第二話…「買い出しと休日」【2】


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「すごい緊張具合だな」

「だ、大丈夫だよ、大丈夫」

 ここに来た時と食事中の時とは打って変わって、ヴィーゼは排炎祭を意識してしまい、しゃべり方までぎこちなくなっている。

「今回の排炎祭は、杭の方に行くのは何人だっけ?」

 昨日まで排炎祭の事などすっかり忘れていた俺、今年の祭に参加する人間が何人いるのかパッと頭に出てこなかった。

「今年は15になる連中がいつもより多かったと思うが、確かヴィーゼちゃんを入れて4~5人だったかな。それに大人連中を入れで10数人ぐらいだったかな」

「今回はいつもより多いな」


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「ああ、狩りに出てる連中が今年は魔物がいつもより多いって言ってたからな、人数をいつもより増やしたんだと」

「なるほど」

 家主の説明が腑に落ちて、俺は軽く頷く。

 最近、夜に魔物の遠吠えとかがよく聞こえるようになった。

 それはいつもの事として気にしないようにしていたが、その回数や、村の周辺で魔物同士で争った跡がいつもよりも多かったのが少々気がかりであったのは確かだ。

「だとさ、ヴィーゼ。人数が多い分気持ち的に余裕ができるから、そんな緊張する事ないぞ」

「そ、そうかな」

 俺の力を分けられるなら分けてやりたいが、魔法でもそんな事は出来ない。


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 できたとしても、それはヴィーゼのためにならないから、やる訳にはいかないか。

 俺は少しでも励みになればと、ポンポンと頭を軽くたたくように手を乗せた。

 最初は驚くような表情を見せてから、彼女はすぐに俺に顔が見えないように俯く。

「あ、そうそう。今日帰ってくる途中で村長に会ったんだけどさ」

 そこへ、夕飯の片付けを終えた奥さんが、思い出した事をしゃべりながら近くの椅子に座る。

「王都の方への買い出し、明日にでも行ってほしいって言ってたよ」

「明日だぁ? そりゃまたえらく急な話だな。いつもだったらもう少し先の話だと思うが」

「さっきあんた達も話してたじゃないか。今年は魔物の数も多いって。念には念を入れるって話らしいよ。少しでも戦える人がいてほしいから、買い出しも早めに終わらせてガレスにも、村の警備か杭の方に行ってほしいんだって。だから明日の昼までには馬車を用意するとさ」


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「じ、じゃあ、帰ってきたら、おにぃも杭の方、一緒に来てほしいな」

 奥さんの話を聞いて、人が変わったかのようにテンションの上がるヴィーゼ。

「まぁそうする事もできるかもしれないって話だが…、その辺は村長の考え次第だな」

「え~。じゃあ、村長に頼んでよ~」

「別に構わないけど、そんなに自信が無いのか? お前の魔法の技術なら余裕で合格できると思うが」

「そ…そこは…まぁ…、私も魔法には自信があるけど…」

「なら問題はないだろう。自信持て」

「む~…。そういう事を言ってるんじゃないんだけどな~」

 ヴィーゼは抗議の意味を持ってか、胸元で手をぶんぶんと上下に振った。

「じゃあ、なんだ?」


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「そ…それは~…」

 俺には、ヴィーゼの言わんとしている事が通じていない。

 彼女も言えない理由があるのか、俺が見ると、慌てて視線を反らす。

「鈍い子だねぇ、ガレスは」

「何が?」

「そんなんじゃ嫁さんをもらえないよ?」

「だから、何の話だよ」

「良い歳なんだから、嫁さんをもらえるように、もう少し頑張んなきゃいけないって話だ」

「なんで杭の方に行くかどうかの話から、嫁の話になるんだよ」

「そりゃ~、こんな状態じゃ言いたくもなるさ」


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「意味がわからん」

 少しでも奥さんの話を理解しようとしたが、どうにもその真意が俺にはわからなかった。

「ヴィーゼも、成人するなら、誰かの所へお嫁に行くのを考えなくちゃいけないよ」

「え、わ…私はその…」

 奥さんにそう切り出され、また俯いてしまった。

 その際、こっちを見てきたようにも思えたが、一瞬の出来事だったから実際どうなのかは俺にはわからない。

 とりあえず、顔こそ見えないが今のヴィーゼは耳まで真っ赤になっていた。

『なになに? おにぃ、奥さんもらえなくて泣いてるの?』


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 そこへ、机の下から覗き込むようにして頭を出したジョーゼが会話に入ってくる。

