第七話…「試験の終わりと異変」【1】


 くたばれ、さっさと地面に倒れろ、やる気満々で俺を見るんじゃねぇ!

 口には出さずにいても、感情はとっくの昔に沸点を越え、限界点に到達している。

 今まで、相手にしてきた連中は、全員叩きのめしてきた。

 これ以上俺に逆らえない様に、恐怖を植え付けてやった。

 なのに、なのに!

 こいつは倒れる所か、俺に歯向かう。

 俺の顔を殴りつけ、今もなお余裕を噛ましてやがる。

 気にくわねぇ…、気にくわねぇ…。

 騎士団に入るためにやらなきゃ行けねぇ事だから、嫌でも通らねぇといけない事だから、やってやってるだけだってのに、手間を取らせるんじゃねぇよ。


---[01]---


 口の中が血の味で満たされる。

 まさに不快極まる味だ。

 何年も味わう事の無かった味、味わう必要が無い味。

 右の頬に、鉄球でも投げつけられたみたいに、ジンジンと痛み響く。

 それは証拠だ、俺の顔に泥を塗った証明だ…、下の出の野郎が、俺の事を貶した証明だ。

 試験なんかより、大事な事だ。

 その屈辱をただ受け入れられる事は俺にはできねぇ。

 もう試験なんかどうでもいい。

 あの野郎をぶっ潰せばそれで終わりだ!


 血が混ざった唾を吐き出して、俺は剣を構える。


---[02]---


 その顔が見えない様に深々と被ったフードも、全身を覆うように纏ったマントも、見ているだけで腹が立つ。

 俺は気が短い…、そんな事は自分でもよくわかっている事だ。

 煮えたぎった湯の如く熱を持った感情が収まる事はない。

 だから、それを全てあの野郎にぶつける、攻撃に変える。

 大きく息を吸い込んで、目の前の野郎に向かって走り、野郎を間合いに入れて、剣を振り抜く。

 ガキンッとぶつかり合う金属音が、振動と共に剣を伝い、空気を伝い、俺の体へ、手加減などしていないと証明するように響いてくる。

 こいつは、俺の攻撃を防ぎやがる、逃げるでもなく、体勢を崩す事もない。

 完全に防ぎきって見せる。

「チッ!」

 納得がいかない。


---[03]---


 そんな単純な動機が、何度も何度も剣を振るう事へとつながっていく。

 ガキンッガキンッと、何度も金属がぶつかり合うが、人間が倒れる音はそこに入っては来ない。

 自分だけの結果を見れば、俺の攻撃は完璧、まさに俺の渾身の攻撃だ。

 なのに、そのはずなのに、手ごたえがさっきまでと比べて、実感として伝わってこなかった。

 ならばと、相手が防げない程に力を込めて…、剣を振り下ろす。

 周囲の砂が舞い上がる程の力が、剣に乗って野郎を襲う。

ガキイイィィーーンッ!

 一瞬、目の前を赤く光る一閃が走ったかと思えば、剣は後方へと弾かれて、俺の体は後ろへとのけぞり、完全に体勢を崩す。

 防御も出来ず、攻撃も出来ず、対して野郎の方は万全な体勢、俺が自分の状況を理解した時には、懐に入り込んで、その左拳を俺の腹へと突きつけていた。


---[04]---


 男の口が、何かを呟くように動いたのが見えたのも束の間、一瞬の赤い閃光と共に体が吹き飛ばされる。

 丸太で腹を思い切り殴られたかのような衝撃。

 何度か地面を転がり、すぐに立ち上がろうとするがそうもいかない。

 胃の中にあるモノが全部出てきそうな感覚。

 体中の空気が、全て外に抜け出て、その息苦しさから新しい空気を吸おうとするも、空気を入れる場所が無くなったかのように、吸おうにも上手く吸う事ができない。

 無意識に出てしまう咳が、さらにその息苦しさを増していく。

 少しずつ良くなっていく呼吸に合わせて、剣を支えに立ち上がる。

 こんなに苦しいと感じる事も久しぶりだ。


---[05]---


 ただただ辛い。

 息をする度に肩が上下し、それが俺の疲弊を教えてしまう事に、幾ばくかの焦りさえ感じた。

 納得はいかねぇ。

 下の出野郎が、俺に有利を取る事が納得いかねぇ。

 どこの馬の骨だかわからねぇ奴が、俺の上に立つ事が許せねぇ。

 だが、受け入れなきゃいけねぇ事もある。

 こいつは強い。

 俺の顔面に1発くれてからの打ち合いは、もはや別人だ。

 手加減か?

