第六話…「死んだ道と生まれた道」【2】
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生物に、心臓の代わりに水晶がある…なんて聞いた事もなく、確証はないけれど、それが何かしらドラゴンに影響を及ぼしているモノだと読んだ。
それに、何が起こるかわからないけれど、他に策はなく、後は手当たり次第に当たるのみ。
もはや使い物にならず盾とは言えない黒くひしゃげたそれを捨て、剣を抜き、そしてドラゴンに向かって全力以上の力で、私は駆け出す。
相手がまた動き出すまで、どれだけの時間があるかもわからないし、かといってそれを有徴に確認していく余裕はない。
彼は、できない…の一言を口にはしないけれど、あれほどの威力を持った魔法を、そう何回も使えるとは思えないし、だからこそ、これで決める意気で突っ込んだ。
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普段やらない力任せな魔力を鎧に注ぎ方をし、今できる鎧の肉体強化を限界まで引き出す。
体に異常が出るのは想定済み、骨が軋み、ブチブチと何かが切れるような音が聞こえる気がするけれど関係ない。
生気を失い、ぐったりとしたドラゴンの体が脈打つ。
その変化を感じ取った私は、とにかく足に力を込めて、全力で地面を蹴った。
走るのでは間に合わないと、そのドラゴンの胸に向かって飛びつき、その水晶らしきモノに直剣を突き刺す。
ガキンッと、まるで岩に剣を刺したかのような音と感触、その巨体が叩き飛ばされるようにして倒れ込む。
そして何か仕掛けを動かしたかのように、ドラゴンが悲鳴と共に体の再生を待たずに動き出した。
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速さと勢いをこれでもかと盛った私の攻撃は、もはや人の攻撃と言うには派手過ぎる一撃。
山から転がってきた大岩に直撃したかのような、そんな衝撃がドラゴンを襲っただろう。
水晶のようなモノに突き刺さった剣は、固くて抜く事ができない。
大きく動いて暴れ出すドラゴン、私は躊躇する事なく剣から手を放し、そしてその巨体を越えて、その奥へと跳んだ。
抜けない以上あの剣で戦うのは不可能、そんな中見えたのは、視線の先、地面に刺さった1本の直剣だった。
さっきまでドラゴンの胸に刺さっていたサグエの直剣、私は一心不乱にそれに近づいて引き抜く。
そんな私の動きを追うように、再生されていない体でドラゴンは立ち上がる。
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時間が無いと感じながら、私は一呼吸おいて再び走り出した。
さっきとは違う。
反撃される恐怖はあったが、それ以上に、あの巨体がいつまでも不格好に欠損している事の方が、私にとって重要だった。
私の攻撃、あの突き刺さった剣が理由なのか、それともあの再生能力に制限があるのか、理由は分からなかったけれど、私は自分の攻撃が効いているのだと自分に言い聞かせる。
言い聞かせて…、言い聞かせて…、そしてこれで終わりだと、終わらせるんだと自分を奮い立たせた。
大きな口が私を噛み殺そうと迫ってくるのを、寸でのところで躱し、そのままドラゴンの背後を取るが、当然次はあの長い尻尾が私を襲う。
しかし、その攻撃は私が動くよりも早く防がれる。
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尻尾が振り下ろされる瞬間、ドラゴンの背中に何か長細いモノがぶつかって体勢を崩し、それが何だったのか気にも止めず、私はドラゴンの水晶に、今度は背中からサグエの剣を突き刺した。
さっきよりも勢いや力はなかったものの、突き刺した剣はすんなりと、その刃を通す。
元からそこに穴でもあったかのようにすんなりと。
そして、その一撃がトドメになったのか、ゆらりと体を揺らし、崩れるようにしてその巨体は倒れた。
そこからは、瞬く間に事が進む。
ドラゴンの体が液体のようになって形を無くし、2本の剣が刺さった水晶のようなモノに集まって、カタカタと震えると、私の視線の高さまで上がったかと思えば、刺さっていた直剣が地面に落ちて、今度は眩い光を放ち、立っていられない程の衝撃波…暴風を巻き起こして、跡形もなく弾け飛んだ。
右手は肩をかろうじて動かせるだけで、真っ黒になったそれは使えたモノじゃない。
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やってやるって意気込みはあるが、この腕じゃもう同じ攻撃はできないだろう。
最後の攻撃が当たってよかった。
視線の先で戦う譲さんも動けているが、どこまで持つかはわからない。
というか、この状況でまたドラゴンに再生されちゃ困る。