「もらえないも何も、もらおうとしてないだけだ。それに泣いてねぇ。まるで俺が女受けが悪いような言い方をするな」

「大丈夫だって、相手ができなかったらあたしがお嫁になったげるから」

「何言ってんだ。お前が成人すんのは早くて5年後だぞ? その頃には嫁どころか子供だって出来てるっての」

「え~…。そんなのわかんないじゃ~ん」

「だっはっはっ。なんだ、ガレス、なんだかんだ言ってお前も隅に置けねぇじゃねぇか」

「茶化すなよ、おっさん」

「でもまぁ、その調子じゃあ相手には困らなそうで安心だ。うちのなんて鈍感すぎて何年もかけてようやくだったんだから」


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「ちょ、母ちゃんそれは言っちゃだめだって」

「何さ、本当の事だろうに」

「だけどよぉ」

 2人のやり取りに思わず笑みがこぼれ、それと同時に嫁とか相手とか、その事を頭の中を何回も過る。

 今の生活に満足しているけど、そういう事を考えてこなかった訳じゃない。

 村にいる家族とか夫婦とかそういう人達、目の前の2人を含めて仲睦まじく生活しているのをずっと見てきて、うらやましいと思った事が無いと言えば嘘になる。

 満足しているとはいえ、1人で生活していると孤独というものを感じる時があるからだ。

 しかしそれを求める事をしなかったのは、諦めているから、俺には縁のない事だ…と内心で思っていた事が原因の1つになっているだろう。


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 そしてその感情が、孤独から相手を求める感情も封じ込めているのかもしれない。

「いっその事、祭の宴会の席で夫婦になっちまったらどうだい?」

「俺が? 誰とだよ?」

「・・・」

バシッ。

「いった…」

 無言で奥さんに頭をはたかれる。

「鈍感にも程があるよ。ね~? ヴィーゼ」

「え!? わ、私? 私は…、その…」

 視線を泳がせて口ごもるヴィーゼに奥さんは小さなため息を吐きながら苦笑いを浮かべる。

「まったくあんた達は。2人して苦労しそうだ」


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 その言葉に縮こまるヴィーゼと、奥さんの言いたい事を理解できない俺。

 そんな2人を見てか、奥さんはまたため息をつくのだった。


 夜が更け、時間を忘れて長居をしていた事に気付く。

 遊び疲れ、魔法の練習疲れ、とにかく限界を迎えたジョーゼが、うとうとと船をこぎ始めた頃、ようやく俺とヴィーゼは帰路に着いた。

 俺はジョーゼをおんぶして、横を歩くヴィーゼの歩幅に合わせ、両手の塞がった俺の代わりに彼女の手に灯した魔法の光球が暗い帰り道を照らす。

 家まではあっという間で、だからなのかお互いに話をすることはなく、虫の鳴き声と、俺たちの足音、そしてジョーゼの寝息だけが耳に届いた。

 彼女たちの家は、俺の家へ続く道がある門の近くにある。


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 俺にとって一番近いご近所様、関係が親密な理由の1つだ

 家に着き、明かりの灯った家へと入っていく。

 中には椅子に座りながら裁縫をするヴィーゼ達の母親がおり、こちらに気付くと、裁縫の手を止めて立ち上がる。

「お母さん、帰ってたんだね」

「ええ。ついさっき帰ってきたところよ」

 そう言って、我が子に微笑みかける姿は、聖女か何かかと思えるほどに輝いて見えた。

 そして、俺がおんぶしている少女の存在に気付くと微笑みが困ったような笑みに変わる。

「ガレスも、いつも手間をかけますね」

「いいって、いつもの事だ」


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 俺も、彼女の顔を見ていた事を少しでも悟らせないよう意識を後ろへと集中し、少し揺すってジョーゼを起こそうとするが、その眠りは思いのほか深く無駄に終わった。

