第五話…「試験と魔法剣士」【1】
「はぁ…」
意味もなく溜息をつく。
いや意味がないというのは嘘だ。
断られた。
彼、サグエに騎士団に協力する過程で必要となる騎士団への入団試験、それを受けないと…やめると、サグエ本人の口から聞いてしまった。
断ってくれる事を私は望んでいたはずなのに、いざ断られてみると、なんか寂しく思う。
それが何故なのかわからないというのも、不完全燃焼でモヤモヤするし、断られてから数日、それらが積もり積もって溜息と言う形で出始めた。
そして今日はその入団試験当日。
---[01]---
王都周辺の巡回任務を終わらせて、足を向けた先は入団試験が行われている騎士団の訓練場だ。
騎士団本部の裏側に設けられているソレは、普段は関係者以外立ち入る事ができない場所だけど、入団試験の時は別。
国民にはどういう人間が自分達を守る盾であり矛になるのか、それを知る権利がある。
だから、基本入団試験は全面公開だ。
まぁ民衆が集まるのはその中でも、戦闘能力を見る試験の所なのだけど…。
面接とかには少なからず人が集まるけど、学力のテストなんかは見に来た所で、入団希望者が机に向かう姿しか見えないから、必然的に人が少ない。
それに引き換え戦闘能力試験は、動きが激しいから見映えもする。
---[02]---
だからこそ人気が高い。
見た事の無い戦い方をする者、身軽で誰も捕まえる事の出来ない動きをする者、ただの怪力自慢、色々な人がいるから、見ていて楽しいと思える。
一部の人間には、一種の祭のようなモノと思っている人もいるぐらいだ。
賑やかな歓声、沸き返る観衆、今回の入団試験もそれを聞くだけで、ある意味好評だという事が分かる。
パンッ!
だからその雰囲気を壊さない様に、私は自分の頬を少し痛いぐらいの強さで叩き、グダグダと頭の中に漂う未練にも似た何かを、今日はもう姿を見せるな…と願いながら追い出した。
「お、お姫様!? ど、どうしまして!? 急に自分の頬を叩いたりして…」
---[03]---
私としては自身に活を入れる行動としか思っていなかったけど、隣を歩くドルチェには衝撃的な行動だったようだ。
彼女にとって、怪行動だったそれに驚いて、目をパチクリッと瞬きをして、今度は心配そうに覗き込んでくる。
この辺はいつも通りの彼女だ。
「大丈夫。心配するような事は無いわ」
叩いたせいで少し赤くなった頬、そしてそんな状態で微笑みかけてくる私に、ドルチェはさらなる心配を掻き込む。
今日は帰って休んだ方がいいのではないか…と提案をしてきた。
それで治るものならそうしたいけど、これは精神的なモノ、身体的問題ではない。
今、私に必要なモノは休養ではなく気分転換だ。
---[04]---
「心配ないわ。みんなの楽しむ声を聞いてれば、いつもの私に戻る…と思うし」
「そうかしら? 気分が悪くなったら言ってね。いつでも診るから」
「ありがと。でもそんな必要は無い。ドルチェも、そんな事気にせずにこの空気を楽しんで」
「いえ、あたしはお姫様と一緒にいられれば、地獄だって天国に感じられるから大丈夫」
「そ、そう」
ほんと彼女は、今日も彼女らしい。
訓練場は闘技場のような形を取っていて、その規模は王都の中でも大きい分類だ。
もともと、剣術大会や魔法大会など、見てもらうための催しをやるために作られた場所だから、その大きさには事を欠かない。
---[05]---
訓練場につき、その石造りの階段を上がって観客席に出ると、訓練場では今まさに入団希望者同士による模擬戦が繰り広げられていた。
国家間の争いが無いとはいえ、魔物やら盗賊やら、何かと戦う事の多い騎士団として、戦闘能力が高い人間を入れたいというのは何処の国も同じ。
ただ能力を見せるだけでは見る事の出来ない、その人物の真なる部分を模擬とは言え、戦いは浮かび上がらせる。
その人が、善の人間なのか、それとも悪の人間なのか、またはどちらかに寄った人間なのか…。
