第二話…「買い出しと休日」【6】
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「ん? おっさんそこの魔法使いみたいな兄ちゃんは知り合いか?」
「ああ。話した事あるだろ。ここよりずっと南にある封印の杭を守る村の話だ」
「あ? あ~、してたなぁ。て事は、この兄ちゃんがその村の魔法使いか?」
「そうだ。取引のための長旅で今日到着したんだ」
「へ~。長旅ご苦労さん」
「どうも」
おやっさんとの話を聞いていても悪い人間という印象は受けない。
「俺の名前は「レッツォ」。一応、騎士団のもんだ」
そういって、彼は俺の方にも右手の拳を突き出す。
おやっさんとのやり取りを見ていたから、それが意味する所は理解している。
俺は見よう見真似で、相手の拳に自分も拳をぶつけて答えた。
「ガレスだ。よろしく」
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そして、彼はエノに大声で注文をして、流れで相席をする事になり、賑わい始めた酒場の中でお互いを知るための話を始めた。
上の都合で、自分のとこの隊が騎士団の一員としての力を発揮できないとか、今作っている物が上手くいかないとか、ここ数日間毎晩呑んでいるせいかいつまで経っても頭痛が収まらないとか、そんな話を満腹になった腹へ、ブドウ酒を流し込みながら聞き入っていたが、その後は酷いもんだ。
ただ楽しみながら酒を呑むならいいが、おやっさんは会話に花を咲かせ過ぎて酒も進み、店を出る頃にはまともに歩く事も意識を保つ事も出来ていなかった。
それをどうにかするのは連れである俺の役目、一回りも二回りも、俺より大きい図体を魔法で軽くしながら運んだ。
最終的に、その巨体を借りた部屋のベッドに寝かせて、俺は野宿用の毛布を羽織って床で寝る始末。
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しかも、窓とドアを全開にしても臭ってくる酒の臭いのオマケ付き。
おかげで疲れを取る所か、まともな睡眠も取れずに初日の夜明けを迎える事となった。
さすがにそんな呑み会は楽しくてもごめんだ…と、おやっさんの酒の進みを抑えつつの夕飯を数日繰り返し、村への帰り支度が終わっていく。
これも経験として、王都の祭り、正確にはその準備だが…、それを見学がてらに見回る。
どの道を歩いても活気があり、子供までもその準備に精を出している風景が見られ、しかもそれを嫌がる様子もなく、自分から率先して手伝うものばかりだ。
俺たちの村が成人の儀も兼ねた儀式としての一面を持つ一方で、こちらはもう大いに楽しむ事だけを目的とした催しでしかない。
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根本部分、封印の杭の存在という点では同じな訳だが、人が集まり、そしてその中で住人と兵とが、住み分けができているからこその形、参考にすべき点が少なくないと感心するばかりだ。
決して真似をする事ができるモノばかりではないが、王都に足を運ぶ者として、荷運び以外で村に貢献出来る事…為になる事を少しでも持ち帰ろうと、勉強の日々が続いた。
祭りが重なるという意味で、見る機会なんてほぼ無いと思っていたモノを見る事が出来た事は、良かったと言える。
だが、荷物も揃い、得た知識を土産話に帰ろう…そう思っていた矢先、現実は全てがウキウキとした気持ちで進行できる程、思い通りに行く事はな無いと現実を見せてきた。
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「どうにかならね~かな?」
「ん~…さすがにこればっかりはなぁ…」
求めていた荷物は多少時間を後ろに押す形で揃える事が出来た。
しかし問題はそこではない。
予想をしていた事とは言え、現実にそれが起こると妙に焦ってしまう。
荷物は揃った、しかし、その物量は想定通り荷車1台に収まる量ではなかった。
問題はそこから。
使わなければいけない馬車が増えたのなら、それに合わせて操る人間を増やせばいい…、過去にも荷物が多くなって俺だけで持ち帰れない時は、護衛として雇った人間に馬車の運転を任せたりした事がある。
だが、解決策は単純ながら、その策には種類がなく、そもそも人が集まらなければ、策自体使う事が出来ない。
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そして案の定、人を集める事が出来なかった。
「馬車なら1台だけだったら、俺だけでも行けるし、危なくはなるが護衛は最悪いなくても済む。でも2台となるとな」
「知り合いにもあたったが、時期が時期だ。いつも暇をしている傭兵連中も総出だとさ。運送業者連中は今が書き入れ時、手が空いてる連中なんていやしねぇ」
「無理だと承知で聞くけど、おやっさんのとこで手が空いてる人間は…」