「いいですよ、ガレス。その子、一回寝てしまうとなかなか起きませんから」

 母親は長い赤髪を右肩に掛けるようにまとめて後ろから前に流すと、背中を向けて少ししゃがむ。

 その意図に気付いた俺は、何も言わずに小さな眠り姫を起こさないよう、ゆっくりと俺の背中から母親の背中へと移した。

「いつも申し訳ありません。ジョーゼは何か迷惑をかけていませんか?」

 娘が落ちないようにしっかりとおんぶをして母親は俺の方へと向き直る。

「大丈夫。なんだかんだ言ってジョーゼの魔法の上達を見ているのは楽しいから」


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「そう? ならいいのだけど」

「じゃあ俺はこれで」

「ええ。明日から大変だろうけど、頑張ってくださいね」

「姉さんも祭りの準備頑張って。こっちも、まぁぼちぼち頑張る」

「おにぃ」

「ん?」

「えっと…、その…」

 もじもじと体を動かしながら、ヴィーゼは視線を泳がすが、すぐにそんな様子は消えて首を横に振る。

「ううん、やっぱ何でもない。おにぃ、また明日ね」

「そうか? じゃあ、また明日な」


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 姉さんの背中で気持ちよさそうに眠るジョーゼの頭を軽く撫でてから、ヴィーゼが何を言おうとしたのか気になりつつも、彼女に対して軽く手を振り、俺は今度こそ自分の家への帰路に着いた。

「…ヒノ…カムイノミ…キヤイ…タマ…カラ…」

 ヴィーゼ達の家を出て、村から出る柵を抜ける時、呪文を唱えて手の平に拳ほどの大きさの光る球体を出現させる。

 この村では夜間の明かりとして一番使われている魔法だ。

 ただ光るだけの球で、火事が起こる事も無ければ、水の中でも消える事はない、魔力量を調整すれば、その持続時間も変化させられる。

 暗い帰り道、聞こえてくるのは、風で揺れる草木の音、そして遠くから響いてくる動物か魔物かの遠吠えだ。


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 いつもなら、こんな暗くなるまで帰らないという事が無いから、多少の違和感がある。

 だからなのか、普段より音に敏感になっている自分がいた。

 ガサガサッとひと際大きな音がして、自然と俺の体は音のした方を向く。

 怖い…という感情はない、あるのは身の危険があるかどうかだ。

 光球を出した手を伸ばし、音がした方を照らす。

 しかし、そこには何もおかしなモノは無く、風になびく草がゆらゆらと揺れているだけだった。

 状況が状況だ。

 魔物が網を掻い潜って村に近寄ってきていたら大変な事になる。

 俺は光球を音がした方へいくつも投げて、脅威が無い事を確認していく。


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 最初に投げた光球の魔力が無くなり光を失うまで、光を頼りに草に潜む何かを探し出そうと目を凝らしたが、結果何も見つける事が出来ず、その後も最初の気配…音も聞こえる事はなかった。

「・・・」

 自分の思い過ごしと結論を付けて、俺は足を帰路へと戻す。

 家についてからも、俺は眠る事はなかった。

 祭りの買い出し、急な事に準備が終わっていなかったからだ。

 もう少しで排炎祭だからと、適当にまとめてはいたが、まだまだ終わりは見えていなかった。

 買わなければいけない物は1つではないし、何種類も買ってほしいという家もある。


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 それにまだ何が欲しいのか言ってきていない家もあるのが現状だ。

 買う物を一覧にまとめ、まだ買ってきてほしい物を言ってきていない人たちをまとめ、俺自身が持っていく物で忘れ物が無いかを確認して…と長い夜も体感的には半分を優に過ぎた頃、現状でできる事をすべて終わらせる。

 夏季が迫っているものの、冷えた空気が体を覚まし、わずかに鼻水が出かけてくるのを、熱めのお茶をすすって紛らわせ、俺は寝床に入った。

 村を出発するのは昼、今日は仕事もないから買い出しに備えて、普段やっている素振りも今日はやめて体を休めよう…なんて考えから、緩んだ姿勢が俺を二度寝三度寝と深くもない浅い眠りに誘う。

 それは、誰かがゆさゆさと肩を揺すってきても、寸で所で目を覚ますのを防ぎ、俺自身の夢の世界から抜け出す力を奪っていた。


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