第八話…「宣言とヴィーツィオ」【2】
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今の俺には、呪文を唱える時間も惜しい、発動の為に自分の血を体外に出す手間も惜しい…、だから制御なんてしない。
発声魔法も血制魔法も、どれも使わないともなれば、物に影響を与える魔力弾を作って飛ばす…なんて至極単純な魔法でさえ、未知の領域までその難易度を上げる…、だからもっと単純モノを…、体を限界以上にただ強化し続ける、自身の魔力が尽きるまで、延々と強化強化強化…。
強化するだけなら、それは強くあれと願うだけ、体の限度も、強化の上限も、その辺を考えなければいい話だ。
一瞬、体が弾けるような、内から何かが噴き出すような感覚が、全身を襲う。
力で押さえ込んできていただけの醜い肉塊、折り重なった人間達の手を、俺の左腕は小枝を折る程容易くへし折る。
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簡単に行き過ぎた事に驚く反面、それと同時に左腕へと激痛が走った。
ただ動かすだけでも怪我をしそうな感覚、今の俺の状態は差し詰め破裂寸前の袋に、無理やりモノを押し込んでいる状態だ。
何時破裂してもおかしくない…、何の拍子にそれが起こってもおかしくない。
敵に一歩でも近づくまで、それまで倒れるな…、上げるなら悲鳴だけにしろと願うのみ。
ただただ力任せに、俺は拘束から抜け出す。
目の前の邪魔なモノを退かす…、そんな意識が強く出ていたからか、もう左腕は悲鳴を上げる所の話じゃない。
無茶な事だとわかってはいたけど、自分の思っていた以上に限界が来るのが早かった…、だから周りの事など気にも止めず、自分の目的に対して一直線に突き進んだ。
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右手はさっきから続く激痛、それ以外は肉体強化による激痛、全身が悲鳴を上げているが、体自体は軽い、むしろ軽すぎて体重という概念が無くなったかのよう…。
左腕は限界を超え、拳を握る事さえできずにいる。
部分的に強化を止めるなんて事、平静を保っていても出来るかどうか…、だからやらない、限界を超えても、全てが終わるまで止まらない。
地面に落ちた自分の剣を、右手で通り抜け様に拾い上げる。
逆手に構え、そして剣の切っ先がヴィーツィオに向かう。
今の俺に、一撃でドラゴンを仕留める力はない…、なら、さらにその上に立っているこいつを殺る。
全てがこいつの予定通りに進んでいるというのなら…、全てがこいつのやりたいように進んでいるというのなら…、全ての元凶はこのヴィーツィオ、村の奴らのために討たなければいけない憎き相手だ。
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剣が振り下ろされ、血のような黒い液体が飛び散る。
しかし、剣がヴィーツィオの肉を斬る事は無かった。
ヴィーツィオの影から現れる、肉塊、その人、さっきまで俺を押さえ込んでいた肉塊の人間達が動く。
影から現れた人間は、俺とヴィーツィオとの間に何人も割って入り、剣の行く手を阻む。
肉塊だった人間達はその集合体から離れ、個々に動き始めると、俺の腕を、服を、足を、とにかく動きを止めようと手を伸ばした。
虚ろな目、意思も、意志も何もない目、黒い血潮が噴き出るのも気にせずに、身を挺して剣を止めている。
1人はその体を盾に前に出た、また1人は剣を止めようとその刃を素手で掴んだ。
「く…」
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俺が動いた時、この場での最大戦力はドラゴンだと思った。
でも、ヴィーツィオに近づいても、その巨体が動く気配はなく、呆気なく俺の感情だけの剣は防がれる。
ドラゴンが動く間でもないと、そう思われていたのか。
「おやおや。疲弊して動けないものだと思っていたけど、案外動けるね。すごいすごい、馬の一番速い時よりも速かったのでは? だめだめ、そんな無理をしちゃ。その力を出すにしても順序と言うモノがあるだろ? その順序をすっ飛ばして、いきなり最大出力なんて、体が追い付くはずがない。というか最大出力のさらに向こうか、まぁ尚更よくないけど」
ヴィーツィオが笑う。
近づいたからこそ、より一層わかる、まるで「肉塊の中の1人」が意思を持って喋っているような、そんな容姿、真っ白な肌に痩せ細った体、不健康そのものの容姿をしているのに、その目に籠る力は本物、口調はふざけたモノかもしれないが、言葉の真剣さを証明するような目だ。
