第二話…「買い出しと休日」【5】


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 ふぅ…と軽く息をつき、ローブやら剣やら、室内では必要のない物を脱いで机の上に置き、靴を脱いで、放り投げるように体をベッドへと倒す。

 馬車を操るだけとは言え、それだって疲れるし、大量の荷物を抱えて1人で動くのも思いのほか疲れるもんだ。

 身体をベッドに預けると、待ってましたと言わんばかりに睡魔が襲ってくる。

 村で預かったモノを王都まで運ぶという1つ目の重大任務を終え、緊張の糸も切れた…、自分のいる場所が信用できる空間だという事も相まって、俺はその睡魔に逆らう事もなく、意識を深く沈めていった。


 家が恋しいとでもいうのか、すぐに目が覚める事もなく、自分が降り立った夢の世界は見慣れた村の入口だった。


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 中央の広場では子供たちが集まって魔法の勉強をして、周りで仕事をしながら大人たちが笑顔でそれを見守る。

 大人たちと一緒にそんな光景を見守っていると、不意に自分の視界が低くなり、自分の姿が広場の光景を物陰から見続ける子供へと変わっていった。

 自分からは何も言う事もなく、みんなが魔法を教わる光景を影から見て、そしてみんなが帰る頃に自分も家へと帰る。

 村の入口とは違う小さな出入り口を抜け、人が1人通れる程度の幅の道を走り、たどり着いた家の扉を開ける。

 お帰り…と笑顔を向けてくれているであろう母親の顔も、夕飯だ…と狩ってきたウサギを自慢しながら誇った顔を見せる父親の顔も、光が差したようにぼやけて見る事が出来ない。


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 約1年に1回村を出るだけだというのに、不安に駆られてでもいるのか、いつかあった記憶を、俺の頭は掘り起こす。

 それでも、何かに突き動かされるかのように、母親に抱き着き、その温もりを思い出そうと…、忘れまいと…、その体にしがみつき手に力を入れる。

 でも、そんな時間も長く続く事はなく、その体が霞みになって消えるかのように、一瞬にして母親の姿は消え…、近くにいたはずの父親の姿も消え…、瞬きをした瞬間、風景が変わり、目の前には2つの赤子程の大きさの石が2つ並ぶ。

 いくつもの花が供えられて、その周りを村の大人たちが囲み、何かを話してはいるが、聞き取れないし、思い出す事も出来ない。

 再び瞬きをすれば、今度は視界が高くなって大人の姿へと変わる。

 目の前の2つの石には、時間経過を感じされる劣化が見て取れようになっていた。


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 今度は自分だけがその場に立っている。

 何かを考えるよりも早く体が動いて、石についた汚れを取っていく。

 いつの間にかある水と手ぬぐいを使って、丁寧に丁寧に、まるで雨風に晒される事のない場所で、大事に保管されている物と見間違えるぐらいにしてやろうと磨いていった。

ドンドンドンッ!

 あと少しで作業が終わろうとしていた時、何かを叩く音がして振り返るが、そこには何もない。

 でも変わったモノもあった。

 再び作業に戻ろうとした俺の手が真っ赤に染まっていたのだ。

 俺は驚きのあまり、手に持っていた手ぬぐいを落とし、勢いよく立ち上がる。


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 その拍子で倒れた桶も、その中身が水ではなく真っ赤な液体に変わり、さっきまで綺麗にしていた石も、見ればその白かった肌を赤黒い色に染め上げて、周囲の草達までも赤く染まり果てていた。

 両手が真っ赤に染まり、その赤黒い液体はヌメヌメとして手に纏わりつく。

 石を中心に広がっていくその赤い液体が自分の足元まで来た時、再びドンドンッと何かを叩く音が響き、今度は自分しかいなかった場所に無数の人が倒れている光景へと変わった。

 足首までその赤黒い液体につかり、倒れている無数のその人は、人と判断はできるが誰なのかは全くわからない程に黒く焦げ、臭いはしないが、何体かは火が付いたまま、今もなおその体を燃やし続けている。

 そんな中で、唯一燃えていない人の存在に気づくが、その倒れた姿を見た瞬間全身の血の気が引くのを感じた。


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 頭が真っ白になって、言葉を絞り出す事も出来ず、少しでも早くその倒れている人の所へたどり着こうと、必死に足を前へ…前へと出す。

 力なく倒れ込むその存在を抱きかかえるように持ち上げる。

 その人を知っている。

 その赤く長い髪をした少女を知っている。

 何度も何度もその少女の名前を叫び、目を覚ませと体を揺する。

 しかし、その少女が目を覚ます事はなかった。

ドンドンドンッ!

