第三話…「待つ者達と帰り道」【2】


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 傭兵ではなく、国を守る騎士団の人間、しかもその隊長の人間と行動を共にしている訳だし、話の1つや2つしておいても損はないだろうと思うんだが…。

「悪いな。いつも傭兵連中の相手をする事が多いから、騎士団の人間相手にどう接すればいいかわからなくて」

「いえ、私も普段とは違う環境で、少しでもいつも通りにしようとしてしまっているので…」

 いざ話を…と思うと、最適解が出ないというか、普段通りに行かずに、どこか堅苦しくなる。

 しょうがないにしても、解消法なんてパッと思いつく事はない。

「そちらの封印の杭の現象は、王都のモノとそう変わらないのですか?」

「ん? ・・・あ~そうだな。杭自体の現象はたいして変わらないはずだ。杭の大きさに差があるからか、その現象が発生する頻度にズレがある程度らしい」

「では、そちらで行われるお祭りというのはどういったモノになるのでしょう?」


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 俺と同じで、彼女もまた普段と違う環境にいる事で、探り探りである事はこっちと同じだろう…、そのぎこちなさが早く解消されればと、思い付きの会話にお互いが食いついて行った。



 急に話をするかと言われて、正直なんでこんな時にと思う。

 でもそれが、彼のこの場の空気をどうにかしようとする目的だと感じ、会話しようとする流れが切れる前に私からも話を始めていた。

「祭りは…どうだろうな。そちらの祭には参加した事が無いし、どういったモノか俺は知らない。こちらのそれは成人の儀と宴会、どんちゃん騒ぎをするという意味で言ったら、話で聞いたそっちの祭と対して変わらないかな。そっちも長々と大人子供関係なくはしゃぎ倒すんだろ?」

「何か語弊がある気がしますが…そうですね…、そんな感じです。こちらのお祭りは、邪竜封印が封印の杭を通して、生きていると確認できた事を祝うお祭りです。封印の杭を中心に王都全体を踊り歩くのです」


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「踊り歩く…か。そりゃ~うるさい程に賑やかそうだ」

「ええ、封印の杭がいつも守ってくれている事を当然と思わず、街総出で、大人も子供も、男も女も関係なく、踊るという形で応援をする、踊る者は自身の体力の限界まで街を踊り歩く。そしてその踊りには、サドフォーク全土ないしは他国からも多彩な大道芸人の方々も集まるので、踊れない人でも楽しめるモノとなっています」

「王都というだけあって、こちらとは規模も内容も違うモノだな」

「まぁ、王都…人の集まる中心ですから」

「こっちのは、封印の杭の力が一番強く出ている時に集まってくる魔物や魔人を討伐して、杭がいつでもその務めを果たせるように周辺を整備する事を成人の儀とし、その対象の子供の成長を祝うモノだ。それらが終われば、その後は長々と宴会。魔物の肉とか、村で取れた野菜類を使った飯をたらふく食べる。封印の杭の現象はある意味で俺達にとっては節目でもあり、食料とかはそれを期にその大半を消費して新しく入れる」


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「なるほど、だから王都で多く買い物をする訳ですね」

「そう。保存の利く食料とか調味料とか、次の祭まで持つ量を仕入れる、下手に村の近場で済ませようとすると、そこいら一体の物の買い占めになったりするから、王都へ行くんだ。話に戻るか、呑んで食っての宴会は何日も続く、食べている魔物は封印の杭が呼び寄せたモノ、村ではそれを封印の杭からの恵みと捉えている。だから何日もかけて、成人の儀で取れた魔物の肉を食いつくす。今回の祭でも大量の恵みをくれた事を、封印の杭に感謝してな」

「な、なんか王都のお祭りとは別の意味で大変そうですね」

「そうだな。そっちは踊り疲れで、こっちは食い疲れだ。聞いているだけだと王都の方が聞こえは良い」

「では、そちらの村の成人をしている方達は皆魔物に後れを取る事のない力を持っているみたいですね」


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「場合にもよるけどな。でも、そこらの魔物や魔人に負はけないと思うぞ」

「なるほど。そこはさすが魔法を極めた者の住む村と言った所ですね」

「極めた…ね。全員が全員、立派に魔法使いをできる訳じゃないんだがな」

「そうなのですか? それはどういう意味でしょう?」

「人間同士、身長に個人差があるように、魔法を使う才能ってのにも個人差がある。親が魔法の才能に長けた人間でも、子供が魔法の天才になれるとは限らない。不器用な奴はとことん不器用だし、できる奴はどんどん先に行く。剣豪の子供だからって、そいつも剣豪になれる訳じゃないだろ? それと一緒だ。魔法を極めた魔法使いの村と言えば聞こえはいいけど、結局はそっちが思っているような所じゃない」