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「まぁでも、単純な強化とはいえ、すごい力だな。さすがプセロアの魔法使いと言った所か。その力、いつかほしい」
ニヤリとした口の緩みに、背筋を刺すような恐怖を覚える。
「なんにせよ、それは今日じゃない。そんな怯えたような顔しなくても。別に取って食ったりはしないって。君はいつでも、だれよりも前を歩き、後ろの人達を引っ張って行く、そんな心強さを常に持っていないと」
体が動かない…、無数の腕が俺を掴んで拘束しているのもあるが、無茶をした反動か…そもそも力がほとんど入らない。
今なら、ただまっすぐ歩くだけでも音を上げそうだ。
すぐにでも、知ったような言葉を漏らすその口を、二度と音を発する事のない腐肉にしてやりたいのに、それができない…、ヴィーツィオに向いていた怒りが、晴らせない事で徐々に自分へと向いていく。
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暴言の1つも、吐く事ができなかった。
「さて、話を戻そうか、王様…と言っても、私達の目的は達成されたし、後は帰るだけだけど」
「・・・」
「ハハッ。思考を巡らせている顔だ。ただ考え事をしているだけだというのに、綺麗な顔だ事。国外にもその名を馳せる美貌、一見できて嬉しい限りだ。安心してよ。ここで人を殺すつもりはないから。まぁ、人一人分の価値もない人間は、私達が話をする場を作った時点で、その重さに耐えきれずにその魂を潰されてしまっているけどね。とりあえず、深読みするのもいいけど、私達の目的は至極単純、それはもうわかってくれているだろう? それとも、ドラゴンを呼び寄せる以外に何か用意しないといけないかな? 例えば…、この王都にある封印の杭も、今喰ってやろうか?」
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「それが、本当に可能ならばやればよい。ここにいる民達を人質に取った事に対しても言ったが、それができるのなら、宣戦布告などという回りくどい事はしないはず。大陸全土に自分がいると知れ渡らせたいのなら、その方が確実。サドフォークの封印の杭を砕いた者がいる、その箔が付く。それが実際に可能だとしても、一国の中心に攻め込む以上、そちもただでは済まないがな」
「あらあら、美貌だけでなく勝負事も出来るのか、まったくもって隙の無い。まぁ、そこまでわかっているのなら、私達も目的を達成できたという事でいいでしょう」
ヴィーツィオは満足げな表情を浮かべ、俺を一瞥する。
すると、俺を拘束していた力が弱まり、糸の切れた人形のように倒れ込んだ人間達が、足元の、もはや影とは言えない黒い何かの中に消えていった。
そして、糸が切れた人形なのは、俺もまた同じ、その状態は思っていた以上に酷い、立っている事もままならず、体勢が崩れてその場に倒れ込む。
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激痛が走りながらも動く右腕を支えに体を起こし、見上げた先にいるヴィーツィオを睨みつけるが、それ以上の事ができない。
今、こいつを下から睨みつける事、そんなみじめで滑稽な姿が、俺の限界だった。
「では、王様、そして、ここに集まった国民達よ。改めて自己紹介させていただくよ。私達の名はヴィーツィオ、「五神竜の座から昇華したエヴォール様の復活を願う者」なり。私達の存在を、その名を、努々忘れるな。そして他の方々にも教えてあげると良い、いつか、封印は解かれ、真の神が降り立つ事を。各国に伝えておくといい、戦争の準備をしておけってね!」
日が傾き始めた頃、いつもと同じ時間と比べて、外の雰囲気が違った。
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屋敷の前の道を、何度も騎士の人達が通り過ぎるのが見える。
警備の人達が通るのは、普段から見る光景だが、今日はいささかその量が多く、ジョーゼちゃんのお部屋の窓から見えるそんな光景に、ティカは胸騒ぎがしてならない。
いつもなら、この時間は夕食の準備で調理場にいるはずなのだが、今日の所は奥様に相談をした上で、他の人にその役目を変わってもらった。
ベッドの枕元に腰を下ろし、薄暗くなった部屋を照らすランプの明かりの先、ティカの膝に頭をのせて丸くなった少女の髪を撫でる。
