第一話…「新しい生活と呼び出し」【1】
そこにあるはずのモノが無くなった…。
突如出現したドラゴンは、魔法使いガレスと、騎士アリエスの手によって討ち果たされた。
その功績は大きいものの、それが明るみに出る事はまだ無い。
封印の杭消失とドラゴンの出現が関連しているかどうか、全てにおいてわからない事だらけだからだ。
そうでなくても、世界の平和の象徴とも言える杭の消失が与える影響は、決して小さいモノではなく、その公表には慎重を要した
事が起きた時、現場付近にあった村プセロアは1人の少女ジョーゼを残して全滅し、全ての真相を知る事ができなくなっている。
問題の数こそ少ないものの、その問題自体が大き過ぎて、原因究明も難航、とにかく詳しい事がわかるまでは公にする訳にはいかない、するべきではない。
---[01]---
それが国の、サドフォークのお偉いさんの間で纏まった結論だ。
そうして問題を解決するために村の方へ調査団を向かわせた。
それから何日が経っただろうか…、1か月は経ったような気がするけど、正直曖昧だ。
俺こと「ガレス・サグエ」は、自分の包帯がグルグル巻きにされた右手を見ながらそんな事を思う。
心の傷は時間が治してくれるのを待つしかない。
そう言い聞かせて、感情…気持ち的にだいぶ落ち着いていると、自分では思っている。
それでも体感時間というか、日にちの感覚が曖昧になっている辺り、まだ折り合いをつけきれていないのだろう。
---[02]---
今は夏真っただ中の昼間。
俺とジョーゼは王都オースコフにある、とある人物の実家に身を置かせてもらっている。
王都に逃げ帰って数日間、目を覚まさなかったジョーゼの事もあって、下手に部屋を借りて生活を開始するのは問題がある…と説得されてしまった。
その実家は、周りの建物の何倍もの広さを誇る屋敷で、庭も広いし、馬小屋もあれば剣術の訓練所もあり、至れり尽くせりで裕福な家なのだと一目でわかるモノだ。
まぁその話は置いておいて、俺としてもそれが正論だと感じたし、その時は先の生活よりもジョーゼの事が心配でしょうがなくて、現状に至る。
それからも身の回りで問題はあったし、大きかった。
---[03]---
王都に来て数日が経った時、ジョーゼが目を覚まして俺は胸を撫で下ろす。
しかし、その安堵感も束の間、問題が起きた。
『よかった…、よかった…』
大きな事が一度に押し寄せたせいで、心身ともに疲れ切っていた時の朗報。
目を覚ましたジョーゼに対して、衝動的にその体を抱きしめていた。
でも、安堵と共にこれから目覚めたばかりの少女に伝えなきゃいけない事があると思うと、その喜びは徐々に暗闇へと落ちて行く。
そして、自分の感情を制御してジョーゼから離れた時、問題が発生に気付いた。
『あ・・・。お・・・ぃ・・・』
やっと、聞き慣れたいつもの声が聞ける…、そんな小さな望みさえ崩れ去っていく。
---[04]---
ジョーゼは自分の喉に手を当てて、何度も何度も、俺に何かを訴えかけようとしたが、その願いは叶わずに…出てくる事なく終わった。
『ジョーゼ?』
最初はそれの意味する事が分からなかったが、少女の声にならない悲痛な叫びが届いたようなそんな気がする。
ジョーゼは、声を失っていた。
何度も絞り出そうとする少女を抱きしめ、その行為をやめさせる。。
日を改めて、紹介された薬師にジョーゼの状態を診てもらった結果、村での出来事が影響しているらしい。
物理的なモノではなく、精神的なモノ。
それ程衝撃的な事が、この少女の目の前で起きたと思うと、ただただ胸が痛い。
その瞬間、少女の近くにいられなかったという事実が、自分に対しての怒りへと変わるのも感じた。
---[05]---
そしてこれから彼女に話さなければいけない事の内容を思うと、まるで底なし沼に入ってしまったかのように、足は重くなるし、胸が苦しくなる。
だが、言わなければなるまい…と自分に鞭を打った。
声が出ない事の衝撃が落ち着いてきたジョーゼの、次の疑問はこの場所の事だろう…、そしてここにいる理由も…説明しなければいけない。
『ジョーゼ…、話しておかなきゃいけない事がある。できればお前がもっと元気になってからって思ったが、変に期待を持たせたら後が辛くなる…、だから、酷かもしれないけど、今言っておく。これから話す事はとても悲しい話だ。俺もまだちゃんと受け入れられたかわからない。だがこれだけは言っておく。俺が一緒だ。お前は1人じゃない』
