第六話…「試験前のひと時と違った道」【3】


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「だから…」

 俺の言葉など聞く耳を持たない警備兵は、俺の背を押し、戦闘場へと歩かせ始める。

 すれ違う受験者は鎧の兜を脱いで、いかにもやりきったと言わんばかりに、すがすがしい笑顔で汗を流していた。

「では、ブレンニーダー様のご加護が有らんことを。頑張ってこい、若者よ」

 ゴンゴンゴンッという鐘のような音が聞こえてから、俺は警備兵に強く押されて、転びそうになるのを堪えつつ、その広い戦闘場へと足を踏み入れた。

 プセロア程度の大きさの村なら入ってしまいそうな広さ、高い壁で覆われて、壁の上には人々が座る観客席。

 出入り口は2つ、自分が入って来た所と、ちょうど向かいに同じ作りの出入り口が1つ。


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 それを除けば、まさに逃げ場のない平地だ。

 所々黒焦げた地面があるのは、飯の前に聞こえていた爆発音とかの結果だろうか…。

『俺の相手は底辺か』

 向かい側の入り口から出てくる鎧を着こんだ男。

 自身の背丈ほどの長さを持つ両手剣を、何度も地面に突き刺して、こちらを睨んでくる。

「さっきの借りがこんなに早く返せるとは思ってなかったぜ。俺の運が良すぎるのか、それともてめぇの運が悪すぎるのか。まぁ両方か? 何にせよ、自分の運の悪さを呪え、下の出野郎」

 この戦闘場に出てきているのは、俺と前の男だけ、当然、彼が俺の相手だろう。


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 深い仲ではない、その声はさっきシオをいたぶっていた男だ。

 その装備も含めて、男が魔法を使うようには見えないし、もう行き着いた答えから目を背けるのはやめる事にする。

 これは魔法の試験ではなく戦士としての試験だ。

 薄々気づいてはいた、それを受け入れられなかったから、そんなはずはないと別の結論を求めて考えを巡らせたけど、結果は揺るがない。

「はぁ…」

 という事はだ…、魔法の試験はもう終わりか。

 1つの試験を2回に分けてやるとか聞いていないし、1つ前の試験が終わったからこそのこの試験。

 今更、自分は魔法の試験を受けるつもりだったと言って大丈夫だろうか?


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 つまりはこの試験を棄権するという事、今試験を受ける権利を捨てたとして、じゃあ魔法の試験をやりましょうとなる方が望み薄だと思う。

 自己完結できる事ではないが、ここの連中、特に上の連中は位を気にする気概もあるし、決まった試合をやめるのは、敵前逃亡をすると捉えられる可能性がある。

ゴオオォォーーンッ!

 それはつまり、悪い印象を持たれるという事で、もし魔法の試験を受けられたとしても、普通にやるより受かる可能性が低くなるという事で…。

 要は、ここまで来たら、俺が求めたできる限りしがらみなく自分の実力を見てもらう事、それが目の前の試験でしか可能じゃないという事だ。

 求めるモノは同じでも、進む道を間違えた、戻るという選択肢はなく、進むか、諦めるしかないと…。


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「はぁ…」

 これじゃあ溜め息も出るってもんだ。

 さっきの警備兵の言葉を実践するしかない…か。

 今取れるどの選択肢、ついてくる結果に大差はない。

 なら、当たって砕けろ、もうやけくそだ。

 意を決して正面の男を捉えようとした時、目に映ったのは男の姿ではなく、白銀の影だった。

 それは目前、顔と拳一つ分の所で止まり、風圧が顔を撫でる。

「いつまで心ここにあらずみてぇに、ぼ~っと突っ立てやがる? いちいち癇に障る野郎だなぁ」

 男はこちらを睨みつけ、再び十分すぎる程の距離を取る。


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「こっちにも事情があってな。すまない。もう試験は始まってるのか」

 情報整理…というより、状況を受け入れるまでに時間が掛かり過ぎた。

 周りの事が頭から外れていたのは問題だな。

「そっちの事情はどうでもいいがな。こっちもやる事やらねぇと困るんだよ」

 意図してやった訳ではないが、相手の毛を逆なでする程度には効果があったらしい。

 単純に相手が短気な気もするが、やるからにはそれを利用しない手はないだろう。

「せいぜい俺の評価を高める道具になれやっ!」

 男は軽々と片手で剣を振りまわし、こちらに突撃するように高々と跳び上がる。

「…ヒノ…カムイノミ…ケマ…ミ…マグシクラフト…セ…」

 呪文を唱えながら、横に体を流し、半ば転がるような形にはなったが、男の飛び込みながら振り下ろしてくる両手剣を、十分に距離を取りつつ躱す。


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 巻き上げられる砂ぼこりを見て、あれを直接喰らったら、腕が体からサヨナラするだろう…、そう考えるとゾッとする。

 剣を振るうだけで、その砂ぼこりはどこかへと流されて、男の目が獲物である俺を見た。

 その一瞬、いらないとも思える殺気が飛び、俺の背中を冷たい汗が伝う。

「…ヒノ…カムイノミ…テク…ミ…マグシクラフト…セ…」

 いくら実力を見せる場だからって、そこまでするのか?

