第九話…「魔法使いと入口」
騎士団への入団試験、それが国民達にとっての娯楽のようなモノだったからこそ、その姿はより多くの人間の目に届く事となった。
空高く飛ぶその存在を見ただけなら、何かの見間違いか、鳥か何かか、少なくともドラゴンだと思う人間はいなかったはず。
でも違う。
多くの人間が、そのドラゴンの存在を目に焼き付けた。
それが本物かどうかなんて、さほど重要じゃないだろう。
重要なのは、ドラゴンがそこに現れた事。
何より、そのドラゴンを率いた者、ヴィーツィオと名乗る存在が発した言葉、封印の杭を破壊したかのような発言は嘘か真か、そこにいた者達に大きな衝撃を与えた。
嘘だとしても、そう信じた人達にとっては真だ。
---[01]---
だから隠し通す事は不可能だと、はっきりしている事だけでも、国は民衆に報告をした。
『1つの杭は奪われた。それがヴィーツィオと名乗る者の仕業かどうかは断言できないが、失った事は事実。そして2つ目を失った事も最終的な確認は取れていないが、事実であろう』
てな具合に説明をした。
暴動こそ起きなかったものの、その時の怒号は酷いモノだった。
裏切られた、国は何をしていた、何のための騎士だ…と。
言い方を変えて同じ事を突きつけ、突きつけ…、全ての責任は国にあると攻め続ける。
皆が恐怖する、邪神竜の復活を…。
---[02]---
封印の杭は、邪神竜を封印するためのモノであると同時に、大陸に住む者達にとっての平和という名の家を支える一柱。
1本無くなるだけでも家がぐらつく。
大きいか小さいかなんて、こいつらにとってはどうでもいい事だ。
存在の有無でしか判断されない。
普段からそれが当たり前、そこに杭があって、それが何事もなくそびえたっている事。
それが当たり前過ぎて気にも止めないくせに、普段から騎士団連中に期待なんてしていないくせに、いざ事が起きれば、全ての責任を押し付ける。
気楽なもんだな…。
だが、少し前まで、自分のその場所に立っていた。
---[03]---
違う事があるとすれば、俺の立ち位置的に、騎士団側に近い事、杭を守る側の立場だった事だ。
だから、何か起きても、お前らが守らなかったから俺達は…なんて、言い訳をする事ができない。
自分達が守る側だったのに守れず、それ以上に失うものが多くあった。
それは俺達の力不足、自分達の責任。
封印の杭が特別なモノであるという意識はあったが、問題になるような事が起きてこなかったからこそ、危機意識が薄まり、皆が油断して、最終的にその責任を負った。
俺を含めて…。
あの怒号を飛ばしていた連中と同じように、自分の内にある不安やら恐怖やら、その時起きた全ての責任を、誰かに押し付けられたのなら、どれだけいいだろう。
---[04]---
心は軽くなるだろうか…、肩の荷は無くなるだろうか…。
いや、結局それはその場しのぎだ…。
その問題が解決した所で、次の問題が出てくるだけ。
次に狙われる杭は何処だとか、それに巻き込まれて身内が怪我をしないかとか、自分の命は守られるだろうかとか。
問題が尽きる事は無いだろう。
完全に壊れた、1つ失うのと、2つ失うの、何が違うのか。
当人にとっては大問題かもしれないが、それを実行する存在からしてみれば些細な事だ。
「サグエさん、調子はどうですか?」
俺はただ自分の部屋から、椅子に座って窓越しに外を眺めているだけ。
---[05]---
そこに軽装備の、いわば仕事中を示す格好の譲さんが来る。
「どう…とは?」
「体の方は大丈夫か心配で」
「・・・試験の時の不調は回復しただろうな。昨日のアレは…正直まだ痛む」
「…ほ、ほんとごめんなさい」
譲さんは、俺の返答に申し訳なさそうな表情を浮かべ、頭を下げる。
今は、入団試験から1週間といった所か。
試験の翌日、国が杭を失った事を説明し、2本目の真意を速やかに確認する事と、より一層の国の守護を約束。