 私が身近で体験している魔法は、発声魔法と杖魔法、あとドルチェが使役魔法を使う事ができるけれど、でもやっぱり目に付くのは最初の2つだ。


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 練習をすれば誰でも扱えるようになるもので、特別な才能を強く要求される事はない。

 だからこそ、魔法を極めた村を、物理的ではなく感覚として遠い存在…場所と捉えていた。

「サドフォークは誰でも魔法を使える環境が整っている。杖魔法がその代表だが、それが当たり前になっているから、あんたの感じ方はおかしくない」

「では、サグエさんは魔法を使うのが苦手…という事ですか?」

「どうして?」

「あ、いえ、気を悪くされたならごめんなさい。あなたと行動していて、魔法を使う所を見た事が無かったので、それで…」

「あ~。別に俺は魔法を使えない訳じゃない。村基準で言えば人並みに魔法を使える方だとも思う」

「ではなぜ?」


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「禁止されている訳でもなくて、俺自身が魔法に頼り過ぎないようにしているだけだ。まぁそれも絶対という訳じゃなくて、使うべき時は使ってる。王都を出てここまで、そもそも魔法を使わなきゃいけない場面なんてほとんどなかった、ただそれだけだ。火を起こすのに魔法を使う必要はないし、暗い中を移動しなきゃいけない場面もない。今の所、使った魔法は1つ、一定範囲内に入ってくるモノを感知する程度のモノだけだ」

「そんな魔法を使っていたのですか?」

 言われるまで気づかなかった。

 彼を監視する事が仕事という訳ではないから、行動の全てを把握している訳ではないけれど、それでもその魔法に関して今まで気づいていなかった自分に驚くし、私に気付かれずにそんな魔法を使っていた彼にも驚く。


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「今いるこの場所を中心に円を描くように壁を作るイメージだな。後はその壁を何か大きいモノが通過した時に自分に知らせるだけだ。眠っている時に目を覚まさせる程度の刺激を与える。一回使えば、俺が魔法を消すか、何かが壁を過度に通過したりするまで消える事はない。それをやっている間は俺の魔力が消費され続けるのがたまに傷だが、夜から朝まで感知する程度のモノなら大した問題にはならない」

「興味深いですね。少なくとも私の身の回りにそういった事ができる人間がいないので」

「杖魔法は、杖ごとに決まった魔法しか使えないからな。しかもその効果も即席なものばかり。こういった持続し続けるのは珍しいか」

「はい、とても。一言で魔法といっても、やはり種類によってこうも違うモノなんですね。興味深いです」


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「そうか? ・・・他に聞きたい事はあるなら、言える範囲で答えるが?」

 その瞬間だけは、雇われ騎士と依頼人…という立場は消えていた。

 それはまるで、教師と生徒…のような、そんな関係。

 私は素直に彼の言葉に頷き、彼もまんざらでもない表情を見せながら、出来上がったスープを用意して話を始めた。



 俺はそっと胸を撫でおろす。

 とりあえず、あのぎくしゃくした空間を解消する事が出来て一安心と言ったところだ。

 せっかく村まで世話になる訳だし、相手が誰であれ、お堅い状態で来てほしくはない。


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 彼女の緊張というか気持ちの空回り状態…、解消するための話は結局日が昇るまで続き、お互いもやってしまった…と反省する形にはなったけど、その結果は良いモノだった。

 少なくとも、彼女との関係は良い方向に傾いたと思う。



 青い空に、俺の肌を焼く太陽の日差し、そして焼かれた肌を冷やさんと吹く涼しい風。

 暑いと言えば暑いが、過ごしにくいっていう天気じゃない今日。

 ただの呑んだくれではない俺は、決して狭くない王都を今一周走ってきた所だ。

 手ぬぐいで、額やら腕やら、ダラダラと流れる汗の気持ち悪い感触を捨て去るように拭っていく。


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「・・・今日もか」

『レッツォ?』

 自分の家とも言える館に戻って来るや否や、俺の目に入ってくるのは玄関前で座り込む…文字通り小さなドルチェの姿だ。

 一瞬、子供が助けを求めに来た姿と見間違えてしまいそうな、その光景に呆れてため息をつく。

「普段から必要以上に日焼けはするなって隊長に言ってる奴が、今度は日焼けなんて気にせず、いつ帰るかもわからない主を待ち続けんのか? 捨て犬かよお前は」

 呆れながら出てきた言葉は、悪口以外の何物でもなかった。

 しかしこいつはそれに対して反論する事なく、目の前をジッと見続ける。

「はぁ…」


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 ドルチェは強い人間だが、支えが1つ無くなっただけでこれだ。

