第一話…「小さな村の魔法使いと一国の騎士」【3】


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 一応、今回の任務は、魔物魔人の駆除ではなく、周辺地域の定期的な警備巡回だ。

 その任務の中に魔物魔人の駆除が入っているという話で、大まかな流れは日数と経路を決めて巡回するモノ。

 そして今日がその警備巡回の最終日だった。

 隊長として、誰もケガをせずに終える事が出来たのは、何よりもうれしいく思う。

 しかし、封印の杭による魔物魔人の活性化は、問題ないとは言い難く、今回の巡回は10日間の予定で動き、数の違いこそあれど魔物達と遭遇しなかった日は無かった。

 普段だったら、日数の半分でも遭遇すれば多いといえるほど、そのためこの時期は危険が多くて気が気ではない。

 私は軽くため息をつき、書き上げた報告書に封をして鞄へしまう。


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 これでその日最後の仕事である報告書の製作は終わり、作業道具をしまって、私は良い匂いのする方へと歩いていった。

 鍋の中には、お芋とトマトが入ったスープがぐつぐつと煮込まれ、フライパンの上では塩漬けにされていた鶏肉が踊っている。

「お姫様、お腹がすきましたか?」

「ええ。任務も終盤となると、疲労も溜まってきているから、いつも以上にペコペコ」

「もう少し待っていてくださいませ。まだお肉が中まで焼けていませんので」

「うん」

「でも、スープなら味見ついでに口にしても構わないわ。いくら夏季に近づいているとはいえ、夜は冷えるもの」

「ありがとう」

 スープの入った大き目のコップを両手で持ち、少しだけ口に含む。


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 程よい酸味と塩気、それは疲労の溜まった体には、絶妙な癒しだ。

『お~。旨そうな匂いだな。』

 テントを張り終えたレッツォが、腹が減ったと言わんばかりにお腹をさすりながら歩いてくる。

「ええ。美味しいですよ」

「当たり前、あたしが作っているのだから不味い訳がないわ」

「へいへい。我が隊の料理長殿には感謝ですわな」

 若干棒読み気味で話しつつ、レッツォが私の隣に座る。

「そうですね。任務でキャンプを張る事が多いから助かります」

「まぁこういう時はな。いつでも慣れ親しんだ味が食えるのは良い事だ」

「それは遠回しに、いつものあたしの料理では飽きる…とでも言いたいのかしら?」

「いやいや、慣れ親しんだ味は重要な料理の要素だ。旨ければいいが、いつもと違う料理で不味いもんでも出された日にゃ~、士気もダダ下がりで何もやる気になれねぇ。いつも決まった出来のモノが出てくるってのは、それだけで安心するって話だ」


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「そ、そうかしら」

 焚火の火だけが、この空間を灯す明かりで、見逃しそうになったけれど、今のレッツォの言葉にドルチェが頬を染めた。

「そうさ、この美味さは格別。死ぬ前にもう一度食いたい飯ってやつだな」

「ん…むぅ…」

 レッツォの言葉はドルチェを褒めちぎり、彼女もまたまんざらでもなさそうに、その気恥ずかしさを隠すように、鍋の中を覗き込みながら視線を反らした。

 2人のやり取りは、隊長として、友人として、見ていて微笑ましい。

 関係が良好な証だ。

「では、張り切って王都に帰った後も美味しい料理を作らせていただくわ!」

「おう! じゃんじゃん作れ作れ!」

「ふふ」


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 そんな光景は仕事の疲れを癒してくれる薬となる。

 夕食を終え、交代で見張りを立てながら、長いようで短いような星の光が空を彩る夜が終わっていった。


 腐人を燃やす火が周囲に飛び火しないようにドルチェに魔法をかけてもらい、私たちは王都への帰路につく。

 王都へ続く主要な道を進み、日が昇ってすぐ、街を出た行商の馬車が何台も私たちの横を通り過ぎる。

 ある者は軽く会釈をし、またある者は、今回は良い商売ができたと私たちに笑顔を向けた。

 その姿を見れば、私たちのやっている事が無駄ではないと実感ができ、それが次の仕事へと背中を押してくれる。


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 私は会釈をしてくれる者、挨拶をしてくれる者、全てに微笑みを浮かべてすれ違う時に言葉を送った。

