第四話…「始まりの時と帰らぬ思い人」【1】
おにぃがそろそろ帰ってきてもおかしくない日の昼頃、帰ってくるのは明日か…それとも明後日か。
そんな待ち遠しさと、お祭りに対して着実に積もっていく緊張感の中、プセロアでは大人たちが慌ただしく動いていた。
子供と老人は危ないからとか、邪魔だからとかいう理由で家の中に入れられ、いつもとは違う騒々しさを帯びている。
「ひま~…ひまひま…」
そんな状態は半日続き、ジョーゼが我慢の限界だと言わんばかりに恨みを込めてブツブツ呟き始めた。
この子の言いたい事には私も賛成はできるけど、だからと言ってもどうしようもない。
---[01]---
「我慢我慢。魔物が村の近くまで来たから、安全が確認できるまではジッとしてなきゃ」
騒々しい原因はそれだ。
魔物が村の近くにまで来た…それだけだけど、それこそ村の安全を守るという意味で重く受け止めなきゃいけない事。
「いつもこんな事してないじゃ~ん…」
「今回は特別。出た魔物が魔物だから、注意が必要なの」
「なんで魔物が出たぐらいでこんな騒ぎになるのさ」
「魔物が出たぐらいって言うけど、その出たって事自体大変な事なんだから」
「なんで?」
「そりゃ~お祭りも近いし、魔物もいつもより多いらしいけど、問題はそこじゃなくて…、だいたい杭が魔物を引き寄せる事は百も承知、何の対策もせずに杭の近くで生活なんてできないじゃない」
---[02]---
杭の存在があるから、他の村よりも魔物の生息数がこの近辺は多い、にも関わらず、壁というには心もとない柵という…所々に出入り口がある防護壁で、どうして安全に生活できているかと言えば、その壁以外に身を守る術があるから。
何も無かったら、その防護壁の外で生活しているおにぃは毎晩のように見張りをしなきゃいけなくなるし、策の中でも安心して眠れない。
「この村には魔物や魔人が近づかないようにするために、魔法で結界が張られてるの」
「ほんとに? なんかかっこいい~」
「そもそも魔物とか魔人は獲物を探して動き回ってるんじゃなくて、より魔力が濃い場所、多い場所へ移動するの。だから封印の杭が魔力を集め始める時、広い範囲の魔力が杭に集まって、それに流されるように魔物達は移動してくる。結界はそんな魔力の流れをずらしたりして、あいつらの移動する先に村が来ないようにしてるの」
---[03]---
「ん~…、ん?」
「村につながっている道を作り変えて、村にたどりつけないようにしてるの」
「なるほど!」
「本当に分かってる?」
「ん、わかってる」
「そう。そんな結界があるから、普通は魔物が村の近くに来る事はない。だから近くまで魔物が来ただけでも大騒ぎ。魔物が結界の外に出ていったのは確認したって言ってたけど、その魔物っていうのが犬型の黒い魔物らしくて、近くに群れがいるかもしれないから油断できないみたい。だからしばらく時間がかかるんじゃないかな」
「むぅ~…、待てない…」
「そこは我慢」
---[04]---
ジョーゼの言いたい事もわかる。
最低でも村の中ぐらい自由に動きたい、さすがに家の中でジッとしていろ…なんて言い過ぎだと思う。
それに、少しでも早く外に出たいっていうのは、いつも通りの生活に戻りたいって思ってしまうからだ。
不安なんだ。
おにぃがいない間にお祭りが始まってしまったら…そう思うと怖くて、そして不安でしょうがない。
心なしか、手が震えているように思える。
「おねぇ。泣きそうな顔してるよ?」
「え、あ、うん。大丈夫」
---[05]---
ジョーゼは机を挟んだ向かい側からこちらを覗き込む。
何時ものように何も心配事なんてないと言わんばかりの目で…。
だから私はできる限りの笑みを浮かべてジョーゼに言葉を返した。
『ヴィーゼ』
そんな時、家の外から私を呼ぶ声が聞こえ、その方向に目を向けると、そこにはお母さんが立っていた。
「どうしたの?」
状況が状況なだけに、お母さんの声が妙に怖く感じて、私は自然と身構えてしまう。
---[06]---
「調子はどう?」
「調子? え~と…、大丈夫だよ。大丈夫」
「そう」
