第七話…「世界の変わる些細な事と本音であり建て前」


「本当に来るのか?」

 俺は自分の後ろを付いてくる2人に視線を向ける。

 アイセタの群れの討伐と、その巣の排除を目的とし、急遽作られた隊の連中と行動している中、視線の先には、そんな隊にそぐわない人間2人。

 ジョーゼとティカ。

「何を言うご主人、ティカはご主人が行く所なら、地の果てまでついて行けるぞ」

「ここにいるのは例外があったからだがな」

「う~むぅ…。それは言いっこなしだぞご主人」

 ジョーゼもティカも、普段のメイド服から、動きやすい服装、旅装束みたいな格好になっているから、見た目的には新鮮だが、これからやろうとしている事を考えると複雑だ。


---[01]---


「ご主人と言えば、一応譲さんだってティカの主人の枠に入るんじゃないか?」

「そうなるなぁ。お嬢様は雇い主のご主人様のご息女、ティカが仕えるべき相手の一人だ」

「じゃあなんでそっちの手伝いに行かなかった? 王都の方に帰れないのはいいが、こっちについてくる以外にも選択肢はあっただろう?」

「まぁご主人の言わんとしている事はわかるけどな。ティカがご主人を優先するのは、それが好きだからだ。後は、今のティカはご主人の傍付きとして精を出すお役目故、そして何より、何よりだご主人、ティカにはジョーゼちゃんの面倒を見る衝動もある故なぁ、あれもこれも、どれも捨てられないと言っているうちに、この状態なのだよ」

「はぁ、そうかい」


---[02]---


 溜め息が出る。

 実際の所、その辺が大きいのかもな。

 ジョーゼの面倒を見るという目的、そこにある使命感、それを素直に実行に移している、それがティカという事だ。


 この急ごしらえの隊に譲さんはいない。

 この隊自体の指揮権は譲さんに無いし、必要分のこの隊への合流人員を差し引いても、王の護衛に着く隊員の数の方が当然多い。

 それに指揮を取る者が2人いても人員の無駄という事もあり、譲さんは王の護衛の隊に残った。

 そして、俺がこちら側の隊にいる理由だが…。


---[03]---


 魔物に襲われたばかりだからなんだが、延々と魔物や魔人と遭遇するかどうかで、馬やら馬車に乗り続けるよりも、魔物討伐側に入った方が、弟子連中のためになるからと思ったからだ。

