第十五話…「帰る場所と深まる疑問」


 心の休まらない事が続く、それらが底の無い暗い沼に、ずっと落ち続けている気分になる中で、自分に抱き着いてくる少女の温もりは、その暗い沼を晴天の空から降り注ぐ太陽に日差しで、きらめく綺麗に湖へと変える。

 あくまでそう思えるぐらいに、安堵しているってだけだが、それを感じる事で、自分の帰る場所はここなんだ…と実感できた。

 まぁ気持ちが安らぎ、張り詰めていた糸が緩んだ事で、若干の余裕ができた俺は、次にその少女…ジョーゼがここにいる事に動揺させられる。

 譲さんの隊が借りた宿にいるもんだ…と思っていたから、その動揺はそれなりに大きいモノだ。

『お帰り~、ご主人ッ』

 ジョーゼがいる事は…と、世話を任せているからこそ、こいつがいればあいつがいる…と、手を振りながらティカもまた姿を現した。


---[01]---


 そして、その隣にはこの国の一番偉い人物が…。

 次に襲ってくる感情は、まさに緊張…だった。

「なんでご主人がここにいるのだ?」

「それはこっちの台詞だ。しかも普通にこの国の王と一緒に歩いて来てるし、見事に友達感覚だな」

「だって友達だからな」

 そういう関係の相手が欲しいような事を言っていた気がするし、友達としての関係が良好に築かれるのは、俺としては良い事だと思うけど、この数日の間に何があった?

「すいません、サグエさん。わたくしがお二人とお話がしたくて、こちらに足を運んでもらっていたのです」

「い…いや、謝るほどの事じゃ」


---[02]---


 相手はジョーゼとほとんど歳の変わらない少女とはいえ、その王様という肩書きから、緊張をしてしょうがない。

 その辺の礼儀作法を知らん身でもあるから、下手な事が言えなかったりもする…、おまけに、ジョーゼ達が粗相をしていないだろうかも心配の種としてある訳で、その辺の事を考えるだけで吐き気が…。

「あ…あの、サグエさん、大丈夫ですか? なんか顔色が優れない様に見えるのですが…」

 小さい子供に自分の状態を気に掛けられるのが、ただただ情けない。

「大丈夫、大丈夫です」

 しかし…だ。

 その先に繋げる言葉も無く、若干の沈黙が続く中、部下との会話が終わったレッツォの兄…アットと目が合った。


---[03]---


 ある意味で救いの時、彼も地位を考えれば、この小さの王に次ぐ人ではあるものの、レッツォの兄である事もあって、まだ気が楽な相手だ。

 男という事もあって、話しやすさも若干ながら増すし、彼とは仕事の話をこれからするという予定もある…、話題があるという意味で、皮を取り繕う必要もない。

『では王よ。我々は、これから大事な話をしなければいけません。今日の所は御身の部屋でのお茶会などを開く…という事でお許しいただけないでしょうか』

 彼は、膝を付き、視線を王に合わせながら、頭を垂れる。

 兄弟と言っても、やっぱり似るとは限らないよな…と、その姿に思い出が頭をチラつく。

 俺の横に立つジョーゼも、姉であるヴィーゼとは、似ていてもやはり別々の人間なんだと思わせる事が多くあった。


---[04]---


 年齢の差…というものも大きいとは思うけど、周りを見る力…状況を読む力、後は我の強さ…、姉妹と言っても、姉としてヴィーゼの方が勝っている部分もあったが、それを覆す程にジョーゼも妹ながら、姉に勝る部分がる。

 自身の要求を押し通してくる強さとか、姉より妹の方が強かったし。

 まぁジョーゼ達姉妹に比べたら、この姿を見るだけではかなり違う印象を受けるけど…。

 あの酒に溺れてる…とは言わないけど、呑んだくれ状態のレッツォを見ている分、その差への驚きは大きい。

「じゃあジョーゼちゃん、ご主人はこれから大事な話があるみたいだし、ティカ達はキャロちゃんの部屋に行くぞ」

コクコクッ。

 ティカに連れられて、ジョーゼが王と一緒にこの場を後にする。


---[05]---


 何度かこちらに振り返り、手を振る姿は元気そのものだ。

『ではサグエ様、こちらへ』

 そして、ジョーゼ達を見送った後、アットと共に状況報告の話し合いをするために移動した。


 鉱山での戦闘、ヴィーツィオの出現…戦闘、相手の死、あの場で起きた事の説明を終え、次に話したのは、そのヴィーツィオを名乗った者の事…。

 別行動をとっていた譲さんも合流して、話は続いて行く。

「報告は以上…ですか」

 アットは難しそうな顔を浮かべながら、手に持っていた報告書を机の上に置く。

 こういう報告の場ってのは、自分に故郷であるプセロアの問題の後、宮廷での一件以来だ。


---[06]---


 その印象…思い出が強いせいか、報告書の内容が、全てうそだ…と一蹴されないか気が気ではない。

 まったくもって嫌な思い出だ。

 アットの顔色は思わしくない…。

 体調とかの話ではなく、報告された事へ頭を巡らせる中で生じる思考の曇り…、その報告を自分の頭の中で理解し、消化していく事の難しさが顔にまで出てきていた。

 彼と同じ立場だったら、意味は違うと思うけど、俺自身も難しい顔をするだろうし、その心中を察するに余りある。

 邪神竜の復活…、それを目論む世界の敵、ヴィーツィオを仕留めたという報告だ。

 問題が起きてから、この終わりまで、あの騎士団入門の試験からではない…、プセロアの一件からの流れで見れば、決して短期間での解決ではないが、事の重大さを考えれば解決までが早すぎる。