不安そうな表情を浮かべるお母さんに対して、自然と頭に「?」が浮かび上がる。
「村長が、今日にも祭りを始めようって。日がてっぺんに来る前には封印の杭に到着するようにしたいそうよ。だからヴィーゼも準備をしなさい」
話の内容を理解するのに少しの時間を要し、理解できたと思ったら今度は頭の中が真っ白になっていくのを感じた。
唐突過ぎて軽いパニック状態になりかける。
そんな時、お母さんが震える私の手を取り、優しく撫でてくれる。
---[07]---
「そんなに不安がる必要なんてないわ。あなた1人で何もかも熟さなきゃいけない訳じゃないのだもの。他にも行く人はいる。決まりで成人の儀に参加する人の親は一緒に行けないけれど、それでも知らない人達と行く訳じゃないわ」
頭ではわかっていても、体は素直なものだ。
お母さんのおかげで、少しは体の震えが収まったけど、それでも完全には無くなってない。
身だしなみをきちんして、正装に着替えて、いくつかの魔法を使う際に補助をしてくれる道具を用意する。
「大丈夫だよ。おねぇ」
そこへ、私の杖をジョーゼが持ってくる。
「おねぇは魔法上手だもん。お婆ちゃんにもこの前教えてもらってたじゃん。お婆ちゃんはおにぃの先生だったし、おにぃみたいにうまくできるよ」
---[08]---
ニッと笑うジョーゼ。
なんの根拠もない慰めではあるけれど、その表情につられて自然と私にも笑みがこぼれた。
「うん。ありがとう」
妹から自分の杖を受け取る。
自分の背丈ほどある杖は自作、だからこれ以上ないってくらい手に馴染んだ。
申し訳程度ではあるけれど、その手の感触が僅かな自信に火をつける。
忘れ物がない事を確認して、私は家を出た。
封印の杭の方へ行く者に対して、村で待つ人間がその身を案じて、気を付けて行ってらっしゃいと言葉を交わす。
---[09]---
1年前まで見送る側にいた自分が、見送られる側にいる…それはとても不思議な体験だった。
成人をすれば、来年はまた送る側になるだろう。
成人した女性がお祭りの時に封印の杭の方へ同伴する事はまずないから。
だからなのか、自分がこの場にいる事にとても違和感を覚えた。
「こりゃあまた、こんなにガチガチな子を見るのも久しぶりだねぇ」
そこへ、お婆ちゃんがやってきて、緊張をしている私を見る。
「そんなにガチガチなのはガレス以来だ」
「お、おにぃも?」
「ああ。あの子はとにかく先へ先へって…他の人よりも先へ…前へ行こうとしててね。同じく成人の儀に出る連中の誰よりも魔法を上手に使えてた…それでもいざって時に緊張でガチガチさね」
---[10]---
「おにぃっぽくない…」
「かっかっ。あいつも人の子じゃ。あんたはガレスをえらく慕ってるから、普通よりも高いとこにいる人間と思っちまってるかもしれんがな」
「そ、そんな事」
「まぁそんなガレスだって、無事成人の儀を終えられたんじゃ。不安に駆られて縮こまるこたぁ何もない」
力は無くても、しっかりとお婆ちゃんの言葉に対して頷く。
最後に、お婆ちゃんは今までで一番の優しそうな微笑みを浮かべてくれて戻っていった。
『じゃあ行くぞ!』
先頭に立つ男性が声も高らかに、自分の持つ杖をみんなに見えるように掲げ、その大声に合わせるかのように、周りの人達も大きな声で「おおーーっ」と叫ぶ。
---[11]---
「お、おおーーーっ!」
私も少しでも自分の力になればと、周りの声にかき消されないように大きな声を上げた。
そして、1つの集団が村を出て、封印の杭に向かって歩き始める。
『おねぇーっ! がんばって!』
周りにつられるように歩き始めた私の背中に、ジョーゼの声が飛んでくる。
思わず振り向いたその先に、なぜか自慢げな表情を浮かべて手を振る妹の姿があった。
『おねぇならできるよ! できる!』
うんっ。
自分の杖を抱えるようにして持ち、声は出さないまでも今度は力強く頷いた。
---[12]---
そして私は、妹の声援を受け、運命の場所へと進み始めた。
『いくら大切な行事だからって、みんなして大事にし過ぎだよな』
封印の杭に向かう途中、私の横を気だるそうに歩く少年がぼやいた。
