第四話…「小さき密航者と焚火の光」【2】


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 一言二言、サグエはクリョシタに話をして、その場を去った。

 そして去った先にいた私に気付き、困ったような表情と共に肩をすくめる。

「サグエさん、調子はどうですか?」

「物事は思う様に行かないものだなという事を、もう吐き気がするぐらい教えられてるのに、またその事実を突きつけられて、溜め息が出ている所だ」

「大変みたいですね。私も、ジョーゼさんがついて来てしまうのは予想外でした」

「フォー達にも言ったが、来ちまったもんはしょうがない。こうなったら見聞を広めさせるために、チェントローノを見せてやる事に力を入れるさ」

「なるほど、それは良い考えですね。チェントローノは大陸の中心に位置する国、各国の食べ物や伝統品、本や武器防具まで、あらゆるものが集まる場所ですから、知る事に関してそれ程に適した国はありません」


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「そうらしいな。俺も、向こうに着いてからの待機時間は、色々と見て回るつもりだ。その時にジョーゼへと土産でも…と思っていたが、今回の問題は、その点の悩む場所を消化してくれたみたいだ」

「そうですね。その良い方向に考えを向けるのも、とても良い」

「褒め言葉は素直に受け取っておこう」

「それで、サグエさんは何をしていたのですか? あそこにいるのはクリョシタさん…ですよね? 罰は与えたのですから、それに加えてさらに上からたたいてしまうと、士気にも今後の関係に障りますよ?」

 私はサグエ越しに、その奥を覗き込む様に後ろ姿のクリョシタを見る。

「そんな事はしていない。夏季っていっても、夜は肌寒く感じるからな。適当に夕食で余った食材でスープを作ってやっただけだ」


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「そうでしたか。早とちりしてしまってごめんなさい」

「いいって。それより、譲さんもスープ飲まないか? 自分も飲もうと思って少し多めに作ったんだ」

「あ~、そう言う事なら、お言葉に甘えて」

 2人で焚火の近くに腰掛け、私はサグエに差し出されたスープの入ったコップを受け取る。

 ちょっとだけ熱いと思えるぐらいの温かさ、夜風に当たって冷えてきていた手を温めるにはち、ょうど良い温もりだ。

 そして複数の野菜が溶けたスープの匂いは、さっきまでそんな事なかった空腹感を刺激する。

 小腹程度の空き具合でも、口の中をよだれで満たすには十分なモノだった。


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「なんか、あの時の事を思い出しますね」

「あの時?」

「はい。サグエさんと出会い、プセロア村に向かっていた時の事を…。思い出としては、あまり良いモノではないのかもしれませんが、それでもあなたと出会えたのは不幸な事ではありません」

「犯罪者との出会いでなければ、出会いってのは大抵が良い事だ。譲さんの言っている事には賛同できる。そうか、確かにあの時も俺がスープを作って2人でダラダラと話をしたな」

 サグエは思い出深そうに、コップの中に視線を落としながらつぶやく。

「まぁでも、今回は1人って訳ではなさそうだがな」

 そして、視線を動かして彼が見た方向、そこにはジト目でこちらを見るジョーゼの姿があった。


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「そんな所で突っ立ってないで、ジョーゼもこっちに来い。そこにずっといると冷えるから」

 サグエは、手をクイクイと手招きするように動かし、ジョーゼもまたそれに答えるように彼の横に座る。

 残っていたスープを開いていたコップに全部注ぎ、それをジョーゼに渡す。

「2人は仲が良いですね」

 そんな光景を見て、私は普段から言っている事、思った事がそのまま口から出た。

「こいつが赤ん坊の時から知っているからな。成長を見てきた身として、放っておけないってのもある。だがまぁ、仲が良い…てのはそうだな」

「私も、サグエさんのような兄が居たら、この場にこうしていなかったのかな…」

「譲さんは兄弟が欲しいのか?」


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「まぁ姉でも妹でも、兄でも弟でも、居たとしたら考え方は変わっていたかもしれませんね」

「なるほど。こっちとしては、今の騎士である譲さんの姿以外に想像がつかないがな」

「それはどういう意味ですか?」

 性格や人当たりの印象で、普通の町娘だったり、お店を経営している姿が想像できないという事?

