第一話…「新しい生活と呼び出し」【2】


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 伝達も必要最低限、できる限り情報を周りに漏らさないという意図があるだろうが、俺なんかがここで生活している事とか、今日までの自分を含めた関係者の纏っていた緊張感から、少なくとも何かが起きている…という事はここの使用人には伝わってしまっているだろう。

 それに加えて宮廷からの使者とか、大胆というかなんというか、本当に隠す気があるのだろうか。

「あいつはダメだ。いくら何でも子供がこれ以上背負えるモノなんて何もない」

 あいつ…、まぁジョーゼの事だが、上の考えは想像できる。

 俺が宮廷なんて大層な場所に呼ばれるのと同じ理由で、ドラゴンと杭の話を聞くためだ。

 その為にジョーゼからの話も聞きたいのだろう。


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 可能であればというのは、あいつの状態を考慮してか、宮廷からの話なのだから表面を一応取り繕っておいて、遠回しに来いと言っているのか。

 まぁなんにせよ、可能であればというのなら、俺は迷わず連れて行かないという選択肢を選ぶ。

 これ以上、あの件に足を踏み込ませる訳にはいかない、それは俺だけで十分だ。

 譲さんも俺の考えに賛同をしてくれたのか、俺の方を見て頷き、準備のために自分の部屋へと向かっていった。

 俺も薪割りで掻いた汗を水を浴びて流し、使わせてもらっている部屋へと向かう。

 屋敷の大きさに比例して部屋もそれなりの数があって、俺とジョーゼは居候の身ながら1人1部屋貸してもらっている。

 しかし、そんな屋敷に反比例して譲さんの家族は多くはない。


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 というか、譲さんを含めても、父親と母親、合わせて3人の家庭で、そこに執事とメイドが合わせて5人程、俺とジョーゼがその輪に加わってやっと二桁だ。

 その人口密度が、屋敷の広さをより際立たせる結果になっている…そんな気がする。

 単純に俺がこの広さに慣れていないとも言えるが、何にせよ、落ち着かない。

 自分用に用意された部屋に入ると、そこには必要最低限の家具が置かれた空間が広がっている。

 俺自身、荷物なんてあって無いようなもんで、部屋の端っこに追いやられていた。

 魔法使いらしい事をするにしても、少ないとはいえ高価そうな物が置かれている部屋ではやるにやれない。

 そういった事は、それができそうな場所を得てからだ。

 部屋へと入って、いざ着替えようとクローゼットを開けた時…。


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『ご主人んんんーーッ!』

 バタンッ!と大きな音を立てて部屋の扉が開かれる。

 それは、何事か…という驚きが起きなくなる程度に、俺にとっては慣れた出来事だ。

 元気よく入ってくる女性が一人、その後ろに付いてくる少女が一人。

 女性はここにきてからの知り合いだが、少女の方はそいつが赤ん坊の時から知ってる顔だ。

「こりゃあまた、騒々しい到着だな」

 白と黒の衣装、メイド服に身を包む黒髪ショートヘアで毛先の白い垂れた犬の耳と尻尾を持った獣人種の女性、名前はティカ。

 俺は、驚きはしなかったものの、彼女のその元気の良さに少々気押される。


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「だってご主人、ティカの存在なんて最初からないみたいに行っちゃうんだもの!?」

「そりゃあ悪かった」

「その謝罪の言葉も聞き飽きたよ…。大人しくティカに世話させてくれよ~…」

 彼女はこの屋敷で働いているメイドな訳だが、仕事に熱心というかなんというか。

 譲さんが一番人の世話をするのが好きな子だからと、慣れない王都生活で不自由が無いように俺のお傍付きにした女性なんだが…、正直、村に向かう時の譲さんと同じように俺の苦手な種類の人間だ。

 何が苦手って、それは世話好き過ぎる所で、1人で生活してきた身としては、何でもやってもらえるというのは楽ではあるけど、それに比例して申し訳なさが付きまとう。


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 それには未だに慣れない。

「ジョーゼちゃんはこんなにも可愛らしくお世話のし甲斐があるというのに、どうしてご主人はこんなにも世話のかからないお方なのか!?」

 そういってティカは、自分の後ろについてきていた少女を抱きかかえて、俺に見せびらかすかのように、その柔らかそうな頬に頬擦りをする。

 その少女は、白と黒でティカとは違って大きなリボンが腰に付いたメイド服を着た、まさに馬子にも衣装と言いたくなる変わりようのジョーゼだ。

 声を失ったジョーゼは、初めは塞ぎ込んでいたが自分でもできる事として、村の事など忘れたかのようにメイド見習いとして、今はティカ達の手伝いをしている。

 まぁ外傷という意味では俺よりも軽傷だし、夢中になれる事ができたのは良い事だと、家主達の承諾を得てメイド見習いとして置いてもらい、その指南役としてティカが選ばれた。


