第五話…「試験と魔法剣士」【2】
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いつもの明るいティカの表情が段々と難しい顔、俺の言葉を理解できない顔になり、腕を組みながら首まで捻り始めた。
「それがどうして試験を受けない理由になるのだ?」
「素直に俺が出て行ったら、有利なり不利なり、何かしらの力が入る気がしてならないんだよ。騎士団のお偉いさんである総隊長を怒らせるような事もしたしな。まぁそれは置いといて…。騎士団の試験なんだから、俺の事情を知っている人間が少なからずいるだろうし、俺が何で試験を受けているのか知っている可能性もある。そんな状態でやったとして、正常な…他の入団希望者と同じ基準で審査してもらえるのかわからない」
「なるほどなるほど、ちょっとだけわかって来たぞ」
「本当か?」
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「本当だ! つまりご主人は、しがらみなく自分の実力を見てもらいたいのだな。騎士団は国を守る砦、それに受かれば最低限の力を認めてもらえた事になるし、受からなければ重要な任務を受けるには力不足って事だ」
「まぁそんな所だ。よくもまぁそこまでわかったな」
「はっはっはーっ! いったいどれだけご主人の世話をしてきたと思っているのだ!」
「まだ一か月とちょっとだ。大して長くないだろう」
「違う違う。違うぞ、ご主人。相手を知るのに大事なのは、期間じゃなく密度。どれだけ相手を知ろうとしたか、どれだけ考えたか、どれだけ見ていたかで決まるのだ!」
「なるほど。一理ある」
何より、ティカの分析能力がそれなりに高い事もわかった。
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それか、俺の知らず知らずのうちに観察されまくっていたか…だ、そっちは少々怖くもあるから考えたくはない。
「という訳で、一応譲さんには試験を受けるのをやめる事だけ伝えて来た。入団試験の時はできる限り自分だとわからない格好で受けようと思う」
「む~、話を聞いてるとやっぱりちょっと残念だな~。ご主人の世話ができなくなるのは寂しいぞ」
さっきの興奮状態を見ると、世話をされ続ける事にも疑問が残るがな。
こちらが言うべき事を言い終わった後、俺はどういう反応をするのか一番気になる人物へと視線を向けた。
ティカの横に座るジョーゼは、一度は嬉しそうな表情を見せたものの、今は話をし始める前よりも暗くなっている。
そりゃそうだ。
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話す前は、入団試験を受けるのかどうかわからい状態だったんだから…、不安はあれど、受けないという可能性もあった訳で救いがあった。
しかし今回は入団試験を受けると宣言したから、騎士団に入らない可能性はほぼなくなり、残すは入れない可能性のみ。
ジョーゼの表情からして、こいつからしてみれば、入れない可能性の方が入る可能性よりも低いと言っているようなものだ。
それは俺の力量をわかっていて、それぐらいやれると信頼を置いている証明、そう思ってくれているのはちょっと嬉しくはあるけど、ジョーゼの反応はわかっていた事であり、俺が避けたかった反応で、胸が痛い。
…おにぃも、あたしのそばからいなくなるの?…
弱々しくこちらを見ながら書き上げられる文字、その文字を、言葉を頭が理解した時、言葉が詰まった。
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今話したのは、どうして入団試験をそのまま受ける事を止めたのかって事だけで、騎士団に入る理由ではない。
騎士団に入る理由はこれから話そうと思っていたし、これは話しておかなければいけない大事な事だ。
でも、それを口にできない程、ジョーゼの言葉は俺に重くのしかかった。
それは僅かな時間だっただろうけど、ジョーゼにとってはとてつもなく長かった事だろう。
煮えを切らした少女は、何も言葉を交わす事なく、この場を後にする。
「え!? ちょっとジョーゼちゃん!?」
そんな少女の事を心配し、ティカも後を追って去っていく。
残ったのはマドレと俺の2人だけ。
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分かっていた事ではあったけど、この状況を前に俺はただ頭を抱えた。
ちゃんと最後まで話をする事はもちろん、今後の事をちゃんとジョーゼと話をする必要があったのに。
「ジョーゼちゃんにとっては、後先の事よりも目の前のあなたが何より大事だという事ですね」
マドレがジョーゼの行動の説明をする。
そこには説教めいたモノは何も無いし、呆れや怒りと言った俺に対してぶつけてくる感情もない。
彼女はやさしく微笑んで、俺を慰めようとしてくれた。
「あいつも今すぐは無理でも、ちゃんと理解してくれる日が来ると思うから、これはこの行動に対しての対価として受け入れなければ」
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「そうかもしれませんが、今のあなたは全てを背負いこもうとして無理をしているようにしか見えません」
「あいつはあの歳で失い過ぎた。それを思えばこのくらい…。全部は無理でも取り戻せるものがあるのなら、死ぬ気でやってやらないと。それこそ無理をしてでもね。あいつが背負ってる負の感情を、少し減らしてやりたい。それが俺のやるべき事、成すべき事と考えます」
「あなたが背負おうとしているモノ、それを理解できない訳ではありませんが、賛同しかねます。ですが止めもしません」
