第四話…「入団試験と結論」【2】


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「なるほど。騎士団も何だかんだ言って大変な事情がある訳だ」

 良い所の子供なら、騎士団に入りやすい…か。

 色々と考えさせられる事実だ。

 このまま入団試験を受けたりしたら、もしかすると俺もそういった事情の影響を受けるかもしれない。

 これは尚更言われるがまま試験を受けるべきではなくなるな。

 パードの仲裁によって騒ぎが収まる中、体格差など関係ないと言わんばかりに相手に挑んていった少年を見ながら、俺はそう思うのだった。



 館の地下に設けられた1室、杖魔法を応用して作った明かり、松明とは比べ物にならない程の光が、この館のどの部屋よりも広い空間を照らし出していた。


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 そのおかげで、少々散らかり気味の場所ではあるものの、何かを踏む、蹴る、転ぶ、といった事にならずに済む。

 大き目の机、工具が大きい物から小さい物まで置かれ、鍛冶をするための窯には未だ火が燃え盛り、消える事なくその中の温度を保っている。

 そして、この地下室が広い一番の理由である物がほとんど置かれていない空間、その存在が、すでに広いこの部屋をさらに広く感じさせる要因となっていた。

 そんな他の部屋とは雰囲気の違う部屋を大きな荷物を持ちながら進み、そこにいる部屋の主に私は話しかける。

「作業は順調?」

「おうさ。酒が抜け切ってるおかげで、作業がはかどってる所だよ」

 私の視線の先にいる影、紙が散乱した大きな机にのめり込む様に構えているレッツォが答える。


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 手元には、最近王都外を警備する時に持っていく魔力弾を打ち出す武器が2丁置かれていた。

 散乱した紙に軽く目を通せば、その武器に関しての資料だという事が分かる。

「それで、何か用でも?」

「しばらく戦闘訓練すらやっていなかったので、そろそろ動けるように準備をしようかと」

「装備の点検か?」

「はい。あなたがいつも見てくれているので、少し使わなかったぐらいで問題が起きる事なんてないとは思いますが、一応」

「そりゃ~また。熱心な事で」

「自分の命、それに味方の命にも関わる仕事道具ですから」


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「言いたい事はわかるが、しょっちゅう来られたって結果は変わらないぞ」

「問題ないです」

 私は腰に差してあった剣と、部屋から持ってきたフルプレートの鎧を渡す。

 彼はそれを受け取ると、面倒事はさっさと片付けようと、すぐその点検に入った。

 そんなレッツォを尻目に、彼の作っているモノに興味を持った私は、机の上に置かれた武器に目を向ける。

 長細く、金属で筒状の棒が全体の半分以上を占め、持ち手は木製で持ちやすくするためか、指がはまるように削られ、持ち手と筒の境目には何かいろいろな仕掛けが施されているのだろう、金属を何度も繋げた跡があった。

 そんな基本武骨でいかにも作り途中と言わんばかりの武器。


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 仕掛けがあるであろう場所に取り付けられた半円の板、そこには数字が刻まれ、天秤の針のような物がついている。

 それが何の意味を持つのかわからず、さらなる疑問を私に与えて来た。

「何度か見たけど、いつ見ても不思議な道具ですね」

「そうか?」

「はい、これがあればどんなに魔法が苦手な人でも使えるようになるなんて…」

「魔法を使えない人というか、魔力を扱う能力が格段に低い甲人種の兵士向けの装備だ」

「似たようなモノじゃ…」

「いやいや、それが違うんだよ、隊長。魔法を使うのが苦手ってのと、能力が低い、能力がないに等しいとは天と地の差だ。努力云々の話じゃない以上、近いようで遠い」


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「そう、ですよね。ごめんなさい」

「謝る必要はねぇ。そうだな、隊長、それに興味があるのなら使ってみるか?」

 装備の点検をする手を止めず、そしてこちらに視線を向ける事もせず、レッツォは申し出た。

「いいの? まだ試作段階の物を何も知らない私が触ったりして」

「気になってるみてぇだし、一応目的は甲人種の兵の武装を作るって事から来てるが、逆に魔法を使える人間の意見も聞きたい。タイミングとしては丁度良いと思うけど?」

 暇を持て余し…ているのは否定できない、残っていた仕事に優先順位を付けて、最後に残ったのが装備の点検、仕事後の予定も決まっていない以上、この場に残っている事自体が暇を持て余した結果だ。


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 そして興味を持っているかというのも、ご明察通り、目的が何であれ、他に例のない装備である以上、戦士として興味がない訳がない。

