第六話…「試験前のひと時と違った道」【2】


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「・・・左手全体、特に肩。あとは右の横腹」

 返答を辛抱強く待った結果、唸るような声を鳴らして観念したシオは、溜め息と共に絞り出すように答えた。

「じゃあ少しの間動かないでくれ」

 俺は軽く深呼吸をして、右手でシオの左手を取ると、左手を向ける。

「…ヒノ…カムイノミ…ゴーニグ…ハイェン…エイワンケ…」

 左手の平が赤い光を放ち始めた所で、肩を中心にシオの手をなぞる様に動かしていく。

 そう言えば、王都に来てから、誰かに対して魔法を使うのは初めてだ。

 今、そんな事がふと頭の中に浮かんできたけど、そういった事を意識せずにやろうと思えたのは、その辺は引きずるモノがないという事か?


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 まぁ意識したせいで、段々と緊張度が増してきたけど。

「お前、何者なの?」

「しがない流浪人」

 という事にしておく。

「流浪人が何で魔法を使える訳?」

「それこそ、別に珍しい事じゃないと思うけどな。常に移動する身なら、少しでも荷物は少ない方がいいだろうし、そう都合よく薬草もないだろう。治癒だけでもできるようにしておけば役に立つ」

「じゃあ、なんでその流浪人が入団試験なんて受けるのさ?」

「さっきまで、さっさと消えろ…みたいな雰囲気だったのに、急に質問攻めか?」

「うっせぇよ。他にやる事もないし、暇なんだよ。無理やり治すって言ってきたんだから、暇つぶしぐらい付き合え」


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「そう言われると、言い返せないな。・・・そうだな、理由は自分の力を試すためだ」

「なんでまた?」

「今まで通りの生活ができなくなった事が一番の理由だな」

「流浪人が流浪できなくなったって訳? 流浪できなくなった奴に騎士団が務まるのか?」

「ごもっとも。まぁ肉体的な問題で流浪ができなくなった訳じゃないし、その点は問題ない」

「ふ~ん」

「そっちはどうなんだ? なんでそんなに騎士団に入りたい? しかも時間が無いってのが引っかかる」


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「なんでそんな事をお前に言わなきゃいけないんだ?」

「話したくないならいい。気になっただけだからな。でも、もしかしたら手を貸せる事があるかもしれないぞ?」

「いいよ別に。つか、なんであんたはそんなに無遠慮につっかかってくるわけ? お人好し過ぎるとか言われない?」

「言われた事は無い…と思うがな。でも何でだろうな。理由は俺にもわからん」

 シオに言われた事に思い当たる所が無いか、ぐるぐると頭の中を巡ってみるが、なかなか答えが見つからない。

「あっそ」

 見た事のあるシオの姿は、喧嘩をしている光景だけ、回数も今回を含めて2回、どちらも多くに立ち向かう姿だ…。


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 あ~なるほど、力を貸してやりたい理由はそこにある。

 喧嘩をしていたからではない、怪我をしていたからでもない、形は違えど1人で多人数に挑む姿が、昔の自分に重なったからだ。

 シオが何を考えて喧嘩をしていたのかはわからないし、昔の俺とも考えは違うだろう。

 でも、他人から見て無茶だと思える事に挑む姿に共感ができた。

 まぁさすがにそれを伝えるのは気恥ずかしいから、何も言わないでおくが。

「…ヒノ…カムイノミ…ゴーニグ…ハイェン…ミ…バイバハルトン…エイワンケ…」

 左手の治療をだいたい終わらせて、最後に少しの間その治癒力を保持した状態にする。

「痛みは引いたはずだが、完治した訳じゃないから、もうしばらくは激しく動かしたりしない方がいい」


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 そう言って、右横腹の治療に入る。

 シオは、恐る恐ると言うか、優しく腕の調子を確認していった。

「半信半疑だったけど、魔法ってのは便利なもんだな」

「この国で一番盛んな杖魔法も、一応魔法だし、普段目にする機会も多いだろう? まるで魔法を普段見ないような言い方だな」

「その通りだから。ウチの周りには魔法を使うやつなんてほとんどいなかった。たまに見た事があったけど、それが魔法だって知ったのはだいぶ後になってからだ」

「そうか」

 そんな事があるのか…と思ったが、王都で俺の知らない事なんてそこら中にある。

 第一、俺は魔法使いの村の出、その時点で、俺とシオとの基準はブレブレだろう。

キュルルルルッ…。


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 今度はさっきよりも長く、そして大きく、腹の虫が声を上げる。

