第五話…「闇を照らす小さき太陽と高速の黒い鉄拳」【1】


 カンカンカンッ!と馬車に付けられた鐘の音が、闇が支配する世界にこだまする。

 それに釣られるように、次に聞こえてくるのは怒号や悲鳴だ。

 しかしそんな音すら、今の俺には右耳から左耳へ、入っては抜けていく、ただの雑音でしかない。

 焚火の弱い光が映したその姿は、人に近い顔でありながら、体は四足歩行動物と人間の中間、薄い体毛が全身を覆う小型の魔物。

 群れを成し行動するその魔物達は、草原平原等の平地で遭遇する事の多い魔物で、生ける屍の腐人並みによく見る、名前を「アイセタ」。

 俺は近くに居たジョーゼの手を掴み、そして自分の方へと引き寄せる。

 右手側へ、自分のローブで覆う様にその小さな体を隠しながら、左手で訓練でも使っていた杖を構えて、アイセタの攻撃に備えた。


---[01]---


 そんな俺の背中に隠れるように、近くにいたフォーがしがみ付いて来て動きづらい事この上ない。

 だがまぁ、今回ばかりは多めに見ておくことにする。

 お前はこうしろ、ああしろ…なんて事を言う程、俺に余裕はないからな。

 一歩、二歩と自分達の馬車の方へと近づいて、何とかジョーゼが隠れられるように、その身を守れるようにと動く。

 魔物の数がどれほどなのか、それはこの暗闇では確認のしようがない。

 ジョーゼを守らなければという事も強く意識してしまって、発声魔法、その呪文を唱える余裕など今の俺には無かった。

 おまけに剣は馬車の中、まぁそれに関しては手元にあったとしても、発声魔法無しで、尚且つジョーゼを守るのに精いっぱいでは、持っていても宝の持ち腐れだ。


---[02]---


 結論から言って、今の俺は迫りくるアイセタを杖魔法で吹き飛ばすのが精一杯である。

 個々の魔物の力は大して強くはないが、跳躍力等はそれなり、その辺の山に居る猿並みだ。

 ドンッ!と何匹目かわからないアイセタを吹き飛ばす。

 あくまで吹き飛ばすだけで、相手に致命傷を与える訳ではないその魔法に、ただただもどかしさだけが着実に積み重なっていった。

 いっその事、それなりに相手へ傷を与えるだけの魔法を撃てる杖を用意するというのも、1つの手と言えるだろうが、ただ魔力を流すだけで…という簡単な手順だけでソレができてしまえば、その重みを忘れてしまいそうだ、相手に傷を負わせるという行為の、責任感が薄れてしまいかねない。


---[03]---


 自身の好転しない状況に苦虫を噛み潰しつつも、馬車にたどり着き、ジョーゼとフォーを馬車に乗せる。

 四方から敵が襲い掛かって来る状況よりも、馬車の中に居た方が守りやすいだろう。

 そうなれば、自然とジョーゼをフォーが守ってくれる。

「ジョーゼ、剣を取ってくれ」

 ジョーゼは怪我をしていないか、問題はないか、それを何よりも早く確認したいと思う反面、そんな事は無い、怪我なんてしていない、自分が守っていたのだからという自信がせめぎ合う。

 そのせいか、普段の魔物を相手にしていた時とは打って変わって、緊張が俺を襲った。


---[04]---


 口は乾き、ジョーゼが取ってくれた剣を握る手は、少しばかりの震えを見せている。

「サグエさん、大丈夫ですか?」

 そこへ、譲さんがアイセタを薙ぎ倒しながらやってくる。

 譲さんは、元々警備巡回も兼ねて動いていたからか、完全装備ではないにしても、戦闘になっても良いような格好だったし、その臨機応変な行動は、この場で他の誰よりも結果を出していた。