それと同時に、譲さんは俺へ、1つの書状と共に一言…。
『合格おめでとうございます』
と告げた。
---[06]---
要は入団試験に合格したらしい。
お偉いさんが直々に話をしたかったらしいけど、ヴィーツィオの件で当然ながら手一杯らしく、こんな形になったそうだ。
合格自体にも驚いたが、何より、その時の譲さんのお怒りときたら、村で婆さんに怒られた時の事を思い出す程だ。
思い出すどころか、譲さんがいなくてもその顔が頭を過った。
まさに恐怖だよ。
子供の頃の鮮明に残った記憶に負けず劣らずというのは、それ程強烈なモノだったって事。
でもまぁ、それに関しては試験の合否に関わらず覚悟をしていたから、自分が悪いと受け入れられた。
---[07]---
譲さんに試験の事を言わなかったのが失敗、譲さんに対しての裏切り行為が招いた結果。
でもそれはもう過去の話、現状の問題はその後、腰回り、特に骨に伝わる刺すような痛みの原因になった出来事だ。
譲さんを敬愛しているというか、溺愛しているというか、とにかく引く程心酔している小人種の女の不意打ちにより痛めたソレが、1日経った今でも尾を引いている。
「彼女には強く言っておきましたから、多分次は無いと思うけど…。ほんと申し訳ないです」
「それはいい。もう過ぎた事だ。顔合わせだけと言っても、初日を潰された事は、幸先が不安でならないがな」
「ははは…」
---[08]---
譲さんは苦笑し、乾いた笑い声を漏らす。
「それで? 痛みは数日もしない内に治るだろうって、伝えておいたと思うけど、今日は何の用だ?」
「あ、それはですね。これです」
そう言って、譲さんは、紙の束を差し出してきた。
勉学と言うモノにそこまでの思い入れはないが、その束を見ていると、無性に逃走欲に駆られる。
「魔法が絶えぬようあなたに指導をしてもらう件の話、その候補となる人達の書類です。そして、封印の杭の件においては、サグエさんにとって、教える生徒であると同時に、部下に当たる存在になります」
「それはまた」
---[09]---
予想以上に重い役回りだ。
教えるだけでもそれなりの重荷だってのに、部下ともなればそいつらの命を預かる事になるし、覚悟をしていなかった訳ではないが、思っていたより大きな問題だ。
部下になるって所が…。
だからこそ、慎重に対応していかなきゃいけない訳だが、束を見る限り10人、20人なんて人数で収まる量じゃないんだが…。
「志願者数名を除いて、魔法の面で騎士団から優秀な人間を選抜したらしいです。選抜の方法等は、私は関与していないので何とも言えませんが、目を通した限りそれなりに有名な方の名前もありましたし、人材としては申し分ないと思います」
「有名って言っても騎士団内での話だろ? まぁ俺自身、そう言った事情の話を入れたりしてないから、世間知らずと言われればそれまでなんだけど」
---[10]---
「でも実力は確かですよ」
「実力って一言で納めるのは簡単だけど、そう簡単に行くもんじゃない。俺らの村だって、魔力の扱いを子供の頃から仕込まれる。魔力に対する耐性、想像力、発声魔法を使うのなら記憶力、場合によっては手先の器用さだって必要になる。血制魔法を教えるという話なら、今言った以外のモノも多く要求されるぞ? 新鮮な自分の血を要求される訳で、高度な魔法を使いたいというのならそれなりの量をな。要は自傷行為に対する覚悟も問われる」
譲さんから受け取った紙の束に、軽く目を通しながら、魔法を使うのに必要だと思う事を思いつき次第口にしていく。
「まぁそれだけ高度な血制魔法を要求する場面じゃ、自傷行為も何もないと思うが…。えと…、何が言いたいのかと言うと。あ~…そうだな、自分から率先してやろうという気概がないとダメって事だ」
---[11]---
「・・・つまり?」
「え~っと…、志願してきた連中以外不採用って事で」