死闘ではないからこそ、自身の力を存分に発揮しつつ、相手を気遣い、そして守れる技術力があったりしたら、それはもう欲する人材と言える。
逆に力に溺れて、それを見せつける事に固執し、相手の事など自分の力を見せるための道具のように思っている人間は、こちらから願い下げだ。
---[06]---
模擬戦は、模擬戦だからこそ見られる、そんな一面を確認する事が出来るモノ。
模擬戦は基本的にクジ引きで決められた相手と一度だけ戦う形なので、見られなかった場合、その希望者の戦いはもう見られなくなる。
巡回任務の関係で、最初から見られなかったのは、そういう理由もあって少し残念だ。
試験は、魔法使いと剣や槍と言った近接を主とする戦士の2種を分けて行う。
時間的に魔法使いの試験は終わって、今は戦士の試験、全体の半分以上が終わった終盤といった所だ。
これに受かった人達が、面接へと駒を進める。
戦闘能力試験は勉強にもなるから普通に見ていられるけど、この後に彼らが面接に行くと考えると、自身の試験の時の記憶が呼び起こされて、ちょっとだけ胃が痛い。
---[07]---
まぁ今となってはそれも昔の話で、気にし過ぎなだけだけど。
今は、目の前の模擬戦に集中して、自分の戦いに取り入れられるものが無いか、自分の意見は関係無いにしても、その戦っている人物がどういう人間なのかを見ていこう。
今まさに戦っている人たち、あれはおそらく兵学院の訓練生、あの装備、そして両手剣には見覚えがある。
体形にも恵まれ、戦闘においてはかなり有利になるだろう。
その相手は、訓練生よりも一回り小さな体で、フードを深々と被った顔の見えない男性、濃い緑色、深緑色のマントをはためかせ、直剣を振る姿は、まさに自己流、少なくとも騎士の人間からの指導を受けていない動きだ。
「あのマント男、なかなかやるわね」
---[08]---
「ドルチェもそう思う? じゃああの人の力は本物か。剣士としてはまだまだだけど」
入団試験は、魔法使いとして受けるのか、戦士として受けるのか、それはその人次第。
魔法が得意なら魔法使いとして試験を受けるし、剣に自信があるのなら…。
杖魔法が普及し、純粋に魔法が得意と言う人はそう多くなく、皆が皆それ以外の場所である剣の腕で試験に挑む事が多く、そのせいで人数が増えて戦士としての敷居は、それなりに高くなっているのが現状だ。
そういう事情を知ってか知らずか、あのマントの男性は戦士としての試験を受けていて、当たり前だが、必然的にその対戦相手は剣等の腕に自信を持つ人間になる。
しかし、見ていて思う、マントの男性の剣の技術はとても平均的だ。
---[09]---
可もなく不可もなく、それだけでやっていこうと思っていたら、はっきり言って戦闘能力の面では不合格だろう。
それでも、私とドルチェが称賛しているのは、彼の戦い方に対してだ。
この場で観戦している人間の何人が気付いているだろうか、彼の魔法に。
目に見える変化はほとんどない。
その魔法のほとんどは彼自身にかけられたモノ、自己強化だ。
体格から負けていて、剣の技術も訓練生が上、それでいて防戦一方になっている彼が負ける事なく相手の攻撃を捌けているのはそのおかげ。
両手剣から繰り出される攻撃が彼の剣を何度も弾き、衝撃が彼を何度も吹き飛ばす。
それでも倒れる事なく、彼は何度も直剣を構えた。
---[10]---
その都度、自身の体に強化の魔法をかけ直し、自身の能力を維持し続ける。
魔法の発動は、見慣れているか、目が良くなければ見逃す程、それは使っている魔力が少ない証明であり、発揮される力も強い訳ではないという事だ。
それはまさに魔法に対しての技術の高さを証明するモノで、加えて相手との能力差を把握し、魔法でそれを無駄なく補う事の出来る思考…技術を持っている。
剣の技術はダメでも、それを補って余りある能力と言えるだろう。