 疑問しか浮かばない。

 再び突っ込んできた男は予想以上に速く、俺との距離を一緒で縮めてくる。

 俺は腰に手を伸ばしながら後ろへと跳んだ。

 相手との距離は大して変わらず、男は間合いを詰めて、その剣を豪快に横に振るった。


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 直剣を鞘から抜くと同時にその攻撃を防ぎ、跳んだ事で僅かに宙に浮いていた俺は、男の力で吹き飛ばされる。

 1回、2回と地面を転がるも、何とか倒れ込む事なく、すぐに体勢を立て直すが、男は容赦なく、次の一手を打つために距離を詰めて来ていた。

 体に似合わず動きが速いな。

 こっちが体勢を整える頃には目の前か…。

 ガキンッ!と剣同士のぶつかる音が戦闘場に響く。

 何とか男の攻撃を止めると、耳元で大声を上げられているかのような歓声が沸き上がる。

 歓声はただうるさいだけだ。

 この瞬間、俺を悩ませる問題は、直剣を持つ右手にある。


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 ジンジンと鈍い痛みが響き、剣を握っているはずなのに、右手にはその感触が無い。

 剣を右手で抜くまではいいが、それで攻撃を防いだのがマズかった。

「まだ慣れないな、ほんと…」

 足と腕を魔法で強化、相手に悟られないようにと、できる限り小さい声ではっきりと呪文を唱え、見た目にも、できる限り魔法を使ったと悟られない様にさせた。

 それでも魔法のかかった箇所は、男と同じか、それより少し弱いぐらいの力が出せる程度に力を増したはずだ。

 右手を除いてはな…。

 ただでさえ力負けするのに、魔法をかけた気になって正面からぶつけた。

 案の定、右手は悲惨な状態だ。


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 だから、余計に魔法のかかった左手に力が籠った。

 男は鍔迫り合いをしつつも、俺を押し潰さんとするかのように、両手剣を押し込んでくる。

「見た目のわりに力はあるじゃねぇか」

「逆だろ。そっちが見た目のわりに大した事ないだけだ」

 男の力任せとも思える押し込み、それを利用して自分に両手剣の刃が当たらない様に直剣の上を滑らせる。

 ジジジ…と金属が擦れる音が不快極まるものの、男の両手剣は俺に当たる事なく地面を斬った。

 横に回り込みながら、1歩後退、自分の攻撃しやすい距離を保ち、男の肩に狙いを定め、攻撃を選ばなければいけない戦いに多少の苛立ちを覚えて、直剣を振り下ろす。


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「あめぇっ!」

 男は、俺と反対方向へ体を逃がし、その体勢で左手を両手剣から放して体をよじり、剣の直撃をかすめる程度に抑えると、無理やり、それも地面ごと斬るかのように振り上げる。

 相手も転ぶ寸前の攻撃で力入っていなかったからか、直剣が手から離れる事は無かった。


 その後、両者共に一歩も譲らない展開が続く…と言えば聞こえはいいが、結局の所俺が防戦一方で攻めを捨てて、何とか負けずにいる状態だ。

 まぁ無理に攻めた所で、経験の差的に後手に回るだけ…。

 正直、相手の隙を突くにしても、その隙が本当なのか、それともあえて作った罠なのか、俺には判断できないから攻めに出れないという理由もある。


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 1合、2合と打ち合う中で、相手の力がどれほどのモノなのかを確かめて、できる限りギリギリの所まで魔法の強化をかけていった。

 しかしそれにも限界を感じずにはいられない。

 俺はわずかに肩で息をし始めているものの、相手は俺程酷くはなく、そこに体格以外の基礎の差を感じている所だ。

「チッ。めんどくせぇ野郎だ」

「まぁ勝つ事が目的ではないにしても、負けるのは嫌だからな」

「その割には防ぐばかりで何にもしてこねぇじゃねぇか」

「こっちとしては、あんたに評価を上げる機会を与えてるつもりだが? 防戦一方の相手なんてねじ伏せるぐらいの事やってみろ。そのデカい体は飾りか? 俺より大きい体してるんだから、もっと頑張れよ、坊や」


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「言わせておけば…、てめぇ」

 どれだけ攻防が続いたんだか…、集中し過ぎてどれだけの時間が経過したのか、それさえ分からなくなってきてる。

 周りの人達の歓声が聞こえなくなっている辺り、それだけ冷めるだけ時間があるほど、グダグダとした戦闘を続けて来たのは間違いないな。

 だがここからだ。

 男には焦りが見える。

 戦い方は力で押しまくるモノで、攻撃中相手に考える暇を与えない程に攻め立てていく、要は短期決戦に強いやり方だ。

 しかし今回はそうはならず、自慢の大きな体も、腕っぷしも、自分より小さい相手に防がれ続け、決め手に欠ける。


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 試験と言う緊張感、その欠けた部分が男の裏に強く焼きついてきている事だろう。

