第五話…「試験と魔法剣士」【3】
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「お前の頭の中が愉快な状態になっている事はわかったよ」
恥ずかしさっていう点は、日に日にその姿を薄めているし、最初の頃の俺なら言っただろうが、今はもう着替え程度では動じたりしない。
自分で着替えをした理由は先に言った通りだし、そのために着替え始める時間を早めた。
ティカが先に来たら、全部はさせないにしても、手伝ってくるのはわかっていたからな。
「着替えなりなんなり、物理的な手伝いができなくても、ティカはいてくれるだけで助けになるから、そう落ち込むな」
まぁこのまま彼女の行動に反した事ばかり言っていても後味が悪いし、適当に取り繕ってはおく。
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「いるだけで助かるとはなんだ?」
「お前は元気が有り余っているだろ。溢れた元気は自ずと周りの人間に流れていく。つまりそう言う事だ」
「つまりティカのおかげでご主人は元気いっぱいか?」
「まだ途中だろうがな」
口であ~言ったものの、それを証明するように気分を上げられる訳でもなく、適当な言い訳を吐く。
「そうかそうか。ティカは自分でも気づかない内にご主人のお世話をしてしまっているという事だな。無意識にご主人を元気にさせるなんて、どれだけご主人の事が好きなんだよ、ティカの元気!」
周りの人間と抽象的な言い方をしたつもりだったが、彼女にとって的は俺だけなようだ。
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察しが良いのか悪いのか、いや察しは良いにしても、考え方が俺と違い過ぎるだけか。
「よしっ! ティカはいるだけでご主人のお世話をしている事が分かった所で、仕事に戻るぞ!」
「そうしてくれ」
「じゃあご主人、ティカに手伝ってほしい事は何かあるか?」
「あ~、仕事ってのは俺の世話の事ね」
てっきり使用人、メイドとして仕事で掃除なりなんなり、とにかくこの部屋から他へと移動するもんだと思っていた。
まぁそうだな、彼女にとっての仕事は俺の世話、俺の考えが浅はかだったか。
「じゃあ少し早いが出ようと思う。ある分で構わないから昨日頼んでおいた携帯できる昼食を持ってきてくれるか?」
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「そんな事でいいのか? もっとこ~、激しくて、汗をいっぱいかくような、そんな大変なお願いをしてもいいんだぞ? ティカは体力には自身があるからな」
「人聞きの悪い事を言うな。とにかく持ってきてくれるだけでいいから」
「もう、しょうがないなぁ。じゃあ屋敷の入口で待っていて。ティカが大急ぎでご所望の品を持って行ってあげるから」
「頼む」
この元気な姿を見ていると、緊張している事があほらしく感じなくもない。
それ程までに悩みのなさそうな元気っぷりだ。
「大丈夫かご主人? 忘れ物は無いか?」
「無いはずだが、あるように見えるか?」
屋敷の入口というか玄関ホールで昼食を受け取り、後は行くだけの状態になったが、何かと世話焼きなティカの接待は終わりを見せない。
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「服良し、マント良し、顔良し」
俺の周りをゆっくりと回りながら、乱れが無いかを確認していく。
「お昼ご飯は今渡したから忘れようがないし、他には…」
いつもの彼女なら、やる事成す事てきぱきと片付けていく印象があったが、今日は妙に遅く感じるというか…。
それに、まるで待ち人が来ないせいで落ち着きが無くなっている時のような、そわそわしている雰囲気すら感じ取れる。
「むむ…、その剣は」
俺が疑問を持ち始めている中、それでも我が道を行く彼女は、腰に差してあった直剣に目を止める。
俺のやり方と言うか、剣も使えるようにと自分なりに鍛錬もしてきたから、試験では使わないだろうけど、持っていないと落ち着かない。
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要は集中するための道具として剣を持っていく事にしたのだが、その剣もマドレが用意した物。
どこにでもありそうな、何の変哲もない剣で、違和感を覚えるとしたら他の服等は新しい物、新品が用意されたのに対し、この剣はいかにも使い込まれたような剣だ。
刃を研いだ跡がいくつも見られるし、相当大事にされているモノなのかもしれない。
使い込まれた回数、年数は、おそらく俺の直剣よりも多く、そして長いだろう。
だから、これは使えないとマドレに言ったのだが、剣は使われる事に意味がある、飾ったり置いておいたりする物じゃない…と逆に説得された。
「この剣がどうかしたのか?」
マドレがこの剣を選んだ理由はわからないが、何かあるのかもしれないと思ったのだけど…。
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「いえいえ、他が新品だからこそ、使い込まれたこの剣が良い味を出していると思ったまでだ」
