第六話…「もう一人の隊長と図鑑士」


「ふあぁ~~ぁ…」

 眠気に襲われ続け、煌々と降り注ぐ太陽の日差しは、寝不足の目には酷い凶器だ。

 なかなかに痛い…気がする。

 何度も何度も欠伸をして、それを我慢する事もない。

 やる事やって、やらなきゃいけない事が一段落したら、適当に日当たりの良い所で昼寝でもしたい…そんな気分だ。

 でもまぁそんな事ができる立ち位置にいないのが、残念な事である。

 少しでも眠気が飛べば…と飲む水は生ぬるく、気温の上がっていく環境にいる俺の体を冷やしてくれる事は無い。

『サグエさん、ちょっといいですか?』

 そこへ、譲さんがやってくる。


---[01]---


「何か問題事か?」

「え? いや…」

「ん?」

「な、なんで私が来ると問題が起きていると思うの?」

「ん~…。譲さんといる時に限って問題が転がり込んでくる…ような気がするからかね」

「し、失礼ですね。私がまるで問題に巻き込まれる体質みたいじゃないですか」

「はてさて、その辺はどうなんだろうな。もしかしたら、その辺の良くないモノを引き寄せているのは、そっちじゃなくて俺なのかもしれない」

「どういう意味ですか?」

「深い意味はない。問題が立て続けに起きているせいで、思考が良い方に行かないだけだ」


---[02]---


「そう…ですか」

「それで? 何か用か? 朝食は…誰だっけか…、ストレガ?だったか? そいつとその周りの人間が用意しているから、こっちに来てもろくな食い物は無いぞ?」

「今度は私が食いしん坊みたいですね。ん~…サグエさん、今日はキレが悪いですよ? 私に対するいじりが直接的過ぎて疲れます。やっぱりお疲れでは?」

「それはお互い様だろう? というか、ここにいる連中で疲れてない奴なんていないだろうさ、たぶん」

「ですが、サグエさんは魔法の関係で、他の人よりも疲れているでしょ? 他の隊員をそちらの馬車に乗せるので、今日の移動は休んでいてください」

「それは有難い。拒否はしないぞ。お言葉に甘えさせてもらう」

「なんですか、その言い方。まるで私が思わせぶりな事を言っているだけ見たい。子供じゃないんですから、あげる振り…みたいな事しませんよ。むしろ御者を交代するぐらいじゃ、サグエさんの功績の報酬には足りません」


---[03]---


「まぁその辺の足りない分は、王様からの褒美に期待するさ」

『ここにいたかカヴリエーレ隊長』

 どこからか聞こえてくる男の声。

 正直良い印象の無い声は、そいつとの初対面の結果故だろう。

「ポルコレ総隊長…。お呼びでしょうか?」

 総隊長…、俺ないしは譲さんの上司に当たる人物だ。

 騎士団入団試験では、ぽんぽんと話を進めて魔法使いとしての入団試験ではなく、剣士等の近接戦の入団試験に、勘違いとはいえ入れてくれた奴、あとは宮廷に行った時もそこにいて、なかなかに我の強そうな印象を受けた。

 今の所、俺は彼の良い所を見ていない。

「昨日の魔物の襲撃に置いて、近辺に魔物の巣があるのではという話が出た」


---[04]---


 まぁあるかもしれないな。

 一匹や二匹だけの襲撃ならともかく、襲ってきた数は軽々と二桁を越えた訳だし。

 最終的にどれだけの数がいたのかは知らないが、相当量の数だっただろう、それだけ大きな群れが動いたのなら、近くにその魔物の巣があってもおかしくはない。

 遠征で群れの大移動をするとか、普通に燃費が悪く、考えづらいからな。

「群れが大きかった事もあって、念のため今の内にその魔物の討伐をする事となった」

「では私の隊で討伐隊組んで…」

「早まるなカヴリエーレ隊長、誰もお前にその先陣を切れとは言っていない」

「そう…ですか。ではこちらに来た理由は?」

「指揮をとる者と、討伐に際し戦闘に参加する者を何人かこちらで見繕った。しかし、王の警護もあるから、数を用意できない。という訳で、貴殿は自分の隊から、何人か適当に選び、その討伐隊に同行させろ」