 迫りくるアイセタを斬り伏せ、次に体に飛びついてきた奴は、剣を持たない方の手で無理矢理体から引きはがして、地面に叩きつける。

 そして、的確に急所へと刃を通した。

 まさに一瞬、単純な戦闘だけで言えば、まさに場数の違いを見せつけられる。


---[05]---


「怪我はない。問題は山積みだが」

「魔物の数が多い。主要な道付近でここまでの魔物の群れに遭遇するのは、運が無いのか、それ以外に原因があるのか…ですね」

「問題が何にせよ、始まったものはしょうがない」

「そうですね。なので、まずはサグエさんに頼みたい事が」

「頼みだ? こんな時にか?」

「ええ。急がなくちゃ体勢を立て直すまでに、被害が拡大してしまいますし、そうならないためにもサグエさんの力が必要です」

「そうかい…。何をすればいい?」

 俺だって魔物を狩ってこなかった訳じゃない。

 それでもこの状況は、俺の経験してきたソレとは大きくかけ離れた状況だ。


---[06]---


 何より、個の事を考えるのはできても、全の事を考える事に関しての経験は皆無と言っていいだろう。

 そっちの経験は、考えるまでもなく譲さんの方が上。

「わかった、少しだけ待て」

 譲さんの頼みを聞き入れ、自分のやるべき事へと意識を集中する。

 アレンやシオ達の事も気になってしょうがないが、探しに行くにしたって状況は最悪過ぎだ。

 その状況を改善するためにも、俺は譲さんに頼まれた通り、呪文を唱え始めた。

「…ヒノ…カムイノミ…ゴーニグ…シュランツ…ゴーニグ…キヤイ…ゴーニグ…ヴァイト…ゴーニグ…バイバハルトン…タマ…カラ…」

 普通ならこんなに長い呪文を唱える事は無いだろう。


---[07]---


 というか、魔物が今にも襲い掛かって来る…というか来ている状況で、ここまで呪文を長く唱えていたのは初めてかもしれない。

 だが、そんな状況でも、焦りは無かった。

 それは譲さんが、俺が集中している間の守りをしていてくれているからだ。

 自分一人ではないという状況はなかなかにありがたい。

 長々と唱えた呪文はゆっくりと、その効果を発揮し始める。

 最初はうっすらと、そして徐々に大きく、俺の左手の平に作られた光の玉は、その存在を周りに見せつけた。

 周辺に、目を覆いたくなるほどの光を届ける。

「…ヒノ…カムイノミ…ゴーニグ…エイワンケ…」

 しかしそれだけでは足りないと、さらに付け加えるように呪文を唱えていく。


---[08]---


 目をつむっているだけでも、その光が目を焼きそうな程に眩しく、痛い。

 その光を直接見ようものなら、もしかしたら目が潰れるかもと思える程だ。

 時間はかかったが、必要な状態にまで強められた光の玉。

 俺はそれを天高く掲げる。

「…ヒノ…カムイノミ…ゴーニグ…シュス…カラ…」

 同時に、高く打ち上がれと願い、その小さな太陽とも言えるソレは、空高く飛んでいった。

「…ヒノ…カムイノミ…ウシケ…ゴーニグ…ヴァートン…エイワンケ…」

 さらに飛んでいった魔法に対し、魔法をかける事で、その魔法はそれ以上高く飛んでいく事は無く、その場で停止する。

「こんな長い発声魔法を唱えたのは、婆さんの特訓以来かな…」


---[09]---


 短いようで長い…、長いようで短い呪文を言い終わって、俺は改めて周りを見渡す。

 空に上げた魔法は、言うなれば小さな太陽だ。

 ドラゴン相手に使った、相手の命を奪うための火力だけを求めたモノとは違う、光…明るさだけを求めた魔法。

 命に影響を与えるものではないが、この場の状況を一変させるにはあまりある効果を引き出すだろう。

「まだ終わりじゃありません。気を引き締めなさい」

 ドスンッと新しい亡骸が地面に転がる。

 周囲は昼間かと思えるほど明るくなり、そのおかげで見える状況から、周囲に転がる新しい肉塊の数が1個や2個でない事に気づく。


---[10]---


 最初に譲さんが数体のアイセタを倒したのは覚えているが、それの倍は優に超える数を、譲さんは倒していた。

 それだけ周りが見えなくなる程、発声魔法に集中していたと言えるが、譲さんの腕に驚くと同時に、弟子連中に魔法を使っている最中でも周りを気にしろと言ってきただけに、それができていなかった自分が情けなくなる。

