第三話…「酒と酒呑み」【2】


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 魔法の話を一方的にぶつけているだけであったとしても、喋れているという事に嬉しさを覚えているのだと思う。

 しゃべっている口元は緩み、自然と口角がいつの間にか上がっている事に、気づいた。

 しかし、今まで、他人に魔法を教える事、その瞬間の自分へ意識を向けた事が無かったから、俺自身が知らない一面を見られた事に妙なこそばゆさを覚えた。

「確かに、今のガレスは生き生きとしていたな。内容は半分以上理解できなかったが!」

 そこにおやっさんが酔っているからだろう笑い声を上げ、酒を呷りつつ大声で自慢げに言う。

『あちゃ~、もう魔法使いさんの魔法の勉強会は終わりかい?』


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 次々と、注文した料理をテーブルの上に並べられながら、エノが残念そうな声を上げる。

「そりゃ~、うちは料理を運ぶのが仕事だけど、今回ばかりは料理の出来上がりの間が悪いって思っちゃうね」

 ジョーゼはどちらかと言えば、実用的な話に対して興味を示しやすい、それに加えて体を動かす方を好むから、今の話が大事な事とわかっていたとしても、その間は退屈そのものだったろう、料理がきた瞬間に、その見た事のないような品々に対してキラキラとした眼差しを向けている。

 それでもエノの言葉は、こちらの話を楽しんで聞いてくれていたようで、それもまた頬の緩む要因となった。

「あんな話でいいなら、いつでも。都合が合えばしてやるさ」


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 なんだかんだ言っても、話をしている時の楽しいという感情は事実、エノの残念そうな声に、またあんな時間を得られればと思った。

「ホントかい!? やった! じゃ~期待して待ってるよ」

 その瞬間の喜びを発散するかのように、パチンッと指を鳴らして、笑顔だったその顔をさらに眩しくも思える満面の笑みへと昇華させる。

 そして意気揚々と厨房の方へと歩いていくエノを見送り、視線をテーブルに戻した所で、隣に座るジョーゼと目が合う。

 その合い方は、俺の事をずっと見ていたかのような、そんな印象さえ受けた。

 どうしたのか…それを聞こうとした時、こちらが口を開くよりも早くジョーゼは空中に文字を書き始める。


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…これはどういう食べ物?…

 こっちの心配を知ってか知らずか、少女はそう書き記すと、その指を問題の料理へと向けた。

 それは、特製のタレに付け込んだ鶏肉を直火で焼いたモノ。

 おやっさんが酒に合うからといつも注文する料理らしく、彼が同じテーブルについている時は、必ずと言っていい程に並ぶ料理の1つだ。

「百聞は一見に如かず」

 俺は適当にその肉をナイフとフォークで一口サイズに切り分けて、ジョーゼの口元に差し出す。

 少女は迷う事無く、その肉を口に含み、味わうように、そして何かを探すかのように眉間にしわを寄せながら咀嚼していった。


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 俺も、自分の皿に移した肉を一口サイズに切り分けて食べる。

 その一連の行為、自分で切り分けて食べる、そんな当たり前にできる事が最近までできなかったと思うと、傷が確実に治ってきているという証明になり、その料理の味をさらに良いモノへと変えていく。

 最初に口の中に広がるのは、特製のタレのスパイシーさを十二分に吸い、そして混ざり合った舌を打つ程の肉汁の味、そして次は…。

 舌に痛みを覚える程の刺激だ。

「・・・~~~ッ!?」

 横で食べていたジョーゼは、まさにその刺激と激闘をはじめて、いかにも戦っていますと言わんばかりにしかめっ面をしていた。

 そんな少女を横目に捉えながら、その刺激から口内を守る、救うために流すブドウ酒、普段呑み慣れない酒も、この順を追う事でその美味さを増し、抵抗なく呑む事ができる。


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 ただでさえ甘い果物を絞った果汁の飲み物なら、その甘さを刺激はさらに甘いモノにしてくれるだろう。

 水だって甘く感じるぐらいだ。

 ジョーゼが何とか肉を飲み込んだ所で、俺は果汁の飲み物ブドウ水を渡すと、僅かな間を置き、そして一気に飲み干す。

 そして、ただ一言…。

…これ無理ッ!…

 と書きなぐるのだった。



「結構辛いですね」


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 私は、サグエとジョーゼのやり取りの後、興味本位で同じものを口にする。

