第一話…「新しい生活と呼び出し」【3】


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「サグエさん、大丈夫ですか?」

「・・・今の俺が大丈夫に見えるか?」

 そう言って、彼は引きつった笑みを私に見せた。

 それを見れば、彼が今どんな心境なのか容易に想像ができる。

「宮廷に行くって事だけで、血を吐きそうになるぞ…。こんな押しつぶされるような重圧は初めてだ」

 基本的に落ち着いて物事を熟していく印象の強い彼も、さすがに今回は滅入っているようだ。

 こちらで生活をし始めての2週間は、動く事すら許されずにベッドの上の生活、動けるようになって適度な運動をする1週間の後、騎士団の人が屋敷に来て、村での出来事の聴取をした。


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 今までも問題の話はしていても、宮廷に赴いての話というのは今回が初めてだ。

「いくら田舎者だって言っても、これから一国の王に会うっていう意味が分からない程、世間離れしているつもりはない」

「サグエさんは王様をご覧になった事は?」

「無いに決まっているだろ。そもそも王ってそんなに見れるもんなのか?」

「え~…と、そうですね。この国の王様をそれなりの頻度で拝見する機会があると思います」

「・・・その王は大丈夫なのか? 勝手な考えだが、この国を背負った王が、不特定多数の人間がいる場所においそれと現れるのは、普通じゃあり得ない事だろ。いくら国民に慕われていたとしても、そうじゃない奴は必ずいる訳で、王の身の事を考えれば、そういった事は避けると思うんだが」


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「まぁ…それが普通の考えだと思いますよ。騎士団内や宮廷の人達も、等しくサグエさんと同じ考えです」

「・・・となると、この国の王は相当な自信家か、それとも怖いもの知らずか、とにかく俺の思い描く王という像には一致しないという事か」

「まぁ問題点が多いと言われてますけど、あくまでそれは政務外の所でなので、王様としての仕事はちゃんとしていますよ」

「例えばどんな問題が多いんだ?」

「お酒好きで意味もなく酒宴を開くとか、その日の分の政務が終わったからと宮廷を抜けだしたりとか、酔った勢いで酒場を一軒消し炭にしたというのは王都では有名な話ですね。それ以外には…」

「いや、もういい。これ以上聞いてると王様の威厳に関わってくる気がする」


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「そうですか? あなたがそう言うのなら構わないですけど…。でもこれだけは言っておきますね。もし宮廷以外で1人でいる王様と出会ってしまっても、決して王である事を話題にしてはいけません。あくまで自然に一市民と話をするように対応をしてあげてください」

「それはまたなんで?」

「王様の性格上、宮廷からの脱走癖を治す事は出来ないからという判断です。知っている人ならいざ知らず、宮廷の外、ましてやその辺の酒場に王がいるなんて誰も思いません。下手にこの人が王様ですと触れ回らなければ、誰も気づかないという事です」

「なるほど。俺みたいに王に対して、国王はこうあるべきって印象を持っている人間相手なら、その辺で王が酒を呑んでても気づかないし、本人だと思う事もしないって事か」


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「そういう事らしいです。それに正体がばれた事がきっかけで、色々な場所に危険が及びますから」

「まぁ抜け出している以上、護衛なり身を守る人間がいないから当然だな」

「あ、いえ、危険なのは王様の方ではなく周りの人達と言いますか、王に何かをしようとした相手と言いますか」

「・・・この話、もうやめるか」

「はい」

 王の話で良いモノも多くある…あるはずなのに、この瞬間はそれが頭に出てこなかった。

 サグエの緊張を解す為に始めた会話だったけど、どうも王に対して良い印象を与えられなかったらしい。


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 話せた事の内容的に、それも仕方ないと言えるけど…。

 政務をそつなく熟し、民の声を聞き、それに応えていく。

 民に近い立ち位置で政を進めていく事から、その信頼は厚い。

 厚いけど、だからこそ王様らしからぬ行動が、より一層の悪目立ちをしている…そんな印象だ。

 そんな付け足しをしようと思ったのだけど、時すでに遅しというか、馬車は無情にも宮廷に到着をしてしまった。

 宮廷の広さ…大きさは共に比べるまでもなく、ただ大きいだけじゃない精巧な飾りも見事な作りで、どこに目を向けても惚れ惚れしそうになる空間だ。

 王都オースコフでの生活も長いけれど、ここに足を踏み入れるのは初めて。

 どういう場所なのか、想像するだけだった場所にいるというだけで心臓が口から飛び出しそうな程に高鳴る。


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 先に馬車を降りたサグエが、降りる私の支えになれるようにと手を差し出し、ただでさえ緊張で心臓が破裂寸前だというのに、驚きでそれがトドメになりそうだ。