 そんな情けなさを少しでも挽回しようと、発声魔法を使うために一度はしまっていた杖を再び取り出して、俺も襲い掛かるアイセタの方を見た。

 肉、獲物への執着は普通の肉食動物たちよりも、はるかに質が悪い。

 アイセタの群れの大きさにも驚く所だが、何匹も返り討ちに会いながらも、なお襲い掛かって来る無謀さは、こちらの頭を痛くする原因の1つだ。

 10匹…20匹…、この場で見える範囲だけでも、それなりの数を仕留めているが、終わりは見えない。


---[11]---


 俺は馬車を背に、それを守る様に前に出る。

 襲い掛かって来るアイセタへの攻撃に、剣が間に合わないとわかれば、すぐさまそいつを杖魔法で吹き飛ばし、次に襲ってくるアイセタに対して剣を振るう。

 一呼吸置いているからこそ、剣を振る余裕ができるし、安全策と言えるが、要領は良いとはいえなかった。

 譲さんの豪快ながら、素早く、確実に相手を仕留め、待ったをしない戦いぶりを、ただただ羨むばかりだ。

 1匹、2匹と、アイセタを確実に仕留められるようになrった頃には、周りから悲鳴などと言った負の声は聞こえてこず、相手が襲ってくる頻度も極端に減っていった。

「・・・」


---[12]---


 油断ならない。

 一向に襲ってこなくなったアイセタを待ち構える中、延々と頭の中を、譲さんのまだ終わりじゃない…という言葉が繰り返し響き続ける。

 当分、空から地上を照らす魔法は消える事は無い。

 だから周囲の警戒に集中し続ける事ができる。

 もう必要ない…そう思える程、周りを見続け、ようやく周りからは安堵の声が聞こえ始めた。

「サグエさん、お疲れ様です」

「あ、ああ…」

 以前とは違う、自分一人の行動じゃないからか、その緊張の糸がほぐれづらく、譲さんの言葉にも、堅く返す事しかできなかった。


---[13]---


「怪我はありませんか?」

「・・・、ない」

 自分らしくない…と、自分に言い聞かせながら、気持ちを落ち着かせる。

「初めて相手にする魔物じゃない。それに怪我が無かったのは、譲さんの起点があったおかげだ」

「いえ、私もここまで一変するとは思っていませんでしたから」

 そう言って、譲さんは俺が打ち上げた魔法を、左手で光を遮りながら見やる。

「正直、魔法の効果が予想以上で…。ここまで明るくなるモノなんですね」

「細かな注文が無かったからな。あ~だろ…こうだろ…て、調整するより、いっその事すぐに出せる範囲で、とにかく明るくなるようにしただけだ」

「なるほど。それでも、私の魔法に対する知識の低さを知れたので、良い経験です」


---[14]---


「役に立てたようで何よりだ」

「それはもう」

 譲さんとの会話で、緊張も若干ほぐれる。

 杖をしまい、剣を鞘に納めた所で、この大行進の先頭の方から一人の男が連れと共にやってきた。

 騎士団の頂点であり、王の護衛であるレジエン・ウォーム、その人だ。

「サグエ殿、貴殿があの魔法を使用してくれたのか?」

「はい、そうですが?」

「やはりか。であるなら、こちらからは感謝の言葉を。貴殿の魔法のおかげで、負傷者は出ても、死者が出る事は無かった」

 奇襲をかけられたとしても、騎士団に属するだけの力があるなら、アイセタの群れ相手に死亡者が出るとも思えないが…、わざわざ騎士団総長が言いに来たのだから、そんな事は些細な事か。


---[15]---


「自分がその行動に移るよりも早く、カヴリエーレ隊長がそうしろという判断をしていた。その言葉は、自分よりも彼女に相応しい」

「そうか? では、この遠征が終わった後、カヴリエーレ隊長を含めた貴殿らに褒美を。これは王からの褒美、期待すると良い」

「え!? 私もですか?」

「カヴリエーレ隊長が指示し、サグエ殿が実行したのなら、貴殿にも褒美を受け取る資格は十分にある。何より王の決定、謙遜し、無下にするものではない」

「は、はい」

 隊長としての譲さんは、今と比べてキリッとして、冷静な印象があるが、さすがに総長の前では型が崩れるか?

