますか?」
「…情報ねぇ。残念ながら、さっき言ったのでほぼ全部だなぁ。強いて言うなら、ヴィーツィオの扱っていた使役魔法…かどうかはわからんが、それに類する魔法に対しては、正直プセロア由来の魔法とは思えないぐらいか」
「魔法使いの村でも、あれほどの魔法を扱える者はいなかったと?」
---[13]---
「いるいないに関しては何とも言えん。魔法を探求する事に情熱を燃やしている連中が多かった村だ。他人に見せてないだけで、出来る奴がいても、そこはおかしいとは思わん。ただ、村の主な魔法…というか、伝統?…その辺の魔法は血制魔法だ。血制魔法は汎用性…柔軟性で言えば、魔法の中で右に出るモノはいない魔法だと俺は思ってる。でもそれはあくまでそこまでだ。魔法の規模で言えば、あのサドフォークの王都を襲った時に出した化け物、アレを魔法で作る…ないし操っていたと考えると、正直、人1人でできる芸当とは思えん。あくまで血制魔法を使っている場合…の話だがな」
「1つ質問が。サグエ殿の言う…できない…とは、魔法の限界…という意味でですか?」
「いや、血制魔法に限界は無い。いや、これに関しては血制魔法に限らず、魔法全般に言える事だな。基本、魔法は使用者さえ健在なら、いくらでもその規模を大きくする事はできる。だが、あの化け物は無理だ。あんなものを魔法でどうにかしようとしたら、あの半分の大きさどころか、さらに半分の大きさでも、魔法使いの魔力が枯渇する。自由自在に動かすなら尚更な」
---[14]---
「絶対に無理…という事ですね」
「ああ。1人の魔法使いにできる芸当じゃない。ヴィーツィオ自身がそもそも化け物なのか、他にカラクリがあるか…」
「1つの魔法を複数人で操る事は可能ですか?」
「・・・理論上は不可能じゃないが、実現させるのは並大抵の技量じゃ無理だな。息もぴったりで寸分たがわぬ状態を作れる奴が複数人いれば、可能かもしれん。あるいは、膨大な魔力の塊である精霊を連れているか、複数体の精霊を連れているか…、なんにしても、それは血制魔法ではなく精霊魔法になる」
「ジェソなる人物をヴィーツィオと仮定した時、今までのヴィーツィオの行動を考えると、彼の能力では無理な事をしている…という事で間違いないですかね?」
「そうなるな。ジェソに限らず、魔法使い個人でできる範疇を越えてる。だからこそ、鉱山の中でもう1人魔法使いがいたのかもしれない…。あるいは姿を見せていないだけで、他にもいる可能性があるな」
---[15]---
まったく…、何一つ答えが出ない中で、話をすればするだけ悩みの種が増える…。
「やはり、例のもう1人の魔法使い…、その存在が、この一件を大きく前進させる鍵になるかもしれませんね」
「そうかもな」
「では、鉱山の捜索…調査の人員を増やしましょう」
「ああ」
アットは、横に控えていた兵に、指示を出していく。
真剣な話…、真面目な話…、その具合も最高潮になっているからか、張り詰めた空気も息苦しい事この上ない…。
だが、今の会話で、ココでの話し合いもひと段落…と言った所か。
「最後に1つ…いいですか?」
椅子の背もたれに背中を預け、深く息を吐き出す中で、譲さんはこちらに視線を向けた。
---[16]---
「サグエさん、右手の具合はどうですか?」
「どう…とは? 今じゃ生活に支障が無いぐらいにはなった。まぁ魔法はからっきしな状態だが…。なんだ? 今更な話だな。ここで話さなきゃいけない事か?」
「ええ。どういう意図かはわかりませんが、ヴィーツィオはサグエさんにちょっとした執着を見せているようでしたから…。成長を見たかった…、その右手の状態では嬉しさも半減…と、何の意味があると思いますか?」
「俺に聞くな。全く見当もつかん」
「過去、ジェソという人物が、サグエ殿に対して、そのような興味を示した事はありますか?」
「無いな。アイツは魔法の研究ばかりに目を向けていたし。実際の所はどうかはわからんが」
---[17]---
「そうですか。なんにせよ、新しい情報が来ない事には、どうしようもない…と言った所ですね。皆さんが戦闘をしたヴィーツィオと一緒に居た魔法使い…、その人物が鉱山の調査で見つかれば話が早いのですが…」
終わったのか…終わらないのか…、先の見えぬヴィーツィオとの問題に全員で頭を捻る。
どこからでもいい、ただただ吉報の訪れを願うばかりだ。
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