第二話…「買い出しと休日」【3】
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夢と現実を行き来するようなまどろみの中、俺の事を呼んでいるような声が聞こえてくるが、何を言っているのか聞き取る事ができない。
起きる気配を見せない俺に対して、起こそうとしてくれている相手は、その声の音量を上げ、体を揺する力を増していった。
徐々に強まる睡眠の妨害に耐え兼ねて、いざ起きようかと思った時、なぜか俺を起こそうとする力が消える。
霞む視界の中で、小柄な誰かが何かをしているのが視界に入った。
黒く影のように見えて、それが誰か判断する事ができない…、とりあえず俺は体を起こし、霞む目をこする。
そんな些細な行動だけでも、頭が起床の時だと覚醒を早め、視界もさっきより綺麗に、ぼやける事が少なくなっていく。
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そして、誰が俺の家にいるのか、それを確かめようとした時、その張本人であろう人物が俺の横に立った。
その人物の方へと視線を向けた…向けたのだが、見えたのは視界一杯に広がる黒…、何も見えず、そればかりか、額に強烈な痛みと共にバコーンッと鍋を床に落としたような、昨日何回も聞いたような音が頭の中に響き渡る。
「・・・いってぇ~!」
寝起きの頭には何が起こったのか分からず、理解するまでに幾ばくかの時間を有した。
その瞬間までは、さぞバカ面で呆けていた事だろう。
痛みを少しでも和らげようと、何かをぶつけられた額をさすりつつ、俺は叫んだ。
「何すんだよ!」
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「あんたがいつまで経っても起きんのがいけんのじゃろうが」
額をさする腕の合間から見える鍋、そしてそれを持っている見慣れた育ての親に、苛立ち交じりに俺は不満をぶつけていた。
「だからって、鍋で叩く事はないだろう、婆ちゃん!」
「なんじゃい。起こしてもらったんだ。まずはありがとう…じゃろ?」
「んぐ…。ちっ…、ありがとよ」
「よろしい」
「それで…、何の用だ? 婆ちゃんが家まで来るのは珍しいじゃん」
「何言ってんだい。今日はオースコフに向かう日じゃろ。いつも行く時に着てたローブ、ボロボロになってたから新しい物を作っておいたんじゃ」
そう言って、婆ちゃんはダークブラウンのローブを見せてくる。
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「あ~、ローブ、ローブね。すっかり忘れてたわ。でも、わざわざこっちまで持ってこなくてもよかったのに」
特に変わった所もないローブだが、職人が作ったかのように丁寧に細かい所まで縫われていて、着心地も折り紙付きの代物だ。
「あんたがいつまで経っても村の方に来ないから、わざわざ来てやったんだ。誰のせいじゃと思っとる?」
「・・・それは申し訳ない」
「分かったならさっさと顔でも洗ってきな。あんたに用があんのはわしだじゃないんだ」
「婆ちゃんだけじゃないって…、他にここまで来るようなモノ好きいんのか?」
「いいから。さっさと顔を洗っておいで」
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「分かった。分かったから、鍋を振りかざすのはやめてくれ」
半ば強引な形で、俺は固まった体を伸ばしつつ家を出る。
太陽がもう少しでてっぺんに来そうな時間、外の空気も十分温められ、服を一枚や二枚脱いだ所で寒さを感じる事はない。
眠気を全て消す為にと被った水はさすがに冷たくて、眠気がすっ飛んでいく。
適当に格好を整えて家へと戻ると、婆ちゃんの他に2人、見知った奴らが増えていた。
「おにぃ、寝すぎぃー」
「おはよう、おにぃ」
来ていたのはヴィーゼとジョーゼの2人だった。
ジョーゼがいる事に、幾ばくかの…無用な警戒心を向けてしまうが、それはそれ。
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この2人と婆ちゃんしかいないって事は、婆ちゃんの言っていた俺に用がある奴はこの2人で間違いないだだろう。
「それで、お前らは何の用だ?」
この2人も、俺が今日王都へ出発する事は知っているはず、村での頼み事はできないと分かっているだろう。
なら、買い出し関連か?