 本人の意思ではないが、単純に聞かれるだけで恥ずかしいモノだし、短時間で2回、シオの顔は火が点いたかのように一瞬にして真っ赤になった。

 腹の音に引かれて、シオの顔へ視線を向けてしまったが、俺は何も見ていないと主張するように、すぐ視線を反らす。

 その先で、シオの手がさっき拾ったモノに手が伸びているのが見えた。

 それが食べ物だという事はわかっていたけど、その状態のモノを食べるのはどうなのか…。

 気にならないという事は無いだろうけど、それを食べなきゃいけない理由があるのか、食べたい理由があるのか、ソレを見ながらシオは悲しそうな、落ち込んだ表情を見せた。


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 砂を払い、泥を取り…、・・・正直見ていられない。

「それで腹ごしらえをするのは待て」

「なんでさ?」

「何故も何もないだろう。食べるだけの理由があるのかもしれないが、腹を壊すぞ?」

「大丈夫、これはウチの力の源だから」

「理由になっていない。せめて軽く水で汚れを落としてからにしろ」

「時間が無い」

「それだけ空腹が限界って事か?」

「ちげぇっての。試験会場の方が静かだし、ウチらの試験がそろそろ始まる」

「本当か?」


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 シオとの会話に、治癒、正直そんなに時間が経っているようには思えないが、ここに来た時に聞こえていた人の歓声とかが確かに聞こえない。

「早く終わるかもとは聞いていたが、思っていた以上に早いな」

「お前は準備とかしなくていいのか?」

「心配してくれるのか?」

「違う。自分に世話を焼いたせいで、準備できずに試験に落ちたら、目覚めが悪いって話」

「お互い似たような事を考えてたって訳だ」

「・・・」

「まぁ俺の方はたいして準備するような事は無い。強いていうなら、腹ごしらえをするぐらいだ」


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 治療を終え、俺は治療を続ける中で溜まっていった緊張を、ふぅ…と息と共に吐き出す。

 慣れた事のはずなのに…、そう思えて悔しい。

 それでも、治癒自体は上手くいっているはずだ。

 緊張はすれども、感覚というか、今までやって来た経験が消える訳じゃない。

 シオに対して行った魔法は、上手くいったと自負できるが、結果が気になるのは使っていなかった時間が長かったが故だ。

 不思議そうに腕や腹を摩るシオの横に腰掛け、自分の昼食を取る。

「問題はあるか?」

「問題ない。不思議なもんだ、下手したら丸一日残り続けるかもしれない痛みが無くなるなんて」


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「それでも、魔法は万能じゃないがな。その程度の治療なら後遺症もないはずだ。あと、ほれ」

 万能じゃないという言葉に、自身が助けられなかった人達の影が頭を過る中、話を変える意味も込めて、自分の分のパンサンドを1つ取り、残りをシオに差し出す。

「なんだよ?」

「全部やる」

 試験を受ける緊張に加えて、治療に対する緊張、わずかにあった食欲も薄れた。

「時間が無いならこっちを食べとけ。そっちのは一日やそこら置いといても腐りやしないだろ? 俺の方は腐る。おまけに食欲的にこれ以上食えない。だからあんたが食ってやってくれ。腐らしたら、作った奴に失礼だ」

「・・・」


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 俺とパンサンド、それを交互に見て、シオは不審そうな目を向けてくるものの、自身の腹を触りながらそれを受け取る。

 視線は気になるが、反論してこないあたり、2人との間には一定の信頼関係が結ばれたと思う。

 シオの体格的にも、隠れた大食いでもない限り、空いた腹を満たすには十分な量のはず。

 味の方も気に入ったらしく、その食いっぷりと言ったら、作った人間に見せてやりたいぐらいで、食べるのに夢中で周りが見えていないんじゃないかと思えるほどだ。

『あ、いたいた。マントの兄さん!』

 少し急ぎ気味に自分のパンサンドを食べ終えた時、後ろの方から誰かが呼んでくる声が聞こえた。


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 マントを着ている人間なんて、ここには俺しかいない。

 声がした方へと振り返ると、そこにはこの場所を教えてくれた警備兵が、こちらに手を振っていた。

「そろそろ試験が始まるぞ。急いだほうがいい」

「わざわざ教えに来てくれたのか。手間をかける」

「いいって事よ。もしあんたが、超が付く程の方向音痴で道に迷ったらどうしよう…とか考えたら、気になっちまってな。これは俺の自己満足を満たすだけの行動だ」

「それでもありがたい」

 小走りで戻っていく警備兵を見送り、俺も行くかと意気込む。

 横を見ると、いるはずのシオはおらず、訓練場の方へ何かが走る足音が…。

『飯、ありがとよ』


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 こちらが振り返るよりも早く、その足音の主は声を上げる。

