第二話…「魔法使いの弟子と騎士の弟子」【3】
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叩かれた扉が開かれ、入って来たのはプディスタやドルチェに話した事、血制魔法の件で呼んだ魔法の心得がある人達だ。
完全に気が抜けて忘れていたが、それを悟られない様に、私はすぐに姿勢を正し、一度小さく深呼吸をして話を始めた。
「はぁ…」
そして一日が終わって思うのは、先走って気持ちが先行しているのは自分だけではないかという事。
ドラゴンやら宮廷やら、新しい隊やら、もう色んな事が立て続けに押し寄せて、その的になっているのは1カ月近く仕事から離れて休んでいた病み上がりな私、きっと受け止めきれずに崩れた思考が混乱状態になってしまっていたのだろう。
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血制魔法の件で呼んだ隊員からも、焦っているような印象を受けると言われてしまったし、必要以上に私の世話をしたがるドルチェだけでなく、私が預かり、力を貸すべき相手の隊員達にまでそう思われていたなんて、それは私が思っていたより重症である事の証明をしていた。
反省の意味も込めて、今日の出来事を振り返るが、出てくるのは自分の失敗と、それに対して何をやっているのだ…と自分を責めるため息と自虐心が荒ぶるばかり。
そして今、私は外を歩いている。
そんな失敗を繰り返さないように、できる所から順番にやっていこうと心に決め、必要な書類を持って、館ではなく屋敷…家へ向かって、夕焼け色に染まった帰り道を歩いている途中だ。
『隊長! カヴリエーレ隊長!』
その帰り道、後ろから妙に元気な男の声が聞こえて来た。
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呼び方に関しては聞き慣れたモノ、この夕食の支度をする音と、家に帰る途中の子供達の声を聞くのと同じぐらい違和感のないモノだ。
そして、振り返った先にいたのは、プディスタだった。
執務室に来てもらった時よりも軽装、身に着けている服は騎士団で支給された服ではあるが、仕事や任務を熟す時に着る服ではない比較的軽装で質素なモノだ。
簡単に言えば、執務室に来た時は仕事着で、今着ているのは生活着、といった感じか。
生活着を着ているという事は仕事外と認識していいとは思うけど、プディスタは律義に執務室に来た時と同じように、礼儀正しく私に対してお辞儀をする。
「さっきはあえて深く言うのをやめたけど、ここでは尚更畏まる必要はないです」
「いえ、隊長、これは当たり前の事です」
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頭を上げた彼は、より一層真剣な顔で背筋を伸ばし、自信満々に言い放った。
「・・・、そう…ですか」
生真面目というかなんというか、裏表がないというか、まぁどんな場所でも真面目に努めるのはいい事だけど…。
今はそういう事にしておこう。
「それで、私に何か用? さっきの件ならまだ何も進展はありませんが」
「いえ、それとは別…という訳ではありませんが、執務室での話とは別の件です。お忙しい中呼び止めてしまい申し訳ありません」
「別に構いませんが…」
今の会話だけでは、何を言いたいのか、察する事もできない。
彼の性格からして、呼ばれたでもなく自分から何か私に話をしに来るにあたって、できる限り私に手間を取らせない様にした結果が今なのだろう。
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執務室に籠っていれば仕事に没頭していると思うだろうし、実際にそうだからその瞬間を避けてくれたのは有難い。
別に今この瞬間が良い状況とは言いづらいけど。
「急いでいる訳ではないけど、ここで立ち話をするのも邪魔になるので歩きながらでいいですか?」
「はい」
気持ち的にはやはり急ぎ気味な気持ちが残っているから、帰路を進む道すがら、立ち止まって話をするという気分にはなれなかった。
この時間帯は人の往来が多くなるし、立ち話は邪魔になる…という言い訳も、一応あるけど、今回の場合はほぼ私の問題だ。
急かしているようでプディスタには、暇じゃないんだ…と不機嫌に突き放すような印象を与えかねないが、今回は許してほしいと内心で謝罪を入れる。
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でも、彼はそんな事気にも止めていないのか表情を崩す事なく、一歩後ろに離れて歩き出した。
「それで要件は?」