 でも、彼の行為を無下にはできないと、差し出された手を取って私は馬車を降りる。

 心臓の高鳴りを静める時間もなく、待ち構えていた使用人達が、私達を建物の中へと誘う。

 サグエはいつもと変わらない表情をしているけれど、上手く緊張をやわらげられたのだろうか。

 それとも私の意識のし過ぎ?

「まぁ、アレだ。緊張で気持ち悪くなって、吐き気も…、それが一週回って、むしろ回り過ぎて何が何だかわからなくなった」


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「そ…そうですか」

 それが真実かどうかは置いておいて、その気持ちはよくわかる。

 周りが妙な静けさに包まれているからか…、普段聞き慣れている音が全く無いせいか…、使用人の静かにするようにという言葉、石造りの廊下を歩く音、今聞こえている音が、より一層大きく響いているような気がしてならない。

 音が苦痛にも感じられる時間、その終わりを告げるように、使用人は大きな扉の前で止まり、扉を叩いて良く響く音を鳴らす、その先からの返答の後、その重そうな扉を開けた。

 中もなかなかに広い。

 何故か焦げ臭いが鼻をかすめるのが気がかりだけど、それは置いておいて、部屋は小さな家なら軽々と入ってしまうのではないかという広さと高さがある。


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 壁には絵画や装飾鮮やかな飾り、部屋を彩る花瓶に刺された花達、床には職人の手によって仕上げられたじゅうたん。

 そして、そんな素晴らしい部屋に水を差すかのように堅い表情を並べて話し合う男の人達。

 王都で生活をしている者なら1度は見た事のある人達は、国王の助言機関の人達、騎士団の総長に私の直属の上司であるポルコレ総隊長。

 合わせて10人そこそこの人達が顔を連ねていた。

 しかしその中に国王の姿はない。

『第6遊撃部隊隊長、アリエス・カヴリエーレ。プセロア村代表魔法使い、ガレス・サグエ。中に入りためえ』

 その中で、騎士団総長、名を「レジエン・ウォーム」が全く感情の籠っていない声で私達を招き入れる。


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 私は自分の表情がさらに堅くなっている事を気にする余裕もなく、その息の詰まりそうな部屋へと足を踏み入れ、その後を追うようにサグエも続いた。

 私達が入ると共に部屋の扉は閉ざされ、それが始まりの合図となって部屋の緊張感が高まっていく。

「貴殿らを呼んだのは、もうわかっていると思うが封印の杭の件だ」

 総長の言葉に部屋に集まった人間の視線が私達へと向けられる。

「報告を受け、数週間前に調査へと向かわせた者達からの報告が上がって来た。その情報を、現場で何があったか、この国で一番わかっているであろう貴殿らと共有したい、そして意見を聞きたかったため呼ばせてもらった」

「はい」

 緊張からか、それとも、総長の雰囲気に当てられたのか、意識せずに自然と言葉が漏れる。


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「すぐにでも話を始めたい所だが、その前に…。貴殿らは杭の一件で負った傷が未だ癒え切ってはいないだろう。特にサグエ殿、外傷では貴殿が一番の重症だ。今回の件はこちらとしても重大な事、呼び出した事に関して、今は謝罪の言葉のみですまないが許してほしい」

「え…、あ、ああ、はい。その言葉だけで大丈夫です」

 サグエの様子は、言葉は詰まり気味で大丈夫そうには見えない。

 でも、それも仕方ないとわかっていた事だろう、総長は軽く頷く。

「まぁ気を楽にしてくれたまえ…というだけでは、その緊張の糸がほぐれる事は無かろう。だがそう固まられては柔軟な会話…話し合いができるとも思えない。これはあくまで我々が正確な情報を得るのが目的の1つ、貴殿らに何かしらの不利益を与えるモノではない」


