第四話…「入団試験と結論」【1】


ドンッ!

 大きな衝突音と共に、土が盛られてできた小山の砂が宙に舞い上がる。

「…ヒノ…カムイノミ…アラカ…タマ…カラ…」

 俺は、自身の左手の平にわずかな光を帯びた拳サイズの赤い玉を作り出す。

 そこに自身の魔力で作り出した魔法がある事を肌で感じながら、その手を突き出して、小山…ではなく、その前に置かれた木の板に向けると…。

「…ヒノ…カムイノミ…シュス…カラ…」

 別の呪文を唱え、その瞬間、木の板に向かって魔法の玉が飛んでいく。

 射られた矢と同じか、それよりも少し遅いぐらいの速さ。

 自身の頭に浮かべるのは、それが板の中央に当たる光景。

 それが理想だ。


---[01]---


 しかし、俺が望む結果にはならない。

 想像していた射線から玉は外れ、板の横を通り過ぎると、再び小山の砂を舞い上げるのだった。

 ジョーゼを連れて酒場に行ってから数日。

 おやっさんの店を手伝うのはもちろん、自分が魔法使いにも関わらず、魔法を使うのが下手…なんて状態に立っているという事が嫌で、思い切って屋敷の人、譲さんの両親に相談をしてみた。

 魔法使いとして、魔法を練習したい、怪我で生まれてしまった時間を捨てていた時間を埋められたら、生活する上で手伝える事が増える、だからどこか魔法を練習できる場所はないモノか…と。

 そして提案されたのがここ、場所は王都の封印の杭の近く、騎士団の隣に併設されている訓練場だ。


---[02]---


 魔法を使う場所だからか、周囲を厚い石造りの壁で覆われていて、外に被害が出ない様にされている。

 練習するモノが魔法なだけに、壁のいたる所に何か強い衝撃が加わった跡や、何かが刺さった跡が見られた。

 魔法専用の練習場とでも言えばいいか…、閉鎖的で閉じ込められているような居心地の悪さを感じたり感じなかったりする。

 俺が集中しきれていないだけだとは思うけど、それ以外にも慣れない場所だから緊張をしているというのもあった。

 そしてそんな事よりも深刻な事、現時点での最大の問題は魔法の精度だ。

 単純に魔法を作り出すだけなら、多分問題はない。

 しかし、それを扱う腕が右腕から左腕になっているというのは問題だ。


---[03]---


 発声魔法ならある程度の指示を呪文で行える。

 血制魔法も同じだ。

 でも弓矢のように狙った的にその魔法を当てる行為は別のモノ。

 狙った場所に当たる様に魔法で操作する事も出来るが、それは無駄な魔力の消費が必要になるし、非効率。

 魔法を使うという行為だけを考えれば、練習してこなかったなんてすぐに埋まる。

 何年も何年も、魔法が傍にある生活をしてきた訳だし、たった数日、たった一か月ちょっと魔法を使わなかっただけでダメにはならない。

 だがしかし、利き手の問題は別、ナイフとフォークの持ち手を今までと逆にしたら、やりたい事ができたとしてもその出来上がりには当然差が生まれる。

 この問題に当たって後悔が襲う…、まさに後悔先に立たずだ。


---[04]---


 と言っても、片腕が使えなくなる事なんて、普通想定しないだろうが…。

『ご主人っ! あきらめちゃだめだ! 今のを失敗しても、次は成功するかもしれないぞ!』

 そしてこの厚意が重い。

 俺の立っている場所よりも後方、そこに休憩用に設けられたベンチに腰掛けた場違いなメイド服姿の女性と少女の2人。

 俺も騎士団の人間ではないし、それを踏まえれば場違いではあるけれど、それ以上にその両名は場違い、まさにここにいるべきではない人間だ。

『それともお茶にするか? 今日はティカ秘蔵の心を落ち着かせる効果のあるお茶を持ってきてあるぞ。これはきっとご主人の役に立つモノだ。効果はティカが保証する。なんせこれを飲み始めてからというもの、失敗の多かったティカがお皿を割らなくなっただけじゃなく、仕事が早く終わる様になったからな!』