 もはや支えというより主柱だな。

 あれを見ていると、何だかんだ言っても隊長は隊長なんだなと実感できる。

 俺は部屋に戻って新しい手ぬぐいを持ち、食堂でお茶を貰って、それを持って玄関へと戻っていった。

 隊長が自由気ままな旅行に出てから数日。

 最初こそ驚いたが、隊長は自分が熟すべき仕事をしっかりと終わらせていなくなったから、混乱は最小限に抑えられている。

 もちろん、いない間に何か問題があったらどうするんだ…と考える奴らもいたが、そこは普段から役割分担をしていたおかげで問題はない。

 そもそも隊長1人いないからって機能不全を起こすような隊が、一体なんの役に立つというのか。


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 その辺を隊長がしっかりと理解していた結果だな。

 まぁ今回は隊長だけに限らず、1割程度の兵が帰郷していなくなっているが。

 それでも、ここに機能不全を起こしてる奴はいて、俺は新しい手脱ぐいを雑にそいつの頭へと被せる。

「そこで隊長の帰りを今か今かと待つのもいいけどよ。さすがにこの暑さへと対処ぐらいしろってんだ。もしぶっ倒れたら、帰ってきた隊長が気分悪くなるだろ」

 さすがに面と向かって、心配だから…とは言えずに、遠回しに、しかも隊長をダシに使って、ドルチェの体調を気遣う。

「それは嫌」

「だったら、シャキッとしろ。飲み物は?」

「いる…」


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 彼女へ持ってきたお茶を渡す、それをチビチビと飲み、張っていた気を抜かすかのように、ふぅ…と息を吐いた。

 誰しも沈んだ空気を纏う事はあるし、それを咎める気はないが、こうも人が行き来する場所でジッと待たれたら、さすがにこちらも滅入っちまう。

「分かってはいるわ…」

「何が?」

「馬鹿な事してるって。でも寂しいものは寂しいのよ。あなたが毎晩毎晩酒場に行く程お酒が好きなように、あたしもお姫様のお世話がしたいの。炊事掃除洗濯、あの人のために何でもしてあげたいの」

「そりゃ~またいろいろと重いな」

「なんとでも言いなさい。あたしはこんな事してるけど、お姫様の行動自体は間違ってないと思うわ。騎士団で小隊の隊長をしてるって言っても、結局は1人の人間で、鎧を取ってしまえばどこにでもいるか弱い女性」


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「1人の人間てのには共感するが、か弱いってのは大いに間違ってんだろ。見た目はただただ美人さんだが、剣1本で小隊メンバー全員を相手にできる奴だぞ」

「それは真実だけど全てじゃない」

「・・・さいですか」

「とにかく、休養は必要なのよ。ただ休暇を与えられても、お姫様じゃ問題にならない程度に見回りとかしちゃうし…、というか現にやってたし、ハードな仕事をしないという意味では、いつもよりゆっくりはできているけど、心の面で休みのない状態が続くわ。そうなってしまうのは予定がないから、やりたい事が無いから、だから習慣付いている事をしちゃう」

「だから旅行に行ってくれた方が、街で見回りをされるより休暇になっていいってか?」

「そう」


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「お前は隊長の保護者かって話だな」

「それは違うわ。あたしは…」

「自分は?」

「・・・何でもない。あなたに言う事でもないわ」

「さいですか。にしても、旅行ねぇ。内容は置いておいて、はたから見たら物騒な旅行だこってな」

 隊長からの連絡、旅行に行く事が書かれた手紙、それを俺は直接見ていないが、書かれている事は単純明快だったらしいし、連絡として館にいる小隊各員へも、ほぼ全部書かれていた事をそのまま伝えられているはずだ。

 しかし、旅行と言っていても、その実、護衛や馬車で荷物を運ぶ事。

 その先にある目的だけを見れば、旅行とも言えなくはないし、隊長からしてみれば乗り合いの馬車に乗るようなものなのかもしれない。


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 モノは言いよう、捉え方次第だな。

 俺もさすがにこの事を聞いた時には驚いた。

「物騒とは、どういう事ですか?」

「そりゃ~、行き付けの酒場に通ってる呑んだくれに…」

 聞いて…、と繋げようとするも、面倒な事になりそうな予感がして、とっさに余計な事を発する口を塞ぐ。

「レッツォ?」

「いや、なんでもな…」

 この話題は終わりだ…、そんな意味も込めて、俺の名を呼ぶドルチェに対して返答をしてやろうとしたが、こいつの顔、表情を見た瞬間に…、俺の体内時間が凍り付いた。

 世間では、目が笑っていない笑顔で優しく声をかけてくる女は怖いというが、なんだかんだ言って笑顔なんだからまだマシだろと言いたい。


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 今、俺の顔を覗き込んでいる奴の表情は全てにおいて笑っていないし、無表情なように見えて無表情ではない。