---[05]---


 結局譲さんがやろうとしていた事に、少しばかり付け加えるモノがあった程度か。

「わかりました。指揮をとる人は誰でしょうか? その人と話をして、足りない分を補える人材を決めたいと思うのですが」

「そう急くな、鬱陶しい。後でその討伐隊の連中をそっちに向かわせる。話し合いはその時にでもしろ」

 ポルコレ総隊長は言うだけ言って、こちらに背を向けて行ってしまう。

「なんか人当たりというか、印象の悪いおっさんだな、相変わらず」

 そんな太った男の離れていく背中を見ながら、俺は思った事を口にする。

「ダメですよ、そういう事を言っては。思うだけなら、それを止める術は誰も持ちませんが、口にしてしまえば誰かの耳に届いてしまうかも。良くない噂が立てば、自分の首を絞めてしまいます」


---[06]---


「そうだな」

 上司と部下の関係からか、譲さんは下手に出ているが、なんか話を聞いていた感じ、向こうの方が部下みたいな感じだな。

 口調とかは全然向こうの方が偉そうというか偉ぶってるが、なんか強く出る事で自分を強く見せようとしているような印象だ。

 入団試験の時は、もっと人当たりが良い印象だったんだが、今のといい、宮廷の時といい、こっちが素なのか?

「あのおっさんも大変そうだ」

「おっさんではありません。ポルコレ総隊長、ポルコレ総隊長です」

「はいはい」

 でもまぁ、何だ。


---[07]---


 だから言ったじゃないか…とか、そんな事を言うつもりはさらさらないけど、問題は転がり込んできたな。

 そんな事を思いつつ、俺は譲さんを見る。

「ん? 何ですか?」

「いや、何も」

 そして目が合うや否や、俺はコップに残っていた水を飲み干して、自分の作業に戻っていくのだった。

「ち、ちょっと、サグエさん?」

「気にするな。大した事じゃない」

「そう言われると余計に気になるのですが」

「ふっ」


---[08]---


 困惑気味に詰め寄ってくる譲さんを、俺はあしらっていった。

 黙々と作業をするのではなく、誰かと話をしたからか、眠気は相変わらず残っているものの、ようやく本調子になってきたようだ。


「先ほど主から話があったと思いますが、指揮をとるお方と、討伐隊に参加する兵の方達の準備ができましたので、お連れいたしました」

 あの総隊長が来てからしばらくして、白髪交じりの初老の男が数人の団員を連れてやってきた。

 初老の男は「セレビト」という、あの総隊長の従者らしい。

 さっきは本人が来たのに、今度は従者を送ってくるのは、いささかの違和感を覚える。


---[09]---


 まぁそれはどうでもいい事だが、俺の目が行くのは、そのセレビトとか言う男ではなく、その後ろを付いてきた連中だ。

 見た感じ子供しかいない…ように見える。

 まぁアレン達と同じぐらいだろうから、年齢が低すぎる事は無いだろうけど。

 そんな連中、男女合わせて10人程が、鎧を着こんで立っている。

 不安そうな表情を浮かべている奴がチラホラ、そして自信に満ちている顔は一つもいない。

 何が一番驚くかと言えば、この任務自体、王の警護が主な仕事…任務のはずだが、にも関わらずこういった経験の浅そうな連中が何人もいるという所だ。

 まぁ弟子だからって事でセスとかシオとか、新人を連れて来ていて、尚且つ騎士団とは全く関係ないジョーゼとかティカがいる状態になっている俺が言うのもなんだがな。


---[10]---


「どうも。今回魔物討伐の指揮をとる事になった「ジエン・ティーレ」だ。よろしく頼む」

 セレビトについてきた連中の中から1人、進んで前に出た少年、長い茶髪の髪を後ろでひとまとめにした青目の少年は、軽い会釈と共にこちらへ手を差し出す。

「こちらこそティーレ隊長。私はアリエス・カヴリエーレと言います、今後ともよろしくお願いします」

 譲さんはそんなジエンが出した手を握り、微笑みを送るのだった。

 隊長…隊長か。

 という事は、役職的には譲さんと同じという事になるのか?