 それは普段ドルチェが作ってくれるような料理とはまるで違う。

 濃い味付け、強い刺激、見た目を気にしない豪快な盛り付け、そして「昔を思い出す」ような…そんな料理だった。

 それにしても辛い。

 ドルチェが作ってくれるモノに、この類、攻撃的な刺激を与えてくるような料理が存在しないから新鮮ではあるけど、これは私の口には合わなそうだ。

 チビチビと少しずつ呑んでいたブドウ酒も、この時ばかりは呑む量を増やした。

 サグエの魔法講義も一旦の区切りを迎え、皆がテーブルに並んだ料理に一度向かい始めた頃、落ち着いてきたからと私は周り、酒場のあちこちに視線を流す。

 とりあえず言える事は、見る物全てが新鮮であるという事。


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 酒場という場所に初めて来たという訳ではない。

 それでも何度も来たとかではなく、回数も片手の指で数え切れる程度だ。

 お酒を呑む席というのはそのほとんどが、屋敷、館で解決できる。

 成人を迎えた時、小隊の隊長になった時、隊に新しい仲間を迎え入れた時、自身ないしは身内の誕生月を祝う時、どれも自分達で用意し、そして楽しむ、それだけで完結していた、

 何となく呑みたいと思った時も、ドルチェが用意してくれたし、外に呑みに行く必要が無かったのだ。

 それに、お酒は嫌いじゃないけど強いという訳でもない。

 過去に酒場に来た時の記憶もほとんど残っておらず、だからこそ行けないというのもある。


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 あと、行こうという誘い、特にレッツォだけど、そういうのがあってもあれこれ理由を付けてドルチェが断っていたから、それらも来る回数が少ない理由の一つだ。

 そのため酒場という場所の印象は、そのほとんどがドルチェから聞いたモノのソレだったのだけど…。

 夜だという事を忘れさせてくれるような活気、鼻を経由してお腹を刺激してくる料理の匂い、飲んだ事のないようなお酒と種類、どれも悪いモノとは思えない。

 料理とかの匂いとは別に臭ってくる男の人達の体臭も、普通なら不快に感じるだろうけど、そこは普段の自分の環境的もあって慣れていた。

 だからこそ、それ以外のモノに集中できる。

 内装は機能性重視、天井はさほど高くなく、建物の柱には明かりのランタンを掛け、その周りにテーブルを置いて無駄が無い。


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 調理場が客に見えるようにするために視界を遮断する隔たりはなく、あるのはできた料理を置いていくカウンターテーブルのみ。

 いったい誰が、何を使って、どういう風に料理を作っているのかがはっきりしていて、客の身としてはとても安心する構造だ。

「良い店ですね」

 ただ料理やお酒を提供するだけじゃないソレに、私は素直に好感を持つ。

「そうだろう! そうだろう! カヴリエーレ隊長はお嬢様みたいな華やかさがあるから、酒場に縁がない人だと思っていたが、この良さが分かるってのはなかなかやるじゃねぇか!」

 そんな私の言葉に、丁度正面に座っていた仲卸のおじさんが、太鼓を打ち鳴らすかのように自身の足を叩き、機嫌の良さを表すように大口を開けて笑い声を上げた。


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 その豪快さは私が知っている中では彼が一番、だからその迫力に驚き、思わず苦笑う。

「あなたはよくここに?」

「ああそうとも。仕事場と家、両方から一番近い酒場だ。おまけに酒は美味いし飯も美味い、そして極めつけはエノちゃんが相手してくれる所だ!」

 おじさんの視線の動きに釣られてエノに視線を向ける。

 彼女はおじさんの言葉にいかにもな不快感を持った表情を浮かべていた。

「ここばかりですか? 他の店に行ったりは?」

「他か? たまに行くぞ。ここ程頻繁にじゃないが、中央広場近くにも飯屋はあるしな。だがその辺は、酒というより飯を重視して出す店ばかり、それに狙ってる客が騎士団の人間だから、少しばかり値も張る。だから何か予定が無い限り、酒を呑む場所はここだ。カヴリエーレ隊長はどうなんだ? さっきから店の中を見ているが、まるで初めてこの酒場に来たガレスみたいだったぞ? 慣れてないって言っているようなもんだ」