「いねぇな。こっちも手いっぱいだ」
帰路の危険の排除、護衛は、最悪俺1人でもどうにかなる。
そうでなかったら、まずこの場に1人でいる事は無いのだから。
しかし1人で馬車を荷台操るというのはさすがに無理がある。
それを可能にするような…見合った魔法があればいいが、正直思いつかないし、やったとしても魔力が切れて途中で立ち往生、余計に危険だ。
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「はてさてどうしたものか…」
解決策を頭の中で探してみるが、正直何も出てこない。
問題が単純だからこその解決難易度だ。
仕方ないが、すぐに必要なモノを選んで、優先順位の低い荷物を後で持ってきてもらうのが、現実的…か。
『どうかしましたか?』
顎に手を当てて、少しでも何か頭に思い浮かばないかと、形だけでも考える素振りをしていた時、見知らぬ女性から声を掛けられる。
ミディアムヘアの白に近い金髪が、太陽の日差しで輝く…、腰に剣を携えた女性。
光の当たり具合のせいか、妙に神々しく見えるその女性は、真剣なまなざしで俺とおやっさんを交互に見合った。
そしてそんな女性におやっさんは、安堵したような、安心したような表情を向ける。
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雲行きの怪しさを感じさせていたその表情が、一気に明るくなった瞬間だった。
それほど彼女の存在は大きいのか。
確かに、両手と両足両方に鎧を付けて、その腰には一本の直剣、いくら王都でもそんな姿をした人が何でもない街娘だ…と言う方が間違っているだろう。
「ちょうどいい所に「カヴリエーレ隊長」さん」
「どうかしましたか?」
おやっさんの言葉に返答しつつ、その眼は明らかに俺を警戒したように視線を向けてくる。
「こいつ、ガレスっていう俺んとこの御得意なんだが、ちと困っててな」
「知り合い…ですか?」
「ん? ああ、そうだが」
「そうですか。それで、何かあったのですか?」
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視線の意味する所は変わっていない。
しかし、おやっさんからの知り合いという言葉に、わずかな表情の緩みを感じた。
「問題は単純なんだ。人手不足」
「あ~」
「いつもなら暇な傭兵なり運び屋がいるんだが、今はどうしてもな。それで、1人だけでもいいんだが、騎士団の方でこっちに回せる奴はいないもんかね?」
「騎士団?」
隊長…と言っていたし、騎士団の関係者、そしてその容姿とは裏腹に隊長を任せられるほどの人物。
人は見かけによらないというが、その意味する所を間近で見た、そんな印象を受ける。
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「この人は騎士団で小隊を持ってる隊長だ」
「へ~」
「見た目に騙されちゃいけねぇぞ。こう見えて腕は確かだ」
「い、いや、見た目で判断するつもりは、毛頭ないが…」
実際そんなつもりはないが、どうしてもその容姿に目が行ってしまう。
その綺麗な佇まいに、自然と身分の高さを匂わせる。
俺の生活環境を考えれば、そんな相手との接点なんてある訳もなく、その姿はとても新鮮で目を持っていかれる存在だ。
「こう見えて…は余計です」
「はっはっ、これは失言だったな。忘れてくれ。それで…人はいそうか?」
「いない…という事もないですが。運び屋でも…という事は、そのお仕事は荷運びですか?」
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「ああ、そこの馬車1台操れる人間が最低1人でもいてくれると助かるんだが」
「かなりの量の荷物ですね」
「そりゃあ1年分と言っていい物量に家具だからな」
「なるほど…。場所はどこまで?」
「ここから南にある村のプセロアだ」
「プセロア? プセロアというと、あの封印の杭を守護する魔法使いの村…ですか?」
「そうだ。毎年一回、向こうの封印の杭の現象が起きる時に売り買いをしに来るんだが、今は知っての通りこのありさまでな」
そして、おやっさんは杭の事に加えて、同時に行われる祭の事、その祭りがどういう意味を持つのかを、彼女へ教えていった。
「事情は分かりました。できる事なら依頼を受けてあげたい所ですが…、今動ける騎士団の人間は、街やオースコフ周辺の治安維持に出ていて厳しいと思います」
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「隊長のとこの兵で空いている兵はいないのか?」
「私の所の人達は…、事情がありまして、依頼を受ける事が出来ない状態です」
「・・・じゃあ仕方ねぇな」
傭兵と違って騎士団の人間を雇うとなると費用も掛かる。
1人だけなら、そこまで影響も出ないと希望をわずかばかり持ってしまったが、それは希望というには薄く、霞みのようなものだったらしい。