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 そう言われ、ガチガチに固まっていた緊張が僅かにほぐれたような気がする。

 こういう場所に来るというだけで、緊張から暗い考えが頭を過る状態になるから、その不安を晴らすという意味で今の言葉は有難い。

 その私達のわずかな様子の変化を感じ取ったのか、総長は近くに置かれた羊皮紙へと手を伸ばし、状況の整理のため、私達に質問を投げ始めた。

「サグエ殿、プセロアは封印の杭が動きを見せる時に祭事を行い、それを節目の時として、王都に売買目的の出稼ぎに来る。間違いはないかな?」

「は、はい」

「カヴリエーレ隊長、貴殿は騎士団の任を終え、休暇を与えられた。その際、彼、サグエ殿と会い、プセロアの祭事を後学の役に立てようと、彼の手伝いをするという形で同行をした。間違いはないか?」


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「はい」

「よろしい。では次、本題に入るとしよう。貴殿ら2人、プセロアに向かう途中、村とそう遠くない地点で、封印の杭の異変と思われる現象に遭遇した。見た事のない魔物、そして立っていられない程の地揺れ、どちらも過去の記録にも残っていないモノだ。これに間違いはないか?」

「「はい」」

「その問題を対処した後、貴殿らは無事に村に到着したが、村周辺は魔力濃度が濃くなり、村自体も壊滅状態、そして生存者は2名、後に1人が亡くなり1人となった。村に滞在中、山の中腹、封印の杭がある場所で戦闘をしているであろう音が響き、異変に対して土地勘のあるサグエ殿が先行、目的地に到着するも本来あるべき封印の杭は姿を消し、その代わりにいるはずもないドラゴンと遭遇、村人の生き残りを攻撃していたため敵と判断、そして応戦、途中からカヴリエーレ隊長が合流し、ドラゴンの討伐に成功するも、その後、ドラゴンの肉体は残らず消滅、代わりに赤い炎に包まれたドラゴンが出現、それと同時に貴殿らの体が炎に包まれ意識を失い、気が付いた時にはそのドラゴンも姿を消していた。間違いはないか?」


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「間違いありません」

 改めて自分達に起きた事を振り返ってみると、その場の流れ、激流に流されてされるがまま行動していたと感じる。

 他に選択肢が無かったとはいえ、無茶が過ぎるとも言えるし、よく生きていたものだ。

「貴殿らを疑うつもりはなかったが、あまりに突拍子のない報告だったため、我々も最初は疑った」

 それは当然だ。

 地揺れや見た事のない魔物はともかく、封印の杭の消失とドラゴンの出現は、吟遊詩人の創作した歌なのかとも思えてしまう。

「しかし、報告を受け、少なくとも封印の杭が無くなっている事は確認した。そして貴殿らに問いたい事がある。貴殿らが相手にしたドラゴン…、それは本当にドラゴンだったのか?」


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「え…?」

 総長は真剣な目で問いかけてくる。

「貴殿らを疑う気はないが、ドラゴンという存在に対して、我々は慎重に事を進めなければいけない。確たるモノが無ければ、大きく動く事は出来いのだ。だから貴殿らに今一度問う。貴殿らが相対したモノ、討ち取った存在は、本当にドラゴンだったか?」

「・・・」

 ドラゴンという存在は、我々にとって、善であり、そして悪という存在だ。

 五神竜という存在、邪神竜という存在、私達が相手にした存在がドラゴンであったなら、そのどちらかに属するモノのはず。

 五神竜は私達にとって守り神であり、信仰の対象でもある。


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 あれがもし五神竜の属する者だったなら、私とサグエの行為は神を冒涜する行為、神に対して宣戦布告をしたのも同義なものだ。