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「え、ええまぁ、食事の提供がある場所で生活をしているので、外に食べに行くという状況になる事が少なくて」

「そうなのか? お宅のとこのレッツォは、多い時は毎日のように来たりするんだがな」

「レッツォ…ですか?」

 唐突に出て来た言葉は、可能性としてあったかもしれないけど、今の私にとっては予期せぬ名前だった。

「彼は何か変な事をしたりしていませんか? 酷い時には次の日動けない程呑んでくるので心配なのですが」

「だっはっはっ、そんな心配するような事は無いと思うがな。実験が失敗しただの、試作品がうまく動かないだのぼやきはしてるが、いつも和気あいあい、周りの連中と楽しく呑んでる。それにもう少しでどういう呑み方をしてるか知れるだろうさ」


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「知れる? それはどういう…」

「まぁ噂をすればって奴だな」

「え?」



 料理を口いっぱいに頬張って食べるジョーゼ、その口元についた汚れを取っていた時、バタンッという音と共に酒場のドアが開かれる。

『エノちゃん! いつもの酒をちょうだいッ!』

 そして響き渡る声に、歓声にも似た声が酒場中から沸き上がった。

 それは待ってましたと、その登場を祝う声。

 思わず向いた視線の先にいたのは、最近知り合った「レッツォ・バイネッタ」、譲さんの仲間の姿だった。


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 ここに来る前にそれなりの酒を呑んできているのだろう、その顔は赤く、以前会った時の彼とは、だいぶ印象が異なる。

 レッツォと肩を組んでいる人物は、マントを纏い、フードを深く被ってその顔色を見る事はできず、その手はドラゴンの腕を模した籠手、指の一本一本を爪先まで覆うモノでも着けているのか、どう見ても人の手には見えなかった。

 そして2人が肩を組んで歩いている事とは別に、両者とも酒瓶を片手に持っていて、その姿はとても印象的だ。

 それがあるからこそ、こいつらは酒をここに来るまでに呑んでいるんだろうな…という考えに至る1つ要因になっている。

「おやおやおやおやっ! ガレスじゃん。ここで会うのは久しぶりだなっ!」

 まさに酔っ払いという言葉が当てはまる人間の相手は面倒くさい。


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 できる事なら食事が終わって、そして用事を済ませた後、俺達が店を出るまで、もしくはレッツォが店を出るまで、こちらの存在に気付かないでいてほしい…、それがこちらの願いだった訳だが、それは願う前に終わりを告げた。

 俺の存在に気付いた彼は、エノへの注文もそこそこに、その辺の空いた椅子を適当に取ると、こちらのテーブルに向かってくる。

 もちろん、その肩を組んだ人も一緒にだ。

 こうなっては仕方ない、俺は軽いため息を漏らしつつ、たいして大きいという訳でもないテーブルに全員が着けるよう詰めていった。

「奇遇じゃないか。お前が酒場に来るだなんて」

「用事があったんだ。だから食事も兼ねて来てるんだよ」

「ほう。・・・、お、隣にいるのは確か…ジョーゼ…だっけか? 話は聞いてるが、調子はどうだ?」


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 絡み酒…という程ではなく、普通にあいさつ程度の会話だったとは思うけど、その押せ押せな勢いで話しかけてくるレッツォに対して、ジョーゼは俺に隠れるようにただ視線だけを返した。

「大丈夫だ。心配されるような事は無い」

 だから、仕方ないと俺が代わってジョーゼの体調を説明する。

 あの村の出来事の時、レッツォはジョーゼの姿を見ているけど、逆にジョーゼは意識を失っていたから彼の事を知らない。

 王都に来る途中で目を覚ましはしたけど、レッツォは先に王都へ報告に向かっていたから、その姿を見る事は無かった。

 だから、ジョーゼからしてみれば、レッツォは初対面であり、さらに酔っ払い。

 第一印象は正直良くはないだろう。


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 そのせいで今もなお少女は俺の影に隠れている。

「こっちの事はいいとして、このマントの人は誰だ?」

 俺にとっての不明点だ。

 レッツォと俺の間に座った人物。

 マント越しのシルエットから、体は俺よりも小さいという事、そしてマント越しでもわかる胸元の膨らみから、何かを詰めていない限り女性だという事はわかるけど、それ以外の情報が入ってこない。

