~魔法使いと騎士団入門~エピローグ


…やっぱり、ちょっとだけ悲しいわ…

…何がだい?…

 読み終わった本を横の机に置くと、娘は落ち込む様に言葉を漏らす。

 父親は、そんな予想外だった娘の反応に、心配になってその理由を聞いた。

…だって、ガレスは自分の事なんてかえりみずにドラゴンを止めたじゃない? すごくがんばった。あとはジョーゼちゃんや自分のために歩くだけでよかったのに、その道をたたれてしまったのよ? かわいそうよ。とても、とても…

…ああ、確かにそうだ。頑張って問題を解決したのに、また新たな問題が生まれる、それは確かに悲しい。でも、世界というのは、人に試練を与える場所なのだよ…

…しれん?…

…そう。人は何かを成す事で成長し、大きくなっていくモノでね。アリエスも、勉強した事で字を書けるようになったし、読めるようになった。私も訓練をした事で騎士団の団長になる事ができた。世界はそういうモノなのだ…


---[01]---


 世界は決して、人、個人に対して都合良く動いてはくれない。

 幼い娘には難しい話かもしれないが、それでも知っておかなければいけない事だからと、愛らしい存在の髪を優しく撫でながら諭す。

…人はいつまでも平穏な日常を過ごし、前へ歩み続ける事はできないのだ。どんな人だって、足を引っかけてしまえば転んでしまうし、強い風が吹けば前へ進めない。馬車が向こうからやってくれば、道を譲らなければいけなくなる…

…そうね。たしかにそう…

…この本はね。「アリエスの為」に書かれたモノ、楽しむための本であると同時に、本は「知る」ためのモノでもある。今回の本を読んで、アリエスが悲しいと思ったのは、話の人達の悲しさを見る事ができたから。そして、その悲しみから、優しさを知る事ができたからだ…


---[02]---


…そうなのかしら?…

…そうだとも。優しさという感情を得たと同時に、魔法を知る事も出来たじゃないか…

…まほう? たしかにガレスはまほうつかいで、ほんとうにまほうをつかえる人たちがいることはしっているけど、わたしもガレスのようにまほうをつかえるの?…

…もちろんだとも。アリエスが望むなら、教えてもらう事も出来る…

…それはみりょくてきな話だわ。わたし、まほうをつかってみたい。でも、それはお父さまがおしえてくれたりするわけではないのよね?…

…ああ、残念ながら、私には魔法を扱う才が無くてね。お母さんも同じだ…

…そう…、ざんねんね。じゃあ、だれがわたしにまほうをおしえてくれるのかしら?…


---[03]---


…それはね。この本を書いてくださった「星詠みの巫女」様だよ…

…みこさま? あのとうだいの、いちばんうえで、いつもお星さまを見ているみこさまのこと?…

…ああ、その巫女様だよ。今読んだ本、私は一緒に行けなかったが、お母さんと一緒に貰いに行っただろう?…

…ええ、行ったわ。行った…

 一度は声色が明るくなった娘だったが、その明るさに若干の影が見える。

…アリエスは、巫女様の事が苦手なのよね…

 娘の様子を不思議そうに見ている父親に対して、父娘のやり取りを見守っていた母親が補足を入れる。

…苦手? 昔はあんなに仲良しだったのにかい?…


---[04]---


…だって、あの人、何を見ているのかわからないんだもの。こわいわ…

…なるほど、確かにあのお方の「見る力」の前では隠し事なんてできないな…

…そうでしょ? そうでしょ?…

…という事は、今、アリエスには隠し事があるという事かい?…

…え!? ・・・、ないわ、ないわ、そんなことない…

 父親の言葉に、体をビクッと震わせて、娘は必死に首を横に振る。

 その姿は、明らかに隠し事をしている様子で、父親も母親も、それに気付きはしたが、娘の言葉を尊重し、深く探らずに笑ってごまかした。

…でも、そうなると魔法を教えてくれる人は、他にはいないねぇ。巫女様にも、アリエスが魔法に興味を持った時、私がお教えするので…と言われているし、困ったな…


---[05]---


…え? お父さまはこまってしまうの?…

…困るとも、私の愛しい娘の道が一つ無くなってしまうのだから。それはとても悲しい事だ…

…う~……

 父親は困ったような表情を見せ、娘は悩みで頭を捻らせる。

 そんな様子を見て、母親はくすくすと嬉しそうに笑うのだった。



 その夜、けたたましい鐘の音が、静かで暗闇が支配していた世界に鳴り響いた。

 その後、人の声ではない何かの声が、四方から不気味に聞こえてくる。

 暗闇に映るのは、鐘の音で起きた人達が付けた灯りと、暗闇に点々と浮かび上がる赤い眼光だけであった。



…魔法使いと騎士団入団、終わり…

…運命の竜、つづく…


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