 その姿を視界に入れた時には、声の主シオは訓練場の通路に入り、見えなくなる寸前の所だった。

「礼は飯だけか?」

 まぁいいんだが…。

 空を仰ぎ、目をつぶって、深く深呼吸をする。

 意識しない様にしてはいたが、誰かに自分の力を見てもらうというのは緊張するモノだ。

 昔、婆さんに魔法を見せていた時ほどの緊張感に襲われてはいないが、これはこれで初心を思い出すだけなら丁度良い。

 俺はできる限り心を落ち着かせて、待機室に戻った。


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「あなたも受験者?」

 待機室に着くと、入口で紙を睨みつけている女性がいた。

 こちらが頷くと、スッと手を出してくる。

「じゃあ、木札を見せてくれるかしら?」

 言われるがまま持っていた赤い板を出すと、女性はそれを持っていた杖で指す。

 杖が僅かな光に包まれて、それが流れ込む様に板の方が徐々に光り、最終的に表面に11という文字を浮かび上がらせた。

「11番目か…。なら、戦闘場待機室に移動して。少ししたら順番が回ってくるから」。

 試験の開始前に、景気づけみたいな事をするのかとも思ったが、そう言った前座みたいなものは無しか。


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「場所がわからないならついてきなさい」

 合格するかどうかもわからない相手と、親睦を深めるなんて事するだけ無駄だというのはわかるが、もう少し愛想よくできないものか…。

 都会での当たり前がいまいちわからないな。

 村では成人の儀が、ここでいう試験だと思えなくもないが、雰囲気は全然違う。

 全体にお堅い印象を受けるし、この女性の口調から足早に進めようという考えが伝わってくる。

「待機室はここでず、健闘を祈ります」

「心にもない事をどうも」

 こちらの言葉など気にも止めず、女性はこの場を去っていく。

 まさにここだけの付き合いだ。


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 人が多くなる事で、人同士の関係も選ばれる…、村では感じなかったモノ、初めて王都の人間関係の洗礼を受けた気がする。

 祭の準備のために王都に来ていた時とは違う、ここで過ごす事になったからこそ、感じるモノだ。

 村と王都、常識のズレを感じつつ、待機室へと入っていく。

 そこは戦闘場へと続く通路がある待機室、人が少ないのもあるけど、最初の待機室と比べて開放感があった。

 暑苦しくないし、空気もだいぶマシだ。

 気になる事と言えば、この部屋にいる連中のほとんどが鎧を身に着け、手に持った剣なり盾を見たり握ったり、自分なりに調子を見ている所だろうか。

 どう見ても、ここにいる人間が魔法の腕を見せに来ているとは到底思えない。


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 剣も魔法も、両方とも高い能力を持っているというのなら、その姿にも納得だけど、そこに俺の知らない世界があるというのなら話は別だ。

 騎士団に入るだけなら、この国ではより多くの人材を求められる魔法使いの方が、敷居が低い…。

 それなら魔法を見せるだけで良いし、ここの連中のように鎧を着る必要性は…。

「・・・」

 いよいよ嫌な予感がしてきた。

 幸先が良いと思っていたが、この流れ、もしかすれば幸先が悪いのかも…。

 1人また1人と、戦闘場の方へと出て行っては、戻ってくる頃にはどこかしら負傷して、治療のためにこの部屋を出ていく。

 その後、補充で入ってくる受験者達も、当たり前のように鎧を着こんで、長い得物、重い得物を持っている


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 極めつけは、爆発音等、さっき聞こえていた音が聞こえず、聞こえてくるものと言えば金属同士がぶつかり合う音に、壁に何か重い物が当たったかのようなドスンという音。

 そういった音が出る度に、歓声が沸き上がり、この待機室の空気が震える。

 それは試験の内容が変わった事を意味し、そこに俺がやろうとしたモノが無い事を意味していた。

『番号11番、出番なのでこちらで待機してください』

 自分の力を試す場所、裏表なく自分の力を見てもらう場所、自身の今後を左右する場所。

 そう考えると緊張しない訳がない。

 でも、その土台は足元にひびが入っているようなそんな気がしてならず、目先の問題が大き過ぎてそちらにしか気が行かなかった。


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「聞きたいんですけど、これってなんの試験だ?」

 戦闘場への入口に立つ警備兵にそれを尋ねると、そいつは予想外の質問をされた事で、眉間にシワが寄り、言葉を詰める。

「・・・」

 誰が見てもわかる疑問を抱えた表情に、こちらの足元はひび所か、元々無い事を知る。

「君、緊張で頭の中が真っ白にでもなってるのか? まぁ気持ちはわかるがな。私もそうだった。私が言える事は、とにかくぶつかる事だ。今まで経験してきた事は君を裏切らん」

「いやそういうんじゃなくて…」

「試験なんて、お堅いと思うかもしれないが、当たって砕けろだ。とにかくやってみるといい」


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