不採用っていうのは、正直言い過ぎだと思うが、その理由として並べたモノに、嘘偽りはなく、取り繕った言い訳でもない。
「そう。それで、本音は?」
これに関しては、譲さんにとっても関係してくる案件、自分の一言で終わる事とは思っていなかったけど、馬鹿げていると叩く事はせず、真剣に、まっすぐな目をこちらに向けてきた。
「・・・はぁ…。人が多すぎる。それだけ血制魔法の事を考えてくれたと思えば、それは有難いし、嬉しく思うけど…。上の奴らは、俺がどこぞの先生とかに見えるのかって話だ。そう言った経験は無いし、教えるからには真面目にやりたい。そのためには大勢を相手に1から教えるよりも、自分からやりたいという気持ちを持った少数に1から教えた方が、効果と言うか…教える密度みたいなもんが散漫にならないだろ。」
---[12]---
「・・・」
譲さんは、俺の言葉を遮る事はせず、黙って聞く事に専念してくれる。
本音を言っているつもりだ。
それなのに、譲さんの目は満足していない、むしろ逆。
いいから、全部吐き出せ…と言わんばかりの目だ。
しかし、何をどう言えばいいのだろうか。
思っていた事を口にして、これ以上何を言えばいいのか、正直俺にはわからない。
そんな言葉を詰まらせた俺に対して、譲さんは小さく溜息をつく。
「サグエさん、焦っていませんか?」
「は?」
譲さんの言っている事、何に、誰が、と疑問が沸くと同時に、鼓動が早くなるのを感じる。
---[13]---
「サグエさんの言っている事はわかります。私もそれが良いと思いますし、でも何か違う。確かに人数は多いですが、いつものサグエさんなら、人数は多くても拒否せずに捌くと思う」
焦っているつもりはない。
でも周りからすれば、そう思えてしまうのだろうか。
「・・・俺としては、そんなつもりは無いんだが」
「でも心境の変化には影響を与えていますよ。私も同じ立場だったら、その選択をしたかも…」
「まぁ、焦りは確かにある。譲さんもわかっていると思うけど、確証はないにしても、村での一件が事件で終わる話で無くなって来たんだから。あのヴィーツィオの件の真相を急く気持ちはあるし、それは焦りにもつながっているだろうさ。でも、それと指導の件は別問題だ」
---[14]---
「本当ですか?」
「ああ。そっちは単純に気負いしただけ」
「なら、私の心配し過ぎですか」
「案じてくれる事自体は有難いけど。住む場所を追われた身としては、自分の、自分達の身を案じてくれる人がいるというのは助かる」
「気恥ずかしいですね、そう言われると。まぁ私にも責任がありますから、あなたが独り立ちできるまで、面倒を見てあげますよ」
譲さんは、胸に手を当てて、自分を頼れと言わんばかりの雰囲気を漂わせる。
「いや、そこまでは…、というか、その言い方だと、あんたは俺の母親か何かかって話だ」
「酷いですね。そこは母親ではなくお姉さんと言うべき場所では?」
---[15]---
「姉か…。姉ねぇ…」
「何ですか?」
「姉と言うには心強すぎるというか、頼りがいがあり過ぎるな」
「ぶちますよ」
「ふっ。そうやって言う事を聞かせようとするやり方は、確かに姉って感じだ」
「・・・釈然としない…」
有言実行こそしないものの、俺の言葉に多少なりとも感じるモノがあったのか、譲さんは小さく肩を落とす。
「はぁ…。とりあえず話を戻しますよ。指導の件は多数ではなく少数でやりたいという旨、上に伝えておきます。恐らく問題は無いかと思うので」
「そうなのか?」
---[16]---
「はい。ヴィーツィオの一件で、王都の守護をさらに固めたいという話も出ていたし。その件でこの話も後回し気味に…、だから前に話した時と内容がさほど変わっていない。その状態でのこの提案。隊を指揮している上の人達からしてみれば、少しでも多く騎士を守護に回して、自分達の存在を見せつけたい状態、少なくとも乗り気でなかった人達は、我先にと自分の隊の人間を候補から外しにかかるでしょう」