 逆に邪神竜に属する者だったなら、それは駆除するべき存在、そして邪神竜という存在に何か動きがあるという証。

 正直どちらに転んでも問題になる事は分かりきっているし、下手に動く事も出来なくなる。

 あれがもし、ドラゴンではなかったのなら、少なくともそれ関係の問題は無くなるだろう。

「わからない」

 私が思考を巡らせる中、横でサグエが口を開く。

「ドラゴンなんて見るのは初めてだし、いくらドラゴンだって死んだらその体はそこに残るはずだ。でもあのドラゴンは消えてなくなった。だから絶対なんて言えない。でも特徴はドラゴンそのもの。あの硬い鱗、甲殻、大きな翼に鋭い爪と牙、ガキの頃から聞かされてきた昔話に出てくるドラゴンの姿そのものだったよ」


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 そしてサグエは一歩前に出る。

「それに相手が何であれ、あいつが村の人間を襲っていた事は事実だ。証拠にはならないだろうが、俺達が戦った奴がどんな姿をしていたのかを知りたければ見せてやる」

 サグエは自身の左手の人差し指を強く噛み、赤い雫が出るとそれが水に溶かしたかのように宙へと消えていく。

 一瞬、赤い光が部屋を照らしたかと思えば、その手の平に子供程の大きさではあるけど、この数週間忘れる事の出来なかった存在と同じ姿をしたモノが姿を現していた。

 大きな翼に長い尻尾、まさにそれはプレロアで討伐したドラゴンそのものだ。

 それはただ形作られた彫像と同じように1つの姿勢を取っているだけだが、しかし、部屋の空気を変えるには十分だった。


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 聞き取れはしないけれど、部屋にいた人たちが明らかにその作り出されたドラゴンを見て、動揺と共に話をし始める。

 それが事実なのかを疑う声、その姿に恐ろしさを覚えるという声、反応は様々だ。

 しかし、そんな中で総長は真剣な表情でそのドラゴンから視線を外す事をせず見続けていた。

 そして、総長以外にも周りとは違う行動を取る人がいた。

「はっ。馬鹿馬鹿しい…。それが何だというんだ。その見せかけだけのドラゴンはあくまでその魔法使いの頭の中の産物を形作っただけだろう。そんなものは証拠にならん。どうせ戦ったのも新種の魔物かなんかだろうさ。五神竜様達や邪神竜なんかに関係したモノではないに決まっている。村の壊滅も大方野盗か何かに襲われたんだ。それをドラゴンだのなんだのと、大事にして楽しんでいるだけだ」


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 サグエの作り出したモノに、一番に言葉を投げたのはポルコレ総隊長だった。

「だからさっさとその醜い魔法を消せ。此処は神聖なる宮廷の一室、無暗やたらに魔法など使うではないわ、田舎者」

 相当虫の居所が悪いのだろう。

 自分の前に置かれた水を一気に飲み、コップを叩きつけるように机に置く。

「・・・とにかく俺の答えはこの通りだ」

 サグエは溜め息をつくように息を吐き、手の平に作り出されていたドラゴンが霞みになって消え、彼はまた私の横まで戻った。

「よろしい。サグエ殿が誠実な者である事はわかった。すまない、少々意地の悪い問いをしてしまった。貴殿らの討ち取ったモノの亡骸がない以上、それ以上の答えは出てこないだろう。自分もサグエ殿と同じ意見だ。そして、確実にその正体不明のドラゴンが封印の杭の消失に関係している可能性が高いと思うが、貴殿らはどう思う?」


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「はい私もそう思います」

「うむ。封印の杭の消失は、すなわち邪神竜封印の弱体化に繋がる。専門家の話ではプセロアの封印の杭は杭の中でも最小であるが故、今日明日と早急に事が進むモノではないらしい。しかしそれはあくまで予測であり確定ではない。だが、杭が無くなった事が事実な以上、それに対して我が国は前線に立って動いて行かなければならない。それにあたって、貴殿ら、カヴリエーレ隊長とサグエ殿、両名に重要な話がある」

 総隊長は一時の間をおいて、私達の顔を交互に見て口を開いた。

「プセロアに向かわせた者達が全員帰還した後、他国の封印の杭を含め、調査と監視、各国との連携の主軸となる隊を作り、その隊の隊長としてカヴリエーレ殿を推薦しようと思う。そして、その補佐にサグエ殿を付けたいと考えている」

 それは言葉で言うには簡単すぎるモノで、その中に詰まった責任の重さは私には測りしてないモノ。

 私とサグエ、2人して目を丸くしながら驚き、理解に時間を有する結果となった。


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