---[05]---


 それは単純に、あんたが普段から元気が溢れまくって、力が入り過ぎているからだと思うが。

 何はともあれ、俺を応援してくれている事に変わりはない。

 元気過ぎるお傍付きのティカの言葉に従う訳ではないが、今日、休憩なしでどれだけ魔法を放ったか…、それを考え直し、休憩をしようとその場から離れティカ達の元へと向かう。

 すると、彼女は待ってましたと言わんばかりに、勢いよく立ち上がると、持ってきていたバスケットを用意する。

 まず取り出したのは水などを入れる革でできた水筒とティーカップだ。

 それもまさに場違いな道具である。

 水筒からカップに注がれるのは少々緑がかった透明な液体、それが彼女の言っていたお茶なのだろう。


---[06]---


 その効果がどれほどのモノなのか、それは疑わしいと言わざるを得ないが、落ち着いた方がいいのは事実、俺は彼女の差し出すカップを素直に受け取った。

 口に含んだそれは甘みが少なく、そして苦みが強い、鼻に香る僅かな青臭さ、それは正直飲みやすさという意味では、飲みにくい代物だ。

 俺の渋い顔には気にも止めず、次に取り出したのは、黄色みを帯びたリンゴのようなモノ、それを彼女は自身の隣、もう1人のメイド姿の少女、ジョーゼにナイフと共に渡す。

 受け取ったジョーゼは、それはもう真剣な面持ちで皮を剥いていった。

 それはまさに魔法を真剣に練習している時のそれに近い。

「それは?」

「ワコクでこの時期に旬を迎える梨だ。シャキシャキとした触感と舌ざわり、そして何よりすっごいみずみずしい果物だぞ。どうだ? 梨は当然美味いが、ジョーゼちゃんのナイフ捌きもなかなか上手いだろ? ナシだけにお褒めの言葉が無しなんて言わんでくれよご主人!」


---[07]---


 褒める褒めない以前にティカの勢いに、褒めないという選択肢が消滅しそうだ。

 まぁジョーゼが果物の皮を剥いている光景なんて初めて見たし、ティカの教えのもと頑張っている事は確か…、それを証明する光景ではある。

 皮を剥き終わり、何等分か切り分けたそれを皿に乗せ、なぜかその中の1つにナイフを突き刺して取ると、俺に差し出す。

 そこは皿をこちらに出してくれればいいのだが…。

 でもその時のジョーゼの自信に満ちた表情は、突き刺された梨の事など些細なものにしてくれている。

 村にいた時は世話係みたいな意識があったが、その役割がティカに移り、自分に残ったのは保護者や師弟関係、今までとは変わってジョーゼの成長を見ていると親心のような感情が生まれそうになってしまう。


---[08]---


 その辺は俺の甘さだな。

 差し出された梨を摘み取ると、そのナイフ捌きの上達ぶりに称賛を送りながら、口に放り込んだ。

「甘い…」

 口の中に広がるみずみずしい甘さを感じながら、保護者として、師として、気を引き締めて少女を立派に育てなければと考えるのだった。

『調子はどうかな?』

 お茶を飲み、その苦みを程よく緩和してくれる梨を食べ、水分補給が十二分にできたと判断し、いざ練習に戻ろうと思った時、射撃場に1人の男性が現れる。

 白髪交じりの茶髪、無精髭を生やした初老の男性。

 いち早くその存在に気付いていたティカが、元気いっぱいな彼女とは対照的な落ち着いた静かな面持ちで姿勢を正すと、深々とお辞儀をしていた。


---[09]---


 そんな彼女に釣られるようにジョーゼもお辞儀をしている。

「パードさん、今日はありがとうございます」

 俺も、自分がここに居られる事、そのお礼の意味を込めて、言葉と共にお辞儀をした。

 彼は、パード・カヴリエーレ、譲さんの父親であり、自分とジョーゼが世話になっている屋敷の主人だ。

 この射撃場で練習できているのも彼のおかげ。

 パードは、3人して頭を下げてくる状態が嫌なのか、早々にその姿勢を直らせて射撃場に入ってくる。

「何、この時間帯にいつも使っている人間がいないから、その空いた時間を使用しているだけだ。別段お礼を言われるような事はしていない。それに、もし場所がないからと万全でない君が、王都の外に魔法を撃ちに行った日には、娘に顔向けできないよ」