 またも鳴り響くその音は、さっきよりも大きく、はっきりと俺の耳へと届いた。

 それと同時に持ち上げていた少女の姿は消えて、再び静けさを取り戻すと…。

…変わる時は近い…


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 この静かな空間だからこそ聞こえる…、小さな声が俺の耳に入る。

…血の才を持つ者よ。光が照らす道となれ…

 耳を澄まし、その声を聴く。

 知らない声、声の高さからその主は女性だと思うけど、それ以上わかる事はなかった。


ドンドンッ!

 部屋に響く扉を叩く音が、俺を夢の世界から現実へと連れ戻す。

 太陽は傾き、空を赤く染め上げ、それを見て、さっきまで見ていた夢が霞みが掛かり、内容が曖昧になりつつも思い出される。

 縁起でもないその光景に不安を覚えた。


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 俺がいない間に何かが起きていたら…、そんな考えが頭を過るが、夢の出来事だと自分に言い聞かせ、少しでも早く夢を頭の中から消し去ろうと、強めに頬を叩いて意識を覚醒させる。

 そして、またドンドンッとドアを叩かれる音が響き、俺は寝起きの顔を何度も手の平で顔を擦ってから、部屋のドアを開けた。

「悪いな、ガレス。寝てたか?」

 開けた先に立っていたのはおやっさんだった。

「いや、大丈夫」

 寝ていた事に違いはないが、いろいろと頼んでいる身として、気を使わせるのは申し訳ない。

「そうか。腹減ってないか? 久々に会った事だし、村の事を話しながら酒でも呑もうや」


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「あ~、いいね。行こう」

 腹は減っているかという問いに、自分の空腹具合を想像してしまったからか、今にも腹の虫がなりそうな程の空腹感が押し寄せてくる。

 それに、特に拒む理由も無いから、おやっさんの誘いに乗る事にした。

 そして行き着いたのは近くの酒場。

 仕事終わりに一杯…なんて言って、おやっさんはよく来るらしい。

 酒場が混むには少々早い時間帯、適当なテーブル席に座って、おやっさんがいつもの2つと、自分は常連であると言わんばかりに注文をする。

 酒場なんてのは、当然俺の村にはない。

 王都のような大きな街がある場所や、大きい主要な道沿いにある村や町にある事はある。


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 とりあえず、こういった場所は俺としては新鮮で、興味を惹かれて辺りを見回してしまう。

「やけに物珍し気に見るじゃねぇか」

 そんな俺の様子を面白そうにおやっさんは見る。

「新鮮だよ。今まで1回か2回くらい酒場に入った事はあるけど、結局それは適当な店がなかっただけで飯だけ食って出たからな。こうやって酒を呑む目的込みで入ったのは初めてだ」

「ほ~。そりゃあいけねぇな。酒場に来れる機会なんて限られてるってのに、それでいて酒もまともに呑まずに帰るじゃ、損してるとしか言いようがねぇな」

「そんなにか? ただ酒が呑める場所ってだけだろ」

「おお? 分かっちゃいねぇな、ガレス」


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『ブドウ酒2杯お待ち~』

 酒場について熱弁が開始されると、見計らったかのように、ここの看板娘だろうか…そばかすのある若い女性が片手で酒の入った木のジョッキを2つ持ち、もう片方の手で焼かれた骨付き肉が無造作に乗った皿を持ってやってくる。

「お、きたきた」

「ほかに注文は?」

「「エノ」ちゃんの熱いチュ~をくれ!」

「寝言は寝て言いなよ、呑んだくれ」

 エノと呼ばれた女性は、あからさまに不快そうな表情を浮かべて、おやっさんを睨みつける。

「あんたは、見ない顔だね」


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 その反応を見て笑い出すおやっさんを無視し、付き合ってられないと言わんばかりに、彼女の視線が俺の方へと向けられた。