 深々と被ったフード、その口元付近が焦げたように黒ずんでいるのが妙に気になる所だ。

「この人? この人は…え~と…、1つ前の店で会ったんだ。すごい呑みっぷりで、まさに惚れ惚れする程だ」


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 酔いが回っているからか、その回答は俺の求める答えではなかった。

『オホンッ!』

 そんな中、それなりにうるさいこの空間に聞こえてくるわざとらしい咳払い。

 その主は譲さんで、さっきまで楽しんで食事をしていた姿は鳴りを潜め、真剣な面持ちでレッツォの姿を見ていた。

「隊長? ・・・、隊長!?」

 今の今まで、俺しか視認していなかったのか、咳払いに気を取られて向いた先に、自分の上司がいる事に、彼は一度不審そうな表情をするものの、それはすぐに驚きの表情へと変わる。

「ちょっといいですか? すぐ済むので」

 譲さんは呆れからきたであろうため息を漏らし、席を立つとレッツォと共に一度外に出て行った。


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 何をやっているんだと苦笑していると、レッツォと一緒に来た女性?がこちらを見定めるかのように見ている事に気付く。

 昼間程明るくないこの空間では深々とマントを被られると、その人間がどういう表情をしているのかがわからない。

 それに加えて何もしゃべらないものだから、正直な所、不気味な印象を受けざるを得なかった。

 しかも、圧というか、何もされていないというのに圧倒されている感じ、勝つ事の出来ない存在という、何か頭で考えるよりも体が先にこの人物へ降伏宣言をしているような、不思議な感覚に襲われる。

 そして、このマントの人物の姿を視認してからというモノ、うずうずというか右腕を微かな痛みが襲い続けていた。


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 だからこそ、素性がわからないという事に対して、恐怖心を抱かずにはいられない。

 俺は何も言わない相手に対してぎこちない笑みを向ける事しかできなかった。

「ロレンサだ」

「え?」

「名前だよ。魔法使い。我の名前だ」

 何もしゃべらない状態から急に、何の前触れもなく話始めるものだから、この人の言っている事の意味を一度で理解する事ができなかった。

 その声は芯が通り、低過ぎず、かといって高すぎない、さほど大きな声を出している訳ではないだろうに、俺の耳に届く程はっきりとしたモノ。

 酒を呑んできた人間とは思えない意志の籠った声だった。


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「それで? そちの名前は?」

「…自分は、ガレス」

 俺の言葉に、微かに見える口元に笑みを浮かべる。

 そして、持っていた酒瓶の栓を抜き、新しいコップにその中身を注いでいく。

「じゃあガレス、今日は我とそちが出会った記念の日だ。味わって呑むがいい」

「あ、ああ、どうも」

 正直、完全に置いてけぼりを喰らっていて、この状況について行けない。

「あんた傭兵かなんかか?」

 いくら酔っていたとはいえ、騎士団の人間であるレッツォと一緒に居たんだ、このロレンサという女性は、少なくとも不審人物という事は無いだろう。

「まぁ。この国の民の為に、この身捧げている…という意味でなら同じだな」


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 ロレンサは俺の質問に返すと、酒を入れたコップを俺に渡して、もう1つ新しいコップにも酒を注ぎ始める。

 返って来た言葉を聞いても、疑問が晴れた訳でないが、いったん横に置いておくとして、彼女が酒を注ぐ姿を見て、渡された酒を呑まないのは無礼だと思い、俺は酒の入ったコップを受け取る。

 一見、水と見間違う程の透明な液体。

 だが、見た目はそうでも、その鼻に香ってくるその匂いが、水ではない事を証明している。

 酒独特の匂いと共に香ってくる甘い香りは、それだけで美味しさを教えてくれている様。

 ロレンサは、酒を注ぎ終えたコップを俺に向けて、こちらのコップにコツンとぶつけて見せた。


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