---[10]---


 そう言うと彼は、はっはっはっと苦笑いを浮かべて頭を掻いた。

「ご主人様、お茶などいかがか?」

「あ~、そうだな、ではいただこう」

 そして、ティカに誘われるままパードは、お茶の注がれたカップを受け取り、ベンチに腰を下ろす。

「それで、魔法の慣らしは順調なのかな?」

「ええ、左腕の魔法に対する練度の低さを突きつけられる程度には順調です」

「はははっ、それは重畳だ。軽口が叩けるなら、まだまだ頑張れるな」

「そうでないとやってられない程度に酷いですから」

「気持ちはわかるがね。私だって使い慣れた剣を利き手じゃない方の手で持てと言われたら困る」


---[11]---


「そう考えれば右手が無くなった訳じゃないというのは、ある意味幸運ですかね」

 俺は包帯の巻かれた右腕を見る。

 状態が幾分かマシになり、もう日常生活においては支障がない程度に回復したソレ、魔法は使えなくても、いずれは剣を握る事も出来るようになるだろう。

 それは素直に喜べる事だ。

「そうか、君は魔法以外に剣も嗜んでいたんだったね。この国の基準で言うなら、剣と魔法、両方を扱えるというのは武器になる。すごい事だ」

「まぁ器用貧乏ってやつですかね。結局1つのモノを極めた人には敵いませんし」

「力を付けようとする者が、少なからず当たる問題だ。長くやり続けていれば、いずれ道は固まるものだよ」

「確かに」


---[12]---


「してサグエ君。君の右腕は怪我という意味で完治するのはいつ頃なのかな?」

「傷だけなら、今度行われる騎士団入門試験までには何とか…と薬師が言っていましたね」

「ほぅ、君は騎士団に入るつもりなのかな?」

「まだ決めていません。でも、今後王都で生活してく事を考えたら、上に言われた任を受けるのもありかもしれないとは考えています。村で生活していた時と違って、こっちでの生活はお金がかかりますから。騎士団に入ればその辺の問題は解消される」