 王都が近くなるにつれて、すれ違う馬車の量も増えていく。

 祭が近い事もあってか、その数も普段の倍近くになっている。

「人が多いな」

「お祭りが近いですから。商人の人達も書き入れ時なのでしょう」

「祭ねぇ」

 私の隣を進むレッツォは顎に手を当てる。

「隊長は今回の祭、どうするんだ?」

「特に決めていません。何も予定が入らなければ、いつものようにお父様たちに顔を見せに行く事になるでしょう。できる事なら、騎士として警備などの仕事をしたいのですが…」


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「そりゃ~無理だろうなぁ。戦争のないこんな時代、人目に付きやすいこういった祭りでの警備ってのは、上の連中にとっちゃ大事な成果稼ぎだ。警備の枠は満員御礼で、これ以上増やせば多くなり過ぎて、あの連中じゃ頭が破裂しちまう。今回の休暇も、いつも通り上から直々に休めって通達が来てるんだろ?」

「それは…、そうですが」

「まぁ上が休めって言ってんだから、休まな損ってやつさ。てなわけで…予定がないなら、自分とどっか呑みにでも行かな…」

『ダメっ!』

パァンッ!

「いったぁ!?」

 レッツォの言葉を遮るように、後ろからドルチェの声が聞こえたかと思えば、今度は平手で肌を叩いたかのような良い音が鳴り響き、それと同時にレッツォは自身の後頭部を手で押さえて叫んだ。


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 何をやったか、それは聞かずともわかる。

 おそらく、ドルチェが彼の頭に魔法を当てたのだ。

「止めるにしてもやり方ってもんがあんだろ!? そんな軽々と魔法を使ってんじゃねぇっ!?」

 ドルチェの体格では、馬に乗って、さらに前を行くレッツォに対して、何かをするには魔法を使わなければ。

 それに、これは私にとっては聞き慣れた音で、レッツォにとってもやられ慣れた事、それは1つのこの隊での伝統というか日常行事のような出来事だ。

『あなたは甲人で体が丈夫、そもそも子供に使ったって怪我をしないレベルの魔法の出力だから大丈夫』

「そういう問題じゃねぇっての」

 2人の言い争いを音楽代わりに進み、太陽が真上に来る前には王都に付く事ができた。


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 サドフォークは平地が多い国、王都もまたそういう場所に建てられている。

 そしてそんな平地でも外敵からの侵入を防ぐために、王都を囲うように巨大な城壁が建てられ、その周りには大きな堀を作り、川から引かれた水も流されている。

 防御という面で、地の利を生かしづらい平野にできた都ではあるが、その防御力の高さは折り紙付きだ。

 大きな跳ね橋を渡り、城壁を抜けて、都の中に入る。

 道中すれ違った商人たちと同じように、私たちの姿を見つけた民達が手を振りながら笑顔を向けてくれる。

 それに答えつつ、乗ってきた馬を降り、後をドルチェたちに任せて、私は騎士団本部の方へと向かった。

 本部は都の中心区にある。

 この国以外にも大陸にはいくつか国は存在するけど、どの国も封印の杭を中心に国や街が大きくなっていった。


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 それはサドフォークも例外ではなく、この都の中心には封印の杭が地面に突き刺さり、今でも健在だ。

 しばらく歩き続け、開けた場所に出ると、その空間の中心には見上げるだけで首が痛くなるほどの、大きな縦に伸びた封印の杭がある。

 杭と呼ばれているけど、その大きさや見た目から、もはやただの巨岩といった感じだ。

 私はそんな杭を横目に進む。

 ここは中心なだけあって、王都で一番賑わう場所であり、商店などもここに集中している。

 この中心区に伸びる大きな道は、一方は私たちが先ほど通った城門へ続き、もう一方はこの国の主の住む城へと続く。

 本来の身分はともかく、現状一騎士である私では、その城へと続く道を仕事でもない限り進む事はないだろう。


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 私は城へと続く道、その先にある城を一瞥して、騎士団本部の門の前に立つ。