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「さっきだって薪割りで掻いた汗を流してきたのだろう!? ティカはそのお背中を流させてほしかったのに! さっさと終わらせて部屋に戻って…、お傍付きのメイドを何だと思っているのか!? 身の回りの事を完璧に熟してティカの出る幕無し…、あと残ってるのは夜の営みだけじゃないか!」

「あんたこそ、お傍付きのメイドを何だと思ってんだよ」

 俺だけに言うのなら聞き流すなりすればいいが、この場にはジョーゼもいる訳だし、そういった事は控えめに願いたい。

 案の定、その辺無垢な少女の表情には疑問形の色が出ていた。

「世話のかからない人は嫌いです! お願いだから世話のかかる良い男になってくれご主人!」

「相も変わらず言ってる事が無茶苦茶だな」


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 第一、世話のかかる良い男ってどういう男だ?

 とりあえず、彼女が俺の為なのか、仕事の為なのか、はたまた自分の為なのかは知らないが、何かをしたくてうずうずしている事は嫌でも伝わってくる。

 そのやる気と勢いに押されて、軽いため息が漏れ、足元にあるさっきまで着ていた服の入った籠を手渡す。

「とにかく、着替えは誰かに手伝ってもらうような事じゃない。それでも何かしたいのなら、これを洗っておいてくれ」

「その言葉を待っていたーッ! 仕事だジョーゼちゃん行くぞッ!」

「…ッ!?」

 まるでお菓子を貰った子供の用に満面の笑顔ではしゃぎ、ジョーゼを小脇に抱えて部屋を出ていくティカ。


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 そして静寂が戻る広い部屋。

 ある意味、あの騒がしさは貴重かもしれない…、そう今この部屋を支配する静寂を感じながら思うのだった。



 遠くでティカが騒いでいる声が聞こえる。

 おそらくサグエの所だろうけど、彼の部屋と私の部屋、それなりに離れているはずなのに聞こえてくるとは驚きだ。

 それでも、彼女のような明るく元気な女性が1人いるというだけで、広い屋敷が暖かく感じる。

 普段、小隊の仲間達と別の場所で生活しているおかげで、それなりの騒々しさに慣れ、それがあるからこそ落ち着けるようになっている自分としては、この屋敷はいささか広すぎて、彼女のような存在は人の温かみを思い出させてくれて有難い。


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 その元気で温かい彼女の存在が、少しでもジョーゼという少女の助けになってくれる事を願うばかりだ。

 そんな事を考えながら、私は宮廷へと向かう準備を進めていった。

 宮廷には仕事で行く、だから騎士団の一員として胸を張れる鎧へと身を包んでいく。

 サグエの村へ行った時とは違う白銀の鎧。

 小隊での任務で常に身に着けている私の仕事服であり…正装だ。

 いつもは小隊の館に置かれていた鎧だが、プセロアに行く時、投げやり気味だった私は、自分の行き先をあまり知られたくないという理由で鎧を取りに館に戻る事ができず、屋敷に置かれた鎧を使う事にした。

 あれは私が小隊の隊長になるまで使っていたモノだ。


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 もう使わないからとこちらに置いておいたモノが、まさか役に立つとは思っていなかった。