 生活する場所に食費、他にも家具やら、魔法関連の道具やら、自分の手だけで生活できるようにするためには入用な物が多くある。

 しかし、そんな俺の考えに不満の声を上げる影が2つ。


---[13]---


 ジョーゼとティカは、俺の意見に反対なのか、騎士団の件を口にしてからというモノ、不機嫌そうに眉をひそめた。

「騎士団に入ったら家にいる事が減るじゃないか! 宿舎で寝泊まりする事も多くなるし、王都外で野営をする事だって多くなる。そうなったら、ご主人の世話ができんっ!」

 世話云々の話は置いておいて、確かに家にいる時間が減るというのは、欠点の1つだ。

…あたしはおにぃといっしょにいたい…

 空中に書き出されるジョーゼの言葉も、直球過ぎてつらいと言わざるを得ん。

 騎士団に入るというのは、金銭面において大きな利点はあるものの、だからこそ欠点も多い。


---[14]---


「ジョーゼちゃんもこう言っているじゃないか! ご主人、仕事なんて探せばいくらでもあるぞ。魔法に長けた人間なら尚更貴重だ!」

 パードが来た時とはまた180度回転して、いつもの元気なティカに戻る。

 彼女の言いたい事もわかるから、今後の方針を決める上で大切なモノとなるだろう。

「まぁいざとなればおやっさんの所で世話になろうとは思っているし、話もしてある」

 騎士団への入団試験まで時間はさほど残っていない。

 このままいけば騎士団に入る事はないだろう。

 それが強制でないのなら尚更、入ろうという意欲は薄れていく。

 なのに、入らないという選択肢が完全に消え去らないのは、騎士団に入って上が言ってきたような、今回の問題に対しての調査をする事に意味があると感じているから。


---[15]---


 金はもちろん大事だが、そこではない。

「・・・」

「サグエ君…君は…」

 煮え切らない俺に何を見たのか、パードは何かに気付いたような声を上げる。

 しかし、射撃場の外から聞こえてくる歓声に、それ以上言葉が続く事はなかった。

「外が騒がしくなってきましたね」

 その歓声に興味を持ったのか、ティカが入口から外を覗き込む。

 いけっ!だの、やれっ!だの、訓練場の声にしては、意気の方向性が違うような気がする。

 射撃場の外は野外の戦闘場だったはず、だから一般市民が揉め事を起こしているはずがないし、問題を起こしているのは騎士団の人間か、それともそれを目指す新米達か…。


---[16]---


 何にせよ、ここで指導をしているパードは、何があったのか確認しに行かなければいけないのではないかと思う。

 その様子は全くないが…。

「ご主人様、結構激しい事になってるけど、行かなくていいのか?」

「激しいって、どれくらい?」

「男同士、二回りぐらいの体格差で本気の殴り合いをしてるように見えるぞ」

「・・・・・・。いいんじゃないかな。彼らはお年頃な奴が多い、そのぐらい激しく鬱憤を発散させた方が訓練に支障が出なくなるだろう」

 それなりに意味深な間を開けたように思えるけど、いいのか…?

 口元が僅かに引きつっているように見えるパードは外の様子を見る事なくお茶をすすり、ジョーゼが切り分けた梨を頬張った。


---[17]---


 彼はああ言っていたが、外の状況は音からして激しさを増していく。

「ご主人様、サボるのはその辺にして、そろそろ行った方がいいぞ?」

「ん…、むぅ…」

「そのお茶を早く飲んで行かんと。ご主人様まで怒られるぞ?」

「・・・それは困る…。はぁ、仕方のない連中だ」

 彼は深く溜息をつき、名残惜しそうに空になったカップを一瞥して、射撃場を後にした。

 外がどんな状態なのか、それが少し気になって、俺もティカと同じように入口から顔を覗かせる。

 外で問題を起こしているのは、決して小さくはないが大きいとは言えない体つきの少年と、もう一方はいかにも力がありそうなガタイの良い青年。


---[18]---


 どちらも人種だが、そんな事は関係ない程体格に差があった。

 そんな2人を囲うように10人ちょっとの男達が並び、簡易的な逃げ場のない闘技場を作り上げている。

 少年は青年に挑みかかるも、歯が立たず、地面を転がって何度も砂ぼこりを舞い上げていた。

「確かに、あれは喧嘩にしても一方的だな」

 騎士団に入ろうって人間が集まる場所だし、血気盛んな連中も多いだろう。

 それを考えれば、大なり小なり喧嘩も起きる。

 でも、それにしたって一方的で、無茶を止めようとする人間がいない事に、疑問を抱かずにいられなかった。

「あの集団は、同じ訓練生だよな?」


---[19]---


「はい、ご主人様が担当している兵学院の訓練生で、剣術や槍術、近距離の戦闘訓練が主だったはずだ」

「兵学院には誰でも入れるのか?」

「そうともさ。でもご主人様が担当している所は下手に入ると太った財布があっという間に痩せ細っちゃうから、普通の家庭の出じゃ入れないかもだな。主に位の高い所の子供が入る場所だ。それでも、優秀な人材がいたら引き抜いてお金問題も無くすから、一概にあそこにいる皆がお金持ちって訳でもない」

「兵学院の中にも階級みたいなモノがあると…。騎士団に入れるかどうかも、やっぱり変わるものか?」

「それはもちろんだとも。しかも出発地点も変わるのさ。優遇度合いが違うってご主人様が怒っているのを見た事があるぞ」


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