 不審そうな視線をサグエに向ける。

 私の視線の意味、言葉の意味を理解して、少しだけ慌てたような素振りを見せる彼は、軽く手を横に振って、それを否定した。

「俺にとって譲さんは騎士の代表だ。その戦いぶり、その力、身だしなみから戦う姿まで、強く印象に残っているんだ。だから、正直華やかなドレスを着て、優雅に舞踏会に出る…なんて姿は想像できない。そもそも舞踏会ってのも、話で聞いただけで、実際に見た事は無いから、想像もつかない会なんだが。とにかく、悪い意味じゃない。俺の知識不足の問題だ」


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「そうですか」

 悪い意味でなくてホッとする。

 もし悪い意味だったら、そういう認識を今後改めてもらうために、こちらも意識しなければいけない事が多くなるから。

「まぁでも、今から姉なり兄なりは、それこそ兄と思える男を捕まえるか、親にもうひと踏ん張りしてもらうしかないな」

「良い男性…ですか。難しいですね。できる事なら、私が騎士である以上、相手にするのは騎士以外の人が良いですし、まず。子供を作る…というのも…。この問題は大陸全土の一人っ子の永久不滅の問題です」

「まぁそうだな。言葉にするだけなら簡単だが、実現は難しいな」

「ええ。特に私の場合は、良き男性を見つけるか養子を貰う以外に、それを実現する方法はありませんね。血のつながった兄弟も姉妹も、私には望めないモノです」


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「確かに、譲さんの父親の方はともかく、母親…マドレさんの方は、体も丈夫じゃないみたいだし、歳的にもきついか」

「そう…ですね。そういう理由で2人が子供を作れないのもあるのですが…う~ん」

「どうした?」

「・・・うん」

 サグエの声が遠くから聞こえてくると感じる程、その瞬間の私は、どうしたものかと考えていた。

 それは私の事情の1つ。

 言うか…、それとも言わないか…。

 どうするかを考え、話しておく事で頭の中の会議は決着する。

「サグエさんも、ジョーゼさんも、もうあの屋敷の住人、言うなれば家族のようなモノですから話しておきますね」


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「いや、話にくい隠し事とか、聞いても困るだけだし、無理して離さなくてもいいぞ」

「え? あ、いや、そういう他言できないようなやましい事ではなく…。いや、人前で率先して話す事ではないので、間違いではないのですけど…」

 これはいつものサグエの悪ふざけか? 私をからかっている?

 調子が狂ってしょうがない。

 コホンッと咳ばらいを挟んで、気を取り直す。

「私としては、別に困るような事でもないですし、隠している訳でもありません。王都の方でも、知っている人は知っている事ですから。話の流れも、家族の話、というかその話のおかげで思い出したというのもあるので、このまま喋らずにいると、隠し事をしているようで、こちらの気が落ち着きません」


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 サグエの言葉のせいか、中途半端に意識してしまって、少しの緊張が私を優しく包む。

 口の中が少し乾き、それを彼の作ったスープで潤して、話を続けた。

「お母さまが、体が弱いのは知っていると思います。その体質ゆえ、今まで子供を授かる事ができなかったのです」

 その言葉に、サグエは察したのか、表情はあまり変わらないものの、その目には真剣な意思が籠る。

 さっきのからかうような言葉に、少しだけ心配だった私も、その僅かな変化に胸を撫で下ろした。

「私は元々養子なのです。何処の生まれかもわからない、父親も母親もわからない孤児。サドフォークの辺境、チェントローノからオースコフに繋がる本道に近い場所で、赤子だった私は見つかりました。私が最初から持っているモノは、服に刺繍されていた「アリエス」という名前だけ。小さな村の人間に助けられた私は、そこで数年、少なくとも物心つくまではそこで生活をしました。そんな時、まだ騎士団に席を置いていたお父さまが遠征の際、村に来たのです。村はその大きさ相応に貧しい村で、子供1人とは言え、僅かな恵みを与える事は出来ても、家に迎え入れる事はできませんでした。そんな事情を知ったお父さまは即断で私を養子として迎え入れる事を決めたのです」


