第一話…「小さな村の魔法使いと一国の騎士」【2】
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プセロアから北に行けば行くほど平原が多く、山の少ない国サドフォーク。
その王都「オースコフ」の近くの平原にて…。
太陽が沈みかけ、空を赤く染める夕暮れ時、頭から足の先まで防護した白銀の鎧が赤く染まる。
「「ドルチェ」、明かりを」
「お任せください、「お姫様」。…ミズノ…カムイノミ…シュターク…キヤイ…カラ…っ!」
世界が夜に飲み込まれて行く中、私は自分の後ろに立つ子供のように小さい…耳の尖った少女へと指示を出す。
少女は、うれしそうでもあり、誇らしげでもある自信に満ちた表情を浮かべ、手を星が光る空へと向ける。
手の平が眩い光を放ち、光が空高く飛ばすと、それが弾け、辺り一帯を昼間のように照らしだした。
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「ありがとう、ドルチェ」
自分の視線の先には、無数の蠢く何かがいる。
空へと打ち上げられた明かりが、その何かの姿をはっきりととらえた。
私は直剣を抜き、左手に付けられた盾に不備が無いかを再度確認してから、深く深呼吸をする。
「・・・「レッツォ」、行けます?」
「当然。いつでも」
私の問いかけに自分の得物を手に出てくる男。
手に持つ得物は、全長1メートルほどで長細いモノ、その大半を筒状の棒が占め、持ち手の人差し指が掛かる部分に引き金が付いている。
「それ、ほんとに使うの?」
「悪いかい? こういう時じゃねぇと、生きたモノを的にできねぇからな」
「悪いというか、試作段階と言っていたから…。何かあったら心配です」
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「ははっ、心配なんざいらねぇよ、隊長。コイツが完成するまで、俺の本職は拳、使えないとわかったらすぐやめるさ」
「そう。じゃあその言葉、信用します。ドルチェも、油断しないでくださいね」
「大丈夫よ、お姫様」
「うん。じゃあ行きます」
剣を落とさない様にとしっかりとその手で握り、その蠢く何かに向かって私は走り出す。
隣を男が並走し、後ろでは少女が自身の魔力を地面に放って、そこから大男程の大きさをした岩の人間を作り出し、自分の守護を命令する。
アアアアァァァァーーーーッ!
そして蠢いていたモノが、こちらの存在に気付くと、頭にガンガンと響く奇声を上げた。
私事「アリエス・カヴリエーレ」は、サドフォークにて国を守護する騎士団に属し、そのの中で1つの小隊を仕切る隊長だ。
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ドルチェ事「ドルチェ・ストレガ」は、我が隊の重要な援護役、杖魔法を主体とし、発声魔法と「使役魔法」も使える頼もしい子で、子供ではなく小人種という小さい種族、見た目は小さいけれど、ちゃんとした成人女性、淡い茶色の長髪を後ろで三つ編みにした髪型で、魔法使いとして隊に貢献してくれている他、料理が上手で我が隊の料理長でもある。
レッツォ事「レッツォ・バイネッタ」は、我が隊の頼れる突撃兵であり、隊員の武器と防具の管理、調整、作成と…道具全般の管理をしてくれている鍛冶屋のような存在、赤髪で掻き揚げられた前髪に頭の両側を刈り上げた髪型、左頬から左耳…額近くにまで入れられたタトゥーが特徴で、それが原因で周りの人から怖く見られがち、実際そんな事はなく、とても親切で明るい人だ。
彼は「甲人種」と呼ばれる種族で、特徴として手と足、両方の指が鋭い爪と鱗と甲殻に覆われている。
国を守る騎士団の現在の主な役割は国内の治安維持や、王都の周辺や国内にある村周辺の「魔物」や「魔人」の駆除。
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変わってしまった動物が魔物、変わってしまった人が魔人で、邪神竜との戦いが昔話やおとぎ話になった今でも、彼らは存在し、動物や人を襲っている。
今、私の視線の先で奇声を上げながら走ってくる存在、蠢いていたモノは魔人、皮膚は溶け、人の形をした何か…になってしまった者達。
魔人の中でも酷く醜いその姿、名を「腐人(ふびと)」と言い、生き物の魔力を好み、相手を殺してそれを吸い尽す。
死者をちゃんとした形で埋葬しない場合に、死体に魔力が宿って腐人化する事が多く、人知れず死んでしまった人、外的要因で死んでしまった人、誰からも供養される事のない人がいつの時代にも存在し、その発生元は様々で未だ腐人がいなくなる様子は無い。