「どうした? 体力もそっちの方があるように見えるが? 実はもう動けないか? 休憩でも入れるか?」

「うるせぇ…、すぐにその減らず口を叩けない様にしてやる」

「そうか、期待させてもらおう」

 余裕があるように見せるためにも、挑発を入れていくが、慣れないから上手くいっているのかわからないな。

 というか、上手くいっていてほしい。

 剣での対人戦なんて今までやった事が無いし、剣を使って戦うなんて魔物を相手にしてきただけだ。


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 それも魔法をフル活用でやってきて、今も一応魔法で強化をしているが、技術が追い付いていないのだから付け焼刃どころの話じゃない。

 相手と同じ土俵に上がる程度で、自分の利点を生かせていないのだ。

 このままでの戦いなんて、正直限界、そろそろ動かないとこっちの身が持ちそうにない。

「勇気を振り絞ってこい、坊や」

「後で泣いても知らねぇぞッ!!」

 気合を入れるためか、この場にいる全員に届くかのような大声を上げる。

 一度両手剣を強く握るような素振りを見せたかと思えば、何かを吹っ切ったかのように突っ込んできた。

 さっきよりも速く、そして力強く、自分の力を見せつけんとする気迫を纏っている。


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「…ヒノ…カムイノミ…ミ…ゴーニグ…マグシクラフト…セ…」

 いつもよりも多く、そして強く…。

 周りの人間の熱を冷ます程度に時間をかけた瞬間、相手の意表を突くならここだ。

 一瞬にして両手剣の間合いに俺を入れた男は、獲物を殺そうとするかのような眼光で俺を睨む。

 予想以上の速さ、元から安全圏に逃げる余裕などなかったが、今回はそんな事不可能だと思い知らせるかのような意気。

 振り下ろされようとする両手剣に対して、直剣で防ごうとする素振りを見せた瞬間、地面に左足がめり込むほど踏ん張って、それを軸に男は一回転しながら、両手剣が地面を抉る。

 何が起きているのか、それを理解するよりも早く、男の両手剣の刃が上からではなく下から現れて、俺の直剣を後ろへと弾き飛ばした。


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 剣を持っていた左手も、その反動で後ろへと流され、体もそれを追うように後ろに動く。

 体勢を完全に崩された。

 後は足が地面から離れて背中から倒れるのみ。

 しかし、そうはならない。

 直剣が地面に落ちる前に、呪文の効果が体を強化し始め、全身を赤みがかった光に一瞬包まれる。

 倒れるだけだった体も何とか踏ん張れた。

 直剣が落ち、地面に刺さった時には、男に向かって体を前へ前へと出していく。

 男は、そんな俺の思いがけない動きに、策を考える余裕もなく、ただハエを追い払うかのように両手剣を振るった。


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 直剣を失い、防ぐ手段がなくなった上で襲い掛かってくる両手剣、当たれば怪我じゃすまないが、それに対しての恐怖は無い。

 前屈みになる所か、顔が地面に触れる寸前まで視線を低くする。

 頭上を両手剣が通過していくのも遅く感じられた。

 体が普段の何倍も速く動く、反射的に動いても普通なら防ぎようがない事でも、悠々と問題なく熟せる。

 男にとって全てが予想外、そうでなくては困るが、とにかく何もかもが覆される時。

 あるかどうかもわからない罠じゃない、この瞬間男は無防備で、体勢を立て直すよりも速く、俺の攻撃が届く。

 立ち上がりながら踏ん張りを効かせ、腰を捻り、全力で男の顔面目掛けて左の拳を振り抜いた。


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 ガンッ!という音が響き、地面を転がりながら飛んでいく男。

 やってやった…と思ったのも束の間、男を殴った手を激痛が襲い掛かる。

「~~~~~っ!…」

 いくら魔法で力を増したとしても、鎧の上から人を殴るのは無理があった。

 次もし同じ事をするなら、強化以外に衝撃や痛みに対しての耐性も上げる必要があるな。

 無理をした証明とでも言えばいいか、拳の皮は剥がれて、ポタポタと血が流れ落ちる。

「…ヒノ…カムイノミ…グライフェン…カラ…」

 かなり強く殴ったが男はまだ立ち上がろうとしていたため、俺は直剣を手元に戻す。


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 地面に刺さった剣の方に体を向け、左手を突き出し、何かを掴みグイッと自分の方へと引き寄せるような素振りを見せると、刺さっていた直剣が独りでに俺の方に飛んでくる。

 それを右手で取り、男の方へ向き直ると、ちょうど男が立ち上がって被っていた兜を脱ぎ捨てる所だった。

 相手の怒りは頂点に達して痛みなど気にならないのか、肩で息をしつつもこちらを睨みつけてくる眼の力は弱まっていない。

 対してこちらは強化の反動が来て、立っているだけなのに、全力疾走をしているかのような疲労感が段々と体を襲い始めた。

ウオオオオオォォォォォーーーッ!

 すると、急に周りから耳をつんざく歓声が沸き起こる。

 急なその音に一瞬だけ視線を男から外れ、その瞬間…、再び男がこちらに向かって突っ込んできた。

 殴られた事で冷静さを取り戻したか、その目には血走るような怒りは無い。

 見た目だけならそう感じるし、俺はそうである事を願った。


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