第六話…「試験前のひと時と違った道」【1】
待機室は熱気に満ち溢れていた…と言うか、文字通り暑かった。
屈強な体の男達、見るからに力自慢な連中がわんさかいて、試験に向けて抜かりが無いかを確認している。
もし俺が、剣に斧に槍、兜に甲冑に盾、そう言った類のモノを全部使っていたら…、魔法を使わない限り亀にも負けそうな鈍足になるだろう。
それらを身に着けて普通に歩いているこの部屋の男達を見ていると、自分の場違い感を実感する、オマケに吐き気も…。
そして追い打ちを掛けるように、これから試験だというのに筋トレを始める奴までいて、暑苦しさに拍車をかけ、体感気温も上がった気がする。
その男にとっては緊張を解す行為なのかもしれない…、でも、こんな部屋にいたら、こっちが自分の番が来る前にバテてしまいそうだ。
---[01]---
「…ヒノ…カムイノミ…シリメマン…セ…」
個人的な理由ではあるけど、こんな格好をしているせいもあって余計に暑い。
俺は待機室を抜け出して、自身の体を魔法で涼ませつつ、緊張を少しでも解くために周辺を歩き始めた。
どこからか聞こえてくる炸裂音、その後から歓声も聞こえてくる。
「もう試験自体は始まってるのか?」
関係者とかが受験者を呼びに来た様子は一切ないけど…。
まぁそこは、待機室が他にもいくつかあるからだろう。
暑苦しいあの部屋も、試験会場の前にいた人間の数を比べれば、全然少ないし。
それに、試験も太陽がだいぶ上って来たこの時間なら、始まっていてもおかしくない。
---[02]---
むしろ始まっていないと、終わる頃には夜が更ける。
そうなれば見落としも出るだろうし、両者にとって何の益もない。
小腹も空いてきたし、時間に余裕があるようなら、今のうちに腹ごしらえをしておいた方がいいだろう。
その辺の見回りをしている警備兵に話を聞いた。
「あんたは「赤木札」か。じゃあまだ時間が掛かるな」
「腹ごしらえをしたいんだが…、飯はあるんで、適当にゆっくり食える場所は無いか?」
「待機室じゃダメなのか?」
「あそこにいたら腹は満たせても、それ以外が減る一方だ。飯も美味しく食えないだろうさ」
---[03]---
「確かに。赤木札連中はそういうの気にしない人が多いからな、忘れていたよ。飯を食う場所か…。それならこの通路を進んでもらえれば、池のある広場があるよ。普段は騎士団の人間の休憩所として使われているけど、使っても問題ないはずだ」
「そうか。ありがとう」
「礼を言われる事でもないさ。試験頑張んな。今やっている試験も、早く終わる事もあるから、会場の方に意識を置いておくのは忘れない様に。静かになったら急いで戻ったほうがいい」
「ああ」
「ブレンニーダー様の加護があらんことを」
軽い会釈を返し、俺は言われた通りに進む。
その最中も大なり小なり、歓声が頭上から聞こえてくる。
---[04]---
今後の鍛錬の参考がてら、その試験を見に行くのも1つの手なのかもな。
自分の知らない事をやってのける人間は少なからずいるだろうし、こういう機会もそうない事だ。
それでも、今日は自分が試験を受ける側だし、試験の前に余計な事を頭に入れたくないから、見に行くのはやめておくけど。
警備兵が言っていた通り、大きな訓練場を支えるために連なっている柱の合間から、テーブルやらベンチやら、休憩するためのモノがちらほら見え始めた。
木々や植物も多く植えられ、池も相まって流れる風は優しく涼しい。
暑い場所だったら、また魔法で涼もうかとも思ったが、その心配はないようだ。
木陰も多く、それに合わせたベンチも多い。
騎士団とか、お堅い印象があるけど、こういう場所にもこだわる質か?