「えっと…、おにぃ、村から離れる事になるから…、その、お守り…作ったの」
「お守り?」
「う、うん」
そう言って、ヴィーゼが俺の方へ一歩近づき差し出した手に、そのお守りが乗っていた。
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それは決して豪華ではなく、色も鮮やかとは言えない、綺麗に編み込まれた紐の通った赤い宝飾石、大きさから言って手首飾りであろうお守りだ。
それを、俺は気恥ずかしさを隠すように視線を反らしながら取り、左の手首に着ける。
「あり…」
「その石はあたしが、川で拾ったんだ!」
「・・・」
何か贈り物をされる。
そんな事をされれば感情が大岩でできていない限り、素直に嬉しい。
それが誰であれ、異性からの贈り物なら、尚更だ。
そして、大岩でできているわけではない俺の感情はうれしさと気恥ずかしさで、お礼の1つも、勇気というか変に力んでしまう。
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だからモノの流れで、自然に、そんな素振り見せないようにお礼をしようとしたのだが、俺の気持ちを知ってか知らずが、ジョーゼは待ちきれないと言わんばかりに、自分のそのお守りを作る際の貢献度を説明し始めた。
「編んである紐もおねぇと半分ずつやったんだ。あとね~…」
1つ1つ俺の手首につけられたお守りを指さしながら説明してくれるのは、自分が頑張った事を俺に少しでも教えたいという事なのだろうが、もう少し黙っていてほしかった。
「はいはい、お前が頑張ってくれたのはよ~くわかった。ありがとよ」
「んふふ~」
俺のお礼の言葉に満足げに笑みを浮かべるジョーゼ。
「ヴィーゼもありがと」
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「うん!」
ジョーゼと同じように、ヴィーゼもまたお礼に満足そうに笑みを浮かべる。
結果的に、ジョーゼの割り込みのおかげで、いちいちお礼を言うのが恥ずかしいとか考えていた事が頭から抜け出て、何事もなかったかのようにお礼の言葉が口から出てきた。
とりあえず、感情が籠ったお礼、それが自分でもわからなくなる程にスラっと出てきたから、それでよかったか不安を少しだけ抱きつつも、俺からの言葉に2人が満足しているのなら、これ以上何かを言う必要はあるまい。
「全く、お前のためにわざわざ作ってくれたんだ。もう少しまともな顔できないのかい?」
そう言って、婆ちゃんは羊のミルクで作ったスープをコップに入れて渡してくれる。
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「それでも飲んで、そのひどい顔を何とかしな」
「ひどい言いようだな。そんなにひどいか?」
「うん。おにぃ、元気ないように見えるよ?」
実際、眠気は飛んでも、普段よりも寝ていないから元気が無いと言えばその通りだが…。
後は、日が昇っても寝ていたせいで。そこからくる独特な寝ぼけ状態が抜けきっていたいというか、眠気は無くても、体のスイッチが入りきっていない脱力状態だ。
「寝るのが遅かったし、起きるのも遅かったし、体が混乱している状態なんだろうな」
俺は、ベッドに腰掛けながら答えた。
「夜更かし? 昨日、あの後もずっと起きてたの?」
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「ああ、いろいろとな。王都に出発するのが今日だって、突然言われたもんだから、やってなかったものをできる限りやってたんだ」
「そう、なんだ。大丈夫?」
「寝るのが遅れた分は起きるのを遅くして補った。お前たちが来るまで寝てたのは余分に寝ながらゆっくり体を休めてただけだ。なにも心配する事じゃない」
「そっか。なら良かった」
「あ~、というか、ヴィーゼ。昨日何か言おうとしてたのは、このお守りを渡そうとしてくれてたのか?」
「え!? ・・・え~と、うん、そんな感じ」
俺の質問に、ヴィーゼは視線を反らし、その白い肌を火でも点いたかのように真っ赤に染める。
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余程、これを渡すのが恥ずかしかったのか、それとも緊張していたのか…。
「じ、じゃあ、私、先に村の方戻ってるね」
