第八話…「宣言とヴィーツィオ」【1】


 試験を受けに来た人間達が行き来する出入り口の1つ。

 誰もが、次の受験者だと思う相手が、静かに立っていた。

 ボロボロの所々穴だらけなマントで身を包み、その手には何も持たず、足には何も履いていない…、これから試験を受けるにしてはあまりに不十分だ。

 同時に、そいつからは言葉にしづらいが、何か普通の人間が纏わないような、歪なモノ、後ろの待機室へ続く暗い通路が、まるで全てを飲み込んでいく闇そのものと勘違いする程に、そいつから感じられる何かからは、恐怖めいたモノを感じる。

 他の連中は何も感じないのか?

 試験会場は、大多数の人間が各々の会話を繰り広げ、ただの雑音と化した音だけが満ちていた。

 耳に届き、それだけでもここに大勢の人間がいる事がわかるのに…、孤独を感じる、恐怖を感じる。


---[01]---


 全身の毛が総毛立ち、警鐘を鳴らす。

 上手く言葉で表せない、とにかくあのマントの奴はヤバい。

『なんだっ!?』

 その時、拒絶反応を示し続けるマントの奴の横を、試験の相手だった男が抜けて、待機室へと戻ろうとして声を上げる。

 驚きの声、悲鳴の色を混ぜた声、大声ではない、ほとんどの人間には届かないその声を、俺は聞き取った。

 同時に、通路から顔を覗かせた存在に、息を飲む。

 輪郭に靄が掛かったように、ぼやけてはっきりとしない大型犬のような何か…、それが人を口に咥えて姿を現した。

 俺にとっては、思い出したくないモノの1つ、俺の居場所が奪われた日、突如として現れた魔物に類似している何か…。


---[02]---


 あの時は、その魔物の出現自体、何かの偶然だと思えたし、大本の不幸とは直結しないと結論付けたモノだけど、その日の事を思い出させる存在なだけあって、再び視界に入れると負の感情が爆発とはいかないまでも膨れ上がった。

 それは枷が外れるのには十分な、負の感情、負の力。

 マントの奴が関係しているのかはわからないが、その魔物がこの場の異物である事に変わりはない。

 半ば衝動的ではあったが、痛みを堪えるのに精一杯で思うように動かせない右手に変わり、左手で剣を抜き、俺は地面を蹴った。

 何事かと、その僅かな異変に気付いた人たちが話を止めたのか、若干その場の雑音が小さくなったような、そんな気がする。

 その状態がもっと早く訪れていたら、もっと多くの人間が同じ対応をしていたら、場の状況はもう少し好転しただろうに、俺を含め全てが遅かった。


---[03]---


 その時が来たのか、それとも誰かしらが動くのを見計らったのか…、マントの奴がその口元に笑みを浮かべる。

 ただただ不適で、そして不穏な笑み。

 奴の足元、誰にでも存在する影が、まるで意思を持っているかのように蠢く。

 影の持ち主が微動だにしていないというのに、影だけが四方に広がっていき、そして膨れ上がった。

 何かの魔法、明らかに普通じゃない出来事に、すかさず防御の体勢を取ろうとしたが…。

 瞬く間、まさに一瞬、膨れ上がった影は大きく弾け、それと同時に何かが、いくつも跳び出してくる。


---[04]---


 影を中心に一瞬で、闘技場を飲み込むほどの大樹が育ったかのように、枝分かれして伸び、その内1本が俺に直撃、戦闘場の壁まで押し通し、そのまま激突した。

「かハっ…」

 そのよくわからない何か…が直撃した時、剣は手元を離れ、背中へ強い衝撃が襲う。

 何かの衝撃を放つような魔法じゃない、未だ俺を壁に押し付けるように体を圧迫し続ける存在がある。

 まるで巨人に捕まって、壁に押し当てられているようだ。

 巨人に遭遇した事は無いけど、想像ではそれ以上しっくりくるモノが思いつかん。

「ゲホッゲホッ…」

 咳き込み、息苦しく、それでいて身動きが取れない中、自分の状況を少しでも把握しようと目を開く。


---[05]---


 しかし、状況確認をしようとした事を、後悔しそうだ。

 いずれ見る事になっただろうが、そういった心構えができていなかった…、正直キツい。

 その目に映るモノは、ただただ醜いモノだった。

 大樹とかそういうモノではない、魔法で作り出された何かとも思えない、それは何人もの老若男女問わない人間達が折り重なってできた何か、体毛は無く日の光を一度も浴びた事の無いような真っ白な肌、その集合体である肉塊。