---[05]---
まぁ自分が使うかもしれない場所を、手を抜いて作ったりはしないか。
適当な場所に腰掛けて、ティカから渡された飯を取り出す。
昼食はパンサンド、豚肉にパン粉を付けて揚げ焼きしたモノにソースを付けて、パンに挟んだものだ。
ティカは、ワコクでは物事に勝利をもたらす…とかなんとか言っていた…、そういった願掛けとかをして、カツサンドだとか勝つパンサンドとか言われているらしい。
別に試験は勝つ事が目的ではないけど、試験に合格するという意味を、その勝つに込めているんだろう。
効果はさておき、そういう事を願ってくれているのは嬉しいし、胸が暖かくなるな。
---[06]---
風に揺れる木々の音、後ろから聞こえてくる歓声を聞きながら、食事を始めた矢先、鈍い音と共に、風に乗って流れてくる砂ぼこりが、この安らぎの邪魔をする。
加えて言い争う声も聞こえてくるし、ゆっくりできる場所だと思いきや、その実ゆっくりできる場所ではなかった事が残念だ。
確かに周りに人気は無いけど、喧嘩をするならもっと人の来ない場所を選べ。
俺は溜め息をつきつつ、食べかけていたパンサンドを1つ食べきり、残りをその場に置いて音のした方へと歩いていく。
落ち着きたいのに落ち着けないのは論外、結果余計な問題を抱える事になるけど、この状況で何もせず飯を食う方が、後味が悪い。
両者が悪いなら放置、片方が悪いだけなら止めに入る。
そんな自分への決まりを作って、木の陰から覗くように見た先、そこにいるどことなく見覚えのある面子は、明らかに個対複数の喧嘩を繰り広げていた。
---[07]---
兵学院だったか、そこの訓練場で魔法の練習をしていた時に、喧嘩を始めた連中だ。
飽きもせずによくやる。
取り巻きを引き連れて、それが当然かのように自分を優位に立たせ、さらには自分より力で劣る相手をなぶって優越感に浸る、あの連中の目的はそんな所だろう。
なんでそんな事をしているのか、その理由はわからん…というか知りたくもない。
複数人と言っても、やっているのは1人、取り巻きはそれを見て笑っているだけだ。
まぁなんにしても、弱者を強者が攻撃している時点で、1対1だろうが何だろうが、正々堂々という括りからは外れている。
他人にバレない様に顔は殴らず、攻める場所は服の下、腹なり太ももなり胸なりだ。
---[08]---
弱者、小さい方が悪いのであれば、そんな陰湿な事をする必要もないだろう。
自分の中で高まっていく感情が、抑えろという理性に流されて、少しでも落ち着こうと自然に溜め息が漏れる。
『どうだっ! 今度こそどっちが上で、どっちが下か、それがよくわかったかよっ! 下の出が、高貴な家の俺にいちいち立てついてくるんじゃねぇっ!』
見ていられず、その喧嘩を止めようと足を進める。
さっきまで人の声がする程度だった話の内容も、喧嘩の現場に近づくにつれて、その内容がハッキリとしていった。
まぁそれが分かった所で、俺もその言い分を理解し、それ相応の行動を取れる身分では無い。
俺は強者側が言う所の弱者側の人間だ…と思う。
---[09]---
囲んでいる取り巻き達を押しのけて、その場の光景を見た時、強者は弱者の胸倉を掴んでトドメを刺さんばかりの状態だった。
とっさに自身の左手に魔力を集めて、強者、大柄の男の振りかざされた左腕を掴む。
さすがに自分よりも大きい体の男を止めるのはキツい。
急ではあったけど、魔法自体も上手く働いたようで、俺のよりも一回り大きいその腕を、しっかりと掴んで止められた。
「誰だてめぇ?」
「あんたの言う下の出の人間だが?」
「そうかよ。なら俺に立てつくなって声も聞こえてただろ? その貧相な位の手を放せや」
---[10]---
「その必要があるなら、俺は仲裁に入ったりはしない」
「なんだ? じゃあてめぇがこいつの代わりに袋になるってか? オイッ!」
「高貴なんだろ? 小さい事やってないで周りの手本にでもなってろ」
こういう輩は、相手が自分よりも劣るからこそ強く出てくる。
こちらがいくら説教を垂れたって、見下している相手の言葉は耳には入らない。
だから相手にぶつける言葉は適当に、ポッと頭に浮かんだモノを出すだけだ。
男が掴んだ俺の腕を振り払おうとするも、俺はそれをさせまいと魔力を含めて手に力を入れる。
ほんの一瞬、そんな攻防があり、男は舌打ちと共に胸倉を掴んでいた手を放す。
「チッ…、興ざめだ。てめぇ、どう見ても騎士団の人間じゃねぇな。それがここにいるって事は、試験を受けに来た1人か? それに時間的にも…、次に会った時は覚えとけよ…」
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男は、自分にはもう敵意が無い事を示すように、捕まれた腕の力を緩め、俺もそれを感じてすぐ手を放した。
取り巻きに、低い声で行くぞとだけ呟いて、この場を後にする。
相手に対しての謝罪なし、これが位の高い奴のやる当たり前の行動か?