適当な事、適切な言葉を送れたかはわからないが、左手でジョーゼの手を握り、全てを、何も隠す事なく話した。
---[06]---
最初はただ無言で、そして頭がその話を理解し始めた時、その目からは大粒の涙が流れ始める。
声が出ないにもかかわらず、その嘆きは俺の耳にしっかりと届いた…。
『サグエさん、大丈夫ですか?』
俺が絶対に忘れてはいけない事を思い返している時、後ろから女性の声が届く。
振り向いた先にいたのは、「アリエス・カヴリエーレ」、この屋敷に住む事を提案してくれた人だ。
「肉体面で言うなら、問題なく元気だ。今はジョーゼが目を覚ました時の事を思い出してた」
最初の始まりは偶然だったが、ここまで何だかんだと縁のある人だし、別に隠す事でもないからと素直に話す。
---[07]---
「何かつらい事があった時は、忘れようとするんじゃなくて、とにかくあった事を思い出してそれを受け入れるようにいているんだ。別の言い方をするならその辛さ悲しみにさっさと慣れるよう努力するって感じだな」
その辛さに慣れてしまえば、あとあとふとした時に思い出しても動じる事が無くなるからな。
「後は鈍った体を叩き起こすのも兼ねてこれをな」
そう言って、俺は自分の足元に転がる薪を指さす。
右腕の件以外にも著しく身体的な疲労が溜まっていたらしく、薬師からはとにかく安静にしていろと釘を刺された。
おかげで仕事も出来ないし、当然金を稼ぐ事も出来ない。
でも自分の家で生活をしている訳でもなく今は居候の身、何もしないというのは違うというか、気持ち的に許せなかった。
---[08]---
だから、ここで生活している以上、何かしらの役に立ちたいと思い、薪割りをやらせてもらっている。
「サグエさんの気持ちはわかりますけど、やっぱりもう少し体の調子が戻ってからでも…。私としては右手が完治するまで安静でいてほしいです」
「安静…ね」
譲さんの言いたい事は分かる、もっともな意見だ。
腕が炭にならずに済んだと言っても、それが重度なモノである事に変わりはない。
つい最近まで包帯だけじゃなく、下手に動かない様にと首から掛けた布で固定してたぐらいだ。
関係者の1人として、譲さんは心配してくれているんだろう。
そして、ついでに言うなら俺は右利きだ。
---[09]---
右腕が不自由なのは結構問題があるし、今もそのせいで薪割りようの斧も左手で持っている。
危険度で言ったらこれが一番高いだろうな。
「こればっかりは性分だな。魔法使いだからって、薄暗い部屋で延々と本を読んで、魔法の修練をする…なんてのは俺には無理だ。と言っても、そんな魔法使いは村にはいなかったが」
何かをしていないと気が済まないんだ。
場所が変わったのは仕方ないとして、いつもやっている事をやらなくなるのは精神的に毒というか、とにかくよろしくない。
「まぁ、俺の事をあ~だこ~だ話した所で面白くもなんともないだろ」
「いえ、そんな事は…」
---[10]---
「そっちは? またその辺を歩いてきたのか?」
「・・・はい。これは私にとってのノルマみたいなものですし」
「俺が言うのもなんだが、あんたも安静にしてろって言われてなかったか?」
「言われていますよ。言い方が悪いんです。あくまで私がやっている事は散歩ですから。それに私はサグエさん程酷い状態でもないですし、安静にしてというのも念の為にできるだけ…です」
「もっともな事言ってるようでただの屁理屈だな」
「そうですね。私も仕事をやらせてもらえなくて、少々鬱憤が溜まっているんです」
「そこはお互い様って事か」
「はい」
俺や譲さんがこうやって暇を持て余している理由には、安静にしていなければいけないという事以外にも原因がある。
---[11]---
それはドラゴン出現と封印の杭の消失の件だ。
規模の話をするなら、そちらの方が当然大きいだろうな。
2つは言うなれば国の一大事、早期解決ができるならそれを全力で推し進めなければいけない案件。
今、村の方へ調査に行っている連中がその調査を終えて帰って来た時、最重要人物という位置づけになっている俺達がいなければいけないという事だ。
状況を知り、村から生きて帰還した人間は3人。
俺、譲さん、ジョーゼで、ジョーゼはその辺を説明できるような状態でもないし、それを背負うにはまだ幼過ぎる。
