第三話…「酒と酒呑み」【1】
「そもそも今日は、俺がおやっさんと呑む約束をしていただけで、ジョーゼは来る予定じゃなかった」
「そうだったの。・・・おやっさんて?」
「俺があんたと初めて会った時、一緒に居た仲卸の人だ。こっちでの数少ない知り合いで、ちょくちょく会っててな、今後の事で1度相談をしようって話になって、それがちょうど今日だったって訳だ」
外食、食べる場所はこれから決めるのではなく、元々決まっていた。
その場所へ行く道すがら、俺は譲さんに対して、状況の説明をする。
そう、元々ジョーゼと外で飯を食べる予定ではなかった。
場所は前に王都に来た時、おやっさんと入った酒場、あそこの料理はうまい、なんだかんだ気に入っていて、時間があればジョーゼにも食べさせてやりたいと思っていた所だ。
---[01]---
まぁ他の店に入った事がある訳じゃないから、比べる事も出来ないし、他にも美味しい飯屋はあるのかもしれないが。
といっても、今の俺は一文無しみたいなもの、というかそれそのものだ。
あの祭用に買ったものは屋敷に家賃代わりにと全部あげて手元には残っていない。
それでも酒場に行けるのは、おやっさんが、代金は俺が持つ…と言ってくれたから。
もちろん、腕がもう少し回復したら、仕事を手伝うなりなんなり、その代金分は返すつもりだが、その返す量がちょっと増える事になった。
行く予定ではなかったジョーゼを連れていく事に、幾ばくかの抵抗はあったけど、おやっさんはそんな事をいちいち気にするような人じゃない。
酔っ払って絡み酒をし始めたら問題だが。
---[02]---
譲さんや、アレンて新兵も道連れにできたし、これでおやっさんと話が幾分かしやすくなるだろう。
『ジョーゼさん、あんまりはしゃぐと転んでしまいますよ!』
俺と譲さんの前を行くジョーゼとアレン。
はしゃぎ気味な少女に振り回される少年に視線を向けながら、隣を歩く譲さんに対して、俺は彼がどんな人間なのかを聞いた。
「真面目な人、何事にも真剣に取り組む彼の姿は他の隊員達も評価していますね」
「そうか。まぁそれを含めて変わり者だな」
「否定はしません。でも彼の熱意は本物だと思う。理由は知らないけど、彼の前に進もうとする意志は、生半可な気持ちではありません」
譲さんにそう言わせるだけの行動力、その点においては何となくだが、俺にも感じる所はある。
---[03]---
酒場に着き、店を開けると、奥の席に座った大柄の男が、俺に対して名前を呼びながら、その筋肉でガッチガチに固められた腕を振り回す。
『ガレス、こっちだこっ…』
「あ~、この前の魔法使いさんじゃないか。いらっしゃい」
そして俺を呼ぶおやっさんの声を掻き消すかのように、この酒場の看板娘たるエノが横から割って入って来た。
「また来てくれると嬉しいなと思っていたけど、案外来るのが早かったじゃんか」
エノは、まさに元気いっぱい、でも、ジョーゼとは違う意味で力のある笑顔を向けてくれる。
それはまさにここに来てよかったと感じさせてくれる…そんなような笑顔だ。
「まぁ色々あってな。これからはこっちで生活する事になった」
---[04]---
「そうなのかい? そいつは良いな~。常連が増えるって思っていいの?」
一瞬不審そうな表情を見せるエノ、理由を聞かないまでも何かを悟って話を次に進める。
「ああ。ここの飯は気に入ってる」
「嬉しい事を言ってくれるね~、魔法使いさん。見た目だけじゃなくてその中身にも惚れちゃいそう…と、立ち話を延々とするのも悪いし、席に案内するよ。あの呑んだくれの所でいいのかい?」
「ああ」
「その後ろの人達も?」
エノは俺の肩越しに後ろの人、ジョーゼ、譲さん、アレンに視線を送る。
心なしか、その目には驚きの色が混じっているように見えた。
---[05]---
「頼む」
「あいよ。じゃあ、追加で椅子持ってくるから、テーブルの所で待っててな」
そう言って軽く手を振ったエノはその場を後にする。
彼女に言われた通り、おやっさんのテーブルまで行くと、彼もまた驚きというか、戸惑いの感情を顔に出していた。
それは来る予定だった人数よりも多くなっている事ではなく、その人間にだろう。
「おやっさん、今日は誘ってくれてありがとう」
「あ、ああ」
とりあえず、俺は空いている席に女性優先で座らせ、男2人、俺とアレンは追加の椅子が来るのを待つ。