だから少しでもできる事があるのなら…そう思って槍を作って相手にぶつけた。
思いのほか遅く飛んでいくし、、威力はさっきまでの半分まで落ちていそうな状態。
それでも、疲労、損害…痛手…、動きに支障を来すモノをため込んでいたのは、俺達だけじゃなかったらしい。
再生能力を見て終わりが見えなくなっていたが、相手も存外に限界が近かったようだ。
槍で僅かに体勢を崩した隙に、ソレは譲さんにトドメを刺された。
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そこからの変化は見た事が無いモノで、村に帰る途中に遭遇した犬型の魔物連中のそれを連想させたが、同じモノとも思えない。
そして、何かが弾け飛んで起きた衝撃波、元々立ち上がれない状態でそんなもの耐えられる訳もなく、俺は地面に倒れ、何度も転がった。
幸いと言っていいか、それも一瞬の出来事ですぐに収まる。
空気の流れ、魔力の流れがあり、それが視界の先、ドラゴンがいた場所に集まると、魔力は1つの火の玉へと変わった。
譲さんが何かしたのかとも思ったが、そんな様子はない。
現れた火の玉は次第に大きくなり、その形を変えていく。
驚きはしなかった。
しかし、その変わる先に気付いた時、俺は言葉を失った。
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見覚えのある形、それは見間違う訳もなく、さっきまで対峙していたドラゴンそのモノだった。
それに気づいたのは俺だけじゃない
譲さんもまたその変化に気付き、地面に落ちた剣に手を伸ばすが、形作られていく火…炎がその邪魔をする。
そして、こちらが何もできない間に、その炎はその変化を終えた。
あのドラゴンと同じ姿だが黒い方よりも倍近い大きさで、赤い炎に包まれ、かろうじてその形を保てているという様子。
なんにせよ、この状況が俺たちにとって最悪な状態である事に変わりはない。
満身創痍な体を動かして、魔法の1発でも入れてやろうと身構えるが…、その赤い炎に包まれたドラゴンは、何をするでもなく、ジッとこちらを見続ける。
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そして次の瞬間、その眼に力が入るのと同時に、炭と化した俺の右腕と、右程ではないが酷い火傷を負った左腕に、文字通り火が付いた。
指先から段々と腕全体に広がり、熱さこそ感じなかったものの違和感を覚え始める。
「…ッ!?」
痛み、最初は小さく、徐々にはっきりとなり、それは今まで感じた事のない激痛へと変わって、言葉にならない悲鳴を俺は上げた。
それは、今まで、この戦いで感じていなかった傷の証拠、忘れていた痛みというモノをまとめて一気に感じているかのようだった。
『サグエさんっ!』
異変に気付いて、俺の名前を呼ぶ譲さんだったが、ドラゴンの眼は次に譲さんをとらえ、その左手に俺と同じように火が付いた。
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声こそ上げなかったものの、譲さんもまたその痛みに倒れ込む。
意識がはっきりしていたのはここまでで、視界が炎に包まれ、段々とぼやけていった。
意識が完全になくなるまで、そのドラゴンは何もせず、ただじっと俺達を見続けるだけで、最後にはその巨体の炎が消え始め、体が隅から消えていく。
そこには、火の玉すらも残らず、初めからドラゴンなんてモノはいなかったかのように、何も残さず消えていった…。
どれだけの時間、意識を失っていたのかわからない。
ほんの一瞬だったのか、何日も眠っていたのか、そんな事は調べようもない事。
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ただ意識を失っている間は、あの腕の状態が色んな意味で嘘だったかのように、まるで母親の腕の中で不安も恐怖も、何も心配する事のないやすらかな時間だった。
俺も譲さんも意識はなく、最初に目を覚ましたのが俺だ。
起きてすぐに目に映った光景が俺を混乱させる。
ドラゴンと戦っていたこの場所は、多くの草花が生い茂り、人の生き死にの痕跡をかき消して、ただただ穏やかに風が流れていた。
魔力の濃度は変わらず濃いままだが、今はそれほど体に影響がない。
意識を失っている間もここにいたせいか、おそらく体がこの濃度に慣れたのだろう。
そして、なにより俺を驚かせたのは、俺自身の体の事だ。
周りの状況を確認しようとして普通に立ち上がれたのもそうだし。それよりも自分の腕の違和感に驚いた。
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動かない時間が少なからずあったのだから立ち上がれるのはいい。
だがこの腕の状態はどう説明する…?