---[07]---


 世界をひっくり返そうという人間を、思わぬ形とはいえ、早期に発見に、そしてその命を切る…、その結果だけ見れば喜ぶべき事ではあるものの、俺を含め…簡単すぎる…と考える連中も当然いるだろう。

 俺の横の席に座る譲さんも、その考えを持ち、口を開いた。

「あまりに、こちらに都合よく話が進み過ぎていると思います」

 その譲さんの言葉に、アットは頷く。

「確かに…そうですね。運が良かった…と言ってしまえばそれまでの事ですが…、大きな事を起こそうとする者として、その行動は浅はかすぎる」

「サドフォークは封印の杭を3本の内2本を破壊されています。それにヴィーツィオが宣戦布告した時、異常とも言える力で、その場にいた人間のほとんどを行動不能にした。そんな事を可能にする人間が、この程度で終わるとは到底思えません」

「・・・君はそれだけ相手の力を認めていながら、何故引く選択をしなかったのですか?」


---[08]---


「その場に私達が到着した時、歴然とした数の差…戦力差がありました。坑道の奥であり地の利も無い事もあって、速度を重視した移動ができないと判断したので、まずは戦闘可能な状態の確立…立て直しを優先し、少しでも情報の入手を目的に行動した次第です」

「その結果、相手が全力でかかってきた場合、どうするつもりだったのですか?」

「相手があの圧倒的な力の行使をいつするのか…それは常に頭において行動しました。相手がこちらを消すつもりなら、あの場に私達が到着した時点で、その力を使っているはずです。しかしソレをしなかった…、目的の問題か、出来ない理由があるのか、それは不明ですが、ソレがすぐに来ない状態だと判断し、行動したまでです」

 譲さんは、少しも考える素振りを見せず、まさに自分のやってきた事を説明するだけ…と言うかのように、口には出していなかった考えを説明していく。

「ヴィーツィオに関して、不明な点が多いものの、彼自身が前に出て戦う形を取らないという予測もありました」


---[09]---


「その予測の根拠は? ヴィーツィオという存在は、君が言う様に未知の部分が多い。予測であっても可能性があるのなら、その情報を共有したいので、説明を求めてもいいですか?」

「はい」

 一応出現したヴィーツィオを倒した…と報告を受けてなお、その存在の情報を求める…、アット自身、この問題はまだ解決していない…と考えてると見て間違いないだろう。

「オースコフ襲撃は、そもそも戦闘を主にした行動ではないとはいえ、戦闘行為が無かった訳ではありません」

 譲さんはそう言って、俺の方へ、チラリと一瞬だけ視線を向ける。

「近くにいた動ける者が攻撃をしています。ヴィーツィオ自身に戦闘をする能力があるのなら、その攻撃を自分で防ぐ…ないしは、攻撃が来る前に相手を処理する事ができたはずです」


---[10]---


「・・・」

 ヴィーツィオに飛び掛かっていったのが自分であるせいもあって、その可能性を言われると、今になって嫌な汗がかいてしまう。

「しかし、相手はそれをしませんでした。ソレをするに足らない…と思ったのか、それとも彼自身にソレをする手段が無いのか…、どちらにしても、出来ない可能性は生まれていました。そして、今回の件、戦闘を従者の魔法使いと魔物に任せ、彼はそのほとんどを傍観していました。その中で取った相手の戦闘は、どれも魔物のようなモノの使役です。仕組みはわかりませんが、魔力でできたようなあまり見ない種類の魔物を召喚し、戦わせています」

「使役…、確か魔法の中に使役魔法というモノがありませんでしたか?」

 アットの助言を求める視線が、俺へと飛んでくる。

「一般的な使役魔法は、小人種が使うソレだが、それらはどれも物に魔力を込めて動かし使役する形だ。その一般的な括りからは、アレのやっていた芸当は外れているように思う。それか、使役する存在…その物自体が特殊…て線の方が大きい気がするが、確かな事は言えないな」


---[11]---


「そうですか…」

「私からも1つ、聞いてもいいですか?」

「なんだ?」

「使役魔法で、物ではなく生き物を操り…そして使役する事は可能ですか?」

「あまり考えたくない事だが、不可能ではないと俺は思う。作り物と違って、その生き物事態に自我があれば、拒絶されてそれで終わりだが、もし自我が無いか、それを受け入れていれば、可能かもしれない…。どうやるのか…までは、何とも言えない所だが」