---[06]---
「追加で人が来た分の代金は、今度仕事を手伝う形で返すから、今日の所は勘弁してくれ。財布、大丈夫か?」
「ん? おいおい、そんな事いちいち気にしてんじゃねえ。飯は大勢で食った方が美味い、そうだろ? しかも酒に付ける肴(さかな)がエノちゃんとは別に2人も増えたんだ、お礼を言う事はあっても、ふざけんなよっつって暴言を返す事はしねぇよ。金の事も気にすんな。手持ちが足りなかったって、俺が言やぁツケにだってできる。何も心配する事はねぇよ」
さっきの困惑したような表情は何処へやら、俺の頭の隅に微かに残っていた心配も、おやっさんの今の言葉に全て持ち去られたような、そんな気がする。
そして、自分の言葉にお礼なんていらないと言わんばかりに、ジョッキに並々と入ったブドウ酒を呷った。
---[07]---
その直後だからという事もあるが、その息はかなり鼻に着く酒臭さで、すでに出来上がっているらしい。
『ツケにばかりしてたら、この店が潰れちまうよ、呑んだくれ!』
おやっさんの言葉に強めの反論しながら、エノが椅子を持ってやってくる。
「あんた、この前の祭の時の付けだってまだ半分以上残ってんだからね!」
「半分以上?」
「そうさ。祭りの時、部下と一緒に呑み漁って、気分が良かったんだろう、全員分俺が持つとか言いだして、でも手持ちが無いからツケにしたのさ」
「それはまた」
何人の部下との席かは知らないけど、祭りからはそれなりに時間が経っている、それで未だ半分という事は、人数は1人や2人じゃないんだろう。
---[08]---
何にせよ、俺にできる事は無い、エノの言葉にただただ苦笑いを返す事しかできなかった。
「それでガレス、お前はなんでまたカヴリエーレ隊長と一緒に来てるんだ? それにその小さな子供は? お前に子供がいるなんて話、聞いていないが」
エノに飲み物と適当な料理を注文し、その間に少しだけ頭の冷えたおやっさんは改めて俺以外の人間に視線を送った。
「成り行きってやつだ。今は譲さんの家の方で厄介になってるからな。それでこっちの彼は譲さんの部下、この子は…」
連れて来た人間の説明し譲さん達がおやっさんと握手を交わす中、自分の番が来た所でジョーゼはこちらに視線を向け、何かを訴えかけるかのように目を輝かせる。
その目を見て、何をしたいのかを察した俺は、説明する事をやめて、どうぞ…という意味を込めてジョーゼに手を向けた。
---[09]---
…あたしの名前はジョーゼ、おにぃの子供じゃなくて弟子なの…
空中に書き出される文字、言葉、それは1つの文になり、ジョーゼがくるっと回すように手を動かすと、その文がおやっさんに見えやすいように回転する。
ある意味、俺がイチから教えてやった魔法。
もともと魔力の扱いに慣れていたジョーゼは、そんな難しい魔法ではないにしろ、早々に習得し、自分ができる事の幅を広げた。
そして、今はそれを皆に見せたくてしょうがないといった所。
「これはすごい」
そんな少女の魔法に、真っ先に声を上げたのはアレンだった。
子供のように目を輝かせ、食い入るようにその宙に浮く光る文字を見る。
彼の驚きと本音から来ているであろう魔法に対する称賛の声に、ジョーゼもまた嬉しさのあまりにやけた表情に変わっていた。
---[10]---
「という訳で、前に話した子が、このジョーゼだ。酒を呑み過ぎたからって忘れないでくれよ」
「馬鹿やろう! 忘れる訳がないだろうが。むしろ、酔いが醒める勢いだ」
「それは良かった。おやっさん、仕事だと真面目に真面目を重ねたような人なのに、酒が入るとほんと駄目になるからな」
『全くだよ。その酒癖と、酒に対する金遣いの荒さ、どうにかしないといつか奥さんに逃げられるよ』
俺の言葉に付け足すように、人数分の飲み物を持ったエルが入ってくる。
「最近じゃ、飲み過ぎなせいで奥さんから、酒に水を入れつつ注文制限してくれないか、て真面目に相談されたぐらいなんだから」
「エノちゃん、それは言わねぇでくれよ。恥ずかしいじゃねぇか」
---[11]---
彼女の言葉に大柄な男が恥ずかしさに笑ってごまかしに入る。
俺だけだったならともかく、譲さん達がいる場では、そういう面も意識してしまうらしい。
「それで、魔法使いさん、そこの元気が爆発してそうな彼とか、美人なのに頼もしい彼女、隠し子みたいな女の子にうちを紹介してくれないのかい?」
「ん? あ~」
