第三話…「待つ者達と帰り道」【1】


 祭の時が刻一刻と近づく中で、夏も近づき、日に日にその暑さを増していく。

 太陽の日差しがその暑さを手助けして、家の中でひたすら魔法の練習をする事に、私は嫌気がさしてきていた。

 そもそも、家でコツコツ勉強や練習をするのは性に合わない。

 それでも頑張れたのはあの人の存在あってこそ。

 ただ一言、よくやった…と褒めてもらうために、ここまで来たと言ってもいい。

 この村でなら誰しもが通る道ではあるけれど、その道を最高のモノにするために、そうなった時、ただでさえ嬉しかった言葉が何にも変えがたい贈り物へと変わる。

 あの人が村を出て行って何日も過ぎた。

 予定通りなら、あの人はもう帰路に着いていてもおかしくはない。

 早く会いたいと思うのと同時に、それは本番の時が近づいているちう現実に、今から緊張の糸が張り詰めていく。


---[01]---


 だから少しでも魔法の練習をしていないと落ち着かないし、遊びに行っていられない…なんて考えが頭に浮かぶ。

『じぃ~~…』

「・・・キャッ!」

 集中力が切れてしまっていても、少しでも前に進もうと、机と再び向き合った時、机の反対側で視線だけを覗かせて自分を見つめる存在に気付き、思わず声を上げる。

『おねぇ、今ひま~?』

 そして、私が驚いた事など気にも止めず、その視線の主…ジョーゼは聞いてくる。

「暇じゃない。今、魔法の練習中なの」

「ウソだぁ~。さっきからブツブツしゃべってるだけで何にもしてなかったじゃん」


---[02]---


「う…」

 練習に集中できていなかったのを見られ、それに加えて考えていた事が口に出ていたのが恥ずかしい。

 これ以上練習中だと言い訳しても、その恥ずかしい出来事をいつまでも引きずる事になる。

 それは嫌だと、話を逸らす。

「えっと…、それでジョーゼはどうしたの?」

「ん~、熱いから川に遊びに行きたかったんだけど、皆が危ないからダメだって」

「みんなが正解だよ。魔物に襲われてからじゃ遅いんだから」

「分かってるけど…、暑いんだもん…」

「それにダメって言われてるなら私の所に来てもしょうがないじゃん」


---[03]---


「ううん、違うよ。誰か付き添いで来てくれる人がいるならいいって言われたから…」

「それで私?」

「ち~が~う~。おねぇが一緒に来たってたいして変わらないもん」

「言ったなっ!」

 私は勢いよく立ち上がる。

 これでも私は成人の儀がまじかに迫った身。

 不安は多く抱えてても、頼りにならないのと同義な事を言われると、少しは腹が立つ。

「これでも魔物くらい倒せるんだから!」

「ほんと?」

「ま…前におにぃに付いて行って、一緒に狩りを…ごにょごにょ…」


---[04]---


 流れに身を任せてしゃべると、急激に顔が熱くなって、自分は何を言っているんだろう…と、理性がソレを止め、だんだん声のボリュームが下がっていく。

 別に隠すような事ではない。

 2人で出かけたのは緊張はしたけど、勇気を出してできた事、口に出す事でその時の緊張感や気恥ずかしさがぶり返してきた。

「ずっる~いっ! おねぇ! あたしの知らない所でおにぃと遊びに行ってたの!」

「あ、遊びじゃないよ! 魔法の練習に付き合ってもらって…」

「でもあたしに内緒で行ったんでしょ!」

「それは…そうだけど…」

「むむむ…」

 不満げに頬を膨らませるジョーゼ、しかしそれもすぐに収まり、今度は鼻を高らかに、胸を張り始めた。


---[05]---


「いいもんね、あたしもお祭りが終わったら魔法の練習に付き合ってもらう約束したから!」

「え!? それ聞いてない! いつの間にそんな約束…」

「おにぃが買い出しに出発する時だよ」

 そう言って、ジョーゼは胸を張りつつ高笑いする姿を、私に見せつける。

「え~…ずる~い…」

 これでおあいこではあるけれど、なんかうらやましい…。

『お前さん達、老いぼれをいつまでも待たせるもんじゃないよ』

 机を挟んで私とジョーゼは睨み合うが、それも家の出入り口の方から聞こえてくる声に遮られて長く続く事はなかった。

「お、お婆ちゃん!?」


---[06]---


 その声の主は、おにぃの大切な人のお婆ちゃんだった。

「この前はありがとうございました」

 接点があのお守りの事ぐらいで、お世辞にも仲が良い…とかいうわけでもない相手。

 それでもお世話になったからと、挨拶もかねて私は頭を下げる。

「いちいちお礼を言うこっちゃないよ。あの子のために、あんたたちが作りたいと本気で思っていたから教えたまでさ。あの時のやる気と、あの子を思う気持ちだけで十分さね」