その少女…ジョーゼちゃんの目は赤く腫れ、頬には涙の流れた跡が…。
あの後、夕食の買い出しに行き、何も買えずに帰って来た後、ジョーゼちゃんは泣き崩れ、赤子が母親に助けを求めるように、ただただすがる様に泣き続けた。
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その理由をティカはわかってあげられず、慰めるようにこうやって寄り添ってあげる事しかできない。
怖い思いをした…、何か思い当たる事はあったか…、奥様に聞かれたけど、ティカに思う当たる事はすごく近くをすごい勢いで馬が走っていった事だけ。
それはもう怖かった。
咄嗟にティカも動いたが、怖くなかった言えば嘘になる。
でもそれにしたって、ジョーゼちゃんのソレは過剰と思えて仕方ない。
だからわからない。
ご主人程ではないにしても、ジョーゼちゃんは魔法使い、その辺で何か感じ取るようなものが、その一瞬であったのかも、でもそうなると一般枠のティカには、謎の解明が致命的なまでに難しくなる。
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だから今は、ご主人の帰りを待つ。
ティカ以上に、その体と心を預けられるご主人になら、ジョーゼちゃんのどうしようもない感情を癒して上げられるかもしれないから。
む~…、自分でご主人に助けを求める事自体には納得ができるが、ティカにはまだまだできない事があるとわかると、悔しさが込み上げてくるぞ…。
誰も見ていない場所で膨れ面を晒す。
でもすぐに空しくなって、頬を膨らませていた空気を、尖らせた口から吐き出していた時、再び視線を窓越しの屋敷の入口へと向けると、待ち望んだ人の影が。
垂れた耳が、その先まで勢いよく立ち上がる感覚…、あくまで感覚であり、実際にティカの耳は付け根付近を動かせるだけだが、とにかくそういう感覚と、我慢はしたけど尻尾を振りたい衝動に襲われる。
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「ジョーゼちゃん」
そしてティカはジョーゼちゃんの肩を揺する。
悲しみか、それとも恐怖か、とにかく泣きたくなる感情から逃げるように眠りについていた少女を起こす。
薄っすらと目を開き、状況を理解しようとするジョーゼちゃんと、それを確認したティカ。
善は急げ。
そんな言葉と共に、ティカの頭の中では、開戦を知らせる太鼓の音がこだまする。
混乱した表情を浮かべるジョーゼちゃんに構う事なく、人の事は言えないがその小さな体を抱き上げて、一目散に屋敷の正面玄関へと向かった。
体が重い。
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村での戦闘の時ほど、体を酷使していないつもりだが、制限も何もない状態で見境なく強化をしたから、正直自分でどれだけ負荷をかけたのか把握しきれていない。
酷使していないつもりになっているのも、結局は向こうで治療をしてもらったのと、体に対して魔法で治癒をかけ続けている結果、今こうして誰の肩も借りずに歩けているからだ。
村での時は気を失う程だったからな、それに…。
自分の右腕という、過去を忘れないための戒め、この状態よりもさらに酷い状態だったはず、記憶に残ったあの光景は偽りじゃない。
だから、それと比べれば、今の体の状態は…、まぁまだマシな方のはずだ。
言い訳がましく体の疲労をごまかしながら、屋敷に帰る途中、考えない様にしていても、嫌でもあのヴィーツィオの顔がちらつく。
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今回騎士団の入団試験を受けたのは、何の札も付けられることなく、純粋に自分の力を見てから、俺が騎士団に足る人間か確かめたかったからだ。
力不足にも関わらず入団して、大事な任に付かされるのは嫌だった。
金に目がくらんで、その話に飛びつくなんてあってはならない。
でも、今回の一件で、騎士団に入りたい、入らなければいけない理由ができたと言ってもいいだろう。
あのヴィーツィオの存在、どうやったかは知らないが、あいつは封印の杭を破壊する力を持っている…、そして見間違いとは思えないあのドラゴンの存在。
黒だ。
確かに村の一件は不可解な事が多くあったけど、でもそれが人為的に起こる事だとは思わなかったし、今日の事が無ければあり得ないと突っぱねただろう。
