第七話…「試験の終わりと異変」【2】


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「チッ。そういう事にしておいてやるが、ここでやる事かよ…」

「言い返す言葉もない」

 そう言って、俺は男に向かって手を刺し出す。

 男は、俺の行動に何を言うでもなく、その手を取って立ち上がった。



「遊戯としては…、まぁ合格点といった所かしら。お姫様はどう思う?」

 砂を巻き上げてから、相手の行動を封じた所で、ドルチェが何かを呟く。

「・・・」

 彼女が何かを言っているのはわかっていたけど、その中身までは頭に入ってきてはいなかった。


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 石の手すりを持つ手に力が入る…、あのマントの男性の戦いに既視感を覚えて、それを実感した瞬間から、無性に腹立たしさを覚えたからだ。

 この距離からじゃ、発声魔法の呪文が聞こえないし、目で見る以外に魔法の事を知る方法はない。

 だから確認のしようもないのだけど、彼の扱っていた魔法が発声魔法以外の魔法だと、思わずにはいられなかった。

「お姫様?」

「え? あ、はい?」

「どうかした? あまり手に力を入れると、綺麗な指を痛めてしまうわ?」

「あ、そう、ですね」


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 ドルチェの言葉に、我に返る。

「何の話だっけ?」

「今の戦いについての話」

「あ~そうですね、はい。両者とも荒いですね。基本がなっていない」

「合否は?」

「私としては、両者とも合格でもいいとは思うけど、巡回警備とか魔物との戦闘ぐらいだったら申し分ない実力はあると思いますし」

「ん~、お姫様がそう言うなら、そうなのかしら? あのマントの男には、無性に殺意じみたモノを覚えたりしますが」

 殺意とは…、穏やかな言葉じゃない。

 野生の感と言えばいいか、ドルチェは自身が敵意を持っている相手に対して、妙に感が働く節がある。


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 それを信じているかは、正直五分五分ではあるけれど、それを踏まえると私の頭の中のモヤモヤが解消されなくもない。

「…やめるって言っていたのに、なんで…」

 それはドルチェにも聞こえない程かすかな、池に落ちる一滴の雫と大差ない、小さくて些細な愚痴。

 不満は確かにまだ残っている。

 でも、その負の感情は一旦隅に置いておくべきだ。

 ちゃんと確認を取った訳ではないのだから、疑うのはまだ早い。

「ではドルチェ、行きましょう」

「行くって、どこへ?」

「今の試合をしていたマントの男性の所へです」


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 まずは確認しなければ。

「それはまたどうして? 確かに彼の魔法の技術は高い。でも、わざわざお姫様が会いに行くような相手では…。・・・まさか!?」

「違います」

 絶対に今のドルチェは、的外れな考えを抱いている。

 それを口に出される前に否定し、彼女を連れて待機場所へと向かった。



「ご主人はそろそろ勝った頃かなぁ~?」

 そんな事を呟きながら、ティカは花壇のお花に水をあげなら、快晴の空を見上げるのだった。


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「ご主人の事だ。不合格…なんて事は無いはずだな。今日の御夕飯は豪華に行かなきゃいけないが、ジョーゼちゃんはご主人が喜びそうなご飯を何か知ってる?」

 隣で、同じように水を上げていたジョーゼちゃんは、ティカの問いに残念そうに首を横に振った。

 話ではご主人は、住んでいた村でも、一歩身を引いて生活をしていたらしいく、であるなら、ジョーゼちゃんがそう言うのを知らないのも、別段おかしな話でもない。

 自分を二の次にするような生活、そこに親近感を感じなくはないが、今はティカがその位置に立ち、ご主人は自分を大事にする立場、もっと自分を大事にしてほしいものである。

「じゃあそうだなぁ。村でよく作られてたご飯を作るというのはどうだ? ・・・、あ、今のは無しだ。すまぬ。さすがにジョーゼちゃんとする話ではなかった」


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 ご主人への思いが先行し過ぎたあまり、いつもの勢いで話してしまった。