「やっぱどうしようもない…か。しょうがない。馬車のどちらか1台をオースコフの祭りが終わって落ち着いた頃に送ってくれ」
「いいのか?」
「ああ。仕方ないさ。優先順位的には家具が後回しだな。あの人たちには悪いけど、食材を優先だ」
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『あの…』
「わかった。じゃあ先に持っていく荷物の準備をさっさと済ませるか」
「頼むよ」
『あの…』
「まぁその家具を待ってる家の連中には、お詫びで何か付け足して運んでやるからって、上手く言っといてくれや」
「わかった」
『あのっ!』
「うぉっ!?」
望んだ結果、いつも通りにはならなかったが、ダメだった事を悔いてもしょうがない。
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代替え案も出た所で、それ以降の予定をざっと頭の中に起こす。
その瞬間は周囲の状況が頭から消え失せて、多少の事では反応しない状態になっていた。
そのせいで、彼女のこちらを呼ぶ大きな声に、不本意ながら変な声を上げて驚く結果になる。
「だ、大丈夫?」
そんな俺の様子を見て苦笑を浮かべつつ、彼女は俺の顔を覗き込む。
「大丈夫、大丈夫だ。ちょっと集中し過ぎてた。で…、何?」
「そちらが良ければですけど…、私があなたの依頼を受けましょうか?」
「は?」
それは予想もしていなかった言葉だった。
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彼女は自分の隊では依頼を受けられる状態ではないと確かに言ったし、それは彼女も例外ではないはずだ。
「依頼を受けると言っても、仕事をする訳ではないです」
「えっと…それはどういう…」
「プセロアの方の杭の件に興味があります、あとお祭りも。そこへ見学に行くため、そのついでにあなた達の荷物の乗った馬車の片方を私が受け持ちましょう」
「つまり、行き先が一緒というだけで、依頼を受けるとかの他意はないって言いたいのか?」
「ええ。仕事ではなく旅の道連れ。そういう形にすれば依頼を受けられないという制約には引っ掛かりませんし、何かあっても私にとっては一種の旅行という事で上へ報告します。これで一応ですが問題解決です」
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「なるほど…。無理やりだな」
「でも、そちらの杭に興味があるというのは本当ですよ? こういう時でもないと見る機会はないでしょうから。私はあなたの村の事を知りたい、あなたは馬車を扱える人が1人ほしい、目的地は一緒、利害の一致というやつです。だめですか?」
「ダメではないが…」
俺はどう答えていいか悩み、おやっさんの方へ助け舟を求めて視線を向けるが、自分の悩みが馬鹿らしくなるほど、問題解決の爽快感からその表情には笑みが浮かんでいた。
「はぁ。わかった」
あまりに突然な事で混乱した…。
だが冷静になってよく考えてみれば、国を守護する騎士団、その隊長の地位にまで来ている人間を、無償で雇う形になる訳だ。
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傭兵1グループ分、下手したらそれ以上の費用が浮く事になる。
こちらとしては願ったりかなったり、断る理由など微塵もなかった。
美味い話の裏には何かある…なんてよく聞くが、こちらが信頼しているおやっさんがこの対応だ。
この女性は信頼出来ると太鼓判が押されているようなものだろう。
「じゃあお願いするよ。譲さんの旅行のついでに俺の荷物を預ける」
「はい。確かに」
彼女の案を飲み、お互いに手を出して、軽い握手を交わす。
ちゃんとした仕事の依頼という訳でもなし、彼女もなにか訳アリな香りがする。
契約書なんて物を残すには少々問題も多そうなので、その握手は…そう…契約書の代わりというやつだ。
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彼女の名前は「アリエス・カヴリエーレ」というらしい。
お互いに簡単な自己紹介も済ませ、出発時刻を告げると彼女は準備をすると言ってその場を後にする。
俺とおやっさんは、単純だがどうしようもない問題が、1人の救世主…それとも女神か…の登場によって解決した事に、ほっと胸を撫で下ろした
それは、投げやり気味で、溜まっていた鬱憤が噴き出すかのように、半ば強引に決めた約束だった。
人手不足で困っていた魔法使い風の青年。
魔法使いの住む村プセロアの出身という事は、彼もまた魔法使いなのは間違いない。
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その村の魔法使いは一風変わった魔法を使うのだとか。