「はい。えっと…。話を聞きまして。先ほど聞いた血制魔法の話、魔法を教えてくださる魔法使いの方は今、隊長の保護下にあるという事を。隊長の近辺を嗅ぎまわるような真似をした事、まずは謝罪します。その上で、もし可能であるならば、その魔法使いの方を紹介してはもらえないでしょうか?」
執務室で話をした事とは別と言うから、一体どんな質問をされるかと思っていたけれど、それは質問ですらなかった。
それにしても、保護下…か。
間違っていないとは思うけど、ズレている気がしないでもない響きだ。
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眠る場所や食事を提供しているし、保護していると言えばそうだけど、こちらが無理やり引き留めているというのも事実。
あんな状態ではあるけど、サグエなら難はあっても生活をしていけるだろう。
でも、それは私の心が許さず、彼ができるできないではなく、軽傷じゃない怪我をした状態で出ていかれるのが嫌だった。
言うなれば私のわがままだ。
だから、保護下という言葉には、引っ掛かるモノ…違和感を覚える。
生活していけると思っている辺り、彼の力…能力に対して、それなりの信頼が私の中に生まれている事にも驚きだが、それはまた別の話だ。
「隊長?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事を」
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プディスタの言葉に思わず考え込んでしまった。
今、私は彼と話をしている途中、物思いにふけるのは別の時にしなければ。
一度軽い深呼吸をして、私は言葉を続ける。
「彼、その魔法使いの名前はガレス・サグエです。あなたが言うように、彼は今私の実家で生活をしています」
「では…」
「でも、紹介してほしいという事なら、まずは彼に話を通さなければ」
「あ、そ、そうですよね。すみません。気持ちが先行し過ぎました」
「まぁそう言う事を気にするような人ではないので、問題はないと思いますけど、一応聞いてみます」
「はい、ありがとうございます。そしてすいません。では今日はこれで…」
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そう言ってプディスタは一度姿勢を正し、お礼と謝罪、2つの意味を込めて頭を下げ、そして回れ右をして館へ帰ろうとするプディスタを、私は引き留める。
「あくまで彼次第です。私の一存で決められないので。でも、ちょうど私も彼に会いに行く所ですから、それでよければ一緒に行きますか?」
プディスタとしては、今すぐにでも会わせてくださいという訳ではなく、紹介をしてほしいと私に伝えに来ただけだったかもしれない。
そんな事を今になって気づく。
その真意はわからないけど、でも、どちらにしたって叱るような言い方をしてしまった事の謝罪の意味も込めて、私は提案をした。
あくまでサグエ次第ではあるが、あくまで私は仲介、どうするかは2人次第だ。
私の言葉を聞いて、帰ろうとしていたプディスタの足は止まり、勢いよく振り返った彼の表情は、今までの真剣なモノとは違う、喜びに満ちたモノだった。
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とりあえず、その表情を見られただけで、私の罪悪感は晴れていく。
彼の魔法を習いたいという姿勢が、何故こんなにも前のめりになっているのか、気になる所ではある。
でも今は評判とは裏腹に年相応の部分が彼にも残っているという点に、ただ安堵の気持ちが残るのだった。
夕焼け空が夜という暗闇の世界に席を譲り始めた頃、私とプディスタの2人は屋敷に到着する。
一度、彼には屋敷の入口で待っていてもらい、私は足早に建物の中に入ると、使用人たちの出迎えに返事をするのもそこそこにサグエを呼んだ。
そして彼ははしゃぐジョーゼの相手をしながら現れる。
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私が騎士団の仕事に復帰してから、さほど時間は経っていないはずだが、その目に映る光景にはいささか驚きを覚えた。
彼の事ではなく、その横。
彼の左手を引っ張って相手をしろと半ば強引に迫る少女ジョーゼの姿が、私が屋敷で療養をしていた時に見ていたモノよりも、生き生きとしていて見違えたからだ。
「譲さん、早い帰りだな。仕事に復帰したら、こっちにはほとんど戻ってこれなくなるって言ってたのに」
私とは別の意味で驚いているサグエは、自分の隣で猫のようにじゃれついてくる少女の事など気にも止めないといった様子。