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だから、自分に…、自分達に、天地がひっくり返るような不幸が起きただけだと、納得した、自分を納得させたんだ。
でも、今度はその考えが間違いだったと、机をひっくり返された。
そしてそこに残った…やらなければいけない事。
封印の杭の件が災害や不幸ではなく、人為的な人災であるなら、知らなければいけない、その全てを。
ヴィーツィオが本気で邪神竜の復活を望んでいるのなら、途方もない話ではあるが止めなければいけない。
全てがあいつの思惑通りなら、村での一件は奴にとって、最初の第一歩。
他の国でも何かしらあって、公に出てきていないのなら話は別だが、俺にとっての始まりはそこだ。
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知ってしまった者として、片足を深く突っ込んでいる者として、生き残った者として…。
軽く痛みを覚える程、握りこぶしに力が入る。
屋敷に付き、敷地に入って、扉に手を掛けた。
いつもより重く感じる扉、建物に入って真っ先に目に入って来たのは、目にたくさんの涙をため込んだジョーゼが、ティカに抱き着いている姿。
弱々しい少女は、俺の存在に気付くや否や、何の躊躇もなく飛びついてくる。
何がどうしたのか、そんなジョーゼの様子に戸惑い、そして体はそんな小さな存在すら受け止め切る事ができず、後ろへと転ぶ結果となった。
「あだっ!」
状況を理解できない俺は、体を起こしつつ、自分の服を掴んで肩を震わせて泣いているジョーゼの頭を、落ち着かせる意味も込めて撫で、そして事情を知っているであろうティカに助けを求めた。
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彼女もまたジョーゼの行動に驚いたのか、苦笑いを浮かべるが、すぐに状況を教えてくれる。
まずは着替えとか、体を洗ったりとか、とにかく身だしなみを整えたい所だけど、俺から離れようとしない泣き虫娘がそれを阻む。
ティカに任せるがまま、話を聞きつつたどり着いたのは、ジョーゼが使わせてもらっている部屋、さっきまで自分がその役目だったが交代だご主人…とベッドの上で膝枕をする形で、変わった聞く体勢が整えられる。
そして聞かされた馬の件、夕飯に村のご飯を作ろうとした件、数としては少ないし、大事に至っていない事ではあるけど、ジョーゼにとっては大きな出来事だっただろう。
泣き疲れて丸くなって眠るジョーゼ、この子がその時体感した恐怖はどれ程のモノだっただろうか。
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想像がつかない。
こいつの為でもあるとはいえ、その場にいてやれなかった事、すぐに慰めてやれなかった事が悔やまれるな。
ちなみに、俺が試験に出ていた事は譲さんにはすでにばれていて、この事は後できっちり話を聞かせてもらいます…て説教も確定している。
その時に聞いた話だが、譲さんにとってヴィーツィオの話を真実たらしめる要因は、訓練場に現れた騎士だそうだ。
所々焦げたような痕、体に巻き付いた弦…、その姿を俺は見ていないが、その連なった単語群は聞いているだけで拒絶反応が出る。
後者に至っては、トラウマを呼び覚ますまさにきっかけの1つだ。
とにかく、何の前触れもなく、同じ状態になるような事はあり得ない。
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なら、あの大きさは違えど見間違えるはずのないドラゴン…翼竜の姿、そして、同時に現れた封印の杭消失の情報と、それを持ってきた騎士の状態、それらを合わせれば自ずと答え…というか結論は出てくるし、ヴィーツィオが言っていた事は真実…、ならそいつがやろうとしている事に対して、本気度も決して低くない事が分かる。
そして、おそらくジョーゼ達の横を通り過ぎたっていう騎士は、その情報伝達を任されていた奴の事。
いくら世間知らずな奴が騎士団に属していたとしても、さすがに王都内の人通りの激しい道を、馬に乗って全速力で走り抜ける事はするまい。
なら、その瞬間からジョーゼの様子がおかしくなったというのは、その騎士の状態のせいだ。
「はぁ、才能があるのか、前のめりになり過ぎているのか…」
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騎士にも、おそらくあの魔力がこびり付いていた事だろう。