 それがマントの奴の影から現れ、その肉を伸ばし、そして無数に枝分かれして、闘技場全体を覆っていた。

 幾人もの人間が折り重なった肉塊が、俺を壁に押し当て身動きを封じている。

 そして何の冗談か、その折り重なった人間達の目がぎょろぎょろと周囲を見渡して、俺を見据えた。


---[06]---


 あんぐりと口を開けてはいるが、何かを喋るような気配はない、それもあって、この人間達に意思があるようには見えなかった…、でも、少なくともその視線には意味がある。

 監視か何か、誰よりも真っ先に動いたであろう俺を警戒しているのか?

 この折り重なった人間達が、もし、もしここに意思を持って動けたのなら、分裂してここにいる観客たちを取り押さえるはずだ。

 だがそれをしているようには見えない。

 それをする必要が無いのか…、それとも見た目ほどできる事が多い訳ではないのか。

 さっきまで雑音が満ちていた闘技場は静まり返っている、確かにそこに人がいるのは見えるのに、生きているのに、誰も言葉を発しない、悲鳴すらもない。


---[07]---


 状況が理解できていないのか、それとも恐怖で何も、声すらも出せずにいるのか。


 その時…、マントの奴が口を開く。

「このオースコフに住まいし民達よ。私達は「ヴィーツィオ」、君達が邪神竜などと言って忌み嫌う…「エヴォール」様の復活を願う者である」

 その声は、声にもならないような音が多く混ざり合い、雑音だらけになった男とも女ともわからない声、ヴィーツィオ自身が直接喋っているのかと疑問に思う程、耳にしっかりとソレは届いた。

 届いたが、その意味するモノを理解はできない。

 内容ではなく、その目的、なんでそんな事をする必要があるのか、大昔、世界自体を破壊しかけた存在を復活させて何の意味がある?

「今回は宣言に来ただけ、君達の命までは取るつもりはないから、安心してくれ」


---[08]---


 何をどう安心しろというのか。

 ヴィーツィオが有言実行したとして、この場で死ななくても待っているのは死だけだろうに。

「宣戦布告をするにはちょうど良い場だったモノでね。実の所、私達も準備が終わっていないのだ。何しろ、その準備には五神竜達の協力が不可欠で、時間が掛かるのだよ。まぁ協力と言ってもこちらが無理やり首を縦に振らせている以上、強力とは名ばかりだが…。もちろん君達の返事も必要ない。といっても、今の君達では私達に文句の1つも垂れる事は出来ないだろうけどね…フフッ」

 ヴィーツィオが不敵に笑う。

 マントの間から覗かせる、生気など感じさせない真っ白な肌の口が作る笑みは、恐怖を与えてくる。


---[09]---


「まぁでも、こんな大それた事をしても、信じない人は信じないだろうし、少しでも信じてもらえるように手は打たせてもらうよ」

 ヴィーツィオはそう言って、入口で様子を伺っていた犬の魔物を招き寄せる。

 魔物は、咥えた人をズルズルと引きずって、主人であろうヴィーツィオの前に投げ捨てた。

 鎧を着こんではいるが、所々ボロボロで、焦げたように真っ黒になっている部分さえある。

 鎧の隙間からは血が流れ出し、不自然でありながら自然に生えて来たかのように、体にツタのようなモノが巻き付いていた。

 普通だったら、あり得ないと思えてしまう光景も、見覚えがあり、モノがモノなだけに、穏やかではいられない。


---[10]---


「君達は、自分達を守ってくれている戦兵達をどれだけ知っているのかな? この戦兵は知っている? この国にあるエヴォール様を封じている忌々しい封印の杭、その3本の内の1本を守護していた、君達の頼もしい守護者の戦兵だよ?」