 剣だけで俺を倒せるとでも思ってたのか?


---[06]---


 癇に障る野郎だ。

 だが、それじゃ勝てないと思って本性を出したって所か?

 あれは魔法…、あの野郎の真価は魔法ありき。

 純粋な力だけじゃ押し勝てねぇ…。

 俺は、魔法には詳しかねぇが、持久力とかと一緒だろ?

 直接的なダメージがねぇはずの野郎が息を切らし始めてるし、それがその証拠だ。

 なら、どちらが最初に潰れるか…、ただそれだけだろうがっ!

「うおおおぉぉぉーーーッ!」

 気合を入れるため、俺はまだまだやれるんだと見せつけるため、獣の如き咆哮を轟かす。

 自分にできる事、それを熟すため、全力で突っ込む。


---[07]---


 自分に合わねぇ堅苦しい剣術なんて、その場に捨てる…、そんなもんをいちいち守って負けるなんざ真っ平御免だ。

 剣を剣とは思わん。

 これは剣の形をした棍棒だ。

 大きさも重さもあるんだから、どんな形であれ、相手にぶつけちまえばこっちのモノよ。

 元々力押しだった攻撃が、さらにその荒々しさを増していく。

 剣を振れば振るだけ、その場に砂ぼこりを舞い上げた。

 野郎が攻撃を防げば、その体が揺れる、その足がズルズルと地面を滑る。

 避けられても関係ない、野郎が反撃に出ようとしても、その時には俺も次の攻撃の準備ができているのだ。


---[08]---


 右へ左へ、攻撃を振っていくのもいい、振るった攻撃の勢いをそのままに、体を捻り一回転して、威力を増しながら次の攻撃に繋げるのも一興。

 ただひたすらに攻撃あるのみ。

 ガキンッと剣同士がぶつかった時、俺はおもむろに剣から左手を離す。

 片手の力を失って、剣が押し返されるのを感じるが、その時には相手の右腕を掴んでいた。

 半ば衝動的な行動だったが、意表を突くには十分だ。

 右手で持っていた剣が弾き飛ばされる。

 自分の腕より細い相手の腕に、それだけの力を与える魔法には驚くばかりだが、今はそんな事どうでもいい。

 確かに野郎が剣を握っている左腕には、それを可能にするだけの力を魔法によって得ているが、右手はどうだ。


---[09]---


 掴んだ腕は見た目相応の力、その辺のへなへなしている連中とは違う、筋肉の付いた男らしい腕をしているが、そこには左腕程の力が無い。

 剣を振ろうとするのが視界に映るが知った事か。

「右腕に魔法かけ忘れてるぞ、下の出野郎!!」

 全力で野郎をこちらに引っ張って、頭を相手の頭に向かって突き出す。

 ゴンッ!というまるで太鼓を打ち鳴らしたかのような音が響いた。

 それと同時に、下の出野郎の僅かな力の緩みを感じ、一歩、相手の懐に入り込むと、背負い投げで野郎を地面に叩きつけた。



 世界が回る、ぐるんぐるんっと、その一瞬の出来事が、俺の体感を狂わせる。

 額が痛い、背中も強く打ち過ぎて痛いという悲鳴を上げていた。


---[10]---


 俺が言えた事じゃないけど、本性を出してきたといった所か。

 表向き…かどうかは疑問だが、中途半端な外面だけの戦い方はやめたらしい。

 あともう少し…、お互いが自分なりの全力をぶつければ、この戦いは終わる…かもしれないな。



 決着の付け方は何だったっけか…。

 どちらかの降参か?