 まぁその辺の魔物退治なんかより、王の護衛をする方が誉ある事だとかなんとか、誇れる事の一つとしてやりたい輩はいるだろうが、そんなんで人間は強くなれない。

 強くなれなかった時、苦労するのはそいつらで、それを仲間に持つ連中だ。

 そんな連中の仲間入りを弟子達にしてほしくはない、それで怪我なりなんなりされたら、目も当てられないからな。

 この隊に入った事、弟子を連れてきた事を、俺は間違いとは思わない。

 とまぁ、それは全て本音ではあるが、建前でもある。

 王様を守る…なんて俺の身に余るというか、柄じゃない。


---[04]---


 俺自身をこの隊へ率先して、進ませた要因はそこだ。


ガアァーッ。

 バタバタと翼の音を鳴らし、自分が戻ってきた事を伝えるテケッポが、俺にとっての問題の1つ…というか1人の肩に止まる。

「この子は、もうジョーゼちゃんに懐いているなぁ」

 そんなテケッポの頭を撫でながら、ティカは呟き、その言葉にまんざらでもないような表情を浮かべるジョーゼ。

「というか、この子のご主人様はご主人のはずなんだが…、なんでご主人の方に行かずにジョーゼちゃんの所に止まるのだ? そういう命令でもしたのか?」

 そう言ってティカは、こちらへ不審そうな表情を浮かべる。


---[05]---


「別に。ついさっきまで野生だっただけあって、体が汚れていたからな。綺麗に洗っただけだ。他には何もしていない」

『ふ~ん。テケッポって~、綺麗好きでもあるから、水浴びとかも好きなはずなんだけど、ガレス君の洗い方が下手だったのかな?』

「わっ!?」

 気配がしなかった。

 気づくと、横を後ろ歩きで並んで歩くアルキーの姿があって、その存在に気付かなかった俺は、彼女の話し声に多少の驚きを見せてしまう。

「ん? どうかした~?」

「いや…、そこにいる事に気付かなかったから、ちょっと驚いた」

「んふ~。お褒めの言葉、ありがとう」


---[06]---


「褒めた訳じゃないんだが」

「いやいや、図鑑士にとって気配を殺すのは必須能力の一つでさ。そうでないと、おちおち魔物やら魔人やらの記録なんて取れない訳でね。みぃの存在に気付かずに驚いたっていうのは、その技術が錆びていない証明さ。それは十分な褒め言葉なの」

「そう…なのか」

「そうなの。とまぁそれはいいとして、テケッポの話。この子たちは基本強い力を持たないから、嫌われる事をやらずに、優しくすればそれだけ懐いてくれると思うんだ~。だから、単純にこの短時間でそこの少女がガレス君よりも、テケッポを可愛がってあげたっていうのもあるけど~、それでもやっぱりその洗い方が悪かったかな~」

「何が何でも洗うのが下手と言いたい感じだな」


---[07]---


「あは~、そんな事は無いよ~。というかこの子は誰? まさかこの子も騎士団とか? ティカちゃんはガレス君の専属メイドだよね? 真面目でちょっと怖そうな印象の顔をしているのに、そっちもやる事はやってるんだと思ったけど、まさかこの女の子も? ガレス君て、伸ばす手が幅広いの?」

「早とちりが人聞き悪すぎるだろ…」

 次から次へと言葉が出てきて、こちらが割り込む暇がない。

 何とか話を遮って、あらぬ誤解が消えるようにと、ジョーゼの事、事情の話をすると共に軌道修正をする。

「俺は譲さ…、カヴリエーレ隊長と一緒にいろって言ったんだが、こっちに行くって聞かなくて」

「仕方なく…ねぇ」


---[08]---


「なに?」

「いや~、みぃはジョーゼちゃんの気持ちが痛い程わかるから、ちょっと感情移入しちゃった」

「そう」

「その人と一緒に居たいって、とても大切な感情だと思うの。それこそ、こんな所まで付いてきちゃったんだから、中途半端に離すんじゃなくて、とことん付き合ってあげなきゃ~、ガレス君」

「善処はするが、こちらもわざわざ危ない所に連れて行きたくはないんでね。何処までもとは行かない」

「そこは、ガレス君ではなくジョーゼちゃん次第だ。まぁそっちの考えすぎとも思えるけどね」


---[09]---


「何故?」

「だってジョーゼちゃんの傍には、あの天下のティカちゃんがいるんだよ?」

「天下?」

「そう、天下」

「ティカって、そんなにすごい奴だったのか?」

 天下の…なんて言われる程、秀でた何かを持っているのか?

「昨日のアイセタを一発でのした鉄拳を、ガレス君は見なかったのか~?」

 あ~、そう言う事。

 実際にそういうすごい人だって訳じゃなく、昨日のアレがそれを彷彿とさせるような、見事なモノだったって、そういう話か。

 そうなってくるとなぁ…、昨日のアレはまさに一瞬の出来事で、それ自体はちゃんと見る事ができなかった。


---[10]---


 まぁ残った結果を見れば、見事の一撃だったとは思うけど。

「・・・。そう…か」

 その言葉になんて返せばいいのか、それが分からなかった。

 ティカの事は信用しているが、いざという時、その危険な出来事、存在にティカが動けるのかわからない。

 ただただ不安だったからこそ、感じの良い言葉が出てこなかった。

「と、忘れてた。テケッポが戻って来たって事は、周りの偵察が終わった感じじゃないのかい?」

「あ~、そうだった」

 だいぶ目的から逸れていた。

 たるんでるとか、集中しろとか言われたら、返す言葉もない。


---[11]---


 テケッポを偵察として飛ばし、アイセタの巣らしきモノや、その痕跡を空から探させていた。

 今は先頭を行く連中が、足跡とかを頼りに進んでいるから、こちらはただそれについて行っているだけ。

 それで目的地にたどり着ければいいが、もし巣が複数あったら、1つを潰した所で残った方が繁殖するのがオチだ。

 その可能性を潰すため、念を押した。

 それにアルキー曰く…、

「アイセタは、複数の群れが一緒に行動する場合があってね~。大物を狙う時とか、そう言う時に手を組むんだけど、その場合元々別の群れだったせいで、その巣も複数に分かれている事があるんだ~」