でもそのおかげで、少女の変化に戸惑い、話をしていいものか迷っていた私の気持ちを追い払うのに一役買って、私はいつもの調子で話を始める事ができた。
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「ちょっとあなたに話が合って」
「俺に?」
「そう」
私は不貞腐れ気味のジョーゼを何とか説得して、彼と2人になってから話をし始めた。
新たに作られる隊に関して、騎士団員としての資格を得るために入団試験を受けてほしいという事、隊の件とは別に、血制魔法の技術を絶やさないために、それを騎士団の人間に教えてほしい事、まずはこの2つが重要だ。
宮廷で話は聞いているから、最初から最後まで細かく説明せずに済む事は有難い。
それでも説明不足にならないように、話の詳細が載った書類も渡し、彼が難しい顔で書類に目を通すのを見続ける。
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正直、彼の事を思うと心が痛い。
この件は、良い言い方をするなら前に進むためのきっかけになる。
悪い言い方をするなら、彼の状況、心身の事を考慮していない身勝手な話だ。
確かに話はしただろう、こういう事になっていると話した。
でも、これは彼に自分達の決めた道を通れと命令するようなモノ、そう考えると胸が痛む。
「あくまで仮定、こうしたいという予定の話だから、あなたが無理だと言えば、上も少しは考えてくれると思う」
だって、村が1つ無くなっているのだ。
それでいて体の傷すら完全に回復していない状態。
配慮が欠けているとしか思えなかった。
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だからいっその事、彼が首を横に振ってくれた方が私も気が楽だ…なんて思ってしまう。
「なるほど…。でも、まだ答えは決めかねてる」
「…そうですよね…はい。こんな話すぐに答えを出す事なんてできないですよね」
理想の返答ではなかった事に自然と肩が落ちた。
「どうした? 普段は綺麗に咲いた花みたいに可憐な顔をしているくせに、今日はやけに萎れてるな。表情が真っ暗だぞ」
「え?」
サグエの言葉に思わず自分の頬を手で押さえてしまう。
「ん? 首を縦に振った方が良かったか? でも、やるにせよ、やらないにせよ、小さな話じゃないしもう少し考えたい所だ。譲さんからしてみれば、お偉いさんに良い報告ができた方が良かったのかもしれないが」
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「い、いえ、そういう事ではなく」
暗い表情が良い返事をしてもらえなかった事によるものと勘違いしたサグエは、私を慰めようと首を縦に振れない理由を話し始めるけど、今度は私がそうじゃないと首を横に振る事となった。
「違います。私としては、やらない、と断言してくれた方がよっぽどマシ」
「あ、あ~」
「今回は、宮廷で聞いた話の詳しい説明が目的で、答えを貰うのが目的じゃないから。なんにせよ、やらないって断言しないという事はやってもいいって考えがあるのという事でしょ? じゃあ、尚更ちゃんと考えて答えを出さないと」
「ありがとう、もちろんちゃんと考えるさ。俺の為だけじゃない。ジョーゼのためにな」
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「はい」
そう…、ジョーゼのために…彼のその言葉が胸に残る痛みを強める。
騎士団に入ってそこで何かをするという事は、ここで生活をする時間が減るという事、それは他の仕事よりも長く、彼が良くても彼女も同じように受け止められるかわからない。
彼女にとっては彼こそが一番大きな拠り所、私やティカ、お母さまでは到底補いきれない大きさの存在だ。
多分私が彼にこの話を蹴ってほしいと思う一番の理由はそこだろう。
拠り所があるのと無いのとでは雲泥の差、そしてあったモノが無くなるというのは、元々無いよりもつらく苦しい。
「譲さん、また顔が萎れてるぞ?」
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「むぅ…」
指摘されるのはいい、自分の感情を制御できていない証拠だから。
でも、苛立ちを覚えるのはまた別だ。
「萎れているって言わないでください。まるで年寄りだって言われてるみたいでイラっとします」
「言い返せるぐらいの元気があるなら結構な事だ」
まるで遊ばれている…そんな気がしてならない。