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「ふっ、それはまた行動力があるもんだ」

「はい。行動力というより、あの人の場合は自分のやりたい事に一直線なだけですが、それのおかげで、部下の人達も苦労したそうです。まぁそれは置いておいて、村人はともかく、一緒に居た部下の人達の言葉も聞かず、遠征が終わり次第、私をあの屋敷に迎え入れてくれました。それ以来、子供のいなかった2人は、私を我が子のように育ててくれた…という話です」

「なるほど、いい話だ。その恩もあって、騎士団で頑張っていると?」

「お父さま達のために頑張るという意味ではそうですね。でも、私が騎士団を選んだのは、お父さまの騎士としての姿に憧れたからです。何処の馬の骨ともわからない私を、理由はあるにしても受け入れてくれた懐の深さに影響を受けました。それに当時の私は、右も左もわかりませんでしたから、お父さまの後ばかり追いかけていたのです」


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「そこで兄弟姉妹がいたらって話に繋がる訳か」

「はい。もし、身近にそういう人達がいて、その影響を受けていたら、騎士団にいなかったかもしれません」

「ふ~ん、まぁでも。それでも譲さんは騎士団に入っていたと思うがな」

「・・・? それは、まだ今の私の印象が強いとか、そういう意味ですか?」

「いや、譲さんの性格の話だ。あんたは人が良すぎるからな。自分を拾ってくれたパードさんの影響も加われば、他に魅力的な立ち位置があったとしても、一番人の為に動ける場所はなんだかんだ騎士団じゃないのか?」

「う~ん…。そうですかね?」


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「あくまで可能性の話だがな。鎧とか剣とか、そこに格好良さの魅力もあるし、なにより飯屋なり花屋なり、御者なり、人の為になる事は数あれど、その人達のために…ていう対象としては、騎士団の影響を与える量は他の群を抜いているだろ? より多くの人の為に何かをするなら、騎士団は打ってつけだろうさ。それに結局の所、兄弟が居ようが姉妹がいようが、絵が増えるだけで、一番感銘を受けてんのはパードさんの姿だ。その影響力は、他とは比べ物にならないだろうよ」

 焚火を見ながら話すサグエの目は、どこかこことは違うモノを見るような目をしながらも、こちらの心を動かす言葉だった。

「・・・。はい…、そう…ですね」



 譲さんは考え深そうに微笑みながら、その視線を両手で持ったコップへと落とす。

 俺はと言えば、自分で言っておいてなんだが、そのセリフが気恥ずかしくて、譲さんがこちらを見ていない内に、視線を反らした。


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 そして、その反らした方向が悪く、丁度視線の先にあったもの…いた者と目が合う。

 それだけならよかったが、月明かりの無い星空のもと、視界を得るための頼りは焚火の光のみ、当然というかなんというか、周りを見渡すという意味で、視界はお世辞にも良いとは言えない。

 そんな暗さを、身を持って感じている中での、視線の先にいたフォーは、さっきまで野営地の反対、外の方に向けていた顔をこちらに向け、その暗闇の中で、顔に付けた白く無表情な女性の仮面が暗闇の中、無駄に浮かび上がって見えた。

 その瞬間、俺の体がビクッと跳ねる。

 口に含んだばかりのスープが、口から噴き出すのを何とか我慢するはめになった。

 噴き出すのを無理矢理我慢した事で、唇付近に少しだけ痛みを覚えつつも、俺はその原因となった奴の方へと視線を向ける。


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 そいつ…フォーは、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくると、こちらではなくその先、俺らの背中側で、野営している場所の通ってきた本道を挟んだ反対側を見ながら、ジッと動かない。

 別に…、別に俺に対して、何か謝罪等の言葉を送ってくれる必要性はないけど、不本意ながらその姿に驚き、それが表面まで出てしまったわけで、何か言葉を添えてほしいモノだ。

「どうした?」

「スープのお替りとかあったら欲しいな~って思ったんだけどな~、なさげだね」

「確かにもう残っていない。元々そんなに多く作っていないから、しょうがない」

「それは残念無念。もっと隊長先生の手料理でお腹を満たしたい所だったのに」

「夕飯も食っただろうに、よくもまぁ食うもんだな」


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「お忘れか隊長先生、私は日中ずっと、これでもかとお腹の中のモノを飛散させ続けたんだぞ? その分入れなきゃいけない量も、周りの人よりも多くなっちゃうのは必然だ。にもかかわらず、食べられる量は他の半分だ。お腹が空くのも当然」