 祝いの席で故郷を思い出してもらおうという、純粋な気持ちではあったが、それは同時に思い出したくない記憶でもあるはずだ。

 それを同じ経験をしたジョーゼちゃんに話すのは論外。

 口から出た言葉はもうしまえない、それを相手が受け取ってしまったら、もはや手遅れである。

 申し訳ない事をしてしまった。

 いつもティカの意思とは関係なく横に振れる尻尾もこの時ばかりは意気消沈。

 ティカも謝罪の言葉と共に頭を下げた。

 ジョーゼちゃんは、そんな申し訳なさ全開のティカの頭を、優しく撫でてくれる。

「許してくれるか?」

コクコク…。


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「よかった~」

 不安そうな目を向けたティカに微笑みかけてくれるその少女は、まさに天使。

「ジョーゼちゃんは良い子だーッ!」

 思わず抱きしめてしまったその小さな体、その華奢な体がさらにティカの保護欲を刺激する。

 きっとそれはご主人も同じに違いない。

「ふ~…、ティカは満足だ」

 ひとしきりその小さく柔らかい抱き心地の天使を堪能した後、緩んだ顔を残しつつ、ジョーゼちゃんを離す。

「じゃあ話を戻そう。ジョーゼちゃんは御夕飯、何が言いと思うかね?」

…ティカがさっき言っていたのでいいよ…


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「さっきの?」

…村のご飯…

「おっと、ティカはそんな事言ったかな?」

…そういうのいいから…

「・・・はい」

 許してくれたとはいえ、同じ話を続ける事に気が引けたのだけど、ジョーゼちゃんが気にしていないのならいいか。

…あたしお母さんから、ご飯とか作り方おしえてもらってない。だから、同じものが作れるなら、作れるようになりたい…

「ジョーゼちゃんは、ほんと良い子やで…。ティカは感動で涙が出てしまいそうや…」


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…おおげさだって…

「いやいや、ティカにはわかる。ジョーゼちゃんの気持ち。よし。じゃ~ジョーゼちゃんの希望を叶えられるよう、ティカも頑張るぞ」

 残りの花達に水をあげて、ジョーゼちゃんの手を取ると、御夕飯の準備に取り掛かる。


 まずは何を作るかだけど、それはお母さんがよく作ってくれたらしい芋と鹿肉の炒め物に決まった。

 まさにジョーゼちゃんのお母さんの味、しかもご主人を招いてよく食べていたとの事、これ程適した料理あるだろうか。

 まぁあったとしても知らないのだがな。


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 何はともあれ、作るモノは決まったし、後はジョーゼちゃんの記憶を頼りに食材を揃えるだけ。

 だから、仲良く手を繋いで買い物、ジョーゼちゃんも楽しそうで、ティカの提案が良い流れを作って嬉しかったのだが…。

 そんな楽しい空気に水を差す事が起きた。

 入団試験のせいもあって、人通りこそいつもより少ないが、それでもやってはいけない事は当然ある。

 ティカ達の横を物凄い速さで走り抜ける馬も、そのやってはいけない事に入るモノだ。

 突風のように過ぎ去っていた馬には、鎧を着た騎士が乗っていたが、それが余計に苛立たしい。


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「大丈夫だったか、ジョーゼちゃん?」

 接近する馬に気付いて、ジョーゼちゃんを急いで抱き寄せた。

 だから怪我はないと思うけど、ジョーゼちゃんは力なく、その場に座り込んでしまう。

「ど、どうしたか!? どこか怪我でも!?」

 ジョーゼちゃんの動きに思わず戸惑ってしまう。

 急に元気をなくしちゃうし、可愛いメイド服も砂で汚れちゃう、それはつまりジョーゼちゃんの可愛さを半減させてしまう事に他ならない。

 あ…でも、汚れた格好も、それはそれで元気な子供って雰囲気が出て良いかも…、なんて事を妄想している場合じゃないってッ!

 格好がそうなっても、結局ジョーゼちゃんが元気ないんじゃ意味ないのだ!


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「ほんと、どうしたのだ? 気分が悪くなっちゃったのか?」

 人通りが少ないとはいえ、人が通らない訳ではない道。

 何が起きているのか分かってはいないが、とりあえずジョーゼちゃんを抱えて道の隅へと移動する。

 ジョーゼちゃんの体が小刻みに震え、何かに怯えているのがすぐに分かった。

 分かったけど、ティカにはその原因がわからない。

 走ってくる馬がすぐ横を横切るのも、確かに怖いけど、立てなくなるほど怖いかと言われれば疑問だ。

 我慢してきた事が、今の出来事で溢れ出しちゃったか?

 考えれば考えるだけ、その疑問は闇を深めていく。

 とりあえず、買い物に行けるような状態ではなくなってしまった。


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 走り去っていった馬はもう見えないが、進んでいった先を一瞬だけ恨めしそうに見る。

 それから、ティカはジョーゼちゃんをおんぶして屋敷へと戻る事にした。



 ドルチェを連れて一度訓練場を出てから、別の入口から待機室に向かおうとしていた時。

 違和感を覚えるモノが視界に映る。

 訓練場へと続く道の途中、ちらほらと歩く人の中に、フラフラと体を揺らして、転びながらもこちらに向かってくる騎士の姿がそこにあった。

 今は夏、暑さにやられて体調を崩した騎士かもしれない。


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 ちょうどドルチェもいる事だから、容態を見ながら救護室へ連れて行こう、そう思ってドルチェに視線で合図をして、その騎士へと近寄っていったが、近づくにつれて光景の違和感から、状態への違和感へと変わっていく。