「・・・」
「そしてこれだけは覚えておいてください。死なないにしても、旅立つ事で残される者がいる事を。自分の後ろに誰もいないのであれば何も言う事はありませんが、あなたはそうではない。私も待つ身として、あなたにその事を言っておかなければいけません。決して、その事をお忘れなきように」
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残される者がいる…か。
たった一言ではあるが、それが意味する所は一言で収まるモノではない様に思う。
「やり方はともかく、あなたにとっての騎士の戦いは、あの子の幸福の為という事ですね」
「騎士の戦い?」
「国があなたに背負わせる任の為に、騎士という肩書が必要で、文字通り形だけの騎士であったとしても、騎士である事に変わりはない。そして騎士であるのなら、何のために戦うのか、それをしっかりと心に刻まないと。あなたにとっては剣ではなく魔法かもしれませんが、心に確かなモノを持つ人間の剣は折れません」
「そういうモノですか?」
「ええ、そういうモノよ。もちろん人それぞれではあるけど、そうやって心にしっかりとしたモノを刻んだ騎士は、皆確かな結果を残しています」
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「譲さんとか?」
「あの子も心に確かなモノを持っているわ。どういうモノを持っているかは本人から聞いてみて。あの子と行動を共にする事が多くなるでしょうし、娘の事をよろしくお願いします」
「え、あ…はい。でも、よろしくするのは譲さんじゃなくて俺の方だと思うんですが」
「同じ隊の人間としては、そうかもしれませんね」
「・・・というと?」
「あなた達、最近知り合ったとは思えない程仲が良く見えますし、馬も合っているみたいですから、そのまま夫婦になっても良いと思ったまでですよ」
「夫婦とはまた…、話が飛躍し過ぎですよ。そういうの考えた事ないですから」
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「そう? お似合いだと思いますけど。まるで兄弟みたいに話をしている所を見た事がありますが…、娘は脈無しかしら?」
脈の有る無しとか、そんな事考えた事もない。
でもまぁ、ほかの連中と比べて接し方はだいぶ近い気もする。
言われて気付いたが…。
ジョーゼとかと話をする時みたいな、何の隔たりもない感じがするというか、とにかく何か近しいモノを感じるのも確かだ。
年上でありながら、譲さん…なんて呼び方をするのもその証明だろう。
「彼女に対して、自分はそういった感情は持っていません。接しやすいというのは否定しませんが」
「そう? 残念」
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頬に手を当てて、マドレは落胆の色を見せる。
「あなたなら娘を任せられると思ったのだけど」
「そう言ってもらえるのは嬉しいですが、そもそも位の高い家の人間は身に合った位の家の人間としか婚姻しないのでは?」
「そうね。確かに自分達の地位を気にして、子供をないがしろにする家は多くあるわ。実力で上に上がってきても、出の悪さからそういう面で良縁に恵まれないという話もよく聞きます。そういうのを含めて、あなたがあのまま試験に行くのをやめた原因は広く蔓延しているのです。私達の家は、そういう話の大半を主人が蹴ってしまうので、なかなかありませんが」
それは主人たるパードにとっての良縁が来ないからか、それともまた別の理由があるのか。
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「ごめんなさい。これはあなたにするような話ではありませんでしたね」
「いえ、気にしないでください」
内容は置いといて、彼女が譲さんの事を思っている証拠だ。
それに、そこにいるだけでは聞けない王都の裏事情も少し聞けて、自分に必要な話かは別としても勉強になる。
「それで話を戻すのだけど、サグエさんは入団試験の件、どうやってやるつもりなのかしら?」
「どうとは?」
「試験を受ける事自体は当日に開催場所に行けばいいですけど、先ほどの話だとあなたの素性はできる限り隠したいのではないかしら?」
「そう…ですね。正体を明かさなきゃいけない所は仕方ないとしても、隠せる場所は隠しておきたいです」
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「その用意は?」
「試験まではまだ数日あるので、その間に用意するつもりです」
「なら、必要な道具はこちらで用意しましょう」
「それは有難い申し出ですが、そこまでお世話になるのは…」
「いいのよ。試験に受かるにしろ落ちるにしろ、今後色々と入用になるでしょうし、これはほんの餞別とでも思ってください。それか…そうね、私は身体の問題でやれる事も限られていますし、少しだけそんな私の暇つぶしに付き合うとでも思って」
俺達がここで生活するようになるまで、彼女は体が悪いからと家の中でできる事だけ、できる限り運動も避けてきたと聞いた…、そんな人に暇つぶしに付き合ってと言われるとどうも断りづらい。
俺は現状何から何までお世話になりっぱなしの身だ
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できる事でその恩を返しているつもりではあるけど、はっきり言って返しきるまでにはまだまだ時間もかかる。
だから何かをしてもらうという事に、拒絶と言うか遠慮の気持ちが強く出るのも事実、餞別、何かを貰うという事はとにかく避けたかった。