 戦いを止めに来ないって事は、その辺の一線はまだ超えてないはずだ。

 下の出野郎をその辺に投げ飛ばし、俺は自分の剣を取る。

 この切っ先を、野郎の首に突き立てれば、降参宣言がされなくても勝負アリになるだろう。


---[11]---


 結構思い切り叩きつけたつもりだったが、あの野郎はまだ動く、まだやれる。

 立ち上がろうとしているのも、そう思える理由の1つだ。

「俺が言うのも何だがな。あんた、騎士になろうとする人間とは思えない戦い方をするな…。なんていうのか…そう、野蛮すぎやしないか?」

「お互い様だろうが、剣士を目指す場所で魔法なんざ持ち込みやがって」

「ふ…、それに関しては色々と言いたい事があるが、今はそれどころじゃないな」

 野郎の目の前まで来たが、未だ地面に膝を付き、視線も合わせず、立ち上がろうとしない。

 俺の思い違いか…?

 地面に叩きつけた拍子に、野郎は剣を手放してる。

 武器もなく戦う事は出来ないし、俺の警戒し過ぎだったか。


---[12]---


「勝ちを確信しているみたいだな。まぁ当然か。俺が剣士だったら、得物を無くし、立ち上がれず、敵が目の前に立った時点で負けを確信するだろうさ」

「ならさっさと降参宣言しろ。ダラダラと時間稼ぎしてんじゃねぇ」

「あんたはもう少し、言葉遣いを勉強した方がいいんじゃないか?」

「大きなお世話だ」

 時間稼ぎ…、それ以外の何物でもないこの会話を続ける意味はない。

 降参宣言せず、外野からの止めも入らない…、なら、気絶でもさせて戦闘不能にする…、それで俺は騎士団入りだ。

「負けを確信するってのは、つまり戦意を無くした時の事だ。得物が無くても、戦意を無くしていない相手に近づく時は、もう少し気を付けた方がいい」

 野郎が顔を上げ、俺と視線が交差する。


---[13]---


 フードの奥、見えづらいその眼光は、戦意を失ってはいなかった。

 野郎は勢いよく立ち上がり、俺の懐に入り込もうと突っ込んでくる。

 咄嗟に握っていた剣を振るう。

 相手に怪我をさせてしまうとか、殺してしまうとか、そんな事を考える余裕もなく、ただ反射的に手が出た。

 こいつを近づかせてはいけない、懐に入り込まれてはいけない。

 鬼気迫るモノのような何かを感じ、とっさに動いてしまった結果だ。

 このままいけば剣は野郎の頭を砕く、何の抵抗もなく剣が頭に届く。

 そう感じた瞬間、再び赤い光が、一瞬だけ俺の視界を覆い、剣が跳ね返される。

 武器と言えるモノはもう持っていなかったはずの野郎が、俺の剣を…。

 何が起きたのか、理解が追い付かない。


---[14]---


 目に映るのは野郎の左手にある淡い赤の光、風のように揺らめいてはいるが、棒状のはっきりと形を成した何か。

 体勢を崩して数歩後退り、気づけば野郎は俺の目の前。

 その赤い何かが振るわれて、俺はそれを防げずに受ける事となった。

 さっきの拳のやつ程の威力は無い、痛みと言えるモノもほとんど無かったが、体はまるで突風に飛ばされる桶のように地面を転げ飛ばされる。

 それだけで済んだおかげか、すぐに立ち上がれたが、その一瞬で状況は一変した。

 意図して巻き上げられた砂が、俺を囲うように広がって視界を奪う。

 そのせいで下の出野郎を見失い、有利を完全に失った。

 どこから攻めてくるのか、次はどういう攻撃をしてくるのか、魔法と言う存在が俺を惑わせる。


---[15]---


 だが、右側の砂ぼこりが動く。

 何か大きなものが動く流れが見え、その瞬間、それがこちらに突っ込んでくるように、砂ぼこりを出た。

 視界を遮るための砂ぼこりだったんだろうが、ある意味、それは自分の位置を教える誤算をはらんだ失策。

 俺は、その出て来た何かを剣で薙ぎ払う。