当たり前の結果として俺と譲さんが残り、いつでも話が聞けるようにしておく必要があった。
---[12]---
「まぁ日数的にそろそろ調査団が戻ってきてもおかしくない。譲さんにとっての窮屈な生活はもうすぐ終わるさ」
「それは…そうですけど…。というか、言いたい事が1つあります」
きたか…。
「その譲さんという呼び方、さすがに受け入れられないと言いますか…なんというか…」
このやり取りも何回やっただろうか。
ここで生活をするようになってわかった事だが、どうやら譲さんは俺よりも年上らしい。
それをお互いが認識して以来、譲さんは譲と言われる事に違和感を強く感じているとか。
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こちらとしては、それなりにしっくりくるというか、言いやすいというか、それに今更別の呼び方という方が違和感を覚える…、という感じてお互いの意見の食い違いから、やめろやめないの繰り返しだ。
「別に呼び方なんて気にしなくてもいいと思うんだがな」
「わ、私も今まで気にしてこなかったけど、なんかサグエさんにそう言われると…こう…背中がムズムズすると言いますか…」
「慣れればいいだけだと思うけど」
「え~…」
譲さんは、嫌悪とかではなく困ったというか、もう許してください…と言いたげな表情を見せる。
祭の件で村に向かった時は、頼み事と言っても彼女にとっては仕事という意識があったからか、それはもう真剣な表情で肩肘を張っていたというか、とにかく集中していますという表情をしていたが、今はその逆だ。
---[14]---
力が抜けているというか、警戒心などない状態。
まるで友人と話をしているようで、それは彼女との距離が雇う側と雇われる側という仕事の関係から、友人という関係に進展している事の証明で、素直に喜ぶべき事だ。
「別に悪口を言っている訳じゃない。単なる愛称だ」
「それはわかってるけど…」
一応彼女は、この国の騎士団で、小隊の隊長をしている程の実力者。
俺にとっては正直縁無き事で、その点に対しての意識はそう高くはない。
だから認識にズレがあるのはしょうがないし、彼女にとっては隊長としての威厳みたいなものでそれを受け入れる事が出来ないのだろう。
まぁ俺の勝手な結論ではあるが。
「はぁ…、サグエさんも頑固者ですね」
---[15]---
そう言って譲さんは肩を落とす。
「その言葉はそっくりそのまま返そう。あんたも大概頑固者だ。その辺は残念ながらお互い似た者同志らしい」
「嬉しくないですね…」
「全くだ。・・・ん?」
ゾクッ…。
その時…、背筋に冷たいモノが伝うような寒気が俺を襲う。
最近、譲さんと話をしている時に良くある現象だ。
それも、最初の体を気遣う会話とか仕事の話とか、そういった会話の時ではなく、今のような世間話とか譲さんが少し感情的になった時とかによくある。
「どうかしました?」
---[16]---
「いや。なに、今日は体を動かし過ぎたのかもしれないって思っただけだ」
まぁ譲さんが気迫じみたモノを放って、俺が知らず知らずのうちにそれに反応していたって事だろう。
「では、今日はこの辺にして、いったん屋敷に入りましょう」
「ああ、そうするのがよさそうだ」
譲さんに促され、薪割りの後片付けをした後、後ろをついて行く形で彼女と一緒に建物に入っていった。
『お帰りなさいませ、お嬢様』
入って真っ先に聞こえてくるのは、譲さんを迎え入れる白髪でビシッと執事服を着こんだ使用人の言葉だった。
隠す気も無い、この屋敷は他でもない譲さんの実家だ。
---[17]---
正直、田舎者の身である自分としてはこんな広い建物が実家という事に驚いて、それ以外にどこに驚けばいいのかわからない。
広い敷地に、大きな建物、その中で住人の世話をする使用人、メイド、ほんとどこから驚けばいいのか今でもわからないな。
「ただいま」
「お嬢様、先ほど宮廷の方から使者が参られ、至急、王の元へ…と」
「・・・分かりました。すぐ準備をします」
宮廷に王…、少し前までは自分とは全く無関係な存在と思っていたが…。
「その際、サグエ様も同行するようにと。可能であれば彼女も…」
こうして当事者になってしまった今、無関係などと言っていられる状態ではなくなってしまった。
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