「この状況で、国の未来よりも自分の未来を気にしている連中が多くいる…みたいな言い方だな」
「実際にそうですから。平和な世界では、武力で功績を上げる場面は必然と減ります。魔物や魔人狩り、王都の警備では物足りなくなった権力者にとって、ヴィーツィオと言う存在は池へ投げ込まれた大きな餌のようなモノです。元々、人数が多くなったのも、それは大変だ、なら私達はこれだけの兵を候補として出しましょう、て流れで、ご機嫌取りのために出された人も少なくない結果です」
---[17]---
「なるほど。そんな連中の中にいる人間の言葉は重いな。もしかして譲さんもか?」
「まさか。一緒にしないでください。権力は確かに大事だけど、それだけが重要ではないです」
「そう。それは安心だ。出世のために捨て駒にされるとか冗談じゃないからな」
「当たり前です。位や地位は、自分で手に入れるモノではなく、周りの人間から与えられるモノ。なのに周りの人間を犠牲にするというのは、矛盾を生む行為です」
「ご立派だな」
「その人達と、目指す場所、目指すモノが違うというだけの事です」
「そうだな。権力闘争に足を突っ込む道を選ばないのは、個人的に評価する」
「ありがとうございます。じゃあ、私はそろそろ行きますね。さっきの話は直接総長の方へと持っていくので、決定はすぐにでも下るでしょう。なので、明日、サグエさんは隊の館の方へと来てください。そこで指導する人達と顔合わせです」
---[18]---
「急な話だな」
「待つ理由が無いですから。この状況で、やると決まっている事を、ダラダラと先に延ばす方が愚策です」
「そりゃあそうだが。明日になっても痛みが引かなかったらどうするんだ?」
「それでもです。その怪我で命を落とす事はありません。来たくない理由が、上手く指導できるかわからなくて不安…なんて理由だったら、尚更。大事になる事は無いので、絶対に来てくださいね。ティカにもそう伝えておきますから」
「ぐぅ…」
考えている事を見透かされているようで怖い、あと逃げ道を親切丁寧に潰されたのも痛いな。
「では私は行きます。くれぐれも無理はしないよう、安静にしてくださいね」
「はいはい。わかりましたよ、お姉さん」
---[19]---
「よろしい」
翌日、譲さんに言われた通り、館の方へと来た訳だが、こういった何かしらの組織の建物に入るというのは、場違い感も相まって中々に居心地が悪い。
そして、そう言ったモノとは関係なく、物理的に動きづらかった。
理由は怪我や痛みではなく、俺の後ろに隠れるようにしがみつく、1人の少女のせいだ。
屋敷にいる時はいいんだが、ヴィーツィオの件があった日以来、外出をしようとする度に、俺を何処にも行かせまいとするジョーゼの姿があった。
今日もまた例の如くと言う様にそれが実行される。
これが外せない用事であるからこそ、俺の服を掴んで離そうとしないジョーゼを、仕方なく連れてくる事となった。
---[20]---
ただ付いてくるだけだったらいいんだけど、まさに恐る恐る、隠れながら付いてくる姿は、知らない人が多く集まる場所を、飼い主の影に隠れて歩く犬のようだ。
まぁここまで来て屋敷に帰れとは言えないし、言う気もない。
子供が来るような場所じゃないとか、難癖をつけられるような事があれば、こいつは俺の魔法の弟子であり、完全な無関係者じゃない…、なんて言い訳を一応用意してある。
ジョーゼに魔法を教えてやるって約束もしてあるし、この際、少しの無理は通させてもらおう。
それに、少しでも村での魔法の事を知っている奴がいてくれた方が、こちらとしてもやりやすいというか、心強いしな。
というか、こういう状況をティカ辺りは把握していたらしい。
---[21]---
ついて行くと意思表示を見せた時のジョーゼは、最近見慣れたメイド服姿ではなく、外出用と言うか、俺の服装に近いような服を着ていた。
ご丁寧にローブまで作っちゃって…。