 お婆ちゃんは顔の前で何かを払いのけるかのように手を振る。

「それで…、話がそれちまったが、あんたは川に行くのかい?」

「はい?」

 おばあちゃんの方からそんな事を聞かれた事に驚いた。


---[07]---


 てっきりお母さんやお父さんに用があって来たとばかりに思っていたから、その言葉はかなり意表を突くものだった。

「妹に聞いてないのかい? 川に行く事」

「い、いや、聞いてるけど…、じゃあさっきの話の付き添いってお婆ちゃんの事?」

「なんだい。話が噛み合わないねぇ。そうだ、わしが付き添いで行くんだ」

「そうなんだ。もう、お婆ちゃんが付き添いなら、最初からそう言ってよね」

 ジョーゼの、暑いから川に行きたい、という気持ちが先走ってしまった事と、ちゃんと聞こうとしなかった私の責任、お婆ちゃんに悪い事をしたなって思う。

「じゃあ、何で私の所に来たの?」

 私の頭の中のテーブルには見事に情報が散らばって、なかなかそれをまとめられなかった。


---[08]---


「わしが呼んで来いって言ったんだよ」

「お婆ちゃんが?」

「今のあんたの状態、どこぞの誰かさんに似ていたもんでね」

「・・・?」

「根を詰め過ぎって事だ。たまには息抜きもせんとな」

「でも、お祭りも近いし、少しでも魔法の練習をしないと…」

「じゃあ向こうでわしが教えてやるわい」

「え…、でも…」

「でももだもも無いよ。魔法を上達させる前に、息抜きと気分転換の大切さを覚えな」

「は、はい」


---[09]---


 お婆ちゃんは強引な所がある。

 そうさせているのも、私がうじうじとしているのが原因なんだろうけれど…。

 悪い人ではない事はわかっているし、お婆ちゃんがこういう事を言う時は決まって相手の事を思って言っている時だ…ておにぃが言ってた。

 そこまで長い付き合いではないから確証はないんだけど、お守りを作る手伝いをしてくれていた時から、そんなおにぃの言葉の裏付けになっている。


「きゃーはっ!」

 若干、気乗りがしない状態が残ったまま、川までやってくる。

 そんな私とは対照的に、ジョーゼは待ちに待った川へと嬉しそうに入っていった。

「元気なもんだねぇ。あれだけ元気が有り余ってるんじゃ、ガレスに挑んでいくのも納得だ」


---[10]---


 ジョーゼの姿を見ながら、私の横を歩くお婆ちゃんがつぶやく。

 おにぃに挑むというか、村の中で一番元気な子と言っていいあの子の行動に付き合ってくれるのがおにぃぐらいしかいないというのが正しい所だ。

 姉だからではなく、本当に私は思っている。

「あの子はジッとしていられないから」

「だから他の子と違って魔法の勉強に来ないのかい?」

「う、うん」

 魔法の勉強会…、村の広場で天気が良い日に行っているモノで、子供たちに対して魔法を教えたり、村の外の事について教えたり、学び舎とかそういう役目を持った行事だ。

「頭を使うんじゃなくて、体で覚えるのが得意な子だし、実戦で覚えていった方がいいって、お父さん達も言ってる。だから、わざわざおにぃに事情を説明してあんな事に…」


---[11]---


「何かを学ぶのに決まったやり方は無いさね。それに必要最低限の知識を持っていれば困る事のない。こんな辺ぴな村に住んでいたら尚更だ。」

 お婆ちゃんは近くにあった比較的大きな岩に腰掛ける。

「それで、あんたはどうなんじゃ?」

「私?」

「さっきはうまくできなくて行き詰っていたんじゃろ? 暑くなってきて集中しにくいのもあるだろうが、本当にそれだけかい?」

「ん~…、わからない。最近は発声魔法とかを使わずに魔力をコントロールする練習をしてるけど、うまくいかなくて」

「成人の儀を終える前に、もうそんな事やってんのかい。気が早い娘だねぇ。」

「だって、早く追いつきたいから」


---[12]---


 私は川に近づいてしゃがむと、手を水の付けた。

 ひんやりとした冷たさが気持ち良い。

 お日様の日差しで温まった体を冷やすには、ちょうど良すぎる水温だ。

 ジョーゼは服を着たまま水の中に飛び込んで、その熱くなった体温を冷やしているけど、さすがにそれをする事は気が引ける。

 服が濡れても魔法ですぐに乾かす事は出来るけれど、それはまた別の問題だ。

 一呼吸置き、目を閉じて意識を集中させる。

 想像するのは大きな水の柱。

 高く、高く、高く、見上げる程高く。

 ひたすらそんな光景を思い浮かべ、そして一気に、力強く手を上に振り上げる…、すると、振り上げた手とは別に一本の水の道が空に向かって伸び、遅れて目の前の川の水が天高く飛び上がった。