「拒絶されなければ、生き物でも操る事は可能…ですか」

「たぶんな」

「では、あの魔物のようなモノも、オースコフに現れた怪物も、その方法で使役したモノ…という可能性は?」


---[12]---


「・・・ない話じゃないな。人間1人の力でソレを可能にできるのか…は何とも言えないが」

 人1人…か。

 自分で言っていてなんだが、頭にチラついたのは、闘技場での怪物…化け物の姿だ。

 あの規模だけを考えれば、1人の力で同行できる範疇を越えていると思う。

 しかし、アレ全てが個ではなく、個の集合体だったら?

 芋づる式みたいに、1人が2人ないしは3人に指示を出していく形を作れば…あるいは…1人辺りの指示出しが少ないまま、こうしろ…という指示は伝染していく…。

 でもそれこそ無駄の塊なんじゃ…。

「サグエさん、大丈夫ですか?」

「ん? ああ、大丈夫だ」


---[13]---


「では話を戻しますね」

 今はその可能かどうかの長考をする時じゃない…か。

 こうじゃないか…と、はっきりとした答えを出せなきゃ、周りを混乱させるだけだ。

「先ほども言ったように、ヴィーツィオ自身に戦闘能力は無い…という考える理由がソレです。坑道内でも、サグエさんが彼に迫りましたが、そこでも怪物を出す事は無く、その後、魔物のトイウナ…そしてその女王を倒され、劣勢になってもなお何食わぬ顔をしていました。自身の危機的状況にも関わらず…です。その時点で、完全に隊の体勢は立て直しも完了し、坑道を抜けるための撤退も考えましたが…」

「怪物が出ない事による戦力的有利を、カヴリエーレ隊長は見たという事ですね」

「はい。出さないのか、出せないのかはさておき、私はあの戦闘であの怪物が出ない事の可能性が高いと判断しました。出てくるという可能性を完全に払拭できた訳ではありませんが、状況と行動の不一致に賭けた次第です」


---[14]---


「う~ん」

 譲さんの言葉に、アットは頭を捻らせる。

「闇雲に逃げても逃げきれない…。怪物を出されたら尚更…。あなた達は非常に運も良いようですね」

 俺もそう思う…、あれは運が良かった。

 実力だけで勝てた戦いじゃない。

「今回の戦い。あなた達の話を聞いている限り、ヴィーツィオ側に危機感と呼べるモノが無いように感じるのですが…、直接戦ったあなた達から見て…、その辺はどうですか?」

「無いですね。サグエさんは?」

「譲さんと同じだ。おまけに、化け物を出さない手抜きをしておいて、明らかな劣勢状態になっても、焦る様子は見せてなかったように思う」


---[15]---


「はい。命のやり取りをしているとは思えない軽さを感じました」

「そうですか…」

 アットは、見るからに残念な表情を浮かべながら、ため息をつく。

「単刀直入に聞きます。お二人は…、これでヴィーツィオの件…解決したと思いますか?」

 まぁその辺の話に行くよな。

 当事者…関係者であるなら、誰しも行き当たる疑問だ。

「結果として、ヴィーツィオを名乗った男を討った事実はあります…。ですが、解決したか…という問題に関しては、はっきりとした事を言う事はできませんが、私個人の考えでなら、終わっていないと思います」

「右に同じ…だ。ヴィーツィオの死体はある…、だが、これで解決だ…と大手を振って祝杯を上げるべきじゃないな」


---[16]---


 俺達の意見に、アットは頷く。

「自分もお二人と同意見です。あなた達が提出してくれた報告書に、嘘偽りがあるとは思いませんし、その内容を自分は信用する。しかし、邪神竜復活という、この問題の全体で見た時、解決できたとは到底思えない」

 行き当たる疑問は、誰しも同じ結論へと、最終的に収まる。

 まだこの問題は終わっていない。

「なので、今後も、完全に解決できた…と判断できるまでは、警戒態勢を解く訳には行きませんね」

「はい。私もそう思います」

「では、まだ問題は続く…という方向で、話を進めて行きましょう。次に、来るかもしれない問題に対して、早期に気付くために、自分からいくつか質問をしても?」

「大丈夫です」


---[17]---


「まず1つ。ヴィーツィオの死体に関して…ですが、サグエ殿は、なにか思い当たる事があるようですね」

「・・・ああ」

 あまり考えたくはない事だけど、まだ終わりじゃないかもしれない…そんな結論が出ている中で、倒したヴィーツィオの体の在り方を確認するのは当然だ。

 考えたくはない…て意味は、他の連中とは意味が違う気がするけど、それでも話さない…なんて選択肢は、この場には存在しない。

 重く感じる口を、俺は開いた。

「俺は、そのヴィーツィオと名乗った男の事を知っているかもしれない」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る