そのやる気が嫌でも伝わってくる気がする。
というか察していたのではなく、共犯、という可能性も無きにしも非ずか。
「サグエさん、来てくれましたね」
その辺の兵に事情とかを話して、譲さんの所へ案内してもらおう…とか思っていたが、そんな必要が無いほど、見計らったかのように譲さんが出てきた。
「あと、ジョーゼさんも」
「悪いな。こいつがどうしても離れようとしなくて。一応魔法使い見習いだし、俺の一番弟子って事で、勘弁してくれ」
---[22]---
「問題ないですよ。ここの責任者は私ですし、そうなるだろうってティカに聞いていたので、彼女に服とかを準備させました」
「え~…」
共犯者が予想外に大物だった…。
「じゃあ執務室の方へ行きましょう。志願者達ももう来ていますから」
「あ、ああ」
そう言って、譲さんは俺達を招くように手を動かし、妙な緊張感が俺を襲う。
緊張感というか、そもそも少しだけ緊張しているんだけど、残りの緊張は、狩りをしている時の、狩るか狩られるかの瀬戸際の時のような、ソレに近い感覚だ。
「警戒しなくても大丈夫ですよ。ドルチェには言って聞かせてありますから、この前みたいに、悪魔の子を見たような形相で襲ってきたりはしないです」
---[23]---
「配慮どうも」
俺はホッと胸を撫で下ろしつつ、自分の腰を摩った。
そうだよな。
あんな事、そうそう起きる訳がない。
意識せずにそれだけ身構えてしまっている辺り、余程衝撃的な出来事だったか。
思い出したくないが、大人の猪並みの力を持ったウリボーが、無警戒の時に真横から、全力で突進してきたようなものだった。
衝撃的でないと言う方がどうかしているな。
「それでですね。魔法指導の件もそうですが、昨日話した通り、案の定候補として挙げられた人達の大半が辞退という形になりました」
「それはそれは、喜ばしいのか、残念なのか…」
---[24]---
「なので、立候補者4名が、サグエさんの教え子となります」
「4人ね。あの紙の束からよく減ったもんだな。こちらとしては肩の荷が下りる事だけど」
「上に言われたからとか、ご機嫌取りのために要請を引き受けた人達も少なからずいたと思うし、ちょうど良いと思います」
階段を上り、廊下を進んで、1つの扉の前で譲さんは止まる。
壁に書かれた名札には隊長室と、控えめに書かれていて、譲さんは一呼吸置いてから、そのドアノブを回した。
偉い人間がいる部屋と言う事だからか、その部屋は何かしらの照明等を用いなくても十分に明るい。
こういう部屋に入るのは、宮廷の件を踏まえなければこれが初。
---[25]---
あそこよりもこの部屋は質素と言うか、必要最低限のモノだけが置かれていて、自己主張があまりない印象だ。
まぁそれは置いておいて、部屋の中には譲さんの言っていた立候補者達だろう、入って右側の壁に緊張した面持ちの者も含め、全員が並んで立っていた。
そして1人を除いて、予想外に知った顔しかいない。
「あまり畏まらないでいいのに。気を楽にして」
特に目に付くのは、その4人の中で一番の大柄というか体の大きな男、その次がマントと仮面で顔を隠した男なのか女なのか、正直どちらかわからない奴、残り2人は幼さの残るまさに新兵と言った姿だ。
仮面の奴は置いておいて、譲さんの言葉に大きな男の方は堅苦しい姿勢を解く。
残り2人は…未だ畏まってばかり。
---[26]---
「では、知った顔もいると思いますが、一応自己紹介とかしてもらえますか?」
譲さんの言葉に一瞬の間を置いて、我先にと前に出たのは、右端に立って緊張しています…と顔に書いてあるかのような雰囲気を出しているお河童で金髪の少年。
「あ、アレン・プディスタ…です。サグエさん、こ、これから、よ、よろしくお願いしますッ!」
アレンが、言葉を詰まらせながらも言い切り、力強く頭を下げた。