 歳が見た目相応であるなら、とんでもない大出世だな。

 その歳で何十人も部下を持つなんて、相当なやり手か実力者か…。


---[11]---


 ジエンはこちらを一瞥して、俺に対しても手を差し出す。

「ん? あ~、俺はガレス・サグエだ。譲さ…いや、カヴリエーレ隊長の部下であり、もう1つ魔法使いの師匠をしている」

 自分の自己紹介をしつつ、ジエンの手を握る。

「あ~、あれか。俺の隊にもその話が来た」

「最近のそういった話は俺の所の話だろうな」

『それでは、お互いの自己紹介が済みましたので、私はこれで主の所へ戻らせていただきます。最後に…主様からの言伝を…、討伐隊は警護の隊と完全な別行動となる、物資も王の警護に必要不可欠な故、必要なモノがある場合はカヴリエーレ隊長の隊で補給をしろ…との事です』

 こちらの様子を伺っていたセレビトは、自己紹介が終わる頃を見計らって口を開く。


---[12]---


「わかりました。それ以外に指示が無いようであれば、こちらで好きにやらせてもらいます。それでいいですか?」

 そんな従者の言葉に真っ先に反応したのは譲さんだ。

「私が主から聞いたのは今言ったモノが全てでございますので、お答えしかねます」

「・・・、わかりました。不明点があれば、後で使いを送らせていただきます」

「はい。では私はこれで」

 深々とただただ姿勢の良いお辞儀をして、セレビトは主ことポルコレ総隊長の方へと戻っていく。

「ではティーレ隊長、部下を待機させていますので、そちらに。私は少しサグエさんと話があるので先に行って部隊の調整をお願いします」

「了解だ」


---[13]---


 チェントローノへ出発する時間が迫ってきているからか、なかなかに慌ただしさを感じ始める。

「サグエさん、ティカやジョーゼさんの件、どうなりましたか? ・・・というか、なんでそんな砂だらけに?」

 譲さんは、ポルコレ総隊長が来た時とは違う俺の様子に困惑を露わにする。

 違いがあるとすれば、あちこち濡れたり泥で汚れたりとしている点か。

「これは、今譲さんが言ったジョーゼ達の問題を解決しようとした結果だ」

「結果?」

「わかりやすくすると、これだな」

 俺は足元に置いておいた籠を取る。

 その中には、一羽の魔物の鳥が入っていた。


---[14]---


「これは…「テケッポ」?」

「そう。鳥に手が生えて肉食になった魔物だな」

 その大きさは鳩と同じぐらいで、見た目は…フクロウに猫みたいな口を付けた感じだろうか…、そして胴体にはテケッポの最大の特徴である手があり、鋭い爪が生えている。

 主に小動物を捕まえて食べ、人に危害を加える事はほとんどない。

「ん~…、それで? この子が問題の解決にどう絡んでくるの?」

「使い魔にして、譲さんの実家まで手紙を届けてもらうんだ」

「なるほど、使い魔ですか…。使い魔?」

「そう使い魔」

「使い魔という事は、魔法使いが魔物とか精霊とかを、制御下に置くアレの事ですよね?」


---[15]---


「そうだな」

「サグエさんにもできるのですか? すごいですね」

「なんか、引っかかる言い方だな。俺にはそういうのができないとでも?」

「あ、いえ、私が知る使い魔の話は、基本的に高度な魔法で、道具や場所も重要だと、昔読んだ本に書いてあったので、こんなそういう道具とかが無い場所でもできるのか…と」

「まぁ本気で使い魔を作ろうとすれば、譲さんが言ったようにそれなりの準備が必要だ。あと、使い魔にする奴がどういうやつなのかにもよる」

「というと?」

「使い魔にするって事は、自分の下に付かせる、配下にするって事だ。相手は人間じゃないし、知り合ったから友達になろう…なんて次元の話じゃない。人間と違って自然界は弱肉強食、強い者が弱い者を支配する世界だ。動物がその理の枠の中にいるのなら、魔物だってそう。例外はいるだろうが、だいたい同じだ。次に使い魔にする方法だが、簡単に順を説明するなら、屈服させ…対価を払い…魔法使いと魔力的繋がりを結んで…言う事を聞いてもらう…だな?」


