第五話…「闇を照らす小さき太陽と高速の黒い鉄拳」【2】
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「そうですか。では切れる頃にもう一度、同じような魔法を使ってもらえますか?」
「問題ない。魔物に襲われた訳だし、明かりは必要だからな。明るさとか、その方向とか、あくまで夜、休息を取れるように調整はさせてもらうが」
「それで結構です」
「でもまぁ、さすがに襲われた以上、あの明かりが無くてもちゃんとした魔除けと警備を付ければ問題ないとは思うがな。この明るさが必要な程被害が出たか?」
「最終的にはそれで良いと思いますけど、しばらくは必要かと。負傷した人が多いのと、馬車が襲われていたりもしますので、その修理が必要です。王もいるので、魔物や魔人が近づいてこない様に魔除けも周囲には張っていたはずなのですけど、この現状なのでその確認にも時間が掛かるかと」
「大変な状態みたいだな」
「ええ」
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魔物のアイセタが一枚上だったか、それともこちらに不手際でもあったのか、答えは出ないが、何にせよこういった旅…遠征の中では最悪な分類に入るのは間違いない。
俺が村の出稼ぎとかをしていた時は、こんな襲われ方をする事は無かったし、ジョーゼもいる以上不安だな。
「まぁ譲さんは魔法が切れる頃にとか言ったが、こんな状態だし、万全を期すために、もう魔法をやり直すか」
そうは言うモノの、正直な話、急だった事もあって今発動している魔法は張り切り過ぎていて、明るいのは良いが明るすぎる。
そのせいで目が少々痛い。
今は夜で、直前まで暗かったからというのも理由の一つだが、とにかく今の明るさは目に悪いだろう。
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軽く深呼吸をして、魔法の呪文を唱え始める。
さっきとは違って、もうすでに明るい事、さっきよりも周りの人間が他を気にするだけの余裕ができた事、色々重なったおかげで視線ばかりを感じた。
やりづらさはあるが、さっきよりもこちらにだって余裕はある。
視線は気になるが、魔法を使うのに問題が出る程でもない。
左手の平に、新たに作り出される光の玉は、1回目の時よりもその力を弱めているとはいえ当然眩しく、右手でその光を遮ってしまう。
その魔法をいざ空へと打ち上げようとした時、不意に近くの草むらの方から、ガサガサッという音が耳に入る。
騎士団の人間が草むらに入ったりしたのだろう…そう思い、それをちゃんと確認しようともしなかった。
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しかし、それが問題だった。
同じように草達か出したガサガサと擦れる音は、人がそこを歩いているにしては速く、まっすぐこちらに突っ込んでくるかのような音を立てる。
これはおかしい、そう思って音のする方向を見ると、そこには人の姿は見えず、激しく揺れる草むらが、こちらに何かが近寄ってくる事だけを伝えていた。
間が悪い…。
何かが来る…そう感じ、右手で剣を抜き、左手の平を軽く切る。
その何かはまっすぐ移動し、その先にはジョーゼがいた。
譲さんも異変に気付いてこちらに来るが、それよりも早く俺がジョーゼの前に割って入る。
左手には発動した光玉が煌々と輝く、目くらましになれば…と迫りくる何かにそれを突き出した。
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手の平に滴る血は、蒸発していく水のように、空へと消えていき、四方に光を届けていた玉は、俺の前方にだけその光を全力で浴びせる。
ザザザッと地面を擦れる音。
魔法のおかげか、見えていたモノではあるだろうが、自身が見ている場所には無かったモノ、それが突然に目の前に現れ、迫る何かはその光を目いっぱいに浴びる。
草むらから飛び出してきたソレは、一回り大きなアイセタだった。
自分は強いと思った獣の末路か…、奇襲は失敗だ。
俺が動くよりも早く、譲さんがそのアイセタにトドメを刺そうと動く。
しかし、相手も本能か…野生の感か…、目くらましを受けて動きが鈍っていながらも、譲さんの剣を避ける。
その時だ。
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『寄るな下郎――ッ!!』
どこからともなく叫び声がこだまする。
そして視界を横切る黒い一閃。
何が起きたのか…、あまりにも一瞬過ぎた出来事に呆気にとられ、とりあえず邪魔にならない様にと、光玉の光を上に向ける。
眩い光が消えて見えやすくなった光景、視線の先には譲さんの攻撃を避けたアイセタが、くるくると宙を舞い、地面にその体を打ち付けた後、ビクビクッと体を震わせながら横たわっていた。