あの酒の席の時に会っただけ、そこまで知った仲ではないのは確かだが、酒の席を一回とはいえ一緒にしたんだし、そんな緊張しなくても…。
その場の雰囲気に呑まれている印象のアレン、彼の真剣さはわかっているし、力が入り過ぎているんだろう。
そして次、端にいたアレンが一番に行ったからか、横へ順番にという流れを作り、全員の視線が、その隣に立つ緊張した面持ちの、青みがかった黒髪ショートヘアで、少女なのか少年なのか、中性的な顔立ちの子へと向いた。
---[27]---
「シオ・アパッシ、騎士団に入ったばかりの新兵ですが、全力を尽くします。よろしくお願いします」
シオは一度周りの視線が自分へと向いている事を確認してから、一歩前に出る。
これまた知った顔だ。
シオの方が、俺の存在に気付いているかはわからないけど、緊張しながらも言い切る所は、こいつの芯の強さの感じる。
そしてこれまた見知った顔、次に一歩前に出た赤髪で短髪の大柄の男の視線が、妙に俺に刺さるのは気のせいだと思いたい。
「セ・ステッソ・フォルテだ。俺を負かした野郎と同じ土俵に立って、そして今度は打ち負かす。そのためにここに来た」
まさに自分の試験での相手、負かした相手、言っている事はわかるが、正直他でやってほしい事この上ない。
---[28]---
4人中3人が顔見知り、内2人が俺の事に気付いているかはわからないが、少なくとも男は俺の事に気付いている気がする。
ほんと視線が痛い。
「個性的な連中揃いで、まぁ…」
最後の1人は、もう見た目からして強い…個性が。
他の3人は性格というか、少なからず会話をしているからこその、独特な我の強さがあるのを知っている。
少数の方が教えるのに力が入る、効率が良い、と言い言はしたが、ここまで独創的な面々が相手だと、むしろ効率が悪くなりそうだ。
そして最後、異彩を放つという意味では、群を抜いているマントに仮面の奴。
無表情の女性の顔を模した仮面、角度によっては笑っているようにも見えなくはないが、そのままこちらを凝視されたら、素直に怖いと思ってしまうだろう。
---[29]---
そいつは、微動だにせず、静寂を身に宿している。
素顔を見る事ができないから、何を考えているのか、全然うかがい知る事ができない。
今は無表情だろうか、それとも面倒くさいなとかそう言う事を考えているのだろうか、見た目の印象から、悪い方へと先入観だけが先走る。
その時、そいつはビクッと体を震わせて、周囲の様子を伺い始めた。
少なくとも、大男とは違って、こちらに対し攻撃的な考えは持っていない気がする。
そして、自分の番かと尋ねるように、自分に対して指を刺し、その姿に譲さんは苦笑した。
「大丈夫ですか? これで今後の進退とかが決まるなんて事は無いので、落ち着いて大丈夫ですよ?」
---[30]---
譲さんの気遣いに、首を横に振り、気遣い無用と言う様に手をこちらに向けて静止する。
「すみませんすみません。どうも昼間と言うのは苦手で。太陽の奴が私の意識を持っていこうとかするんですよ。困ったもんですよねぇ」
見た目の印象の強いこいつは、見た目と同様、その中身も個性が強いのか、予想外に口が踊る。
「あ~。あなたが私達にあの血制魔法を伝授してくれるという魔法使いの方ですね!?」
声からして女性な彼女は、ズカズカとこちらに近寄って、握手をせがむ。
「私、フォルトゥーナ・クリョシタって言います」
「あ、ああどうも」
---[31]---
静寂からの、乗り出すかのような勢い、思わず差し出された手を握ってしまう。
「どうも初めまして。・・・、ん? 後ろの可愛い子は? まさか隊長先生のお子さんですか? いやはや可愛い子ですねぇ。でも、隊長先生に似ていないし、お母さん似ですか? どうも~」
こちらの反応とかお構いなしで、彼女の口は軽快に気持ちよく踊り続ける。
その勢いに負けてか、ジョーゼはスッと俺の後ろへと隠れた。
「あはは、人見知りさんか。私と同じだ」
どこがだ?