 肉塊の腕が力なく横たわる騎士の体を持ち上げ、この場にいる全員に見えるようにつるし上げる。

「もちろん彼1人が守っていた訳じゃないけど…、何人いたんだったかな? 思い出せないな。とにかく一杯いた。何十? 何百? もしかしたら千は超えてたかもね。だから、その杭を壊すのには苦労したよ。ただでさえそれなりの大きさがあって大変だっていうのにね。ハハッ」

 ヴィーツィオは楽しそうに笑う。

 前日にカーニバルを見た子供が、興奮を静める事ができず、それを周りの都合なんて考えずに吐き出すように、ヴィーツィオは言葉を続けた。


---[11]---


「でも大丈夫。ちゃんと成果は出しているから安心してね。あと封印の杭の大きさ、呼び寄せられる魔物の数、それを考えれば妥当な数だったと思う。戦兵達の上層部の判断は決して間違っちゃいない。間違っても、そんな人達を責めない様に。じゃあ何でそこを狙ったかって…君達は疑問を持たないか? だって、次に小さい杭がそこだったからさ。このご時世、余分を排除したいのは何処も一緒、それは杭の守護も一緒なのさ。ごめんね。こんなに長話をするのが久しぶりなもんで、上手く言えない。だから直球で真実を話そう。「この国は、封印の杭を既に2本失っている」それは国どころか、この大陸の危機。そんな一大事を君達は知っていたかな? 1本目はだいぶ前に失っているんだけど…知らない? 2本目は…まぁ知らなくても無理はないかな。さっさと報告しに戻れって帰したつもりだったのだけど、見境なくやっちゃったから、連絡手段が馬でここまで来るぐらいしかなくなってね。そこは私達の失敗だ。そこだけは謝らせてもらうよ」


---[12]---


『もうよい、黙れっ!』



 何の前触れもなく、左腕に激痛が走る。

 怪我を負っている訳でもないのに、その痛みで足がふら付いた。

 それでも、伝えなければいけない事を、その人の耳に届けるために、私は足を止めなかった。

 訓練場の観覧場に沿って続く通路を進み、戦闘場所が一番よく見渡せるようにと作られた特別な観覧席へと、私は向かう。

 一番高い所に位置する観覧席、日除けの傘が取り付けられて、暑さを凌ぐため風を送る使用人を置いたその先、赤いドレスを身に纏い、他とは違う大きな椅子に腰かけた凛々しい赤髪の女性、その方は私達の王。


---[13]---


 うなじや鎖骨付近、肘や二の腕付近に、竜と同じ赤い鱗や甲殻を持つ、いわゆる「竜人」と呼ばれる人で、その竜人としての希少性や能力を買われ、その座に就いた王。

 騎士団の忠誠心もさることながら、国民からの人気も高く、男性からは理想の女性と言われ、女性からは憧れと呼ばれる。

 その王の横には、騎士団最高位のレジエン騎士団総長、そしてもう一人、王直属の護衛で赤いフルプレートに身を包んだ女性の騎士が立つ。

 急ぎの用が無ければ来られない場所、見る事の出来ない並びだ。

 騎士団で隊長をしていても、その部下は100にも満たない…そんな私の目の前にいる人達は、騎士団の最上位に、王直属の護衛って…、正直、自身の場違い感に、近くに来ただけで冷や汗をかいてしまう。