…だそうだ。


---[12]---


 まぁ異なる群れが飢えを防ぐため、より大きな獲物を捕るために、徒党を組むとかその言葉だけならありそうなモノだけど、まさか魔物がそれを実践するというのは驚く。

 魔物と言っても元は動物…獣であって、縄張り意識とかそういうモノの影響で、他の群れと力を合わせるなんて想像も付かなかった。

 むしろ、魔物だからこその行動なのかもしれないが。

 村の近くにはそんな動きを見せる魔物がいなかったから、そんな新しい情報は新鮮で、勉強になる。

 図鑑士がいたからこそ、知る事ができた、この状況の面倒ごとばかりではない良い面だ。

「何かの巣らしきモノが、ここから北北西に少し行った所にあるみたいだな」


---[13]---


 とりあえず、アイセタの群れを探す隊の足を止め、この隊を指揮するティーレ隊長にその事を報告する。

「なるほど。足跡の方はこのまままっすぐ西の方へ続いているが、そのテケッポの情報は確かか?」

「俺はそう信じるが、使い魔にしたのもついさっきだ。まだそこまでの信頼関係は結べていないし、疑いたくはないが嘘を言っている可能性、アイセタではなく別の何かの巣という可能性もある」

「巣があるかもしれないから…と、意気揚々と馳せ参じる事は出来ないという事か…」

「1つの提案だが、部隊を分ける方法もある」

「それでは、もし片方の巣に群れが集中していた時、相手に数で負け危険だ」


---[14]---


「そこは数の調整次第だろう」

「・・・では、足跡が続いている方へ人員を多く入れ、巣らしき方へ行く人員を少なく調整しよう」

「ああ、それでいい」

 俺はティーレ隊長の提案に頷く。

 そして、周りの隊員達からも、賛同の声が上がった。

「問題はどういう配分にするかだな。部隊を2つに分けるなら、1つはあんたが指揮するとして、もう1つの隊を指揮する人間が必要だ」

「そこはサグエ、お前がやれ」

「俺か?」

「ああ、お前は自分の門下生を連れて来ている、元々お前の部下でもある以上、そいつらは指示も受け入れやすいだろう。僕の部下と君の部下を中心にした二部隊を作り、お前の隊長、カヴリエーレ隊長から借り受けた隊員達を半分に分け、こちらとそっちに付かせる。それでいいか?」


---[15]---


「構わない、そっちが今の指揮官だ。従うよ」

「では、もう1つ聞きたいんだが、巣にらしきモノと言ったという事は、そこにアイセタの姿を確認できなかったという事か?」

「そこまで正確な伝達能力は期待しない方がいいが、魔物の姿を見たらそれらしい事を伝えてくると思う。でもそれが無かったから、現状、空から見える位置に巣の主がいない可能性は大きい」