「そうかい。なら、明日からはもっと報告をして、車酔いをしない様に頑張らないとな」

「それはもう。任せてほしい所だ」

「・・・というか、お前はさっきから何を見ているんだ? スープを貰いに来たにしては、疑問が残る態度だな」

「いや~スープが無いのは残念だよ、すごく、ほんとだよ?」

「そんな念押しをする必要はない。それで、何か見えたのか?」

 俺はフォーに尋ねながら、体を捻って後ろを見る。


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 当然というかなんというか、そこには暗闇しか存在しない。

 何かいたとしても見ようがないな。

「私って普段からこんな格好をしてるから、結構夜は目が良くなるのだよ」

「・・・、それは別にその格好だからじゃないと思うがな」

「それで、私がそもそも夜型の人間だから、暗くなれば頭はっきり気分アゲアゲなの」

「元気になる事はわかった。そんな事はいいからこっちの質問に答えてくれ」

「それでさ。スープのお替りが欲しくてこっちを見た時、丁度私が見ている方向に、何か光るモノが見えたような…見えなかったような。見間違いかもって思って見続けてるんだけど、そんなものは一向に見えないんだな~これが」

 つまりそれは見間違いという事じゃないのか。


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「なるほど。見間違いにしろ、そうでないにしろ。確認するに越したことはないな」

 俺はコップに近場に置いて立ち上がると、一呼吸おいてから、左手の平をフォーが見ている方向へと向ける。

「…ヒノ…カムイノミ…キヤイ…タマ…シュス…カラ…」

 いつも通りに発声魔法の呪文を唱える。

 手の平が一瞬だけ淡く赤い光に包まれ、その後、四方を明るく照らす光の球が作られたかと思えば、それは勢いよく視線の先へと飛んでいった。

 世界を照らす太陽の光と比べれば、雲泥の差ということわざにすら当てはまらない程、大きな存在の差がある。

 しかし、それでも真っ暗な空間を照らすには十分な光、その辺に松明を投げるよりも、はるかに見やすい光体が視線の先、その周辺を照らした。


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 人間から言わせれば背の低い草花、それが大地を覆う草原地帯。

 もし何かが居たとしても、その草花たちに隠れられては、その体を認識するのは難しいと思える。

 だが、放たれた魔法は身体を隠す者達を捉えた。

 体は相も変わらず見えづらいが、光が周辺を照らせる僅かな時間の中、草花の隙間から覗く、無数の点、点、点。

 点は放たれた魔法の光に反射し、その僅かに見えたソレをより視覚に、はっきりと映し出した。

 目…、魔物か、魔人か、動物か、それを断定はできないが、それは間違いなく、目、眼だ。

 いくつもの目がしっかりと、こちらを捉えている。

「譲さんッ!」


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 俺は叫んだ。

 咄嗟だった。

 近くにいた人間の中で、俺よりもこの大所帯を動かせる人間、それは譲さんで間違いない、でもそんな事を考えて彼女を呼んでもいない。

 問題が起きた…、それを誰よりも早く伝えるべき人間が、譲さんだと、考えるよりも早く体が判断した。

 見えたモノが、危険分子なのかどうかは断定できない。

 でもこの状況で無数の点…いや…目が、自分達を見ている状況を、問題の無い状況と判断する事ができなかった。

 魔法の光が弱まる。

 徐々に周りが、時間相応に光を飲み込んでいく。

 再び、完全な夜の世界になった瞬間、ガサガサと草花が掻き分けられる音がしたと思えば、それは徐々にこちらへと近づいてきていた。

 嫌な予感が頭の中で警鐘を鳴らす、魔法は間に合わない、危険を全身で感じながら、近づいてくる何かに向かって、問題なんてすっ飛ばし、焚火に使われていた薪、火のついたままのソレを音のする方へと投げる。

 その瞬間、弱い光が照らす先に映ったのは、魔物の姿だった。


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