暇つぶしは単純に言い方を変えただけで、恩を受ける事に変わりはないが、その単語の心持ちはいい。
何より、彼女はやる気満々なようで、ティカが抜けた事で新しくこの場に来た使用人に、必要なモノを集めるように指示を出し始めていた。
外堀を埋めるというか、逃げ道を断たれたというか、先に断れる雰囲気を逃させられた気がする。
「もう一度言っておきますが、私はあなたがやろうとしている事に賛同はできません。ですが、理解できる部分があるからこそ止める事もしない」
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「はい」
娘の話をしていたさっきまでとその雰囲気を一転させ、同じことを言っていた最初よりもさらに真剣に、しっかりとこちらの目を見て彼女は言葉を続けた。
「残された者がいる事を忘れてはいけません。自身が何のために前に進もうと思ったか、それをしっかりと胸に抱くように」
彼女は自分を待つ身と言った。
それは、譲さんやパード、この家を出て外の世界に出ていく大切な人たちについて行く事ができず、待つ事しかできない身だからなのだろう。
完全ではないにしても、彼女は今のジョーゼの気持ちを俺なんかよりもずっと理解しているし、だからこそそれほどまでに真剣な眼差しを向けてくるのだ。
威圧感はない、怒りのような負の感情もなく、そこには願いだけが籠っていた。
俺が投げた石は、ジョーゼとの間に大きなヒビを入れた事だろう。
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あの日以降、ジョーゼとは言葉を交わしていない。
それどころか、まともに顔を合わせる事さえも出来なくなっていた。
俺からではなくジョーゼの方から…、こちらが話しかけても言葉を返してくれないし、避けるようにその場を後にする。
そんな日々が続いて、入団試験当日。
右腕の包帯を新しいモノへと変え、マドレが用意してくれた服に身を包み、目の周りにはマスク代わりとでも言えばいいか、黒い塗料を塗って、そこから濃い緑色のマントのフードを被る。
そのおかげで離れた位置からでは一層誰か判断できなくなることだろう。
フードはともかく塗料はやり過ぎだと感じなくもないが…。
暇つぶしとでも思ってくれ…彼女はそう言っていたけど、細かい所まで意識が向いていて、それがやる気の高さを物語っている。
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一言で言って、彼女はマジだった。
変装と言えるこの格好はマドレ曰く森の狩人を意識したとかなんとか。
狩人という響きは強そうな印象もあるし、実際は自分の存在を隠す効果しかない格好もその印象のおかげか、自分をその気にさせる。
正直、着替えている最中にボタンの掛け違いなり、些細ではあるが緊張している証明でもある事がいくつかあって、しかもそれが緊張している証明だと頭が認識してから、胸を締め付けるかのような息苦しさを少なからず感じるようになってきたし、指先の震えにも気づいた。
でも、狩人なんていう印象の付け足しが、僅かだが安定剤のような役割をして、俺の緊張を解してくれる。
僅かな効果ではあるけど、息苦しさが少し解消される程度には効果はあるようだ。
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そして、身だしなみを整え終わった所で姿見に自分の姿を映しながら最終確認をしていた時、陽気なノックの後、こちらの返答を聞く前にガチャッと部屋の扉が開かれた。
誰が来たかは確認しなくてもわかる、その人物はおそらくティカだろう。
「よっしゃっ! 今日も張り切っていくぞ、ごしゅじ…て、なんでもう着替えてるのさっ!」
案の定、耳に響いてくるのは彼女の叫び声だ。
「しかももう終わってる」
手伝う事がない俺の状態、一足遅れた事によって受けた傷は彼女を床に崩れ落とすにあまりあったらしい。
打ちひしがれてその場に手をついていた。
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俺としてはそんなにかという驚きの方が強いが。
まぁこれに関してはいつもの事のようなもの、その内元気を取り戻す彼女の事は置いておいて、俺は開いた扉の方へと視線を向ける。
これ以上誰かが入ってくる様子はなく、ここに来たのはティカだけのようだ。
「なんで…、なんで、自分で着替えちゃうの!?」
ふらふらと立ち上がるティカが物凄い速さで近づいてきて、お互いの息が当たる程の距離まで顔を近づけてくる。
視界いっぱい広がる彼女の顔は、自分に何かをさせろ、手伝わせろ、と言わんばかりの何かをねだるような表情になっていた。
「着替えぐらい自分でやるもんだと思ってるからだが」
そんな彼女の行動にも慣れて、俺は動じる事なく答えた。
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「なんで~…」
「なんでと言われてもな。まぁ今日は全力で当たってその結果を受け入れる日、1から10、それか0から10まで、自分で準備できる所はやっていきたい訳だ。この装備類はマドレさんに用意してもらったモノだから、準備ってのは身に着ける所からになるが」
「そんなマジな回答と今日の意気込みを言われても困るぞ」
さっきまでのねだるような表情が徐々に困惑の顔へと変わっていく。
彼女の尻尾もいつもの元気が嘘のように、ただただ垂れ下がった。
「理由を聞いてきたのはそっちだろ」
「でもでも、そこは、ティカに手伝ってもらうのが恥ずかしいからさ…とか言うのが王道じゃない?」
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