と言うか隊長先生ってなんだよ…。
「は、はい、自己紹介ありがとうございます、クリョシタさん」
「フォーでいいですよ、アリエス隊長。前にいた隊でもそう呼ばれてたし」
---[32]---
「そ、そうですか。では、フォーさん、自己紹介ありがとうございます。戻って」
フォルトゥーナことフォーに任せていては、終わるモノも終わらないと思ってか、譲さんが止めに入った。
そして彼女が、男の横に戻るのを確認し、譲さんは俺に手招きをする。
4人の自己紹介が終わった訳だし、今度は俺と、ジョーゼの紹介の番なんだが。
まぁ拒否する理由も無く、呼ばれるがまま譲さんに近寄ると、彼女は自分にだけ聞こえるような小声で話を始める。
「どうですか? やって行けそうですか?」
「それ、もう聞くのか? まだわからんとしか言いようがない」
「そ、そうです…よね」
「むしろ、譲さんは、俺には荷が重いとか、そんな風に思ってる?」
---[33]---
「い、いえ、サグエさんは話しやすい方ですし、教鞭等でも心配はないと思うのですけど、経験が無い中、衝撃的な候補の方が来てしまいましたので、不安に感じていないかと…」
「言いたい事はわかるが…、まぁなる様になると思うぞ」
確かに、見た目も相まって強い印象を受けたフォーという存在があるし、不安に思いはした。
でもそれだって、どうなるかわからない。
アレンは魔法に熱心なのは知っているし、シオも何かしらの理由はあるにせよ強い意思のようなモノがあると思う。
フォルテの方は、我が強いというか、自尊心の塊と言うか、負けたままなのは超が付く程嫌いみたいだし、勝つためなら真剣に取り組むだろうから、そこは安心だ。
---[34]---
一番の不安要素はフォーなんだけど、そこは蓋を開けてみないとわからない。
何はともあれ、やってやる、という意気込みの奴が半数以上いるなら、ひとまず問題ないだろう。
「なんかアリエス隊長と隊長先生て親しげだな。まさかそういう関係? その可愛い子ってもしかして…」
「深読みし過ぎだ。興味を持った事に好奇心を全力でぶつけるのは、良い事だが、時には悪い事にもなるぞ」
今回、村で起きた事の真相を解明するため、ジョーゼのためにできる仕事をするために、入口に立ったと言えるが、予想以上にそこから続く道は、大変なモノであるような気がして、頭を抱えたくなるのを堪える。
フォーがまだ何か言いたげではあるが、それを制止して、俺は深呼吸をして口を開く。
---[35]---
「俺はガレス・サグエ。騎士団じゃ、新米も新米だが、魔法使いとしての腕はそこそこ自信がある。あんた達にできる限り魔法に関して教えていくと同時に、今、巷で問題になっている封印の杭消失の件においても一緒に動いていく事になる。俺はできる限りの事をやるつもりだ。だから、立候補してきた身として、あんた達も一緒に精進していこう。今後ともよろしく頼む」
言うなれば、教師と生徒。
こうして、魔法使いの俺に、生徒であり部下とも言える連中が集まった。
「そういう関係でないなら、もしかして姉弟とか? それとも兄妹?」
「そういう関係じゃないから」
「え~。でもなんかよい雰囲気だと思うんですよね~」
「くどいッ!」
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