 あれは体調とかそういう類のモノではなかった。

 近づいて気付く、割れてヒビが入り、ススで汚れた鎧、そんな鎧を年代物のように思わせてくる銀の鎧の至る所を覆う緑色の苔。

 騎士の左腕には、普通ではそうならないであろうと思う巻き付くツタ、そして草花。

 間近にそれを見て、違和感なんてモノではないその異常。

「何、コレ!?」

 その異様な状態の騎士を見て、ドルチェも思わず驚きをそのまま口にする。

 彼女が言っていなかったら、多分その言葉は私の口から洩れていただろう。


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 だからこそ、頭の切り替えがすぐにできた。

「あなたの所属と報告を」

 自分より一回り大きい騎士に肩を貸し、状況の説明を求める。

 近くに泡を吹きながら倒れている馬が見えた。

 ここに来るまでに何人も騎士団の人間はいたはずだけど、余程急いでいたのか、切羽詰まっていたのか、そういった人間達は視界に入らず、とにかくここまで必死になって飛んできたという感じだ。

 でも、それももう限界、騎士の務めを完遂はできなくても、引き継いであげられる。

「…第1遊撃…部隊…所属…、「センダ」にて…封印の杭の調査…をしていたが…巨大な魔物に…」


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 騎士の言葉は息も絶え絶えで、所々詰まる。

 しかし、それを聞いていて思う、正直嫌な予感しかしなかった。

 センダはサドフォークの3本ある…正確にはあった…封印の杭がある街の名前だ。

 サグエの村であるプセロアの封印の杭が無くなった今、ここオースコフとセンダが、この国にある残り2本の封印の杭がある場所。

 この状況で、残った内の一か所の名前が出てくるというのはやめてほしい。

「封印の…杭…消滅、センダ…配属されて…いた…部隊壊…滅…、ドラゴン出現…、至急…、王に…王に…伝達を…」

 騎士は私の手を掴み、必死に、言葉を絞り出した。

 血の気がサーッ引いていくのが分かる。

 外は、夏相応の暑さのはずなのに、蘇る記憶によってその場を極寒の地へと変えた。


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 騎士の鎧に着いたススや、腕に巻き付くツタ、それらの異常が全てプセロアで体験したモノに繋がる。

 真っ黒に焦げた人だったモノに巻き付くツタを思い出す…。

 二度と見たくない光景の代表のソレが思い起こされ、そして脳裏に再び焼き付いていく。

 それがここで、オースコフで起きたら…。

 そうなるかはわからないし、させないけど、想像するだけでも、まさにそれは地獄そのものだ。

 でもプセロアでの経験は、悪夢と言う名の記憶だけに収まっているモノではない…、この場で何をすべきか、次の行動に移れる原動力になる。

「ドルチェ、試験の観覧席に王様はいましたか?」


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 内容の真意はともかく、冗談で済む内容ではない。

 何より、騎士の状態が全てを物語っていた。

 嘘を言っているとは思えない。

「そこまで見てないわ。でもいつも試験は抜けださずに最後まで見ていたはず。確証はないけど、でもそんな事…」

「気にしている場合ではないですね」

 寒気だけでなく、手まで震え出した、口の中も枯れ果てた。

 異変を察知して近づいてきた警備兵に騎士を預け、私は急いで王の元へと走った。



「今回は勝ちを譲ってやる。だが、次やる時は勝つ」


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「機会があれば…な」

 戦いが終わったばかりなのに、もう次の戦いの事を言いだしてくるあたり、この男は相当負けず嫌いという事か?

 まぁ、我が強い所を見るに、別段驚く事でもない、見た目相応だが。

 とりあえず、ここでいつまでも話をしている訳にはいかないし、この場を後にしよう。

 そう思って、手に持っていた剣を鞘に納めようとした、その時。

ズキッ!

「つッ!…」

 その右手に体の芯まで響くような痛みが走った。

 体が痛みにとにかく耐えようと、それに全神経を集中したせいで、体がふらつき、持っていた剣がその手から落ちる。


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 無茶をさせ過ぎたか?

 できる限り右腕には負荷をかけていなかったつもりだが、正直思い当たる節も多くて困る。

 だがそんな事よりも…だ。

 この痛みは尋常じゃない。

 正直立っているのもやっと。

 そして、何かに引っ張られるかのように、俺の視線が自然に移動する。

 まるで、この痛みの元凶が何なのか、それを知っているかのように、俺の視線は動き…そして止まった。


 さっきまで戦っていた男…の後ろ、男が出て来た出入り口に、ボロボロのマントで全身を覆った何かが立っていた。


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