 それはまるで死刑執行人が仕事を熟す瞬間の顔とでも言うべきか、無表情なのにその感情がヒシヒシと伝わってくるモノだった。

 彼女の目はただ1つの事だけを要求してきている。

 無表情でも確固たる意思の籠った目で…。

「はぁ…」

 隊長大好きなドルチェに対して、彼女の知らない隊長関連の情報を、ポロっと漏らしてしまった自分の失態…自分の失敗。

 何より、今の彼女の目で見られ続けるのはしんどいし、怖かった。

「隊長の行き先を知ってる…。あとどうしてそうなったかの経緯も」


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「・・・続けなさい」

「へいへい…」

 まるで蛇に睨まれたカエルの気分だ。

 その場から逃げ去る事が出来ず、話を逸らす事も出来ず…、ただただ知っている事を話すのみ。

 俺がその話を呑んだくれのおやっさんから聞いたのは2日前の夜、馴染みの酒場に行った頃だ。

 いつものように酒場に入り、いつものように酒を呑む、いつもなら俺より先にいるおやっさんもその日ばかりは遅れて来た。

 祭りへの準備も終盤に差し掛かって仕事が増えたって話らしい。

 疲れもあってか、酒の入ったおやっさんはいつも以上に酔いが早くて、なにより口が軽かった。


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 少なくとも、普段話す事のない仕事の話を、聞かれもしないのに話始める程には軽くなっていた。

 まぁそのほとんどは俺の興味をそそるモノじゃなかったし、仕事の話と言ってもほとんどおやっさんの愚痴だ。

 だが、鉄砲水みたいに次から次へとそんな話が出てくるし、酒を呑んでるこっちは完全に覚めちまった。

 そんな状態でうちの隊長の話が出てくるもんだから、最初は驚いたし、その内容もよく覚えてる。

 それは封印の杭を守護する村の話。

 そこでも今まさに封印の杭が動きを見せていて、それに合わせて祭りをするらしい。


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 しかし、その祭りのための買い出しに代表者が来ていたが、こっちでも祭りで大忙しで、事が思い通りに運ばなかった。

 誰のせいでもないが、相手の要求に答えられず商売人として情けないと嘆いている時、隊長が現れて、依頼は受けられないが、そっちの祭に興味があるから、行くついでに…、結果その代表者のお手伝いだ。

 その手伝いの内容は、馬車の運転に、一応だがその馬車の護衛。

「俺の聞いた話はここまで、いくら酔っぱらっていたとはいえ、商売人だ。信憑性はある。ウソはつかないだろうぜ。少なくとも、その村の代表が来ていた事は確かだ。俺、そいつとは酒場で会ったからな」

「でも、お姫様は鎧も置いて行ってるし、そんな危険な場所では…」

「危険かどうかは知らねぇけど、向こうも封印の杭が元気になってるのなら、こっちと一緒で魔物の1体や2体、魔人の1人や2人…出てきてもおかしくはねぇ。あと、鎧なんていくらでも容易できんだろ。ましてやあの人は家が家だ。自分用の鎧の1つや2つあってもおかしくねぇな」


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「かはっ!」

 唐突に吐血でもしたかのような声を出してドルチェが膝を付く。

「だから、お姫様は連絡役としてあの人を…。急ではあったけど、てっきりあたしは休暇を利用したご両親への親孝行とばかり…。なんたる不覚、なんたる失態!」

 隊長がいなくなって数日、今更いつもと違う点、普段の隊長とは違う不審点に気付いた彼女は、余程悔しかったのか、半べそを書きながら地面を何度も何度も手で叩いた。

「誰も失態はしてないと思うが」

「自分の自分に対する失態よ」

「さいですか」

 しばらく、何かブツブツと呟きながら彼女は地面と話し続ける。

 このまま何事もなく事が終わってほしいが…。


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 ドルチェの隊長に対する依存具合から言って終わる事はないだろう。

 案の定、彼女は意を決したように俺に言い放った。


「あたしもその村へ行くわ!」


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