「そんなに驚く事か?」


---[16]---


「え? あ、あ~、そう…ですね。自分の立場としては、珍しい事なので」

「そうか。俺の好む話だとは思えないから、それに関しては聞かないでおこう」

「はい、そうしてくれると私も嬉しいです」

 レジエンの後姿が離れていくにつれて、周囲の空気が緩んでいく。

 村での上下関係等とは違う、ピリピリとした空気は、なかなかに耐えがたいモノだ。

 同じ人間のはずなのに、目の前に立たれるとまるで巨人を目の前にしているかのような、そんな圧迫感がある。

 過去数回の接触の時には、そんな感じはしなかったし、隠していた爪が少しだけ出ているのか、とにかく迫力が違う。

クイクイ…。


---[17]---


 馬車の方へ戻ると、遠慮がちに俺のローブを引っ張る手。

 その主の方へと視線を向ければ、水の入ったコップを持って立つジョーゼと、その背中を押すフォーの姿。

 差し出されるそのコップを見て、自身の口の中がカラカラに干上がっている事を思い出す。

「ありがと」

 どちらの気遣いか…、それを考えるのは野暮と言うモノか。

 いや、普段からメイドの仕事を手伝っているジョーゼの事だし、こいつが率先して行動した結果、フォーはその後押しをした感じだろう。

 そうに違いない。

「怪我は?」

ふるふる…。


---[18]---


 俺の質問に首を横に振って答え、俺はその回答にホッと胸を撫で下ろす。

「隊長先生が周辺を見に行ってた時、シオっちがさっき来たぞ。アレンが自分を庇って怪我したから、治療してもらってくるってさ」

「わかった」

 アレンの評判は譲さんの隊でも良い。

 経験に…実力に…、新人であるシオよりも場数を踏んでる分、相手を守る余裕があったか。

 後で話をしに行かないといけない。

 にしても…。

 俺は軽いため息をつきながら、フォーの方へと視線を向ける。

「む? 何だ?」


---[19]---


「お前もアレンと同じで、もう騎士団に入っていた人間だよなと思っただけだ」

「確かに。アレっちはそれでも新人枠だが、私は何を隠そうアレっちよりも長く騎士団にいる先輩も先輩なのだよ、隊長先生」

 俺の引っかかる所は、まさにそこにあるんだが、本人はまるで気付いていないな。

「その割には何もしなかったな」

「まぁ私って武闘派な女の子じゃありませんし、武よりも知で来た子なのです。前の隊では主に杖魔法を使った援護ばかりしてきたからね。正直ああいった乱戦になっちゃうと無能、そして無能なか弱い子になっちゃうのですよ、そうですよ」

「なるほど。今後の目標として、お前にはもう少しその辺の修練をしてもらった方が良い事はわかった」

「何故ッ!?」


---[20]---


 当然だ。

「交渉を求めるなら、それはこの遠征が終わった後で…。杖魔法を使ってって事は、今杖を持っているのか?」

「ああ、持っているぞ」

「どういう効果の杖だ?」

「隊長先生の杖のモノより安物になるが、魔力弾を撃つのとか、薪に火をつけるやつとか、後は簡単な治癒の杖に、あとは…何があったかな…、確か杖のある場所に向かって周囲に風を起こす杖とか、とにかく色々だ」

「・・・、よくわからんモノもあるが、使いどころ次第、あって困るモノでもないか。遠征が終わったらその辺の話し合いもしないとな」

「それは褒めてくれてるの? それともダメだししてるの?」


---[21]---


「あえて、それに答えるなら、両方だ。でもまぁ、悪い訳じゃないから、気にする程じゃない。弟子…部下の装備を確認していなかった自分に問題がある」

「そ、そうか?」

「ああ」

 杖魔法が基本、俺なら発声魔法でやる事も、杖魔法でやり始めたら、それだけ杖の数も増えていってしまう。

 その結果、出てきた問題の一つだ。

 フォーの質問に答えはするが、それ以上責める事は出来ない。

『サグエさん。空の魔法は後どれくらい効果が続きますか?』

 一度その場を離れ、周辺の警戒に戻っていた譲さんが戻ってくる。

「さてな、細かい所まで意識していなかったからな。正直わからない。長く保つようにしたから、しばらくは消えないと思うが」


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