村を襲った翼竜と同じ魔力、その魔力を纏った騎士がすぐ横を通ったのなら、その魔力を感じ取ってもおかしくない。
「ご主人よ。ジョーゼちゃんは大丈夫なのか? どこか悪いとかじゃないのか?」
「大丈夫。そういう方向の問題じゃないから、薬とか魔法による治癒とかは意味がない。こればっかりは、時間しか解決する事は出来ないさ」
「そうか…そうかぁ~…」
「ティカも悪かったな。ジョーゼの面倒見てもらって」
「何をいうご主人、ジョーゼちゃんは後輩兼妹兼ご主人だ。妹可愛さとでも言えばいいか、お世話をする事は苦じゃない。そんな子が震えていれば寄り添ってあげるのが普通というものだぞ? ティカは当然の事、やりたい事をしたまでだ」
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「言葉を間違えたか。ここではこうだな、ありがとう、助かるよ」
「どういたしましてだとも。・・・それでご主人、前のめりになりすぎというのはどういう意味だ?」
「あ~。ジョーゼは、村で俺を倒すって目標を立てて魔法の練習をしててな。だからなのかなんなのか、将来は魔法使いになる…みたいな、遠い未来の目標を立てる他の同い年の子供達よりも、目先に目標を立てていた。ジョーゼは、魔法の力というか、技術が頭一つ出ていたんだ。余程練習したのか、魔法と言う存在がこいつに合っていたのかはわからないが、その成長は早いモノだった。調子が悪くなったのもその結果だと思う。その通り過ぎた魔力を感じ取って、心の方の傷に深く障ったってやつだ」
「なるほど。でも、それと魔法の練習がどう関係するのだ?」
「魔力を感じるのは、サラダや肉料理、スープの匂いを嗅ぎ分けるのとはわけが違う。人間に元から備わっている機能じゃないんだ。肌に伝わってくる感触だったり、暖かさだったり、いろんなものを感じて、経験を積んで、その僅かな違いを感じ取れるようにならなきゃいけない。子供に高級な肉を食わせた所で美味いとしか言わないだろ? つまりはそう言う事だ」
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「むむむ…。何となくわかってきたような、わかってきてないような…」
「ジョーゼぐらいの年で、魔力を感じ取る事ができる子は少ないって事だ。まぁあの魔力は、俺にとっても、こいつにとっても、悪い意味で特別なモノ。だからこそ、不慣れであっても感じ取れるほど強烈なモノなのかもしれないな」
「程度は違うが、ティカも初めて食べた渋柿の味が忘れられない。つまりはそういう事か?」
「違うと思うが…まぁ慣れないものでも嫌いなモノ、苦手なモノを忘れないって意味ではそうだな。それだけ記憶に残る魔力を感じちまったって話」
「そうかぁ…。ティカの知らぬ所で辛い思いをしてしまったのだな。助けてあげられなくて悔しいぞ」
「その気持ちは、こいつに伝わっているはずだから、大丈夫だろう。とりあえず、俺は着替えたいわけだが、この調子だとそれもむりそうだし、この格好のままで悪いが、少し休ませてもらう」
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「わかったぞ。ご主人は食事とかはどうする?」
「この感じだと、ジョーゼ次第だ。俺がいない間に目が覚めたら問題だからな。明日の朝まで、ないしはこいつの気が済むまでは俺に自由はなさそうだ」
「それもそうだな。じゃあ軽くつまめる食事を用意しよう」
「助かる。もし譲さんが屋敷に来たら、その時は気にせずここに通してくれ」
「あいわかった」
ティカは元気よくお辞儀をしたのち、部屋を出ていく。
日が沈み始め、暗くなってきた部屋を照らすランタンの明かりに包まれて、大きい枕に背中を軽く預ける形で座った体勢を少し崩す。
久しぶりの激しい運動、人と話をしている間は、その疲労を忘れる事ができていたけど、それが終われば疲労が倍以上になって襲い掛かってきたかのように、一瞬で体は重く、瞼は閉ざされていく。
心身ともに限界だった。
この後、譲さんが屋敷に帰ってくる。
それは説教もそうだが、封印の杭とか色々と話をしなければいけないから…。
でも、それが無理だとわかるほど、俺を襲う睡魔は強かった。
拒絶しようが関係ない、その睡魔は俺を眠りにつかせる。
だからその瞬間、譲さんへ、寝る…すまん…と心の中で謝罪し、その夢の中へと身を置くのだった。
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