 でも、そんな状況に怖気づいていられない今、私は観覧席への入口を塞ぐ警備兵の間を、無理矢理突き進んで、王の元へとたどり着く。


---[14]---


 私自身が場違いだと思っている訳だし、当然周りの警備兵やお偉方からは、出て行けという言葉が飛び交い、こちらの話など聞く耳を持たずに、力づくで追い出そうとしてくる。

 しかし、それも束の間、私の事などどうでもよくなるような異変が、訓練場全体を襲う。

 人が重なり合ってできた見た事のないようなモノが、ここまで伸びて来て、その不気味な体を壁や床に叩きつけた。

 それと同時に、その場にいた人達が、動かす人のいなくなった操り人形のように動かなくなる。

 その人たちの目は必死に、状況を確認しようとキョロキョロと辺りを見てはいるが、この不可解な状況に声の1つも発しなかった。


---[15]---


 私を含め、例外はいるようだけど、不可思議な状況はここだけにとどまらず、それは観客席全体に広がっている。

 そして、その例外の1人、私達の王はこの状況においても平常心を保ち、座っていた椅子から立ち上がると、私の口を制止して、訓練場全体を見渡した。

 続けて、この不自然極まる状況において、さらに追い打ちをかけるように、その声が耳に届く。

「このオースコフに住まいし民達よ。私達は「ヴィーツィオ」、君達が邪神竜などと言って忌み嫌う…「エヴォール」様の復活を願う者である」

 この異変の中心、人間の折り重なった魔物なのか、魔人なのか、それとも全く別の何かなのか、そんな訓練場全体を襲った謎のモノの中心、ボロボロのマントを羽織った自分をヴィーツィオと名乗る人物が、そこに立っていた。


---[16]---


 叫んでいる訳ではないのに、すぐそばで話をされているように、その雑音が入り混じりお世辞にも普通の声とすら言えない声が、私の耳に届く。

 おそらく私だけではなく、この場にいる全員、訓練場にいる全員に、同じようにこの声は届いているだろう。

「第6遊撃部隊隊長、アリエス・カヴリエーレ」

 ヴィーツィオと名乗る者の話は続く、私がそんな状況の整理が追い付かない中で、訓練場を見下ろす王が、私の名前を呼ぶ。

 王自ら私の名前を呼んできて、頭の中の処理がより一層の混沌を生み出した。

「落ち着いて。まず、そちがやるべき事が何なのかを思い出しなさい。妾に伝えなければいけない事があるから、ここに来たのでしょ? 周囲の警戒は彼らが行いますから、己が務めを果たしなさい」


---[17]---


 そう言って王は私達と同じく、この状況でも動けていた騎士団総長と、直属の護衛に目配せをする。

 2人は王の言葉に頷き、騎士団総長に至っては、励ます意味も込めてか、私を見て頷いた。

 私は、一度深呼吸をして、まずは自身の成すべき事に意識を集中させる。

「お見苦しい所を見せてしまい、申し訳ございません」

 依然としてヴィーツィオが言葉を続けている中で、ここへ死にもの狂いで情報を持ってきた騎士についての事を、私は王に跪いて伝える。

 封印の杭の消失、ドラゴンの出現、配属されていた騎士団の部隊壊滅、それを淡々と表情を変化させる事なく、王は聞き続けた。

 そして、私の言葉が真実だと証明するかのように、同じ事をヴィーツィオが口走る。


---[18]---


 それが真実かどうか、ちゃんと確認も取らずに決めつける事は出来ない、出来ないけど、打ち合わせをした訳でもない、確実に敵であろう相手が、同じ事を口にしている事実は、それを受け入れざるを得ない決定打。

 確認をしなくても、この状況が全てを証明する。

 何より、ほらを吹くためだけに、国のど真ん中で、こんな大それた事をするとも思えない、自身の目的、宣戦布告をするためや、力を誇示するだけなら、なおさら余計だ。

 調べようと思えばすぐに真実かどうかわかる、それができなかったなら、少なくとも向こうで何かがあった事になる。

 だから、わざわざ言ったという事は、つまりそう言う事だ。

 王は深く考え込む様に目をつむり、再びその目を開けた時、長話を続ける存在に向かって、怒鳴りつけるように言葉を吐き捨てた。


---[19]---


「もうよい、黙れっ!」

 まだ話を続けようとしたヴィーツィオの口が止まる。

 王もまた自分の敵、国の敵に臆する事無く前に出て、相手にその姿を晒した。

「おやおや、王様。なかなか出て来てくれないものだから、ここにいないのか、とっくに逃げ出したのか…。それとも私達が思っていた程「魂に価値が無い」のかと思いましたよ…。なんにせよ遅かったじゃないですか。私達がもし無駄話をせずにここにいる人間達を殺しに掛かっていたら、君はどうするつもりだったのかな?」