「やる事は単純だ。持ち手のとこ、ちょうど人差し指が来る位置にレバーがあるだろ? それを人差し指で握る様に引いて、計測器の針が一番右まで行ったら指を放すだけ」

「以外に簡単ですね」

「まぁ試作品だからな。必要だと思うモノは、それが完成してからだ」

「なるほど」

 レッツォからの御許しと、使い方を教えてもらった所で、私は目の前の2丁のうち1丁を手に取る。

 重さは、思っていたほどではなく、重くて両手剣と同じくらいだろう。


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 普段両手剣程ではないけど、剣を振るっている身としてはさほど重いとは思えず、それが体の大きな甲人種となればなおの事。

 それなりの強度があれば鈍器としても使えそうだ。

 というか、現状レッツォにとっては、本来の使い方よりも、鈍器として使った回数の方が多いか…。

 そんな光景を何度か見た気がする。

 そんな完成に至らずに不運な使われ方をする武器を持ち、部屋の隅へと足を進めた。

 だいたい奥行が20メートル程、幅は2メートルの空間、物がほとんど置かれていない場所。

 唯一置かれている物があるとすれば、私の視線の先、前方の所にある正方形の木の板、後はその横に置かれ、傷んで何の用途にも使えなくなった薪代わりにでもされるのを待つ瓦礫だけ。


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 板は、中央に丸が描かれ、大小さまざまな穴が空いた跡がある的だ。

 それはこの武器の試行錯誤の結果、レッツォの努力の証明だろう。

「一応聞きますが、この武器の威力はどのぐらい?」

「弱くて投擲された石程度、強くて弓矢と同じぐらいだな」

「連続で攻撃できる速さは?」

「一般的な技術を持った弓兵が射るのと同じぐらいだな」

「なるほど」

 現状でそれなら、実用的とはお世辞にも言えない。

 対魔法の行動を取られたら、威力が低ければ低い程その攻撃は無効化される。

 矢と同じ威力では無効化される域を越えない、もし…かなりの速さで連続した射撃が可能だったら、力技ではあるけどゴリ押しできただろうに。


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 以前、王都の外で魔物や魔人を狩っていた時のレッツォの持ち方を見よう見真似で自分もやってみる。

 武器の先を的に向け、レバーを引く。

 見た目で変わるのはレッツォの言っていた計測器のみ、音はなく、それ以外の変化は少ない。

 あるとすれば、持ち手が熱をもってきて、それが自分の手のせいではないとわかる程度の変化だ。

 計測器が動いていくのに比例して、その熱も徐々に高くなっていき、レッツォに言われた通り、計測器の針が右に来た所で私は指を放す。

 その瞬間、ドンッ…という何かが破裂したような音が耳に届くと同時に、武器が後方へと持っていかれた。


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 武器の先が上にわずかながら跳ね上がり、自分の前方、的がある方向からも何かがぶつかったような小さい音が耳に届く。

 正直、一瞬で色んな事が起きて、全てを理解し、状況を把握するのに僅かな時間を有する事となった。

 的には何ら変化はない。

 穴の数が増えたという事は無いし、的が倒れるという事もなく、正直上手くいったのか、それを判断する事は出来なかった。

「言ったろ。威力もまちまちだって。今回は最低威力を更新しかねない程残念な結果だ」

 はっきりとした結果が見えない事に眉をひそめる私の手から、武器を取ってレッツォはため息をついた。


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「手にはそれなりに衝撃があったけど…」

「それはまぁ。対象にダメージを与えられるだけの力を撃ち出すからな、威力を上げれば上げるだけ、力も強くなるさ」

「そういうモノ?」

「そういうもんだな。筒の中で魔力をそれだけの力で放出する訳だが、先の穴と逆方向にも同じだけの力が加わる。でも、そっちには力の逃げ場がないから「魔筒」自体が後ろへと持っていかれるんだよ」

「魔筒…、そう言えばそんな名前でしたね」

 武器の説明よりも、その武器の名前を思い出せた事によるもやもやの解消の方が、気分的に心地よい。

 しかし、今の今まで名前を忘れられていた事に、レッツォは僅かな落胆の色を見せた。


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「まぁ完成品じゃなくても名前がないと不便だからって適当につけた名前だが、忘れられているのは嫌だな」

「す、すいません」

「いい、いい。その内ちゃんとした名前を付けるし、魔筒ってのが固有名称になるのもごめんだ。言われなきゃ思い出せねぇ程度の存在の方がいいだろう、試作品だし。それでだ、使ってみての感想とかあるか?」