俺にとって、位の高い連中の基準は譲さんの家ぐらいしかないから、比べるには情報不足だが、譲さん達が格上で、さっきの男が格下だとすれば、その差があまりに大き過ぎて、悪い方向へ偏見が深まってしまう。
俺に背を向けてしゃがみ込む弱者…というかイジメられていた奴に声をかける。
男達と同じ、兵学院の服を着ていて、青みがかった黒髪のショートヘア、性別は…正直その後ろ姿からは判断できない。
「大丈夫か?」
---[12]---
どれぐらい殴られたかはわからない。
胸倉を掴まれている時は、ぐったりとしていたし、まさかとも思ったけど、でも男に放されてから、俺に背を向ける程度の力が残っている辺り、深刻な事にはなっていないようだ。
「こんなことしたって何の利益もないだろ。余計な事しやがって」
男と同じで、こちらも俺の割り込みには思う所があるらしい。
その辺は心配しているこっちの身にもなってほしいが、イジメの後だし、頭の整理ができていないのかもな。
一向にこちらを向く気配の無い相手は、何かを集めるかのように手を動かしている。
落とし物か何かを集めているのか、こちらとしても足を突っ込んでしまったし、このまま相手の感情を汲み取ってどこかに行くのは、気が進まない。
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ここは相手の気持ちを少々無視してでも、俺の意思を押し付けさせてもらおう。
回り込んで、相手が集めている手伝いを始める。
落ちていたモノは…干し肉か何かだ。
一口サイズで、小柄なこいつが1人で食べるには少々多い量、それに1個1個干し肉の出来が違うような気もするし、使われている肉の部位も違う。
不格好なそれらの包みはボロボロ、砂まみれの泥まみれ、しかも踏まれたのか潰れたモノもある。
「あんた、名前は?」
こいつが、俺基準で言う所の、酷い事…をされたのは一目瞭然。
でも、それに対して俺が言ってやれる事は無い。
これは酷いだの、その行為に対しての批判はできるが、そんなわかりきっている事を言った所で、傷口を無遠慮に触るだけだ。
---[14]---
だから、とりあえず名前を聞く。
深い意味はない、このまま無言でいるのがしんどかっただけだ。
「・・・「シオ」」
「そうか。俺はガエサスだ。よろしくな」
名前を教えてくれた辺り、彼女なりに俺は敵じゃないと思ってくれているのか。
俺もボールを返すように名乗るが、こちらに返ってくるモノは無かった。
「今日は騎士団の入団試験で兵学院は休みだと聞いたけど、あんたはもしかして受験者か?」
「だったらなんだよ?」
「まだ若く見えたからな。そのぐらいの歳で試験を受けるのは珍しくはないんだなと思っただけだ」
---[15]---
譲さんの紹介で会ったアレンは16歳だと言っていたし、その歳でも合格を貰える試験なのかとか、試験のレベルを知るためにも、それが普通の事なのか、それともアレンが何かしら特別なのか、その辺の事を知っておきたかった。
「珍しいかどうかなんて知るか。時間が惜しいだけだ」
「時間て、なん…」
キュルルル…。
一向にこちらを見ようとしないシオの方から聞こえる、素直な体の声。
「の…。なるほど」
「何納得してんだよっ!?」
透明感のある青目が怒りに満ちてこっちを睨んでくるけど、その音を聞いた後では、迫力もなく可愛さすら感じる。
---[16]---
「俺と話をする時間も惜しい程腹が減ってたんだろ?」
「ち、ちげぇってのッ! 早く騎士団に入らなきゃいけないって意味での、惜しい…だっ!」
俺への反論、その膨れ上がる感情が形となって、拾ったモノを落とさない様にしつつも、勢いよく立ち上がる。
そんなに怒らなくても…。
自分より大きな相手との喧嘩にも、臆する事なく挑んでいくだけあって、その気性は荒いらしい。
十分藪を突いてしまった後だけど、今の会話をこれ以上続ける事はやめた方がよさそうだ。
「ほれ、これで全部だ」
---[17]---
シオから飛んでくる罵声を流しつつ、拾ったモノを優しく返す。
しかし、こうしてお互いに立って相対すると、シオの体の小ささをより一層強く感じるな。
最低でも頭1個分は俺と差があるか?
いかにも怒ってますよ言わんばかりのその顔にも、だいぶ幼さが残っているように見える辺り、体の大きさも歳相応なのかもしれない。
そんな歳で入団試験に挑むというのはすごい事、事情はどうあれ素直に応援したい気分だ。
「お前の用事はこれで済んだな」
吐き捨てるようにシオは言うと、俺に背を向けてどこかへ行こうとする。
ただ喧嘩の仲裁をしただけと言う関係なら、そのまま行かせたかもしれない。
---[18]---
でも、シオは入団試験受験者。
その枠に入っているこいつを、このまま行かせる事は出来なかった。
とっさにシオを引き留め、睨みつけてくる相手の事を意識しない様に、拾ったモノを持っていない方の手を掴むと、そのまま歩き出す。
逃げようとするシオは、受験者なだけあって、体に似合わずそこそこの力があった。
それを知ってしまったら、尚更このまま行かせる訳にはいかない。
まぁこれは俺のわがままみたいなモノ、このまま行かせるのはダメだという感情に、さっきの応援したいという気持ちが突き動かされた結果だ。
連れて行った場所はそう遠くない…というか、俺からしてみれば戻って来たと言える。
飯を食おうと思って座っていたベンチ、それを証明するかのように俺の飯が置かれている場所。
---[19]---
そこにシオを座らせる。
「痛い所とかあるか?」
「あん?」
「今普通に動けるとしても、言いにくいが結構強くやられていただろ? 少なくとも、俺にはそう見えた。まだ痛みが引かない所があるはずだが?」
「・・・」
「これから入団試験に挑むっていうのに、喧嘩が原因でいつもの調子が出なくて不合格…じゃ、納得できないだろ? 俺は治癒の魔法を使える。痛みを引かせるぐらいできるから、あんたがこれは治しておきたいと思う場所だけでも教えてくれ」
助けたとはいえ見知らぬ男、しかもフードで顔が見えない様にしている相手に、治癒魔法が使えるからって言われても、素直に答える事は出来ないか?
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