---[16]---


「なるほど、屈服させるという事は、使い魔にしようとする相手が、強ければ強い程、それが難しくなっていく、その為に準備が必要なんですね」

「そう言う事だ。少しでもこちら側が有利になるよう、場所を選んだり作ったり、道具を用意したりする」

「対価というのは?」

「対価ってのは、相手に寄るだろうが、基本は魔力だな。魔物の生命線は魔力だから連中からしてみれば、言う事を聞いてやるから生きる糧を寄こせって感じだ」

「では、強い相手程、その対価も大きくなるんですね」

「ああ。魔力だけで済む奴もいれば、それ以外…例えば生きた人間を寄こせとかいう奴もいるらしい」

「・・・、怖い話ですね」


---[17]---


「そうだな、自己顕示欲を満たそうと、無茶をした魔法使いが魔物に食われるなんて事もあるらしいからな。あとは定期的に対価を払うのが普通だが、たまに一回払えばもういらないってやつもいる」

「・・・。では、サグエさんはこの子を屈服させたって事ですか?」

 そう言って、譲さんはテケッポの入って籠をつつく。

「ん? あ~、だいぶ話が逸れてたな。まぁそう言う事だ」

「なるほど、それが事実なら、確かにティカ達の問題も解決できそうです」

「というか、もう一羽飛ばしてるから、解決は時間の問題だ」

「へ~、ちなみに、屈服させるというのはどういう事をするの?」

「やり方はその相手次第だ。テケッポなら、そもそも強い魔物じゃないし、自分より魔力が強いって見せるだけでいい。個体によっては捕まえた段階で負けを認めるテケッポもいる。今譲さんの家に向かってるテケッポがそれだ。この籠の中の奴は、テケッポの割には強気でさ。それでも弱かった事に変わりはないが、反抗の意思を見せたから、しばらくの間使い魔にしておこうかと」


---[18]---


「籠の中に入れている理由は? 使い魔になっているのなら、逃げたりする事は無いのでは?」

「大半はそうだが、たまに魔力的な繋がりを結ぶ…俺の村では使い魔との契約って言い方をしていたが、その契約の最中…繋がりがまだ弱い時に暴れて逃げ出す奴がいるから、その対策だ。契約を結んでいるって言っても、結局相手も自分の意思を持った生き物。人間で言う所の魔法使いが上司で、使い魔が部下に当たる。裏切る事だってある」

「魔物を味方に付ける事ができるのは便利だと思っていましたが、やっぱりそれはそれで大変なんですね。勉強をして知ったつもりではいましたが、足りないと実感します」

「この国じゃ、使い魔を作れる魔法使いの数が少ないし、仕方ないがな」


---[19]---


 籠を自分の目線の高さまで上げ、俺はその中のテケッポを見る。

 くりくりとした目をこちらに向けて、首を傾げるその姿からは、暴れるかのような様子は見られない。

 俺は小さく頷き、籠の扉を開けて、それを地面に置いた。

 すると、テケッポは少しの間、周囲の様子を伺って、ゆっくりと籠の外へとその足を延ばす。

 籠の中という閉鎖空間から解放されたテケッポは、羽と手をグッと伸ばし、体についた不純物を飛ばすかのように、ブルブルと体を震わせる。

 そして、その翼を羽ばたかせて、俺の肩へと飛び乗るのだった。

「どうやら、俺の使い魔になってくれるらしい」

「私、こんなテケッポ初めて見ました」


---[20]---


「まぁそうかもな。テケッポは、数は多いが、力はほとんどない。ほんと肉食になった鳥って程度の魔物だ。使い魔を手に入れられる魔法使いは、好き好んでこいつらを使い魔にしようなんて奴はいないさ」

「そうなの? 今回のサグエさんみたいに、情報伝達に関して有用だと思ったけど」

「個人での情報伝達だけなら、その辺の配達を受け追う御者に頼めばいいし、伝書鳩で事足りるだろ? 何より、使い魔に求めるのは、基本は力とか特殊な能力だ。そう言った力の無いテケッポは、使い魔にするには力量不足に他ならない」