私と同じで、今回成人の儀に向かう少年、名前はストー。
欠伸を噛み殺しながら歩くストーは、明らかに集中力を欠いている様子だ。
「大事な事だよ。これがちゃんとできれば、大人として認めてもらえるし」
「よく言うぜ。さっきまでガタガタしてた奴が」
「それは…、そうだけど」
「うちの両親は2人して魔法が苦手だから…、自分達よりも上手く魔法を使える俺に期待してんだ。だから他の家よりもギャーギャー言ってきてよ」
---[13]---
「なら尚更、集中しなきゃ」
「だから何だよ。大人の連中があ~だこ~だ言った所で、俺は俺だし。この祭りが無事終わったからって何かが変わるわけじゃない」
「そう…だね」
ストーとはそこまで仲が良い訳じゃない。
村の大きさと歳が同じという事もあって、まったく知らない訳じゃないけど、それでも友人未満の距離感があった。
そんな彼がわざわざ話しかけて来たというには、そうせざるを得ない程、私は酷い状態に見えたのだろうか。
村を出る前より調子は良くなってきたと思ってたんだけど。
『おいおい。ストーがヴィーゼの事、口説いてんぞ!』
そこへ、私たちの前を歩く大人衆が、初々しいモノを見た時のように楽しそうに声を上げた。
---[14]---
それにつられるように、興味を持った人たちが、こちらに近寄ってきて歩幅を合わせてくる。
大人たちがそういう事をしてくるだけなら、ただからかわれているだけって思えるけど、同い年の人達が他にもいるから恥ずかしさも倍増だ。
男の子たちはストーをからかい、女の子の友達は楽しそうに私へ寄って来る。
「ば、そんなんじゃねぇよ! こいつがひでぇ顔してたから話とかしてやってただけだって!」
「またまた~。もう少しで成人なんだから、いま愛を告ってもいいんだぜ!?」
「だから違うって!」
さっきまで、居心地が悪い程に真剣な空気が支配していた空間が、一瞬にして笑いが満ち溢れて賑やかな空間へと変わった。
---[15]---
「だめよ~。ヴィーゼにはガレスさんがいるんだから~」
「え~? やっぱそうなの~?」
ストーの方のいじりが続く中で、周りの女の子たちも私とストーを種に会話に花を咲かせ、その中でおにぃの名前が出てくるものだから、顔が熱くなって反論の言葉も出せなくなってしまう。
「そもそも、私はヴィーゼとガレスさんがそういう関係だと思ってたんだけど」
「あ、それ私も!」
「だよね~。だってそれ以外想像つかないくらい仲良いし」
「むぅ…」
他人事で話をしている人達はいいけれど、その渦中にある身としては早く終わってほしい。
でも誰もそんな状態を止める事をしない。
---[16]---
これから大事な儀式をするには浮かれ過ぎな状態だけど、むしろそれを望んでいたかのようにみんなが笑っていた。
自分の羞恥心を射抜く会話でなければ、私もこれを望んでいただろう。
緊張とか不安とか、そんなものが支配している状態で進み続けるより、この方が良いに決まってる。
皆もそう思っていたんだ。
会話の内容が内容だったからか、封印の杭までの道のりがとても長いモノに感じた。
杭は村の近くにある山の中腹にあり、その周辺は広い範囲で木々が生えておらず、見ようと思えば村からでも見る事ができる。
---[17]---
道を進むにつれて周囲の木々がまばらになっていく。
話によれば、杭が魔力を吸収する影響で、木々が生きるために必要な魔力も取っていってしまうかららしい。
封印の杭がこの地に穿たれてから数百年、その周辺で木々が生える事はなくなった。
目に見えて木々が無くなっていくにつれて、楽しそうに笑っていた皆の口も徐々に閉じ始める。
恥ずかしかったけど皆の会話が緩衝材にでもなったのか、緊張もだいぶマシになっていた。
というか、いろんな感情が短時間に押し寄せたせいで、頭がそれを処理しきれずに混乱状態にある…と言った感じ。
---[18]---
集中して真剣にというのはそうなんだけど、どういう心境で挑めばいいかという点で分からなくなっていた。
封印の杭のある場所まではあまり来たことが無い。
神聖な場所だからと、決められた周期で、選ばれた大人たちが様子見と手入れをしに行く程度で、基本的に子供は来れない。