それに加えて、このオースコフとは別の封印の杭を守護している事、それをこの目で見る機会ができた事、好奇心やら探求心やらが刺激されたのも事実だ。
色々なモノがつながって、気づけば自分から、私がやろう…なんて口にしていた。
言ってしまった自分自身が一番驚いて、それを顔に出さないようにするのが大変だったけど、今更やめますとは言えないし、言うつもりもない。
良い機会だ。
不本意だった休暇なんていう牢獄から、少しの間出て行っても何ら問題はないだろう。
自分の地位とか全てを横に投げて、現実逃避の旅行へ行こう、最初にそれを勧めたのは他でもない総隊長だ。
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私の責任ではない…、そう自分に言い聞かせる。
この事をドルチェに教えれば、間を開ける事なく、ダメ私も行く…と即答するに違いない。
今回の事は、ただ無言で私を送り出してくれる人に事情を説明するだけにとどめ、持っていく物も館ではなく他の場所で確保し、いつもと違いはあれど、慣れた格好で約束の場所へと向かった。
「変な事になったもんだな」
自分が操る馬車に乗り、物思いにふける。
王都に来て、今までに起こった事を頭に思い浮かべながら、俺は普段と違うソレに幾ばくかの不安を抱いていた。
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と言っても、大きな出来事なんて、さっきのカヴリエーレって人の事なんだけど。
そして、最近の村周辺で起きていた魔物達の動きの早さ、それはこちらの封印の杭の事を知って納得がいった。
同時に2か所の封印の杭が動いて、魔力の流れが普段よりも激しかった事が原因だろう。
とにもかくにも、外部との接触が無さ過ぎるのは問題だと、今回の件で思い知った。
動く周期が違うから気にも止めなかったし、これからもいつ来るかもわからない心配をしてもしょうがないが、それでも可能性として、村長にはちゃんと報告した方がいい出来事だ。
『お待たせしました』
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賑やかで周りの音が激しく飛び交う中で、その声ははっきりとこの耳に届く。
声のした方を見ると、そこには全身を鎧で包んだ人間が立っていた。
「誰?」
察しはついていたが、どうしてもそう言わなければいけない…なんていう衝動にかられ、思わずそれを口にする。
「私です。カヴリエーレです」
肩にかけていた大きめの荷物を下して、彼女は被っていた兜を取り、そして乱れた髪を整えながら慌てたようにそうは名乗った。
分かっていたとはいえ、鎧を取って誰か認識できると安心できる。
思い込みで間違うのは恥ずかしいからな。
「来たか譲さん」
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「は、はい。それで、私はどの馬車に乗ればいいのですか?」
「隣の馬車だ。というか、やけに荷物が多いな」
最初はその鎧に目が行っていたが、それに慣れると今度はその大きな荷物の方へと目が行ってしまう。
それに、見た目からして子供なら1人ぐらい簡単に入れる程の大きさのそれを、何が入っているかにもよるが簡単に持ち上げる彼女の力にも驚きだ。
「プセロアのお祭りは特別な意味、お祝い等の意味を含むと聞いたので、実家からその贈り物にふさわしい物をいくつか見繕ってきたのです。後は非常食とか必要になるかもしれない物を持ってきました」
非常食とかは万が一の事を考えれば確かに大事なのだが、まさか祝いの品まで持ってくるとは驚きだ。
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「そこまでしてくれなくていいんだがな。あくまで頼んでいるのはこっちだし」
「いえいえ、確かに、困っていたあなたに話を持ち掛けたのは私ですが、それでも良い経験をできるだろう事に変わりはないですから。お礼の先払いと思っていてください」
「まぁそっちがいいならいいんだが」
「はい。気にしないでください。では早速出発をしましょう」
彼女は、微笑みを浮かべ、意気揚々と馬車へと乗り込む。
そこへ、おやっさんが1枚の羊皮紙を持ってやってきた。
「今回も毎度ありだ、ガレス」
「はい。こっちもお世話になりました」
「じゃあこれ、取引の明細書だ。ちゃんと村長に渡してくれな」
「ありがとう。また来年も頼むよ」
「はっはっ。そん時は、また稼がせてくれや」
そう言って、おやっさんはこっちに向かって右手の拳を突き出す。
俺も、それに答えるように自分の拳をぶつけた。
「じゃあ、出発します。俺が先頭を走るので後ろの方、お願いします」
譲さんは俺の言葉に頷き、それを見てから俺は馬の脚を進めさせるのだった。
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