巻きあがった砂ぼこりが、何かがそこを通過したした事を物語る。
『追いづい…だあぁッ!!』
そして、鼻づまりやら、息切れやら、そもそも半べそ状態のよう…やら、いろんな感情が混ざり合っている、まさに同情を禁じ得ない叫びが俺の耳へと届く。
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声の主は、よろよろと足元がおぼつかなそうに、力の糸が切れる寸前の少女。
毎日のように見てきたその容姿、見間違えるはずがない。
「え!?」
「テ…ティカ!?」
自分の世話をしてくれている譲さんの実家の使用人であり、今ではジョーゼのもう一人の師とも言える少女ティカ、王都にいるはずの彼女が、何故か俺の目の前に姿を現した。
今は夜中であり、いつの間にか力尽きて眠りについて見る夢だったり、魔法で作られた幻だったり、魔法で変装した偽物でもない限り、彼女は本物。
というか、予想外な人物の登場に頭の中の整理が追い付かず、自分で何が言いたいのか、どう結論付けたらいいのか、とにかく全ての結論が迷子状態だ。
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俺と同じように、動揺を隠せない譲さんが、アイセタの対処を部下に任せて、彼女へと近づく。
ティカは、これ以上歩けない…動けない…と全てを拒否するかのように、その場に四つん這いに崩れ落ちる。
「だ、大丈夫ですかティカ?」
彼女の状態、メイド服のスカートはその色を黒から茶色に変色させて所々ボロボロ、靴に至っては、片方は無いし、残っている方はボロボロでその靴としての寿命を終える寸前だ。
その様子を見るだけで、彼女のここまでの冒険が、良いモノではなかったと告げている。
怪我という怪我は見当たらないが、その旅の内容が想像に難くないモノと同じなら、疲労は正直計り知れない。
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俺はそんな体に鞭を打つどころではない行為を、実行した事が無いから。
「ジョーゼ、水を持ってきてやれ。フォーは持っている杖魔法でティカの治癒、それが終わったら自分が手伝えると思える作業に加われ」
とりあえず今は、ティカが本物なのかどうかとか、動揺のあまりに出てきた不信感等はいらないものとして、考えてしまった自分の思考と共に、どこかへ投げ捨てて、彼女の介護を優先するように思考を切り替える。
近くに居た二人に指示をして、俺は自身が身に纏ったローブを脱ぎ、未だ動けない彼女へと羽織らせた。
「あ~…、あっだがい…」
まぁ気を取り直したとしても目を疑う事に変わりはない。
だがしかし、来るとは思っても見なかったが、来る理由ならわかりきっている。
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自分が思っても見ない方向に事が傾いていく事に、ため息が出るばかりだ。
「譲さん、俺はまずはこの左手の平でいつまでも光り続けるやつを終わらせるから、いったんティカの事を頼む」
「もちろんです」
譲さんの肩を借りて、何とか立ち上がったティカは、近くの焚火の方へと歩いて行く。
それを見届けて、俺は空の明かりの続きを始めた。
と言っても、その問題はすぐに解決する。
ジョーゼを守る一心だったとはいえ、手の平を切ったから、その手の平を濡らす血を使う。
手の平に溜まってきていた血の大半が蒸発し、光玉が再び四方へ光を届けると共に、その大きさを膨らましていく。
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とりあえずは光の強さは最初の奴よりも弱く、それでいて長時間光り続けられるように…。
発声魔法じゃ大雑把な事しかできず、魔力量で調整するしかないが、血を使って血制魔法で制御するようになった今、さらに細かく調整した明かりへと変える。
と言っても、時間が経つにつれて徐々に明かりが弱まっていくようにしたりとか、魔力を無駄遣いしない様に上から下の方だけに光を飛ばすようにするとか、あってもなくてもいいような調整だ。
ちょうど良い機会だから、…弟子連中に血制魔法はこういうモノだ…と見せるのも良いかなとも思うけど、ティカの登場にそんな事をしている余裕は無くなった。
もはや身内、彼女の介抱が何より優先される。
自傷行為は当然好きではないが、こちらがその意を決すればいつでもできる血制魔法の実演よりも、この瞬間が一番つらい状態の彼女に手を差し伸べる方を選びたい。
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ティカには何だかんだ世話になっているからな。