 ドラゴンとの戦いで左腕の部分に損傷が見えるが、それを修復して屋敷に置いておくのも良いかもしれない。

 そして手慣れた手つきで鎧を付け終わった私は、腰に愛用の直剣を差す。

「どうですか? どこか変な所はある?」

 いつも通り着ているのだから、変な所などはないと思いたいけど、宮廷に行くという緊張感からか、誰かに確認してもらわないと気が済まない。

「大丈夫ですよ。凛々しく、そしてお美しいです、お嬢様」

 傍に控えていたメイドが、入念に私の周りを一周しながら確認し、軽く頷いてから答える。


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「ありがとう」

 微笑みを浮かべてお辞儀をしてくれるメイドに対して、私は手を振って部屋を出た。

 小脇にフルフェイスの兜を持って、今の心境はまさに戦闘に向かう直前だ。

 気持ちを落ち着かせるために、何度も深呼吸をしながら、階段を降りて玄関ホールへ出る。

 後はサグエと合流してから宮廷に向かうだけだ。

 しかし、玄関ホールに到着した時、そこにはサグエとは違う先客がいた。

 白髪交じりの茶髪で痩せ気味の体、そこから出るはかなくも優しい雰囲気は、誰でも心を許し、泣いている子供も泣き止ませんばかりの力を感じる。

『アリエス、調子はどうですか?』


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 そんな女性は私の母「マドレ・カヴリエーレ」だ。

 もともと体が弱く、普段は自室のベッドで安静にしている。

 だから、この場に母がいる事に、私は驚いた。

「お母さま? 私の心配よりご自身の心配をしてください。大丈夫ですか?」

「ええ、今日は調子が良いの。これならあの人の仕事姿を見に行けるかもしれないわ」

「お父さまはいつものように兵学院へ?」

「そう。新人を戦闘訓練でしごき倒してやるって、出ていく時に言っていたわ」

「あ~、それはまた…、新兵が泣いて出て行かなければいいけど」

 父である「パード・カヴリエーレ」は元騎士団員、今は退役して、騎士を目指す者達を集めた兵学院で戦闘訓練の指導をしている。


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『譲さん、待たせた。』

 父の意気込みが伝わり、思わず苦笑いをしてしまった時、サグエも玄関ホールに姿を現す。

「いえ、私も今来た所です」

「そうか」

 サグエは母に気付くと、軽い会釈ではなくしっかりとお辞儀をする。

「あなたも、ずいぶんとお身体の調子が良くなってきたみたいね」

 そう言って母はサグエの包帯が巻かれた手を取り、包み込むように手を添えた。

「これも皆さんのおかげです。今すぐには無理でも、この恩は必ず…」

 サグエも、母の優しさに答えるように左手を母の手に添える。

 随分と私の時と対応が違うモノだ。


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 目上の相手に対して礼儀を…という気持ちはわかるけど、それを言うなら私もその礼儀の対象になると思うのだけれど。

 年上だし、騎士団の小隊の隊長だし…、とりあえずなんか悔しい。

 見た目か…、それとも雰囲気か…、はたまたしゃべる方の問題?

 その悔しさを打ち負かしたくて、サグエに対して自分を上に見てもらうために何が足りないのか、何がそうさせるのかを考えてみる。

 しかし、残念な事にその答えは出てきそうにない。

『お嬢様。宮廷へ向かう馬車の準備が整いました』

 そこへ、執事長である「ジルド」が玄関扉を開けて入ってくる。

 さっき屋敷に入った時に真っ先に迎えてくれた人だ。

「わかりました。今行きます」

 ジルドの言葉にすぐ返事をすると、彼は頷いて外へと歩いて行った。


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「ではお母さま、行ってきます」

「ええ。失礼の無いように。二人とも頑張ってね」

 優しい微笑みと共に、軽く肩を叩きながら母は私たちを見送ってくれた。


 お日様がまだ上から私達を照らしてくれる時間、街は商業人や国民の行きかう音や、買い物をする声が飛び交い、この場所が平和で脅威などない事を証明するかのように賑わっている。

 それに引き換え、宮廷に向かう馬車の中はと言えば、向かい合う形に座った2人が何も言葉を交わさずに静寂が支配していた。

 話す事が無い訳じゃない。

 話をしようと思えば、今後の事で話さなければいけない事は沢山ある。

 怪我が治った後にどうやって稼ぎを得るかとか、生活面で話をしなければいけない事は多い。


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 私としては、魔法に長けた力を騎士団のために振るってほしいと願うけど、あくまでそれは私の願望であり願いだ。

 一応彼には話をしたけど押し付ける事は出来ない。

 ジョーゼの事もそう、あの子が望むなら、使用人として雇う事も出来る。

 その件も、落ち着いたら話をしなければならない事だ。

 そんなこんなで話す事はあるけど、この瞬間、話をしないのにはそれ以外の理由がある。

 単純に緊張していて言葉が出てこないというのが正直な所だ。

 何せ今向かっている場所は、この国を治めるお方が住む場所、宮廷。

 緊張しない訳がない。

 一介の騎士団員風情がおいそれと足を踏み入れる事の出来ない場所、王様がどういう人なのか、それを知っているからまだ私の方が気は楽だけれど、彼はそうもいかないだろう。


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