そして、慌てた様子でこの場から逃げるように家を出て行った。
そんな光景を見て婆ちゃんは深いため息をつき、ジョーゼはそんな姉の様子を気にも留めず、婆ちゃんからもらったスープを飲む。
「やけに慌ただしいな。お使いでも思い出したのか?」
「馬鹿な事言ってるんじゃないよ…全く」
空になったマグカップを取り上げ、婆ちゃんはそれの代わりに新しいローブを俺に持たせる。
「お守りにはね、安全に家族のもとに帰ってこれるように…てまじないをかけてある」
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「ほ~、婆ちゃんがかけてくれたのか?」
「アホ。そんな訳がないだろう。いい加減頭を起こしな。かけたのはあの嬢ちゃんと…」
「あたし!」
「そう。わざわざわしの所に来てね」
「なんでまた婆ちゃんの所に」
「そりゃあ、わしはあんたの親代わりみたいなもんだ。そういう点で、あんたに何かしてやる場合、一番信用できると思ったんだろうよ」
「なんの信用だよ…」
「んなもん、自分で考えな。ったく、これじゃ、あんたの子供の顔を見る前にわしがくたばっちまうよ。・・・それでだ、まじないが紐の部…祈りを込めながら編んだもの、装飾…この子が拾ってきた石にも絆を強める印を刻んである」
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「絆?」
「あたしもね、同じの作ったんだ!」
ジョーゼが俺の膝に右手を乗せて左の手首につけられた手首飾りを見せてくる。
色合いもほぼ同じ、いろいろとぎこちない部分はあるものの、それが同じものだという事は一目見て分かった。
「お前もつけてるって事は、ヴィーゼもか?」
「うん、おねぇもつけてるよ」
「そうか。・・・て事は、お前とヴィーゼ、2人との絆を強くして、そしてお前らの所にちゃんと帰ってこれるように…、そういうおまじないって事か?」
「そうだよ。さすがおにぃだ」
「ふ~ん、ヴィーゼはともかく、ジョーゼもその枠に入ってるのか。ふ~ん」
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「むむ! あたしがいるとなんかマズいの!?」
ジョーゼがぷくっと頬を膨らませて、俺の肩を揺する。
いつもは結果的に、ジョーゼが攻めで、俺が守り、という形が定着していたから、それが逆転して、特に深い意味もなく言ったが、この反応はなかなかに面白い。
「冗談、冗談だって」
俺はジョーゼの手を取って、その行為を止めさせる。
「むむ~…」
冗談とは言ったが、いささか今は少女的に不満な部分が多いらしい。
「機嫌直せって、祭りが終わったら魔法の練習一日付き合ってやっから」
「本当!?」
頬を膨らませて不貞腐れていた状態から一転、豪華な飯でも前にしたかのように目を輝かせる。
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正直な所、いくら機嫌を取るためとはいえ、言って後悔している。
「ん…、ああ、祭りが終わった後だがな」
しかし、言ってしまったからには、その言葉を飲み込む事は出来ないし、する気もない。
「やった!」
「じゃあ、とりあえず村の方に戻ってろ、俺も準備したら行くから」
「うん!」
「わしも先に行ってるよ。わしがいなくなったからってまた寝るんじゃないよ?」
「寝ないって」
2人が外に出ていくのを見送って、改めて身支度を始め、外出用の服に着替える。
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腰にはベルトを付けて、こういう時のために持っている剣身の幅がやや広めの直剣をベルトに差し、その上からフード付きのローブを纏う。
昨日用意した買う物がまとめられた羊皮紙を貴重品としてしまい、万が一のための道具を鞄にしまって、準備を終えた。
家には金目の物なんて無く、戸締りをする必要はない。
家畜のニワトリの世話はジョーゼ辺りがやってくれるはずだ。
家の中に問題が残っていない事を確認して、俺は扉の近くの壁に立てかけてあった杖を取り、外へと出た。
立てれば自分の肩程まで届く杖、魔法使いだから持っている…という理由で外出時に持つ事が多いだけで、これがあるからと言って魔法に何か影響があるかといえば、特にないんだが…。