「なら、予定通り足跡の方へ人員の多い俺らが行くとしよう。そっちは巣の方を」

「あと、何があるかわからない、お互いに何かしらの合図めいたモノができると良いだろう」

「確かに」

「もし何か問題や危険な事態に陥った場合、魔法で合図を空に打ち上げる」


---[16]---


「それは昨日の夜の魔法のようにか?」

「ああ」

「しかしこちらにそう言った魔法を扱える人間はいない」

「それはこっちから人を出そう。丁度フォルトゥーナが杖魔法にも慣れているし、元々騎士団にいた分、場慣れもしているだろう」

『えッ!? 私!?』

「わかった。くれぐれもヘマをするなよ」

 そう言い残し、ティーレは譲さんの部下に、何人か付いて来いと言って、再び足跡を追い始めた。

「隊長先生、私だけ向こう側は寂しいんじゃが、じゃが」

「わがまま言うな。それと、昨日空いた時間に作っておいた杖だ。効果は赤い光玉を撃ち出す。何か異常事態が起きたらそれを空に打ち上げろ」


---[17]---


「むむむむ…」

「返事」

「は~い」

 フォーは名残惜しそうにこちらを何度か振り返りつつも、先を行くティーレの隊を追っていった。

「セス、フォーだけじゃ心配だから、お前も向こうについて行け」

「なんで俺がそんな事しなきゃいけない」

「こっち側にいても大きな事はたぶん起きないし、地面とにらめっこするだけの退屈な作業になるだけだぞ? 向こうについて行った方が経験的にも大きいと思うが。アイセタの討伐隊に入る事に否定的な事を言わなかったのも、その辺の事があったからじゃないのか?」


---[18]---


「・・・、チッ」

 周囲の人間に聞こえるようかのように、大きな舌打ちをして、セスは小走りに走っていった。

「はぁ…」

 何か疲れた。

 ほぼ初対面に近い相手と、こうして話す事に慣れていないのもそうだし、何より気が強そうに見えるからできる限り刺激をしない様にと、気を使うのに疲れる。

 人口の多い環境での上下関係の問題の1つだな。

 フォー達の事もそう、昔は1人で行動し、自分の事を自分で…て流れだったから感じる事の無かった気配り等、魔法を教えるのとは方向性が違う今回の件、疲れる事だらけである。


---[19]---


「ではでは、みぃ達も行こうかガレス君」

「アルキーさんは向こうに付いて行かなくていいのか? 譲さんの隊の人間でないあんたは、討伐隊として抜擢されている訳だし、向こう側に入ると思ったが」

「いやいや、みぃは魔物関連の話だったから付いてきただけだよ。一応図鑑士として、じゃあお願いしたい、とは言われたけどね。正式な隊員じゃないからその辺の事に縛られる必要は無いのさ」

「そうか。それは心強い限りだ。こっちは人数が少ないからな。問題は起こらなそうでも、絶対じゃない。万が一の事を考えると、魔物の専門家がいるというのは頼もしいよ」

「ふふ~ん。大船に乗ったつもりでいたまへ」


 再びテケッポを道案内のために飛ばし、俺達は巣の方へと進む。


---[20]---


 譲さんの部下が2人程付いてきた俺達の小さな班は、最初は道なき道を進むだけだったが、途中から獣道を歩き、少ししてから窪みに入って、草花の少ない広場のような場所に出ると、それと同時に鼻へと悪臭が漂う。

 視線の先には、洞穴があるが、それは深く続いていて一番奥は見る事も出来ない。

 もはや洞穴というより、小さな洞窟と言ってもいいぐらいだ。

 ここは窪地になっているおかげか、遠くからは見る事の出来ない、何かしらの生き物の巣、そこに残った足跡を見ると、それはアイセタのモノだった。

「ここがアイセタの巣なのは間違いなさそうだな。肝心な連中の姿は見えないが」

「まぁ確かに、ここがあの子たちの「巣だった」のは間違いないかな。新しい足跡も無くはないけど、大半は古いモノだ」

「じゃあ本命はやっぱり、足跡の続いていた方か」


---[21]---


「そうだね。でももう少し調べてみるのもアリかも」

「何かあったか?」

「あの子たちが、自分の子供に戦い方を教える事で生まれる争った跡にしては、ちょっと不自然なモノがあるんだよね~。向こうと合流する前に、何か調べるっていうのも良いかもしれない」

 調べる…か。

 何をどう調べればいいんだろうか。

 食料を得るため、魔物や動物の足跡を追って狩りをする…という事はあったが、その何かを調べるというのは、その今までやってきた事のさらに先のモノを要求されている。

 俺にとっての未熟、経験の浅さ、それを証明するかのように、譲さんの部下が何か気になるモノを見つけていく。


---[22]---


 その中にはアレンもいて、感心する一方でそんな力の差が、俺の心に芽生え始めた師匠としての心に棘をプスプス射してくる。

「ん? お前は降りてくるなよ? 服が汚れるから」

 自分の力及ばずな状況に頭が痛くなる中、窪みの上、俺達が来た方向に視線が行き、そこから俺達の行動を見ている2人、ジョーゼとティカと目が合う。

 ティカは普段と変わらず、俺が屋敷で薪割りをしている光景を見ていた時の彼女と大した差はない印象だが、ジョーゼの方は何処か手持ち無沙汰で、うずうずしているといった印象だ。