忘れていた訳ではなく、言う間を逃していただけだが、遅れた事に申し訳なさを感じつつ、一度の咳ばらいを挟み、3人の紹介をする。
アレンはともかく、譲さんの事はエルもわかっていたらしく、引っかかっていたモノが取れたようなスッキリした表情を見せた。
そして、例の如くジョーゼは自分で自己紹介をして、再び空中に自身の自己紹介文を書き出す。
---[12]---
「やっぱり素晴らしい。杖魔法や発声魔法を使わずに魔法を使えるという事に感銘を受けます」
エルも大道芸人の技を見た時のような驚きと嬉しさの混ざった感情を見せるが、それよりも先にアレンの魔法に対する感想が耳に入ってきて、苦笑いが自然と出てきてしまう。
「あ…、すいません。自分、魔法というモノに興味がありまして、その…」
「知ってるよ。譲さんから熱心だって事は聞いた」
魔法使いの身としては、こんなただ文字を書くだけの魔法に、驚きの声を上げてくれる事に驚く次第だ。
今はとりあえず、ジョーゼがその声に対して誇らしそうになっているから、それだけで満足ではあるけど。
---[13]---
「まぁなんにせよ。ここでは魔法自体が珍しいモノみたいな扱われ方をしてるんだなと実感できる。皆普通に杖を振って魔法を行使しているのにな」
王都で生活している間だけじゃなく、祭りの準備のためにここへ来た時もそうだ。
こちらでも祭りの準備の時、重い物を持ち上げたり、高い所に物を移動させたり、いろんな事に杖魔法を使っているのを見た。
にも関わらずこういう反応をされるのは複雑だな。
「飯が来るまでまだ時間があるだろうし、魔法使いである俺が、少しだけ魔法について教えてやる」
そんな複雑な気持ちが、頭の片隅でチラチラと見え隠れするのも気分が悪い。
勝手な自己満足、それを満たすだけではあるが、その気持ち悪さを少しでも見えないようにするために、俺は話を始めた。
---[14]---
「さっき、杖魔法や発声魔法を使わずにってアレンが言っていたが、それは違う。別にそういったモノを使わなくたって魔法は使える。あれはあくまで魔法を使うための手段なだけだ」
昔、村でジョーゼに魔法の指南していた時とは違う、複数人相手、魔法使いというにはお粗末過ぎる人を相手にしているせいか、説明するこっちも緊張してくる。
口の中が乾き、少しでも潤えばとブドウ酒を飲む。
「手段…という事は、僕も修練を続ければ発声魔法などを使わずとも魔法が使えると?」
突然始めてしまった魔法の講義に、俺の言葉をただ聞く事に専念するのがほとんどだった中、アレンは自分の疑問を、周りを気にする事なくぶつけてくる。
「かもしれないな。だが全員が全員そうという訳じゃない。だからこそ、老若男女関係なく、とにかく多くの人間が魔法を使えるように発声魔法が作られて、そしてそこから杖魔法とか他にも多種多様な魔法が作られたんだ」
---[15]---
「知っています、発声魔法、杖魔法の他に、「精霊魔法」や「使役魔法」、「具現魔法」などですよね」
「そうだな。個人で使うという意味では使役魔法だけ、精霊魔法は名前の通り精霊の力を借りる事で行使する魔法で、自分だけでは使う事は出来ない。具現魔法も個人で使おうと思えば使えるが、まず成功しない。だから複数人が集まって使う事が多く…」
「使う事ができれば、過去、歴史に残った逸話や伝説を再現できる。邪竜の炎をも防ぐ竜王の盾や、戦えば大地をも両断する竜の爪より作られし両手剣、邪竜との戦いで魔物相手に一騎当千の強さを見せた武士の竜の意志、昔の書物を漁った時に見たモノですが、どれも強力で強大、大陸に闇が落ちる時のみ使用可能となる魔法と記されていました」
---[16]---
「そう…だが、やけに詳しいな」
「はい、いつか魔法を学ぶかもしれないと思い、一通り魔法について勉強をしましたから」
「なるほど、応用ばかり勉強して、基礎を勉強してこなかった訳だ」
勉強と言っても、どの程度の量を身に入れたのかはわからない。
少なくとも、自身の興味のある分野にどんどん突っ込んでいく節が見られるし、勉強するモノに関しても地盤を固めるよりも、欲望に対して忠実に従っていったんだろう。
「まぁいい。話が反れたが、とにかく、魔法にいくつもの種類があっても、結局それはどういう事をしたいかによって変わっていった魔法の手段に過ぎない」