「まぁここの住人じゃないからな」

 隠すといった意図はないが、聞かれてもいないので適当に返答を返す。

「そう。まぁそれは見た目からわかる。ここいらじゃ、ローブを着て、そんな長い杖を持ったいかにも魔法使い~…なんて主張してる奴、そうそういないからね」

 そう言って、テーブルに立てかけた俺愛用の杖を指さした。

「そうか。やっぱ目立つよなぁ。この格好」

「うん、目立つ。それで…あんた魔法使いなの?」

 さっきの不快そうな表情を忘れさせる程に生き生きとした表情を浮かべ、テーブルに手をついて彼女は俺の方へと身を乗り出す。

「ああ」


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「まじ!? その腰にある剣は置いといて、なんか魔法使いらしい魔法使いに会えて嬉しい、というか感動だ」

「ここら辺にだって魔法使いはいるだろ。それこそ見飽きるほどに」

「実はそんなんでもねぇんだよ、ガレス」

 そこへおやっさんがジョッキに入ったブドウ酒を一気に飲み干して首を突っ込んでくる。

「ここらで普及してる魔法は、知っての通り「杖魔法」だ。しかもその手軽さのせいで、魔法使いとは言えない程のにわかまでが杖魔法を使ってる。魔法を使える人間の多さだけで見たら多くはなってるが、逆にその手軽さが元々の魔法使い連中にまで影響を及ぼして、魔法使いらしい格好はおろか、魔法の腕も落ちてるって問題になってる」


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「そうそう。魔法が神秘的なモノじゃなくて…、ヒャッ!」

 楽し気に顔を近づけて話をするエノだったか、突然変な声を上げて体をテーブルから離す。

 何事かと聞こうとするよりも先に、その異変に気付いた。

 おやっさんの手が彼女の下半身に伸びていたのだ。

 見る見るうちに顔が赤くなるエノ、最初は驚きの表情だったが、それは次第に怒りと恥ずかしさの混じった表情へと変わっていき、腰に差した1本の杖へと手を伸ばした。

 そこからは一瞬で、勢いよく抜いたその杖を逆手に持って、自分に伸びたおやっさんの手に突き刺すと、そこを中心にその巨体が一瞬だけ光ると、糸の切れた操り人形のように、テーブルへ突っ伏すように倒れ込んだ。

「はぁ…はぁ…、とま~、こんな風に一般人にとってのフォークとかナイフぐらいの道具としての立ち位置までになっちゃってるわけ」


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 荒れた息を整えながら、彼女は再び腰に杖を戻す。

 俺は苦笑いを浮かべつつおやっさんを見ると、たまにびくびくと体を痙攣させながら唸っている。

 おそらくだが、体を一時的に麻痺させる効果だ。

 おやっさんの行動は問題だが、杖魔法の、エノ達が言わんとしていた事は理解できた気がする。

「なんか、申し訳ない」

「まぁいつもの事さ。もし悪いと思うなら、何か注文でもしてくれた方が助かるよ」

 いつもの事…という言葉に驚きつつも、気にしていなさそうなエノの様子に胸を撫でおろす。

 そして詫びにと、彼女に夕食として食べられるモノを適当に注文をした。


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「まいど。金はこの呑んだくれにツケておくから、ゆっくりしていって」

 笑顔でそう言い残し、彼女は厨房の方へと戻っていく。

 エノの笑顔に若干見とれつつ、当初の予定だった村の話をしながら、呑む事もせずにオマケだと言いながら彼女が持ってくる料理を、ただ黙々と食べるのだった。


 頼んだ料理が全てテーブルに並び、その半分を食べ終えた頃、うめき声をあげるだけだったおやっさんがようやく目を覚ます。

 俺はそんな光景を何となく眺めながら、手に取ったパンを一口サイズにちぎって口に運んだ。

 エノの話では、もし1人客で混んでいる時だったら、容赦なく外に叩き出すそうだ。

 今はそうならなくてよかったと思う。


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 2人で入ってきて、目の前で1人が外に叩き出される光景なんて見たくもないし、1人で食事をする事になるのもそれはそれで寂しい。