これだけで全ての恩を返せるとも思わないが、押し付けてくる世話を含めて、それらの恩を好意で返す。
魔法に…こうなれ…という仕組みを刻み、必要なモノは全部詰め込んで、俺は空に新しい光玉を打ち上げる。
同時に、元々上がっていた明かりを消して、状態を一新した。
魔法がひと段落した後、馬車の中から、一人分の食料を取り出して、俺は足早にティカの方へと向かう。
「ジョーゼ、腕の見せ所だ。ティカのために何か腹に入れるモノを作ってやれ。もちろん、ティカは酷く疲れているから、食べやすいモノを作ってやれよ」
出した食材をジョーゼに渡し、コクッと頷くのを見届け、俺はティカの前で膝を付いた。
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「大変な思いをさせて悪いな。体の具合はどうだ?」
「お面ば…クリョシタの魔法のおかげで、体は重くなったが、苦しさとかは…ないぞ」
「そうか、魔法はあくまで酷使して傷ついた体を治すのを早めているだけで、万全な状態にする訳じゃない。その体が重くなっているのはそういう事だ。体を治すのも体だからな。魔法でもうひと頑張りしてもらった感じだ。後は体力を回復させるだけ。まぁあんたの事だから、ぐっすり寝れば、明日には元気になっているだろう」
「いやいやせっかくご主人の下まできたのだ、お世話をしなければお傍付きの名折れだぞ…」
「こんな状況になってまで世話をしなくちゃとか、そういう考えが揺るがないなら、ここはゆっくり休め、世話をする奴に心配させてたら、それこそ名折れだと思うがな」
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「むむむ…。たしかに…」
『そうですよ、ティカ。理由はどうであれ、誰かに仕えるのなら万全の状態で取り組まなければ。万全の状態に自分が無いのなら、最悪の場合力を貸すはずの相手の足を引っ張ってしまう可能性だってあります』
姿の見えなかった譲さんが戻ってくる。
「まぁそれは置いておいて、ティカの着替えを持ってきました。今の服じゃ、十分な休息は難しそうですから、準備ができたら着替えてください」
「そ、そうかな?」
譲さんの言葉に、ローブが包む自身の体…服を不審げに覗き込み、時折スンスンと鼻を動かして、何かを探った。
「ち、ちょっとティカ、人前ではしたないですよ。人目があるのだから、気にしないと」
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ティカは、俺達が馬車なり馬なりの移動で半日…ないしはそれ以上の時間を走ってきた距離を、他力に頼らず、自分の足で来たのだ。
しかもこの夏季に。
体力面はもちろん、譲さんが気にしているような事だって、当然あるはずだ。
その辺の事に関しちゃ、女のあれこれに男が口出しする訳にも行かないし、無理に口出ししなきゃいけないタイミングでもない。
藪を突かず、俺は2人のやり取りを静観するだけにとどめる。
「もう…。サグエさん、ちょっとティカを借りていきますね」
「俺は別に構わないが、状態が状態だ。あまり無理をさせるもんじゃないぞ?」
「わかっています」
そういって、ティカの返答を待たずに、彼女の手を取った譲さんは、自分が担当していた馬車の方へと歩いて行った。
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所々、気遣う様にティカの体を支える譲さんの姿に、彼女への気配り…思いのようなものを感じる。
「さて…」
視点を横に動かして、ティカのために食料を作るジョーゼの方へと視線を動かす。
できる事なら、時間も時間だし、ジョーゼは寝かせてやりたい所だが、ティカが自分を追ってきた事はわかっているだろうし、少しだけでもその事に対して謝罪の意味を込め、何かをやらせてやらないと、申し訳なさでまともな休息が取れなくなるだろう。
少なくとも俺が同じ立場なら、来てくれた人間をほっぽり出して、自分は悠々と寝床に入るなんてできない。
まぁあくまで俺は…という考えを基にした結論だ。
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そして、それをやらせている身として、心配でもある。
「調子はどうだ?」
野菜を切り分けるジョーゼの手が止まり、俺の事を一瞥して、その視線をすぐに手元の方へと戻す。
「さすが、毎日ティカの手伝いをしているだけあって綺麗に切るもんだな。俺がさっき作ったやつなんて、余り物を使ったにしたって雑に切り分けてあって、大きさなんてバラバラだったぞ?」
馬車に忍び込んだ所から、俺が怒っているという事をわかっているティカの表情は暗かった。
だからか、俺の言葉に対する反応も、ただただ小さく頷くだけだ。