「そんな相手と戦う事になった訓練生は大変ですわね。勝てる相手、技術で自分が勝り、力もあるのに決定打が無く、体力だけが奪われる」
「そうですね。冷静さを欠いて力任せに相手の土壌を壊そうとすれば、それこそド壺にはまる。どちらも戦闘能力だけじゃない精神面の実力を求められている状況です」
「お姫様なら、あのマント男をどう攻略するかしら?」
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「力を上げて押さえ込めると確信できる相手ならそうしますが、無理なら相手の隙をとにかく探すと思う。防戦しか考えてないとなると、攻め側はもっと面倒な事に…」
相手が許容できる力よりもさらに強い力で崩すか、相手が反応できない程早く攻撃を仕掛けるか、あえてこちらに隙を作って相手を誘い込むか、何にせよダメだった時の反動が大きそうだ。
相手が想像もしないような行動を取るとかでもしない限り、平行線を乱す事は出来ない。
ただでさえ思考が硬くなりそうな場面、戦いでそれを見つけ出すのは、師難の技なんだけど。
それこそ経験がモノを言う世界になってくる。
訓練生にそれを見出す事ができるだろうか、早くしないと手遅れになるだろう。
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もしかしたら、もう手遅れなのかもしれない。
訓練生は、確かにマントの男性よりも技術が高いけど、あくまで基本が男性よりもできていて対人戦に慣れているだけで強いという訳ではなく、力任せな部分が所々に見られ、その都度剣術の型が崩れている。
体格的有利、必然的に高まる力に胡坐をかいて、自分より弱い人を相手に強者を装ってきたのだろう。
そういう人間を少なからず見て来た。
多分、騎士団に縁のある人間の関係者、もしくはそのご子息、どちらにせよ、そうでない者達と比べれば試験など軽いモノになる。
もしあの訓練生が無事入団できたとして、無いとは思うけど私の隊にだけは配属されてほしくはない。
---[13]---
多分、彼にとって騎士団に入るという事は、自分の地位を確立する事が目的だ。
国のためにとか、大切な家族に裕福な暮らしをさせてあげたいとか、誰かのために入団しようとしているのではなく、あくまで自分のための入団。
前者なら焦りはあっても基礎は固まっているはずだ。
それか、単純に不器用なのか、可哀そうになるほどの才能の無さなのか、それだったら自分の隊に来たとしても歓迎できる自信がある。
強くなろうという意志さえあれば、その努力が報われる事を教えてあげられるから。
「それにしても、魔法の技術がある事はもうわかったけど、なんで魔法使いの枠で出ていないのかしら」
「そうですね。その人物の人となりを除けば確実に合格できるのに」
---[14]---
「あれかしら。騎士団に興味が無くて、この試験を腕試しの場とでも思っていたりとか」
「可能性はあるけど、そうだとしても魔法ありきでの考えでは無理があるというか、腕試しにしても剣の腕が足りな過ぎます。戦士としての入団枠は要求される能力が高いと知られていると思うのだけど」
「じゃあ、どこぞの田舎者か、他国からの入団希望者って所かしらね。それでも騎士団に入りたいって言うなら、そういった情報は集めるだろうし、何も知らない無知者か、本当に腕試しに出て来ただけか、最悪な可能性で自惚れ屋ね」
どうしてこうなった…。
どうしてこうなってしまった…。
---[15]---
聞こえてくる歓声は耳に痛い、ついでに言えば、剣を持つ手は物理的にもっと痛い。
体力的にはまだまだやれるが、それは目の前で両手剣を構えている男も同じだ。
数回剣を交えて、普通にやって勝てる相手でない事はわかった。
わかったからこそ、相手の出方を覚えて、オマケで体力を削れればと思ったんだが、そこは訓練生よく鍛えているというか、未だ体力の底は見えない。
そもそもなんで俺はこの訓練生と戦っている?