少しの間をおいて、ティカが言葉を返してくるが、それは俺の欲しかった回答ではなかった。
「そうか。それで、見た目というか身だしなみ?の確認は終わりでいいか?」
一応、彼女は真剣に世話をしようとしてくれている。
少なくともここでの生活で学んだことの1つ、彼女の行動は全て真面目、だ。
身だしなみの確認も、彼女なりにしっかりとやらなきゃいけないと思ってくれているだろう。
「う、うむ、問題ないぞ!」
そしてその確認も一応終わりを迎えたらしい。
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ぎこちないがその声はやはり元気だ。
「よし。じゃあ行くとするか」
「ち、ちょっと待ってほしいのだ、ご主人!」
俺が扉に手を掛けようとすると、さっきまでの元気さに僅かだが陰りを見せたティカの声が、俺を呼び止める。
「怪我、怪我は本当に大丈夫なのか? 痛くないか? ちゃんと動くか?」
らしくない表情を浮かべたティカが、ただただ心配そうにこちらに視線を向けている。
垂れていた耳も、いつも以上に垂れ下がっているというか、縮こまっているようにも見えた。
「完璧とは到底言えないけど、普通に使う分には問題ない程度には回復した。大丈夫だよ」
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彼女の私情がどこまで入っているかはわからないし、どうしてそこまで気にかけてくれるのかも分からない、でもその心配する声は本物だと感じた。
そう思える程、彼女の目には恐怖めいたモノを感じる。
「そうか。それはよかった。安心したぞ」
「戦争に行くわけじゃない。可能性が無いとは言えないにしても、万が一なんて気にしてたらキリがないぞ」
「うむ、そうだな。そうだよな。いや、世話をする人間がいなくなっちゃうのが嫌だからって心配し過ぎだな」
いなくなるとか、怖い言い方をするな。
その言い回しだとまるで俺が死ぬみたいに取れるぞ。
「じゃあ、今度こそ行くぞ」
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俺の言葉に頷いて、いつも通りの元気な表情を浮かべたティカは、ただ一言、行ってらっしゃい…と送ってくれた。
なんか、いよいよ戦争に行くかのような言い方が引っ掛かるけど、まぁそれはそれだけの意気込みで行け…と解釈する事にする。
屋敷を出る時、あいつを探してみたが、その姿を確認する事ができなかった。
必要は無いと思いつつ、外に出てからは周りに誰がいるのか、人がどれほどいるのかを確認しつつ、まるでやましい事があるかのように出ていく。
目的の場所、入団試験の会場へと足を向けた。
祭の時ほどではないが、普段と比べてその街並みは賑わいを見せている。
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その中心にいるのは主に大人の男達だ。
王都の中で1日のほとんどを過ごしていれば、当然誰かが戦っている姿を見る事は無いし、自分達が戦士でないのなら戦う事もない。
だから、そういった戦闘行為を映える娯楽として捉えているのだろう。
それが良いのか悪いのかは俺にはわからないが、でも形はどうであれ、入団試験を見に行って、自分達を守る未来の人間達を知れるというのは良い事か。
試験会場が近づくにつれて増えていくのは、軽装ではあるが背中や腰に剣を携えた連中。
真剣な表情を浮かべている人間もいれば、今にも吐きそうな顔をした人間もいて、緊張度合が千差万別な事が分かるし、それを和らげる方法を知っているかどうかの経験の有無が見て取れる。
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それにしても人が多い。
騎士団本部の裏、試験会場となる訓練場に到着するも、そこで受付をしていると聞いてはいるが、所々で人が集まり、1つの塊を作っているせいでどれがその受付なのかがわからなかった。
「一国の騎士になろうって連中がこんなに多いなんてな」
目的を果たせない不安からか、誰に聞いてほしいでもなく、言葉が口から洩れる。
受付を見つけられない事を、人が多いせいだ…と他人のせいにしているかのような言葉を吐いてしまっている自分が情けない。
騎士になれば自分や家に拍がつく、給料もいいから家族を養うには申し分ない、強さを求める人間からしても、相手はともかく戦う機会も多くなって鍛錬にもなる。
多方面な利点があるのなら、そりゃあ人も多くなるだろうさ。
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嫌見たらしい言葉が出てくる前に自分に言い聞かせ、軽く頬を叩く。
僅かな痛みを覚える程度ではあるが、気を取り直すには十分な衝撃だ。
「よしっ」
一呼吸おいて、いざ受付を探そうとした矢先。
『何か困った事でも?』
横から声を掛けられて、歩き出そうとした足が再び止まる。
それは初めて聞く声ではない聞き覚えのある男の声、力強い…というよりどこか自信満々な声だ。
『そこの緑マントの男、お前の事だ。さっきから様子がおかしいがどうかしたのか?』