「なるほど」

『あらあら、テケッポを手懐けるなんて、モノ好きがいたもんだね~』

 テケッポの頭を指で撫で、改めてこいつと契約が結ばれた事を確認していた時、なにかふんわりとした声が聞こえてくる。


---[21]---


 そちらに視線を向けると、そこには獣人種の女性が立っていた。

 僅かに青みがかった黒髪のショートヘアーで、ネコ科の耳と尻尾を持つ。

 尻尾等も髪と同じ色合いをしているが、毛先だけ純粋な黒色だ。

「そっちは魔法使い? オースコフの騎士団の人間に、使い魔を作れる魔法使いがいるなんて驚きだ~。それとも騎士団じゃない雇われさん? それとも使い魔にした魔物がテケッポだからかな?」

 その女性は、興味深そうに俺の肩に止まるテケッポを覗き込む。

「入用だっただけだ。そっちこそ、騎士団の人間じゃないだろ? 服装的にさ」

 騎士団の人間は、基本はそこの制服を着ている人間が多い。

 それかそれを証明するものを、体のどこか見える場所に付けているはずだ。

 譲さんの鎧にはサドフォークの紋章が付いているし、鎧を着ていない時には、騎士団の上着をしている。


---[22]---


 俺も一応上着は来ているし…、まぁそれ以外は私物だが。

 とにかく、服でも、マントでも、武器防具でも、騎士団に関連したモノを身に着けていないこの女性は、騎士団の人間ではないという事だ。

「みぃ? みぃは確かに団の人間じゃないな~」

 動きやすい軽装に、腰には短剣と何本かの杖、肩にかけた大きな鞄は、子供なら軽々と入れそうな大きさだ。

「みぃは、こういう者です」

 そう言って、女性は大きな鞄から分厚い本を取り出し、それを俺達に見せた。

 譲さんはその本を受け取り、見るからに重そうな本を開く。

 そこに描かれていたモノは、絵が大半で、どの絵も白黒ながら本物に近い形で記録されていた。


---[23]---


 描かれていた絵、それはどの頁を見ても、魔物だったり、魔人だったり、描かれていた文字は、その絵を補足するモノ。

 それを譲さん越しに覗き見て、この女性が何者なのか、それが分かった。

「あんたは図鑑士か?」

「そう」

 図鑑士、簡単に言えば、魔物や魔人の生態を観察して記録し、それを人々に伝える事を仕事にする人達の総称だ。

 仕事として図鑑士をする者もいれば、自身の探求欲や知識欲を満足させるためになる者もいる。

 各国の王都に支部を置く程に大きな組織、確か本部があるのは、この任務の行き先であるチェントローノだったはずだ。


---[24]---


「図鑑士であるあんたが何でここに? まぁ魔物とかの調査とかが仕事な訳だから、そういう輩が出てくる所にいるのは、何らおかしい事ではないけど」

 夜に襲われたしな。

 でも、此処にいる騎士団は、その辺の魔物を狩るのが本来の目的ではない。

 自国の王を護衛する事が目的な訳で、そこに図鑑士がいるというのはいささか疑問だ。

 自分もチェントローノに行きたいから一緒に連れてって…、なんて友達感覚で付いて来れるようなものじゃない。

「チェントローノへ向かう道中で、あるかもしれない不測の事態に対応できるため…かな~。あとはあなた達の王様と友達だから、そういう縁で一緒に居る感じ」

 まぁ不測の事態ってのには、納得ができる、魔物や魔人の事を知り尽くした人間がついて来てくれるというのは、可能性の一つに対して対応手段を得られて有用だろう。


---[25]---


 護衛任務であっても、そういう人間がいるというのは、確かに心強いか、納得だ。

 だが、その後の言葉をこちらが受け入れるのには、多少の時間が掛かった。

 この人、実はすごい人なのでは?