主にアレンに対しての専属授業になりかけている気がしないでもないが、いずれ教える事になるかもしれない相手だ。
---[17]---
俺にとっての魔法を教える上での練習相手…とでも思う事にする。
ちょうどジョーゼもいる事だし、この子に対しての勉強という意味も込めよう。
俺は、口だけで説明するのも伝わりにくいだろうと思い、空中に線を書く魔法を使いつつ、俺は説明を始めた。
「例えるなら…そうだな。魔法ってのは山登りと似ているかもしれない」
発声魔法とかを使わずに魔法を行使するという事は言うなれば、険しい道の無い山を道具無し、知識無しで登るようなものだ。
どうやって登ればいいかもわからず、それを達成するために何が必要なのかもわからない状態で、魔法を使う側の知識とか経験がモノをいう行為。
そして発声魔法は、山を道具と知識を用いて1人で登っていくのと同じ。
---[18]---
登る山、つまりは魔法が難しいモノになればなるだけ必要なモノが増えていく。
それは発声魔法で言う所の唱える呪文の量だ。
杖魔法は、それ自体、簡単というか単純な魔法を使う事に特化させているモノだから、山自体そんな険しいモノじゃない、むしろ散歩がてら山登りをするような感じだ。
頂上までの道は整備され、道具も知識もいらない、必要なモノは自分の体力、つまりは魔力だけ。
名前が出てきたから、精霊魔法とかの説明も入れていくとしよう。
精霊魔法は、さっき説明した通り、精霊の力を借りる魔法。
---[19]---
山登りで例えるなら、登りたい山を熟知した奴に案内をしてもらう感じだ。
道とか道具、知識があるに越した事は無いけど、無かったとしても案内人がそういうモノが必要にならない道を教えてくれる。
残りの魔法は…、正直な所、俺もよくわかっていない。
両方とも、俺は使った事がない魔法だからな。
その上で説明をすると、使役魔法は熟知した山を道具無しに上るって所だ。
使役魔法の大半は自身の魔力で自分の分身を作る所から来ている。
関節は何個あり、どれだけの大きさのモノを作り出すか。
自分の分身である以上、体がどう動いて、さらにはどういう事ができるのかを十分わかっているからこそ、作り出せるんだとか。
---[20]---
山を熟知している、つまりは魔法で作り出すモノを完全に理解しているという事、それでもそこから山を登る事、魔法を発動し成功させるまでの工程は自力でやるしかない。
具現魔法は、言うなれば使役魔法に近いものがある。
違うモノがあるとすれば効果とか、作り出すモノ、方向性の違いかな。
具現させるものは過去に実在した存在、モノ、1人や2人が知っているだけのような些細なモノではなく、大多数、それこそ一国家の国民全員が知っているような存在のみを対象とした魔法だ。
どこまで本当かはわからないけどな。
魔法は発動させてできた結果を、しっかりと頭の中に想像する事が重要だ。
---[21]---
具現化させるモノがそれだけ有名でなければならない理由も、きっとそこにある。
自分とは違う何か、それをあたかもそこに本当に存在していると錯覚させる程の完成度で具現化させるためには、それだけ大多数の具現化させたいモノの形が必要って事だな。
死の山、1人では到底登る事の出来ない山を、とにかくいろんな人から情報を集めて登る感じだ。
習得のしやすさで言えば、杖魔法、発声魔法の順で難易度は低く、精霊魔法は使えるかどうかが精霊次第で魔法を使う側に依存しないからわからない。
使役魔法は、魔力だけで魔法を行使する方法や具現魔法を除いて、今話に出て来たいくつかある魔法の中では習得が最も困難なモノだろう。
---[22]---
字はともかく、説明に合わせて山の絵を描いていく。
発声魔法はそんな半円だけが描かれ、杖魔法は半円にミミズがのたくったような道を描いていった。
お粗末過ぎるオマケ程度の絵すらも、アレンは何処から出したか小さな羊皮紙にメモを取っていく。
「サグエさん、魔法の話をしている時、とても生き生きとしていますね」
魔法の説明をしていた俺の様子に譲さんがブドウ酒をチビチビと呑みつつ見てくる。
「そうか? それはアレだ。なんだかんだ言っても魔法使いって事なんだろ。ジョーゼにさっきの魔法を教えてた時も、楽しいというか、スッキリとした気分になったからな」
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