---[13]---


 まるで川の流れる先が空に向かっているかのように高く、その辺の木々よりも高く飛び上がり、そして川へと戻っていく事なく宙に留まって水でできた球体を作り出す。

 しかし、そんな超常的な光景も、長く続く事はなかった。

 次第に至る所から水が漏れ始め、最終的には弾け飛ぶようにしてその球体は形を失い、そして川へと帰っていく。

 その後に残るのは、小さな虹だけだ。

「やっぱりこのぐらいが限界…」

 水に手をつけている間の制御はうまくいく、でも一度手から離れれば一気に制御が難しくなる。

「ほぅほぅ、思ったよりずっと筋がいいねぇ。何か教える事があるかと思っていたけど、いらぬ心配だったみたいじゃ」


---[14]---


「でも…これ以上どうやって…」

「そんなもん、場数の問題だよ。とにかくやってやってやりまくる事さ」

「おにぃも、ずっとやってた?」

 私がいつも追っている後ろ姿は、お父さんでもお母さんでもなく、ひたすら私の前を歩くおにぃだ。

 だから、おにぃがどうやって魔法を練習していたのか、それがとても気になる。

「当たり前だよ。あの子は環境的にも人一倍やっていた」

「そう…なんだ。・・・うん、私頑張る」

「ふん。じゃあ1つ助言をくれてやろうかね。これはガレスにも言った事だ。今やっていた事で言えば、大切なのは水をあの状態にするのにはどうするか…だ。水が何もせずにあんな形になる事はないからね。後は魔法の要である魔力をどう捉えるか。後はひたすら練習していればいずれできるようになるさね」


---[15]---


「はい!」

 自然と返事をする言葉に力が入る。

 おにぃが魔法を教わっていた人に教えてもらえる事が嬉しかった。

 失敗の連続は、自分が間違った事をしているんじゃないかと錯覚させたけど、でもお婆さんの言葉は、素直に自分の歩いていた道を照らす光のようにも思えたし、失敗していてもそれが間違ったモノじゃない事がわかった。

 自然とやる気が込み上げてきて、一呼吸を置いて、また川に手をつける。

「よし」

 意気揚々と助言されたことを踏まえてとりあえずやってみよう、そう思った時…。

バシャッ!

 唐突に正面から勢いよく水が飛んできて、それを思い切り全身に浴びる。


---[16]---


「わぶッ!?」

 瞬く間にびしょ濡れになり、濡れた服や髪が肌にくっついて、なかなかに気持ちが悪い。

「何すんのよ!?」

 誰がやってきたか、それは考えるまでもなく明らかで、私はその犯人に声を荒げた。

「それはこっちの台詞ーーッ! 急にあんなんされたらびっくりするじゃんか!」

 あんなん…とはさっきの魔法の事?

 私に水をかけたジョーゼは、フシャーッと…まるで猫が怒っているかのように爪を立てて威嚇をしてくる。

「だからって水をかけること…」

バシャッ!


---[17]---


「私がわる…」

バシャッ!

「だから…」

バシャッ!

 お前の言葉なんて聞く耳を持たん。

 まるでそう言っているかのように、何度も何度も…、水を私に浴びせて言葉を遮る。

「いい加減にしなさーーいっ!」

 それは水をかけてきた事への怒りではなく、人の話を聞かない事への怒り。

 自分が悪いのなら…と、謝ろうとした私の気持ちを無下にする行為だ。

「人の話を聞けーッ!」

 その瞬間、私の枷が外れる。


---[18]---


 服も濡れてしまったし、川に入りたくない理由の半分を失ったようなモノで、動きやすいようにと長いスカートを太ももまで上げて落ちないように縛ると、ジョーゼに向かって川に入っていった。