 そんなジョーゼの姿を見て、俺はダメ押しする。

 服が汚れれば面倒が増えるし、それで何かを見落としてしまうという状況が、何よりも嫌だった。


---[23]---


「アルキーさんは、何か気になる事でもあるのか?」

 目ぼしいモノが見つけられず、少しでも的を絞れないかと、アルキーに話しかける。

 熱心に周辺を調べている中で話しかけるのは、正直邪魔をしているだけと思ったけど、俺自身ここにいるからには何かの力になりたい、という焦りがそうさせた。

 きっとジョーゼも似たような事を思っているのかもな、まぁそれはそれ、これはこれだが。

「気になる事か~。アイセタに限らないけど、その生き物が巣を捨てるっていうのは、人で言う所の家を捨てるって事じゃない? あの子たちにそうまでさせる原因を知りたいの。さっき言ったように、アイセタは他の群れと協力する事もある魔物、もし強い敵が現れたとしても、協力してその敵を倒す。巣を捨てたって事は~、協力する暇もなかったか、それとも協力しても勝てなかったか。なんにしても、巣を出て行く程の事があった訳だし、問題は把握しておきたい。人通りの多い道の近くだからこそ、それが必要になるんだよ」


---[24]---


「なるほど」

 アルキーが言っている事ももっともだ。

 何を調べるのか、その幅はまだまだ広いままだけど、闇雲に探すよりかは、マシになったか。

 とりあえず、アイセタとは違う何かを探すように、心がけよう。

「先生、何が有力な情報になるのか、ウチには全くわからないんだけど」

「安心しろ。俺にもわからん」

 そんな時、自分の隣へ、地面とにらめっこをしながら移動してきたシオが並ぶ。

「シオはこういった痕跡探しの経験はあるか?」

「ないよ、こんなの。ウチは王都から出た事だってろくに無い。兵学院に入ってからは、まともな食事にありつけるようになったけど、それまでは毎日毎日子供でもできる仕事を探し回る日々、どんなに働いても日銭はその日のうちに消えたし、生きるのに必死で勉強なんてろくにできなかった。騎士団の勉強も自分には足りないモノばかり、それを埋めるのに必死で、多方に手を伸ばす暇なんてなかった」


---[25]---


「大変だな、お前も」

「傷の舐め合いなんてするつもりないけど、先生の方もその辺は大概だろ?」

「俺の方は、お前のとはちょっと種類が違う気もするが…、その辺の話はまた今度、そっちの話を聞かせてくれ。こんな魔物の汚物が異臭を放つ場所でする話でもない」

「・・・同感」

「とりあえず、こういった調査の類は、経験がモノを言う。場数を踏んでいこう。俺も昔は狩りの時に獲物の痕跡を見つけられずに、最終的に他の狩りをしていた人から、おこぼれを貰ったもんだよ…と、そう言っている傍から発見だ」

 地面を見続ける事しばらく、視線の先にあった倒木の枝に、引っかかる様にして付いていた毛を見つけた。

「何それ?」


---[26]---


「何かの体毛だな」

「それは分るけど…」

「昨日襲ってきたアイセタ達は、毛の色がほとんど灰色か茶色だった。でもこの毛は赤黒く、どちらかと言えば赤に近い。まぁどちらにしても、昨日見た中にこの毛色のアイセタはいなかった」

「つまりこの巣がこんなになっている原因の奴の毛って事?」

「可能性として、それもあるかもな。単純にアイセタの中にこういう毛色の奴がいたのかもしれないが」

『ん~、その線は薄いと思うんだよね~』

 見つけた毛を取り、それをシオに見せていると、いつの間にか近寄ってきていたアルキーが俺の肩に手を置いて、体毛を覗き込みながら俺達の会話に入ってきた。


---[27]---


「これはアイセタの毛じゃ無いのか?」

「アイセタの毛色は、そっちが言った灰色とか茶色が普通。生まれたての子は黒い毛をしているけど赤は混じらないかな、特異体でもない限りね~。でもそう言う話をし始めたらキリが無いし、そう言う事はめったにない…。その線を排除すると、残るのはアイセタとは違う何か別の魔物か魔人、獣の類」