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もし、この杖に杖魔法の仕組みを入れてみたり、もしくはそれ以外の魔法に関係する力を持っているならば話は別だが、とりあえず俺が愛用しているこの杖にはそんな力はない。
俺が成人した時、婆ちゃんが祝いの品として、これを贈ってくれた。
何年も使っているが、何か魔法に影響を及ぼしているような様子はない。
だが、記念にと自分のために作ってもらった杖だ。
何か特殊な力があろうとなかろうと、他の杖を用意するつもりはない。
俺がいつも使っている通用口とは別の村本来の入口、大きい門の建った場所に、馬車と馬、そして村人勢揃い…とまでは言えないまでも、それなりの人数が見送りに来ていた。
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みんなが、気を付けてね、頼んだよ、といろんな事を言ってくる。
買ってきてほしい物をまだ言ってきていない村人も、慌てた素振りを見せつつ頼み事を終えて、見送りの言葉を贈ってくれた。
何を大げさなと思わなくはないが、毎日似たような日を過ごし、延々と魔法の鍛錬と生きるための狩りの繰り返す、そんな村にとって、1年に1度の祭りはとても大きな行事だ。
皆、自然と胸躍る状態になっているのだろう。
歌え、踊れ、飲め、食え、それらは普段本人も気づかない内に溜まっていく不平不満の発散時とも言える。
この村で盗みなりの事件が起こらないのは、皆が魔法に夢中という事もあるが、知らない内に発散ができているからだ。
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王都の方に行くと、良からぬ事をやっている光景をたまに見る事がある、それを思い出すと、この村は平和だなと胸を撫でおろせる。
『準備はできたか?』
ひとしきり村人と挨拶を交わし終えた時、馬車近くに立っていた初老の男性が近寄ってくる。
白髪交じりの髪に、目は閉じているのかと思えるほど細い目、体も細く、いろいろと細い男性はこの村の村長だ。
昔、若い頃は村一番の血制魔法の使い手…なんて言われていたほどの実力者、今では歳には勝てないと血制魔法を使う事はない。
冷たい雰囲気はあるが、根はやさしい人で、婆ちゃん程ではないが良くしてくれた人だ。
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「ええ。買ってくる物もこれで全員から聞いたと思う」
「そうか。聞いていると思うが、今年は魔物の数が多い。外へ狩りに出た者達もいつもより多く魔物と遭遇したそうだ。王都へ通じる街道沿いまで行けば魔物との遭遇もほとんどないとは思うが、気を引き締めよ」
「はい」
「それと、剣を下げているが、魔法の腕は落ちていないだろうな?」
村長の視線が俺の腰に下げられた直剣へと向く。
彼の考え方は俺とは逆、魔法第一の考え方だから、俺が剣を振っている所とか持っている所を見る度に良い顔をしない。
「大丈夫。毎朝魔法戦を仕掛けてくる奴もいるし」
「ふっ。王都の方ではくれぐれも問題を起こさぬように。村の代表という意識を忘れるな」
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「わかってる」
村長の言葉に頷き、その横を通って、俺は馬車へと乗り込む。
屋根付きの荷台に一杯一杯に積み込まれた荷物。
毛皮といった材料系から、木製の小道具品、多種多様な物が所狭しと積まれている。
そんな荷台を見て、一瞬、ジョーゼの…連れてって…て言葉が頭の中に蘇り、乗っていないかを確認しそうになったが、そんな心配の原因…張本人が馬車とは違う場所、門の近くにいる事に、耳に届いた声で気づいた。
姉のヴィーゼに掴まれて動くに動けない状態で、俺の名を呼びつつ手を振っている。
一安心と言わんばかりに、俺は小さく息を吐いた。
気を取り直して、俺は手綱を握り馬車を動かし始める。
後ろからの、行ってらっしゃい…という声を聴き、ヴィーゼとジョーゼが2人して左手を振ってくるのを見て、その手首の存在に気付き、俺も左手で振り返す。
もう一度、贈られた手首飾りをしている事を2人に見せて、俺は王都に向けて村を出た。
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