 身分とかがさ。

 役職の階級とか、見た目からは全く想像もできないが。

「ん? あ~、別に王様と友達だからって、みぃまでそんなお偉いさんて訳じゃないよ~?」

 俺の表情の意味を読んだのか、それとも、その一瞬の沈黙とその理由に心当たりがあるのか、とりあえず心を読まれたようで驚く。

「昔やった仕事でちょっとね。それも、今の王様が王位を継承する前だから、今ほどめんどうくさい関係じゃなかったよ」


---[26]---


「王を継ぐ前だからって言っても王位継承者な訳で、こちらからしてみれば立つ場所が違い過ぎる。そんな風に思う事は出来ないな」

「そうかな? 重く考え過ぎなだけだよ。と、話が脱線したけど、ここにいる事とその服からして君は騎士団の人…だよね?」

「え? はい」

「そうか。使い魔を即席で作れる魔法使い、この国にいなかった人材て事は、君が昨日の夜の魔法を使ってくれた人だね?」

 夜の魔法というのは、恐らく空に上げた明かりの事だろう、俺は女性の言葉に頷く。

「やっぱり。あの明かりのおかげで、じっくりとアイセタを観察する事ができたから、お礼がしたかったんだ。改めて、ありがとうね」


---[27]---


「いえ、お礼をされる程の事じゃ」

「これはみぃがしたいと思ったからしたまでだよ。それで、君達はこれからあのアイセタの群れの巣を探すんだよね?」

「え、あ、はい、その予定です。よくわかりましたね、聞いていました?」

「魔物関連の話には耳が鋭くなるのさ~…。という事は~だよ、これから同じ任務する仲間だね。よろしく」

 女性は満面の笑みを浮かべて手を差し出し、俺は吸い込まれるかのように、その女性の手を握る。

「あ、そう言えばまだ自己紹介もしてなかった。みぃは「アルキ・キー」、今はオースコフにある図鑑協会支部を拠点に仕事をしているから、そこの騎士団に所属している君達とは、今後も一緒に仕事をするかも。だから、今後とも図鑑士アルキーをよろしく。あ、アルキーって言うのは、周りから言われてる愛称みたいなもので、語呂が良いからそのまま仕事名として使わせてもらってるの」


---[28]---


「そう…ですか。アイセタの討伐に同行するんですね。俺は、ガレス・サグエって言います。呼び方は変なモノでなければ何でも」

「ガレス・サグエ、ガレス・サグエ~ね、うん。良い名前だ。それでそっちの子が…」

 アルキーが、本に夢中になっている譲さんの顔を覗き込む。

「ん? あ、すいません。本が良くできていたモノですから、つい」

「お~、お褒めの言葉として受け取ろう」

「すいません。私はアリエス・カヴリエーレです」

「カヴリエーレ…か。うん。そっちも良い名前だ。よろしく~」

 お互いに名乗り、譲さんもアルキーと握手を交わす。

「あ、これ、ありがとうございました」


---[29]---


 そして、アルキーにその分厚い本…図鑑士の本だから図鑑と言った方がいいか…、それを彼女に返した。

「みぃの作ったモノを、あんなに熱心に読んでもらえるのは嬉しいな。君は本が好きなのかな? それとも勉強が好き? まぁどちらにせよ、そっちが良ければ今度他の本と合わせて出来上がっている図鑑を貸してあげるよ」

「え!? 本当ですか!?」

「お近づきの印。出来上がった本の中には、まだ複製が終わってなくて世に出回っていないモノもあるから、貴重図鑑だよ。楽しみにしてて~」

「ありがとうございます」

 アルキーが子供のような無邪気な笑顔で話すのに釣られたのか、譲さんもまたアルキーの申し出に目を輝かせる。


---[30]---


 それとも、譲さんは超が付く程の本の虫だったのかな。

「さ~、お互いの自己紹介が終わった所で、そろそろ行こうか」

「行く?」

 図鑑を鞄にしまって歩き出すアルキー。

「ちょっと長々と話をしちゃったからね。アイセタの巣を探しに行く会議、そろそろ始めましょ~」

 あ~そう言えば。

 俺と譲さん二人して、言われて思い出したといったような表情を浮かべた。

「忘れてた? ん~…、みぃと話してる人って、後でやろうとしてる事とかを皆わすれちゃうんだよね~。不思議だ、不思議」

 俺達に物理的にではなく、惹かれるかのように彼女の後を追う様に歩く。


---[31]---


『おっ!? そっちは昨日、最後のアイセタを殴り飛ばしていたメイド娘ちゃん、見事な拳だったよ~っ! アイセタの急所にズレの無い一撃、痺れたッ!』

 数歩先を歩いていたアルキーが、進んでいる先にいたティカを見るや否や、瞬く間に彼女へと迫り、こちらとの距離を離す。

 それはまさに電光石火だ。

 なるほど、確固たる自分の世界でもあるような、そんな感じ。

「ははは…」

 何となく、彼女の周りの人間が忘れっぽくなる理由がわかる…ような気がした。


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