 彼らしくない落胆の色は、彼がこの武器に力を入れている証拠の1つ。

 そして、その色もあっという間に消えて、不安は残っていても、それを上回る程の好奇心が彼を突き動かす。

 私から感想を聞きたくてしょうがないと言わんばかりの表情だ。

「か、感想ですか? そう…ですね。魔法を使っているという感覚はありませんでしたね。私自身の魔力に影響が出ていない、使っていないというのは不思議な気分です。でも、それはこちらが魔法を使えなくても関係なく、その武器単体で魔法が完結しているという点は、あなたの開発の成功と言えると思う」


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「そうか? 良かったぁ~。とりあえず第一関門クリアって事だな」

 レッツォは、勇ましく男らしい顔とは対照的な、子供のような無邪気な表情を浮かべる。

 ほとんどこの道具に対して無知な私の意見など、何かに影響を与えるようなものではないと思うけど、彼は私の言葉に意味を見出したようだ。

「俺達甲人種は魔力の動きにも鈍感だからな。この武器だけで魔法が使えてても、自分の魔力を吸われてたら意味がないんだ。その確認ができて、ようやくひと段落って所だよ」

「なるほど。じゃあ後は…」

「威力の安定化と、連続的な攻撃の可能化、門だけ作って家を建てていない感じで先が長い」


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「後、庭園も作らなきゃいけないぐらいにはやる事多そうですね」

「例え話を追加しないでくれ」

「いえいえ、やる事が多くなればなるだけ、それに追われてお酒を呑む時間も無くなれば完璧です」

「ホント勘弁してくれ」

 ちょっとしたいたずら心を見せた所で、本来の目的である装備の点検の方へ話を向ける。

「まぁ問題はないわな。そもそも最後に点検してから一回も使ってないのに、点検しても問題は出ねぇよ」

 試作品も元あった机に置いて、レッツォは私が持ってきていた鎧に目を向ける。

「ダメですよ。家とかだって人が使ってこそ長持ちをする。鎧とかも一緒で、使わなかったら、それが理由になって劣化するのです」


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「それは何年も使っていなかったらの話で…、まぁいいや。とにかく、魔法を抜きにして、物理的な部分では問題はなかった」

「ありがとう」

「次はドルチェの所か?」

「はい、装備に使われている魔法に問題がないかも点検しないと」

「そうか。じゃあ伝言頼めるか?」

「はい、いいですよ。あなたがドルチェに伝言なんて珍しいですね」

「結構な死活問題だ。こればっかしは致し方無しってやつだよ」

「そんなに大事な事なの? それで、伝言って?」

「俺の飯に薬草を入れるのを止めろって言っておいてくれ。せっかく何に邪魔される訳でもなく飯が食えるってのに、酒を抜くからって言って入れられてる薬草のせいで飯が不味くなる」


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「・・・あ~、あれですか」

 心配して損した。

 そんな言葉が脳裏を過り、喉の所まで出てきていたその言葉を、苦笑しながら飲み込む。

「言うだけ言っておきます」

 心配する程の事じゃなかったって思いはするけど、そのせいでご飯が美味しくなくなるのは可哀そうだ。

 私に言ってくれという程に味に影響を及ぼしているのかも。

 期待はしない様に…と、点検のお礼に付け足して、私はレッツォの部屋を後にする。

 時間的に夕食の支度をし始める一歩手前といった所、私は気持ち早足で、ドルチェの居る部屋へと向かおうとした。


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 しかし、玄関ホールにある階段から2階へと上がろうとした時、館の扉が開き、入って来た人物に呼び止められる。

『譲さん、ちょうどよかった。今いいか?』

 それはサグエだった。

 彼は真剣な表情でこちらを見ていて、いつもと違う雰囲気を見せるその姿に思わず動揺する。

「え、あ、はい。何かな?」

 上がろうとして階段の一段目に乗せていた足を下ろし、持っていた荷物を床に置く。

 身だしなみを整えて、聞く体勢を作り、彼の言葉を待った。

「言いづらい事なんだが…」

「はい…」


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 サグエは緊張からか、一度呼吸を置いてから再び真剣な眼差しを向ける。

 ただ話があるから来ただけだと思うのだけど、彼の目を見ていると、そこから緊張が伝わってくるというか、こちらまで緊張して、その証拠に口の中が乾くなどしてきた。

 騎士団で隊長をやっている身なれど、こういった状況に憧れを持たない訳じゃない。

 共に死線をくぐった仲でもあるし、彼とならそういった関係になってもいい…とか考えなかったといえば嘘になるし。

「俺…さ」

 まだ何も聞いていないのに、顔が熱くなっていくのを感じる。

「はい…」

 心の底では町娘の乙女心のように彼の言葉を期待せずにはいられなかった。

「騎士団の入団試験、やめようと思う」

「・・・え?」

 一瞬で、顔の熱が冷めていくのを感じた…。


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