自分の魔法で真っ黒な炭になった右腕に、重度の火傷を負った左腕、そもそも目に映っていたのが腕だったというだけで、それ以外の箇所も魔法の影響を受けていてもおかしくないし、実際にそうなっていただろう、それが当然だ。
だが俺の疑問はどこかへと次々飛んでいく。
立ち上がった時に右腕に痛みが走ってとっさに視線を落とすと、そこには重度の火傷を負った腕が1本、それに気づいてしまったがために、警鐘を鳴らすが如く痛みが襲い始めた。
炭になっていた腕が一段階マシになって重度の火傷へと和らいで、もはやどこからその情報を処理していけばいいのか…、頭が混乱する。
立ち上がれている事とかを除いて、体の状態は1回目の無理に魔法を放った直後に戻っていた。
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最後の炎に包まれたドラゴンの力だろうか…、俺は炎に包まれた腕を思い出す。
その時の俺の腕は確かに炭だった…、自分で何を言っているんだと思えてくるが確かに炭だった…。
もしあのドラゴンのおかげなら、いっその事、完治させてくれてもと思わなくはないが、本当だったら死ぬか、生きてても腕はなくなっていた状態だった訳だし、これ以上の事を望むのは欲張り、我がままというモノか…。
今は可能性として、あの最後のドラゴンに感謝をしよう。
それからは未だ意識の戻らない譲さんを連れて村の方まで戻り、魔物魔人に対しての防護策をいくつか設けて、俺は村人の埋葬をし始めた。
本当だったら、そんな事をせずにこの場を立ち去った方がいいだろうが、ここは自分の生まれ育った村で、なにより生き残った者として、死んでいった連中をちゃんと送ってやる義務がある。
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それにただでさえ魔力濃度が高いんだ。
それが村に戻った時より広範囲に広がってる可能性もあるし、ここが危険だからと無理に移動する方がリスクは高い。
せめて、譲さんが普通に動けるようになるまで、それまでは動かない方が良いという言い訳だ。
右腕が使い物にならない状態、包帯でぐるぐる巻きになっていて、しかもそれが利き腕だから、なおさら困る。
しかし、そんな状態であっても俺は手を止める事はなく、おそらく全員であろう村人を集め終え、墓を作って火葬をしていく。
もはや誰なのかわからなくなった死体が多いせいか、涙は流れず、ちゃんとした実感が沸かずに、心にはただ喪失感だけがあった。
永遠の別れになるのなら、もう一度会いたい人はいる。
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婆さんに村長に…、言い始めたら全員になっちまうだろう。
『サグエさん?』
何人目を見送ったかわからなくなってきた所で、後ろから譲さんに声をかけられる。
「起きたのか。体の調子はどうだ?」
「今の所は体のどこにも問題はありません。起きたばかりで気だるさはありますけど」
「なら大丈夫だ。そっちがもう少し動けるようになり次第、ここを離れて王都に行く」
「はい」
「悪かった」
「え?」
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譲さんがここに来るきっかけを作ってしまったからとか、酷い事に巻き込んでしまった事に対する謝罪ではなく、もちろんその事もおいおい言うつもりだが、それよりも先に謝りたい事があった。
「姉さんの事。あんたに無理を言っちまった」
そう言って、俺はとある亡骸の所へ足を向けた。
「分かってた。今生きていたとしても、無理だって…。どんなに治療したとしても、あの状況じゃ助からないって」
「・・・」
「俺のわがままに無理やり付き合わせた。さっさと諦めて、あんたと一緒に山を登ってたら、助かる命があったかもしれないのに…」
俺はしゃがんで、亡骸をその目に焼き付ける。
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重度の火傷を負った女性と、右腕を無くした少女。
姉さんとヴィーゼは、ただ永遠に眠り続ける。
「サグエさんは間違っていません。山の方に生存者がいるかなんて誰にも分らず、こちらは2人。あの時、私があなたと同じ立場だったら、同じ決断をしていました。だからあまり自分を責めないでください。あの状況で取れる選択肢なんてほとんどなかった。それでもあなたのおかげで救えた命があります」
今もなお眠り続けている少女が馬車にいる。
その子しか助けられなかったと取るか、その子だけでも…だけだったとしても助ける事が出来たと取るか…。
「ありがとう」
「いえ。私も謝りたいです。国を守る騎士として、サグエさんの村を守れなかった」