 普段1人で食事をしているのは、それが当たり前だから、と割り切れるが、2人で来て1人で食事を取るとか気持ち的に申し訳なくて料理を楽しめない。

 まぁ、この店がダメなら他の店に2人で行けばいいだけだが…。

「よく眠れたか?」

 額に手を当てて意識をはっきりさせようと頭を横に振るおやっさんに対して、いらぬ世話を課せられた腹いせに皮肉交じりに俺は聞いた。

 しかし、それに気づいていない様子でおやっさんは、がっはっはっと笑う。

「いやぁ~、相変わらず良いしびれ具合だ!」

 いくら体格差のある相手に対してとはいえ、それなりの時間行動不能にするほどの攻撃を受けての言葉とは思えない。


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「あれはいつもの事なのか?」

「祭が近いとな」

「ふ~ん」

「それでガレス、分かったか?」

「何が?」

「そりゃあお前、酒場の楽しみ方だよ」

「・・・あれでか?」

 楽しみ方…、その会話をしてからのおやっさんの行動を思い起こしてみるが、楽しめる箇所を一切思い出す事が出来ない。

「エノさんの下半身を触る事がそれなら、願い下げだ」

「なんでぇ。マジな魔法使いのお前ならあの杖魔法も効かねぇだろうに」


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「そりゃあ何の対抗策もないよりかマシ…というか、ある程度は防げると自負はしてるけど、そういう問題じゃない。あれは彼女にとっての身を守る防御方法だ。それが効かない状態であんたと同じ事していったら、それこそ衛兵の世話になるのがオチだろ」

「はっはっ! 違いねぇな。だが、エノちゃんの魔法ならむしろ褒美だぞ?」

「彼女は確かに魅力的な女性だと思うけど、勘弁してくれ」

 おやっさんは骨付き肉を取ってかぶりつくと、数回噛むとブドウ酒で一気に流し込む。

 そんな豪快な食事風景を見て、この人は俺の言いたい事を理解しているのか…、疑問を感じずにはいられなかった。

 エノはいつもの事と言っていたから、当然今回が初めてという事はないだろう。


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 にもかかわらず、普通に店に入れている辺り、諦められている感がある。

 そんな普通とは少々変わった酒場とおやっさんの関係に、内心で戸惑いを覚えつつ、自分の前に置かれた羊肉のステーキを一口分に切り分けて食べていく。

「相変わらず、ちまちました食べ方するな、お前」

 自分の近くにあった料理を次々と平らげていくおやっさんは、俺のその食べ方に呆れたような表情を見せる。

「ここには礼儀なんて気にしてる連中はいやしねぇぞ?」

『あんたは礼儀以前に常識を勉強しなおしな!』

「うっせぇ!」

「周りが食い方を気にしているかどうかじゃない」

「ん? あ~、そうか。わりぃな忘れてたわ」


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「別に気にしね~よ。俺が好きでやってる事だ」

 どんなに腹が減っていても貪り食う…なんて事はしない。

 これはある意味で俺の形見みたいなものだから。

 その後は、世間話とでも言えばいいか、お互いに近況報告をしていった。

 と言っても、おやっさんにとっては村の人間のほとんどが面識のない相手、ただ話の中に登場する人物に過ぎず、話すというより彼から聞かれた事を話していく形になっていた。

「封印の杭の周期が重なるとそんな事が起こんのか…。こっちは国を守護する騎士団があるからいいが、それでも意識しておかなきゃいけねぇ事だな」

「ああ、無いとは思うが、万が一の事には備えておかないとな。まぁそのガタイじゃ、魔物の方が逆に逃げてくだろう」


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「あたりめぇだ。伊達に鍛えちゃいねぇよ」

 他愛のない話だが、この数日間、1人でここまで来て、人と話をする事ができなかった分を補うかのように話し、そして笑う。

 いつの間にかナイフとフォークも置いて、話に夢中になっていた。

『お~っ! おっさん今日も来てんのか!?』

 そこへ、前髪を掻き上げ、左頬に入った大きな刺青が特徴的な甲人種の男性が、酒場に入って来るや、おやっさんを見つけて親し気に話しかけてきた。

「なんだ? お前、いくら休みだからって毎晩来るこたぁねぇだろう」

「いいだろう? 休みだからこそだっての」

 どうやら男性とは知り合いらしく、おやっさんは席を立つと、男性と拳をぶつけ合わせた。


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