『なんだい、姉の方も存外に元気な子じゃないか』

 始まった川での追いかけっこ。

 お婆ちゃんが何かを言っていたけど、それは私の耳に届く事はなかった。

 結局、事ある事にジョーゼの横槍が入って、練習とはしゃぎ合いを交互にやる羽目になり、気づけば日も落ちていった。



 王都から依頼主の村まではそれなりの時間を有する。


---[19]---


 目的地まで数日、だいたい4日程の道のり、聞けばその半分を過ぎたという話だ。

 荷車の存在がそれだけ時間が掛かる旅にしているけれど、もちろん荷物を捨てて馬を走らせるなんてできないから、村までの道のりはまだまだ長い。

 その場の勢いとはいえ、急に私が姿を消して、隊の皆はどうしているだろうか。

 いや、どうしているも何もないか。

 きっと驚いている。

 急な事で混乱する人もいるに違いない。

 その隊の一番上に立っている人間が、何の話もなく急に姿を消すのだ…、騒ぎにならない方がおかしい。

 まぁ、もし騒ぎにならずに皆がいつも通りの生活をしていたら、それはそれで困るけど。


---[20]---


 今までこんな事をした事はないから、騒ぎにならないなんて事はないと思う、思いたい…、それでも皆は各々の仕事を熟すはずだ。

 確実な事としてドルチェは大慌てかな。

 この変わった旅が始まって、依頼人の彼「ガレス・サグエ」を見ていて思った事がある。

 一番強く感じた事だが、その手際の良さだ。

 本当に馬車を操れるだけの人間でも良かったんだなと感じる程に、ほとんどの事を1人で熟してしまっている。

 慣れというものもあるかもしれないけれど、それでもその身のこなしは騎士団でもそれなりの存在感を出せるに違いない。

 魔法を使う事なく、すぐに火を起こす事ができるし、馬の世話や食事の準備など彼1人ですぐに片付けてしまう。


---[21]---


 こちらが手伝おうとしても、頼み事をしている身だから…と、まるで客人扱いだった。

 気を使ってくれているとも言えるけど、一歩考え方を間違えれば、お前は使えない…と言われているのと同じと言えなくもない。

 彼の人当たりの良さは、この数日間を共にして分かってきたつもり。

 私の悪い方の考えはあり得ないと思うけど、私としては手持ち無沙汰にも程がある。

 だから無理を言って、少しでも長く夜間の見張り役をやろうと買って出た。

「別に、そんな肩肘張って見張りなんてしなくてもいいんだがな」

「いえ、さすがにそれは危ないです」

 今は街道沿いの川辺に馬車を止めて野宿をしている。

 街道沿いという事もあって、魔物と遭遇する事は滅多にないと言いたい所、でも時期的な問題から油断はできない。


---[22]---


 私は真剣な眼差しを向け、サグエさんは仕方ない…と、その事に関してそれ以上言う事はなかった。

 私も意地を張っている所があるとわかっているけれど、このぐらいやらないと雇われている身として居心地が悪かい。



 満天の星空が空を彩る中、俺は焚火の前で横になっていた。

 焚火を挟んだ向かい側に、雇った譲さんが見張りもかねて、眠る事なく辺りに意識を集中している。

 馬車がある場所を中心に、大きくはないが動くものを感知する魔法の結界を張っている…、眠っていたとしても、何かが結界内に入ったりすれば起きる事ができるモノだ。


---[23]---


 その可能性の何かを近づいて来ても、撃退する事は出来なくても、それに対応する事はできるし、だからこそ、王都に行く時は1人でも睡眠をとりながら進むことができる。

 普段は傭兵連中を雇う事の方が多いからか、騎士団の人間の扱いがどうもよくわからない。

 少なくとも傭兵達にするような対応をするのは、彼女に不満を抱かせる結果になっている事は確実だろう。

 そう考えると、やはり傭兵の方が気は楽だ。

 傭兵は、基本的に自由人が多いし、機嫌を取りつつ世話をしていれば文句を言ってこない。

 ただ馬車に乗って辺境の村にまで行くだけで、金がもらえて料理と酒を飲み食いする事ができる…、そう考えている連中も多くいる。


---[24]---


 だから扱いやすい。

 騎士になって傭兵に落ちる連中が少なからずいるのは、そういった心構えの問題なんだろう。

「話でもするか」

 俺は体を起こして彼女に問いかける。

 こう近くで真剣に見張りをされていては眠れないし、眠れたとしても睡眠というにはお粗末すぎる結果になるだろう。

 俺は荷物から鍋を取り出して、適当にスープを作り出す。

 譲さんは、なんでこんな時に…といった表情を浮かべているが、そんな事お構いなしに俺は手を動かした。

 昼間の移動中は俺の乗る馬車の後ろを彼女の馬車がついてくる形になり、話どころではないしこれはいい機会だ。


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