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「あんたのその謝罪の方こそ間違ってる。村を守るっていうその気持ちだけ受け取っておくさ。譲さんの方こそあまり気負うなよ。何があったかは調べないとわからねぇが、こんな天変地異みたいな出来事なんて誰も予測なんてできやしない」
「そう…ですね」
「あのドラゴンと戦った場所には、本当だったら封印の杭があったはずだ。祭が始まってたなら、あそこで魔物を狩る。わかる範囲であそこにあった死体を見たが、少なくともただの魔物に負けるような連中はいなかった。突然現れたドラゴンに、無くなった封印の杭、ドラゴンなんて邪神竜でもなきゃ崇めるべき対象だ。だから尚更わからん」
「はい。ドラゴンの見たという報告はもう何年も、最低でも私が生まれてから聞いた事がありません。あのドラゴンが封印の杭と関係があるとして、その杭が無くなるなんて事、歴史上で初めてです」
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「封印の杭が無くなるなんてほんと誰も想像すらしちゃいなかったろうさ。大事件…なんて言葉じゃ軽すぎる。ほんと天変地異だ。まぁここは辺境とはいかないまでも田舎も田舎、情報の拡散には時間が掛かるだろう」
「そうですね。事態が好転する事は無いにしてもやる事は多くある。できる限り早く王都へ戻り、状況の報告をしましょう」
「ああ。俺で良かったら協力する」
「はい。では、まずは村の方々の埋葬…ですね。私も手伝います」
村人の事は俺に任せろ…と言おうとも思ったが、譲さんは譲さんで決して彼女のせいではないというのに負い目を感じていて、この場から突き放す事は出来なさそうだった。
彼女からしてみれば、助けられなかった罪を少しでも償いたい、そんな面持ちだったのかもしれない。
『お姫様あああぁぁぁーーーッ! おーひーめーさーまーーーっ!』
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村人の埋葬がほとんど終わった頃…、静かだった村跡に響く女の声。
真っ先に驚いたのは譲さんで、聞けばそれは同じ隊の部下らしい。
俺にとっても見覚えのある男もいて、譲さんは状況の説明をすると共に、見覚えのある男の方に情報伝達の任を与え、早々に送り返した。
助け舟とでも言えばいいか、思わぬ来訪者に俺と譲さんはただただ安堵する。
小さい…、おそらく小人種の女性は魔法の知識、医療の知識を持っているらしいく、譲さんは迷わず、馬車で眠る少女ジョーゼを診るように指示を出す。
正直有難い事だ。
できる限りの事はしたつもりだが、それでも不安はある。
今はとりあえず死ぬような、危険な状態にならないでくれと祈るばかり。
女性は医療だけではなく、戦闘も熟せるほど優秀で至れり尽くせり、最初の予定よりも十二分に早い出発ができそうだ。
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譲さんが目を覚ました事で、未だ意識が戻らないのはジョーゼだけ…。
できる事なら、酷かもしれないが…、村の…皆との別れをさせておきたいという気持ちもある。
もうここには帰って来られないと、早い内に、少しでも期待を持たせる前にわからせた方がジョーゼのためになるだろう。
そう思っている自分がいる一方で、村を出るまで、ここから少しでも離れるまで目を覚まさないでくれと思ってしまう自分もいた。
こんな光景を見るのは俺だけで十分だ。
まだ子供のジョーゼに見せるべき光景ではない。
どちらの思いも胸に抱えながら、俺は早まるであろう出発のために準備を始める。
不幸中の幸いというべきか、村と離れた俺の家は燃えずに済んでいた。
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あくまで燃えずに済んでいただけで、物の見事に傾いて、場所によっては屋根が落ちている有様だ…。
到底人が住めない状態となった家から、使えそうなモノを少しでも多く取り出していく。
飼っていたニワトリも死んではいなかったが、魔力に当てられてかなり衰弱していた。
それを見て、改めて真っ当な生き物が住む環境ではないと思い知らされる。
魔力の濃度に慣れ始めた自分に突きつけられたそれは、俺の胸に刺さるモノだ。
生まれ育った村、土地は死に、もう戻って来れるのかもわからない状態となった。
そして、生き残ったという事、生きているという事は、まだ俺の前に道は続き歩いていく事が出来るという事。
本来あるべき道、本当だったら進んでいた道は死に、新たに生まれた道を俺は行く。
唯一助かった命を守る事を誓って…。
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