ティカの登場は、精神的に見事なまでの追い打ちになってしまったか。
仕方ない事とはいえ、そんな姿を見てしまえば、元々その気は無かったけど、尚更責める気にはなれない。
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その後はと言えば、ジョーゼの料理を見ながら、事ある事に褒め続けた。
正直、うざいな自分…と思わなくも無かったが、まぁそこは…今は怒っていない…という自己表現の一つ、わかってくれる事を祈るのみだ。
言葉で伝えた方が良いと思うけど、それに合った言葉なんて思いつかなかった。
そこへ、譲さんの服に身を包んだティカが来る。
普段メイド服しか見た事のない身として、長袖に長ズボン、その上に俺のローブを纏っただけな質素なモノではあるけど、普段と違う姿に新鮮さを感じるばかりだ。
「丈とかは丁度良いのに、腰とかお尻辺りがちょっとだけ窮屈で…。この瞬間、これ程お嬢様に敵意を向けたいと思った事は無いぞ…」
「まぁまぁ、そこは体形が違いますし、細かく私の体を測って作られた服なので、そういう事が起きてしまうのは仕方ないですよ」
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「それはわかってる、わかってるけど…」
こうやって見ると、この2人は、それはそれで姉妹のような仲の良さだな。
普段はそういう光景を見る事が無いから、気づく事ができなかったが。
「ティカはとりあえず、動かずにじっとしてろ。今、ティカが飯を作ってくれているから、それを食って今日はさっさと寝る事だ」
「お? まさかジョーゼちゃんが私のために!? これは嬉しいぞ。いつも味見をして良し悪しを教えるだけで、ちゃんと食べた事は無かったからな。でも、ただ作ってもらうのも悪いし、ティカも手伝…」
焚火の前で腰を下ろす直前で、ジョーゼの料理に反応したティカは、その手伝いをしようと動く。
だが俺が止めるよりも先に、ジョーゼの方からその動きを制止された。
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「ダメ~?」
コクコクッ!
「わかったぞ」
いつもなら食い下がりそうなものだが、ジョーゼの事には従うのか、それともそれをする力すらないのか、何にせよ自分から手伝いに入ろうとする行動力は薄いようで何よりだ。
「でもどうしましょうか。今後の2人の事…」
「ジョーゼだけならともかく、ティカが来たなら、馬の一頭でも貸して王都の方へ2人には帰ってもらうのが良いと思ったが…。馬は余っているんだろ?」
「ん~、そうしたいのはやまやまですが、なかなかそうもいかないですね」
「・・・?」
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「はっはっは~っ。ご主人、それはティカが馬に乗れる事を前提に話をしているな。だがしかし、事はそううまく進まないものだぞ?」
「ティカは色々とそつなく熟すし、運動神経も良いのですが、馬に乗れないのです」
「乗れない? それは昔落馬して乗る事が怖くなったとか、そう言う事か?」
「いえ、体質なのか、どの馬でも、ティカはとても嫌われてしまって、そもそも近づけないと言いますか…」
「馬たちとは、反りが合わないんだよ、ご主人。馬だけに、馬が合わないのだな」
「やかましい。上手い事を言ったつもりか…? はぁ」
溜め息が出る。
あくまで1つの可能性としての予定だったから、それが1つ潰れた所でどうという事は無いが、潰れた事自体にはがっかりせざるを得ない。
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「仕方ないか。そうなるとティカにも一緒に来てもらうしかないな」
「では2人とも無事な事、同行してもらう事を伝書鳩で、屋敷の方に伝えてもらいますね」
「いや、伝書鳩は騎士団にとって大切な連絡手段だろ? 今回のは個人的な問題でもあるし、その辺は俺が何とかする」
「何とかって…、どうするんですか?」
「まぁ、色々とな」
「なんか気になる言い方をしますね…」
「言いふらす事でもないしできるかどうかもわからんから、期待させないためだ」
「・・・?」
「まぁ準備ができたら教えるよ。多分大丈夫だから」
「そう…ですか」
納得のいかなそうな表情と視線を向けてくる譲さん。
できれば俺だけの力で屋敷の方へ連絡をして、それが無理なら素直に伝書鳩を借りようと思っていたのだが、なんか少しだけそれは許されないような雰囲気になって来たな。
俺はただただうまく行く事を祈りつつ、ジョーゼの手伝いをし、長い夜が過ぎていくのだった。
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