「ここにいる民達を全員人質に取っておいて、よく回る口ね。一瞬でこの場を掌握したのだから、その気があれば拘束せずにここの人間全員を殺せるでしょ」

「わかっているじゃないか」

「要求を言いなさい。この状況で、自分の話を聞いてほしいなどと…、承認欲求をただ満たしに来ただけではないのでしょう?」


---[20]---


「ハハッ…。一国の王の座についているだけあって話が早い…といっても私達の目的はさっき言った通りでしてね。宣戦布告です。まぁだいぶ前から石は投げていたのだけど、私達もまだ完全に準備が終わっている訳でもなくてね。今日は、私達の言葉を信じてもらえるだけでよいのです」

 宣戦布告…か。

 文字数だけならとても短く簡略的、でもその内容はこの国どころか大陸全土を敵に回すものだ。

 なにより、こんな国を転覆させかねない事をしておいて、用意ができてないから宣言だけしますなんて、辻褄が合わないにも程がある。

 そもそも敵の言を真に受けるつもりもない、それは王も同じはず。

 未知の敵に、大勢の人質、信憑性の高い信じがたい報告、下手に動けない要素としてはおつり所の話じゃない、だからこそ、体が動くのに何もできないという状態が忌々しい。


---[21]---


「まぁ君達にも色々と思う所はあるだろうけどね。そんな事、私達にとっては些細な事さ。今回は宣戦布告だけだというのは本当だが、それが本気であると証明された時、その宣言は君達の心臓を深くえぐる様に突き刺さる。ククッ…。そんな事はない、あり得ない、起きるはずがない、そういった過去を否定するような発言が当たり前のように唱えられるようになるとさ、ただでさえ繊細な人間は、ちょっとした衝撃で壊れるモノなんだよ。君達はたかだか宣言の為だけにこんな大がかりな事を…なんて思っているかもしれないけど、それは違う。その宣言だけで十分なのさ。なぁ?」

 その時、訓練場の上を横切る様に、大きな何かが一瞬そこに影を、闇を落とす。



 王の姿とか、ヴィーツィオの会話とか、それら全てが頭から蹴り出させる存在が、この訓練場に降り立つ。


---[22]---


 それは大きい、あまりに大きい…、黒い鱗、黒い甲殻、黒く巨大な翼、黒く長い尾。

 大きさは違えど、その形、姿を見間違えるはずがない、あの犬の魔物よりも、鮮明に、深く、俺の脳裏にソレは焼き付いている。

 忘れるはずがない。

 家を、村を奪った…、そこで暮らす人達を…俺にとって家族同然だった人達を…、あいつから声を…心の底からの笑顔を奪った。

 ヴィーツィオの元に降り立った「ドラゴン」の…翼竜の姿を忘れるはずがない、忘れられようはずがない。

 何より、そのドラゴンが纏う魔力を俺は忘れない、そいつが降り立った時から感じる、先を…未来を奪うかのような真っ黒な魔力を、忘れるはずがないだろう。


---[23]---


 その大きさが、村で見たモノよりも二回り以上大きいが、何故、どうして、なんて疑問は沸いてこない、俺の頭にあるのは怒りだけだった。

 相手の事情などどうでもいい、俺が正義か悪かなんてのもどうでもいい。

 その瞬間、ヴィーツィオが、敵から、殺すべき相手、に変わっただけだ。

 憎くて、憎くて、どうしようもない感情、その捌け口に相応しい相手が目の前にいる、でも全てをぶつけるにしても、この醜い肉塊が邪魔だった。

 全ては、突発的、爆発的に沸き上がった感情と衝動の赴くままに…。

 発声魔法の呪文などいらなかった、血制魔法に必要な自身の血を出す必要もなかった、それはただただ無茶で無謀。

 発声魔法も血制魔法も、結局は魔力を制御し、効率よく、無理なく魔法を扱うために作られた技術に過ぎないのだ。


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