「魔物達の縄張り争いか?」

「そうかもね~。まぁ今まで話でしか聞いた事の無かった、過去の存在たるドラゴンとかが出てきた訳だし、もしかしたらただの縄張り争いじゃないかも」

「縁起でもないな」

「まぁ確かに縁起でもないけど、無いとは言い切れない」

「というと?」


---[28]---


「最近、魔物や魔人たちの動きが活発というか、いつもと違うんだ~。まだ偶然だったりたまたまだったり、これはおかしいって断言できる程の変化ではないんだけどね~」

「例えば、どんな変化がある?」

「出現率、遭遇率が全体的に多くなっている印象、あくまでみぃ個人の体感だけど。後は本来いるべき生息地とは、ちょっとズレた場所で、魔物の目撃情報があったり。そういうのを詳しく調べようと思った矢先に、ドラゴンの出現事件があったから、詳しく調べる事は出来てないんだけどね~。今回この討伐隊に付いてきたのも、少しでもそう言った問題を立証できるモノがあればと思ったからなんだ~。ちょっと、その毛見せてね~」

「え、あ、ああ」


---[29]---


 俺から受け取った毛を、アルキーは鞄から取り出した虫眼鏡で、のぞき込んだり、毛を光に当ててみたり、水で濡らしてみたり、毛を見るというだけでいろんな見方をする。

 そう言った調べ方にどういう意味があるのか、俺にはわからないが、きっと大事な事なんだろう。

 俺が分かった事と言えば、アルキーがこの巣の方へ来た理由ぐらいか。

 魔物達の異変、魔物自身に何があったのかは、もしかしたら昨日の襲撃してきたアイセタを見て確認を取り、次に巣の確認、その巣を離れる事になったのなら、離れるだけの理由があり、それがあちこちで起きている異変に繋がるのかも…、と考えてみるだけで彼女がこちらに付いてくる理由がいくつか思いつく。

 というか、あのアイセタ達が巣を追われたのなら、その毛の事を含めてその元凶がいるはずだ。


---[30]---


 アイセタ達が巣に帰らなかったのは、その元凶がいるかもしれないという可能性があったから、そいつがもしいたら本命はむしろこっちなのでは…。

「よ~し。じゃあ次に行ってみようか」

「次?」

 見つけた毛を鞄から出した小瓶にいれたアルキーは、今度は洞穴の方を指差した。

『あそこに入るのか? 子供なら余裕で入れるかもしれないが、大人だと少しばかり窮屈だな』

 そんなアルキーの次の目標に対し、あからさまに嫌そうにする面々。

 それはそうだ。

 此処にいるだけで、鼻は強烈な臭いで嫌な刺激を受けている、あの中が外よりもまともかそれとも外よりも悪いか、そんな事は些細な事で、そもそも論で誰も入りたいと思う事なんてないだろう。


---[31]---


「さすがのみぃも、ここに入るのは願い下げだな~」

「そうなると誰も入らないと思うが」

「あはは~…、それもそうだね~。まぁモノは試しで~、中に入らなくてもいいかも?」

「ん?」

 アルキーの視線が俺を向き、周りの人間の視線もまた、俺に注がれる。

「昨日の夜にやったアレ、魔法の奴。それをこの穴の中に飛ばしてみてくれない?」

「別に構わないが、それをやるとどうなるんだ?」

「とりあえず直近の問題の1つは解決できるかな~」

「そう…か」

 問題の解決、良い響きだ。

 この類の専門家が、問題が解決すると言っている、それを疑う程、俺は疑心暗鬼を日頃から常備していない。

 アルキーに言われるがまま、発声魔法を唱え、夜に光球を打ち上げた要領で、その明かりを穴の中へと放つ。

 その直後、確かに問題の1つは解決した…と言える。


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