別の苛立ちを覚え、それが顔に出ない様にと、自分の頬をパンッと叩く。
「じゃあ、話は終わりでいいか? 今日はジョーゼも一緒に外へ飯を食いに行く事になってて、あいつ早くしろってうるさいんだ」
「あ…そうなんですか。引き留めてしまってごめんなさい。でも、あと1つだけ、さっきの話と関係あるようでない話が…」
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確かにあの2つの件が私の目的であり家に帰って来た理由でもあったけど、感情的になり過ぎて外で待たせているプディスタの存在が、今の今まで頭から離れていた。
本当に自分らしくないと、もう一度活を入れるために頬を叩く。
「あなたを紹介してほしいという子がいて…」
「頬なんて叩いて、人を紹介したい人間の行動とは思えないが…。でも、今日のあんたは調子が悪いらしい。それで活が入るなら良い行動だな」
「ははは…」
サグエにまで、状態や行動の意図が見透かされていて何も言い返せない。
私はただただ苦笑いしか返せなかった。
「紹介か。別に構わないぞ。王都には知り合いも少ないし、それが増えるってのは良い事だ」
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「そ、そうですか。はい、ありがとう。なんか沢山押し付けるような形になってごめんなさい」
「なに、こっちは住む場所を提供してもらってる身だ。それに比べれば譲さんのお願いなんて、まだまだやり足りないさ」
そして私は彼にプディスタの事を話す。
最初は物珍しい話を聞くかのように、変わった奴もいるもんだ…と口から漏らしつつ、最終的にその変わった執着具合に興味を持って、サグエは何かを思い立ったかのように頷いた。
話の途中、部屋のわずかに空いた扉からこちらに恨めしそうな視線を送る4つの目。
私が先にその存在に気付き、釣られてサグエも気づくと同時に、それはこの場での話し合いの終わりを告げる合図となった。
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待ちくたびれで痺れを切らしたジョーゼと、彼女に合わせて楽しそうだからと参加したであろうティカ。
我が家のメイドはともかく、小さな魔法使いはこれ以上待てないのを全身から放つオーラで表していた。
その様子はまるで、隊以外の男性と私が話をしている時に見せるドルチェに近いモノに感じる。
だからこそわかる、これ以上彼女を待たせるのは良くないと思うのだった。
「ではジョーゼさんをこれ以上待たせる訳にもいかないので、今日は顔合わせだけという事で、別の日に時間を作りましょう」
サグエに用事が無いのなら話し合いも出来たかもしれい、でも先約があってそれがジョーゼともなれば、彼でなくても優先順位でどちらが上に来るかなんて想像に難くない。
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だから急いでプディスタを呼んで事情を説明しようと思ったのだけど、彼、サグエはその必要はないと私を止めた。
「譲さんはもう夕飯を食ったのか?」
「え? いえ、この後館に戻り、その時に…と思っていたので」
「じゃあ丁度いい。譲さん、この後の外での飯、あんたも付き合え、もちろん、外で待ってるアレンとかいうやつもな」
「え? でも」
「いいからいいから」
私としては、せっかくの2人の時間を邪魔してはいけないとの思いで、こちらの一方的な用事を早急に終わらせようとしているのに、サグエはこちらの話など聞かず、ジョーゼと一緒に渡しを外へと連れ出した。
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戸惑いを隠せない私とは対照的に、楽しそうでいて何を考えているのかわからないサグエは、意気揚々と建物の外へと出ていく。
『ご主人! あまり呑み過ぎちゃいかんぞ! でも! 酔い潰れてもティカが責任を持って介抱してやるから、安心して呑んでこ~い!』
元気よく手を振るティカの声は大きく、何の問題も無いかのよう。
それとは別に、私の手を引くサグエの背中を見ていると、なぜかこれ以上反論しても無意味だと思えてくる。
それを肯定するかのように堂々としたものだった。
ちょっと強引なその引っ張り方も相まって、外で待っていたプディスタが何事かと飛び出してくる。
その様はある意味予想通りで、その動きこそ、彼の生真面目さ故の良い所だ…。
そして、1人の未熟な騎士は魔法使いに出会うのだった。
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