 しかしその攻撃には何の感触もなく、俺の剣はただ空を斬るだけだった。

 こちらが囮、なら必然的に背後になる左側が本命。

 すぐに視線をそちらに向けると、目の前ではなく上、俺を跳び越える1つの影が見える。

 その影は、半ば投げやりな形で、俺の右腕を殴った。


---[16]---


 鎧越しでは痛くも痒くもない攻撃だ。

「やけくそな攻撃をするぐらいなら、降参しろ」

 一時でも、強い…と思った相手の悪足掻きに、怒りがこみ上げる。

「あんたは魔法の事をあまり知らないみたいだな。まぁこの国では珍しくもないか」

「何が言いた…」

 野郎の言っている事の意味が分からない。

 着地し、余裕を噛まして立ち上がる野郎に迫ろうとしたのも束の間、異変にはすぐに気づいた。

 最初は剣を構えようとした時に、重く感じた事、疲れが出てきたのかと思いはしたが、それもすぐに間違いだと気づく。

 剣を持っていた手、右手がどんどんと重さを増していき、立っているのにも支障が出てくるほどになっていった。


---[17]---


 これは体調とかそういう類のモノじゃない。

 体ではなく、鎧だ、俺の鎧がどんどんと重量を増していっている。

「くそっ!」



 勝負アリだ。

 俺は頭の中でそうつぶやく。

 立っている事が難しくなり、膝を付く男。

 その異変の原因に気付き、すぐに自身の鎧を外そうとするが、そうされる前に再び間合いを詰めて、男の鎧を左手で触れる…、自分の血が少しでも多く付くように…。


---[18]---


 相手が魔物とかなら、もっと楽に事が進んだだろうけど、この一戦は色々と勉強になる事ばかりだ。

 理性の問題とか、得物を使ってくる相手とか。

 必然的に間合いが広がるわ、隙を突いてくるわ、魔物相手とはホント大違いだ、やりづらい。

 相手の鎧は、今まさに、その重量を増している最中だろう。

 どれくらいの重さになれとかいう、決まった重量にするのではなく、とにかく重くなれと魔法をかけた。

 はっきりとしない漠然とした効果要求だから、際限なく重くしようとして魔力がどんどん持っていかれている。

 立っているだけで息が切れそうになる程だ。


---[19]---


 まぁ、それでも相手が動けなくなっている訳だし、結果だけを見て良しとしよう。

「…ヒノ…カムイノミ…グライフェン…カラ…」

 その辺に落ちている自身の剣を、魔法を使って取り寄せて、その刃を男の首に添えるように向けた。

「・・・負けだ」

 火の打ち所の無い決着の時、男は幾ばくか恨めしそうに俺を見上げ続け、諦めたようにそう口にすると、力なく視線を落とした。

 その瞬間、俺が魔法を解除した事で、体を襲う超重量から解放され、男はその場に座り込む。

ゴオオォォーーンッ!

 耳を塞ぎたくなるような鐘の音が響き、戦いの終わりを告げてくる。


---[20]---


 再び沸き上がる歓声もうるさいが、それに対しては正直悪い気はしない。

「・・・1つ聞かせろ」

 男は、疲れで荒くなっていた息を整えて、こちらに視線を向けて聞いてきた。

「てめぇはなんで最初から魔法を使わなかった? 最初から使ってりゃあ、さっさと決着をつけられただろ?」

「手を抜いて勝てる相手…とか思ってたと思うのか?」

「ああ」

「俺は半端モノの身だ。この試験に入ったのも、多少の行き違いがあったから。でも、だからって手を抜くとか、そう言った事は考えていない。やるからには真面目にやる。最初に魔法を使わなかったのは、あんたの事を考えてとかよりも、自分の事を考えたからだ。要は俺自身がどこまでできるのか…それを知りたかったからだよ」


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