ここに来るまでに見た集団の中に緑のマントを身に着けている人間なんて見なかった。
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それに、様子がおかしいなんて付け足しがされている辺り、その男が言っているマントの男は間違いなく俺の事だろう。
この大多数の人間の中で、わざわざ話しかけてくる程に、俺の挙動がおかしかったのか、自分の行動に対する反省点を頭の中で浮かべつつ、声の主へ視線を向ける。
声を掛けられている以上、それを無視して進む程に無礼者ではない、無いが、この場合はそれを強行すればよかったと思う次第だ。
声に聞き覚えがあったのは当然なのかもしれない、そこに立っていたのは、村の件で宮廷へ報告をしに行った時、俺達の報告をある意味で全否定した男だった。
身長は譲さんよりも低く、そして横に広い体、立派な髭が顔の第一印象のほぼ全てを持っていく、彼がどういう人物なのかはしらないが、現状あるだけの情報だけで答えるなら、お世辞にも好きになれる男じゃない、あと否定的な事を言われただけで名前も知らない。
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まぁ、あの時は俺の少し苛立っていたし、それがきっかけで彼も口が汚くなったという可能性もあるがな。
案外、話してみたら良い人かもしれない。
「さっきからきょろきょろと辺りを見ながら歩いてきて、お前は何を探している?」
「入団試験の受付をちょっと。ここまでの人混みの中で何かを探すというのに慣れていなくて」
一応、あの報告の場にいたのだから、彼はそれ相応の身分の人間なんだろう。
下手に刺激はできない、俺は素直に質問に答えていく。
「ほぅ、入団希望者か。あまり見ない格好だな。それにその腰のモノは…、君は剣に覚えがあるのかね?」
「え、あ~、はい。毎日鍛錬は欠かしません…と言っても、右腕を負傷してしまっていたので、最近は満足のいく鍛錬ができませんでしたが」
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「なるほど、右腕に包帯を巻いている辺り、完治していないみたいだな。にも関わらず数少ない機会をものにしようというその行動力は評価しよう」
というか、彼は俺の事に気付いていないらしい。
まぁ彼にとっては大多数の中の1人でしかないのかもしれないし、声を覚えられる程言葉を交わしていないから、顔で判断できなければ俺に気付くのは無理だろう。
そして、現状正体を隠すという意味でこの格好が有用なのも、想定外だったが証明できた。
正直、正体がバレないかどうか心配で、話が頭に入ってこなかったけど、それはいらぬ心配だったようだ。
「では、お前はここで待っていろ」
「・・・待つ?」
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「私がお前の受付を済ませてきてやる。なに、時間は取らせん。私は騎士団の総隊長の地位にいる人間だ。受付程度すぐに済ませてやる」
その申し出は予想外の一言だ。
「いいんですか?」
「いいとも」
「ではお言葉に甘えて。俺が希望する試験は…」
「わかっているわかっている。それを改めてお前が言う必要などない。見た目と装備、会話でお前が何の試験を受けたいのかはわかっている」
「本当ですか?」
「ああ。総隊長である私が信用できないかね?」
「いやそんな事は」
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彼が総隊長であるのは事実だ。
でなければ宮廷になんて入れないだろう。
それに総隊長まで上り詰めた人間だし、洞察能力も長けているのかもしれない。
にわかに信じがたいが。
「それで、君の名前は?」
「名前? あ~名前ね。ガエサス・レグです」
ここで本名を名乗っては、正体を隠している意味がないと、とっさに偽名を名乗る。
「では、待っていろ、ガエサス」
そう言い残し、総隊長は人混みの中へと入っていく。
疑う余地はないだろうが、偽名をすんなりと受け入れてもらえて一安心だ。
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そして総隊長が言っていた通り、戻ってくるまでには大して時間はかからず、受付が済まされた。
「そう言えば名乗っていなかったな。私の名前はポルコレだ。ポルコレ総隊長。忘れるんじゃないぞ。ポルコレだ」
名前はともかく、その容姿を忘れる訳がない。
彼に受付を済ませた証だろうか、赤く塗られ数字の書かれた木の板を手渡される。
「それが受付完了、試験を受ける者の証だ。忘れるんじゃないぞ。ではお前の健闘を祈ろう」
最後に不敵な笑みを浮かべたポルコレ、そしてがっしりとした握手を交わして、彼は去っていった。
予想外の事態にはなったが、まずは中間地点突破を祈ろう。
俺は手に持った赤い板を一瞥して、ここを自身の分岐点として心に刻み、訓練場の中へと入っていった。
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