 店が多く並ぶ中で、騎士団本部だけが他とは違う雰囲気を放っている。

 門番に挨拶をして、中へと入ると、他と同じように、この時期は人が多く行きかい、人が動くという事は警備の形も変わるという事で、警備の騎士の数も多いように見えた。

 そういった普段とは違う様相を見せる本部、建物の中に入り、恒例の報告をするべく、慣れた足取りで建物内を進み、見慣れた扉を叩く。

『入れ』

 返ってくる声はやる気もなく、とりあえず返事をしましたと言わんばかりのモノ。

 いつもの事ではあるけれど、そのやる気もない言葉にため息をつく。

「失礼します」

 気を取り直し、一呼吸を置いてから扉を開ける。


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 中には、無駄に立派な髭を生やし、太く腹の肥えた中年の男性が1人、そしてそのお世話をする長身で細身の初老の男性が1人。

 やや広めの部屋の壁には、これでもかと言わんばかりに動物の剥製が飾られ、そういった光景が好きではない私は、扉を開けただけでその空間の居心地の悪さを感じ取る。

 仕事の報告ため、この部屋には何回も来ているはずなのに未だに慣れない。

「第6遊撃部隊、任を終えた事を報告します」

「そうか」

「こちら報告書になります」

 持っていた荷物から昨晩書いた報告書を取り出し、上司の机に置く。

 上司こと「ポルコレ総隊長」

 総隊長は、騎士団にある複数の小隊をまとめる職、彼の所に私達の隊は配属されている。


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 私は見た事はないが、彼は昔、騎士団の中でも上位に入るかどうかの剣の腕を持っていたのだとか。

 どの噂も過去形なのが気になる所ではあるけど、それを本人に聞ける訳もなく、私の中では、強いだろう上司…という位置になっている。

「お疲れさん」

 置かれた報告書を隣に控えた初老の男性に渡し、自分の手を見て爪を研ぎ始める。

「どうした? 他に用事でもあんのか? 無ければもう下がっていいぞ」

 時間としては職務中のはずなのに、そんな様子を一切見せず、彼は気だるそうに爪を研ぎ続ける。

「いえ、お話したい事が…。先日の件なのですが、やはり祭事には我々も警備の任に付きたいと…」

「その話ねぇ。決定事項だよ。そっちがどうしたいかは関係ない」


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「ですが…」

「野盗やら魔物連中しか騒ぎを起こさないこの世の中で、警備ばかり増やした所で無駄だ」

「しかし、待機指示ですらないのはいささか納得が。それに問題が少ないとはいえ、事が起きてからでは遅い、何事にも万全を期し、民の平和を守るのが騎士団の務めだと」

「お前の考えなどどうでもいい。何を言おうが、これから祭が終わるまでの間、君達の隊は完全に任から離れ、休暇を取る。これは決定事項だ。それに何も君たちにだけこんな命令を出している訳ではない。私は日ごろから多くの任務を熟している隊に等しく休暇を取らせている。それはこれを期に十二分に英気を養ってもらうための私からの配慮だ。それに、すでに計画は上に通してある。今から私が、言う事を聞けない部下のために計画の訂正などしに行けば、自分の部下もまとめられないと恥をかく事になってしまう。お前は優秀な人材だ。しかし優秀だからこそ自分の考えだけで動いてはいけないと理解してくれたまえ」


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 爪を研ぐ事をやめず、説得をするつもりがあるのかないのか、彼はもっともらしい事を長々と並べる。

「それにお前はカヴリエーレ家の名を背負う身、行き過ぎたわがままは、お前だけではなく、御家の名も汚す事になるぞ?」

「それは…」

「わかったなら、もう行け。祭事の警備は他の隊に任せて、お前は…そうだな、田舎にでも旅行に行くと良い。見分を広める良い機会になるだろう」

「・・・はい。総隊長、無理を言って申し訳ありませんでした」

 私は深く頭を下げて、部屋を後にする。


「はぁ…」


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 本部を出た後、ついつい我慢できずに深いため息がこぼれた。

『カヴリエーレ隊長、ポルコレ総隊長は今日もいつも通りの調子で?』

 そんな状態の私に声をかけてきたのは、本部の門を守る門番だった。

「あの人が上司だと、さすがのカヴリエーレ隊長も苦労するみたいですね」

「いえ、あの人も見えない所では真面目にやっている、私はそう信じていますので」

「はっは。やはりカヴリエーレ隊長はお優しい方だ。お引止めして申し訳ありません。帰り道、お気を付けて。ブレンニーダー様の加護があらんことを」

「ええ、あなたも、お仕事頑張ってください」

 頭を下げる門番に対して、軽く手を振って、私は騎士団本部を後にした。



 この騎士として任務に着けなかった事が、全ての始まりだった。


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