子供が、3歳になった時、5歳になった時、7歳になった時と、決まった歳に今後の健やかな成長な祈願と、見守ってくれた事へのお礼をしに子供を連れてくる事はある。
私もその時に来た程度で、それ以外ではない。
---[19]---
だからその場所の光景はうろ覚えで、基本的には村から見える木々が無くぽっかりと空いた山肌だけが、私の杭の場所の記憶。
そんな状態で踏み込むその空間は、重い空気が漂っているようにも思える。
私たちの村ならいくつでも入る程の広い空間、中心にはその辺の大樹なんて普通に抜き去る大きさの…わずかな光を帯びた岩のようなモノが地面に突き刺さる形で立っていた。
開けたその空間の入口に立っているだけで、その岩…封印の杭からとてつもなく大きな力が渦巻いている事がわかる。
封印の杭が周囲の魔力を吸収しているせいか、引き寄せられた魔力が溜まり場のように、この空間に溜まって、魔力の濃度が高くなっていた。
「さあ、お前達。この調子なら明日の夜明けにも封印の杭の魔力吸収が本格的に始まるぞ」
---[20]---
単純だけど、それだけに足を踏み入れる事を躊躇してしまっていた私たちに、大人たちは率先してその空間に足を踏み入れて見せる。
普通に杭へと向かっていく大人たちを見て、私たちも恐る恐るではあるけど、1人…また1人と、重くなりつつある足を前へ出していった。
「周囲の魔物や魔人の数は例年のよりも多くなっている。だから今からでも部分的に結界を解いていき、獲物がこちらに来る方向を絞りながら、少しずつそして確実に狩っていくぞ」
先頭を歩いている大人が、大きな声で全員に聞こえるように話す。
やる事は単純、我先にと襲い掛かる魔物達を倒すだけだ。
「分かっているとは思うが、これは訓練じゃないからな。躊躇していたら怪我じゃすまない。常に信じろ。自分たちの力をな」
---[21]---
「「おおっ!」」
周りがその言葉に連れて、手を高らかに上げる。
「今回はこちらも人数が多い。子供と大人、2人1組で行動する事にする。大人がお前達成人の儀に挑む若造の手助けをするが、これは自分たちのための儀式という事を忘れるな。今回が駄目でも次回があるなどと思うなよ。そんな弱腰では大人として認められん。魔法が不得手な者もいるだろうが、それでも精一杯、己の力を信じ全力でやれば我々成人を迎えた者達だけでなく、守り神たるブレンニーダー様も認めてくれよう」
「「はいっ!」」
いよいよ始まる儀式。
封印の杭を中心に、村の方角が北だとして、南西、南東を向く形で2手に分かれて陣取る。
---[22]---
「いよいよ始まるが調子はどうだ?」
周囲の警戒しつつ、心を落ち着かせていた時、相方のおじさんが声をかけて来た。
最近、子供に家を魔法で爆破され続けたおじさん。
おにぃが、王都へ出発する前日まで、その片付けを手伝っていた家の家主さんだ。
相方になる人が、知らないとは言わないにしろあまり親しくない人だったらどうしよう…、そういった心配をしていたけれど、おじさんが相方と知って安心をした。
「大丈夫。村にいた時より落ち着いてる」
「ハハッ、確かにそうらしいな」
そう言って、おじさんは誇らしげに笑いながら、肩にかけていた矢筒を3つ足元に置く。
「まぁなんだ。それなりに手助けはしてやるが、結局はヴィーゼ、お前の試練だ。できる限り自分で何とかするんだぞ」
---[23]---
「はい」
「最初は誰だって怖いもんだ。魔物だって生きてる。魔人には、生きてるとは言えねぇ奴らもいるがな」
おじさんは矢をつがえる事なく手に持った弓の弦を引っ張って、その調子を確認する。
予備なのか、弓も3つ持ってきて、おじさんもおじさんで準備万端と言った状態だ。
『始めるぞ! 全員! 準備しろ!』
杭の一番近く、そして散らばった私たちの集団の中央に立つ男性が声を上げ、少しの間をおいて、天高く赤く光り輝く魔法の球体を打ち上げる。
それは準備完了の合図だ。
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