このだだっ広い闘技場の中央、言うなればこの闘技場の主役達が立つ場所に立って、俺はなんで剣を構えているんだ?
剣の腕に自信が無い訳じゃないが、分はわきまえているぞ?
訓練生とはいえ、剣の腕を指導者の下で上げて来た奴と比べたら、余程の才能が無い限り自己流では限界がある。
---[16]---
自分よりも大きな体、刃が無かったとしても直に当たれば軽傷じゃすまなそうな両手剣、力や剣の技術は相手の方が上。
総隊長だったか?
親切心からかもしれないが、余計な事をしてくれたなと、今は愚痴をこぼしたい。
でもまぁ、その流れに乗ったのは自分の意思だ。
俺は、諦めの意味の籠った溜息をこぼす。
深呼吸をして、勝ち負けではなく自分の力をできるだけ示す…という意思を改めて、脳裏に刻んだ。
闘技場、正確には訓練場だが、そこに来る所までは俺も想定していた事だ。
---[17]---
譲さんに入団試験を受けないと言った日、俺は屋敷に帰った後、ジョーゼ達に試験を受ける事をやめると言った。
「え!? 何故だ、ご主人!?」
その場には譲さんの母親であるマドレもいて、ティカが驚きの声を上げ、ジョーゼが声はなくとも驚いている事が一目瞭然な顔で目をぱちくりさせて、段々とそれが喜びに変わっていく。
その中で、マドレだけが真剣に、何も言わず、話を聞きながらこちらを見ていた。
「ご主人なら間違いなく、問題なく試験は合格と、ティカは思うぞ!?」
騎士団に入る事が反対な立場だったように思えるティカが、まるで騎士団に入らないのはもったいないと言わんばかりに主張してくるのは予想外だった。
「そりゃあティカはご主人の世話をするのが好きで、騎士団に入ったらできなくなるから寂しいとも言ったぞ。でもそれはティカの為であってご主人のためじゃない。ご主人、本当にその話を蹴ってもいいのか? 良い話だと思うんだがなぁ~。それともティカに世話される事がやめられないとか? ぬふふ~、ご主人も好きだなぁ~」
---[18]---
俺の発言は想定の範囲外、思っても見なかったモノだったのだろう、重度の混乱をティカに与えてしまったらしい。
「それはさすがに早計過ぎだ。まずは深呼吸をしろ」
何より、その混乱状態のティカが怖かった。
目が軽く血走り、鼻息は荒く、尻尾が左右に激しく振り回されて、下手な受け答えが自分の首を絞めかねない程だ。
「す~は~、す~は~、スハッ!」
「落ち着いたか?」
「これは失敬した。冷静沈着落ち着きが取り柄のティカとは思えない動揺ぷりを見せてしまったな」
お前の取り柄は元気な所だろ…というツッコミはあえて言うまい。
---[19]---
「それで、ご主人、早計とはどういう意味だ? ティカには全然意味が分からぬ」
「まだ話の途中なんだよ」
「お~、そうだったか。それで話の続きは?」
まったく元気の良い奴だ。
個人的に真剣な話だけど、ティカが近くにいるとペースが狂うな。
気が滅入っている時とかは有難いけど。
「国のためにとか、そういった考えとか、信念は俺にはない。自分にできる事は限られているし、国を守るなんて大事、背負いきれる自信も無い。だから自分がそれを背負うにふさわしいとまではいかないにしても、それを背負える可能性を見出したい訳だ」
「ん~、ん~?」
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