移動範囲が狭いため、生息地に近づかなければ遭遇する事はないけれど、今は街に魔物や魔人がいつも以上に集まりやすい時期、移動範囲が狭いこの腐人達も移動し、そして集まった結果がコレだ。
一見するだけで、その数は10は超えるだろう。
腐人の動きは至極単純、動けるならばいつまでも獲物に襲い掛かる。
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戦略も、戦術も、何ひとつなく、理性もない。
跳びかかってきた腐人を盾で叩き落し、地面に落ちた所を剣で首を刎ねる。
腐人は魔力を動力に動く、だから足が無くなろうが腕が無くなろうが関係はない。
倒す方法は1つ、その体を傷付ける事で魔力を抜く、そうすればいずれただの屍に戻る。
名前の通り、腐っている者が多いので、体自体は脆く、人間でいう所の致死レベルに持っていけば確実に倒せる。
そして体が脆い分、致命傷は与えやすい。
迫り来る腐人を盾で弾き返し、別の方向から迫ってくる腐人の頭へ剣を振り下ろす。
脆くなった頭蓋骨を砕き、深々とその頭部へ剣を減り込ませ、腐人を蹴り飛ばして無理やり剣を引き抜くと、次の腐人を上半身と下半身で2つに分けた。
襲い掛かる腐人の攻撃を軽々とかわし、俺ことレッツォはその腐人の頭へと自分の得物を突き立てる。
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引き金を引くと、1秒も経過しない内に筒の中から半透明で親指程の球体が撃ち出され、腐人の頭に穴を空けながら後ろへと吹き飛ばす。
次に襲ってきた相手の腹に蹴りを入れ、体が前かがみになった所を、拳で地面に叩き付け、その次は思い切り蹴り飛ばす事で処理をする。
俺の開発した武器「魔筒(まつつ)」は、魔力で作られた弾を撃ち出すモノだ。
魔力を使用しているが、使用者が魔法使いだったり、それらの知識を持っていなくても使用できる。
言うなれば杖魔法をさらに簡易化させたもので、「これからの時代に必要不可欠な代物だ」…と、俺はいつも隊長達に力説をしている。
しかし、残念ながらそれがいつになるかはわからない。
少し離れた位置にいる腐人、距離にして10メートルは超えているだろうか…、それに向かって魔筒の引き金を引くが、相手は軽くよろめく程度で弾が当たっても構わず突っ込んでくる。
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「はぁ…」
軽くため息をついて、本来持つべき持ち手から手を放し、筒の先を掴んで、迫る腐人に向けて力いっぱい振り切り、頭部と胴体が別れを告げて、遠くへと頭が飛んでいった。
岩人間に肩車をしてもらう形で乗り、あたしことドルチェは寄ってくる腐人に向かって、手に持った30センチ程の杖で作り出す魔力弾をぶつけて応戦をする。
迫る魔人体の攻撃に、対処しきれない場合でも、岩人間が敵を蹴り飛ばしてくれるおかげであたしに敵の攻撃が届く事は無かった。
自分はそれでいいとしても、お姫様の事が心配だからと、常に視界の隅に置いて戦闘を続けている。
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高々と跳び上がって襲ってくる相手にも、恐れる事無く、かつ冷静に魔法を当てていき、落ちてきた腐人を岩人間が容赦なく踏みつぶす。
あたしが撃っている魔力弾自体に腐人を倒す程の威力はない。
あくまで妨害や一時的に行動不能にできる程度だ。
腐人を倒すだけの攻撃ができない訳じゃないけど、あくまであたしは隊の補助役として、相手の妨害を主にに戦う。
使いたい時に魔力が無くなっては意味がないからだ。
そして、死角からお姫様に襲い掛かろうとする腐人に、飛び切りキツい魔力弾をぶつけると、動きを封じるどころか当たった箇所を吹き飛ばす。
「ありがとう、ドルチェ」
お礼というごく普通の事ながら、お姫様から贈られる感謝の言葉に、顔の筋肉が緩んでだらしのない表情を浮かべる。
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「はっ!? とんでもない、お姫様の為ならば地の果て海の果てですからっ!」
そんな表情にすぐに気づき、我に返ってからその気恥ずかしさを消し去る様ため、いつもよりも強い魔力弾を腐人にお見舞いしていった。
最後の腐人の胸に剣を突き刺して、残りは後片付けをすれば任務完了という所まで来た。
「ふぅ…」
仕事がひと段落し、息抜きのできる時間が出来たと、私はフルフェイスの兜を脱ぎ、汗ばんで頬に付いたミディアムヘアの金髪を耳へと掛ける。
「お姫様、これで汗を」
そう言って、ドルチェが持ってきた手拭いを渡してくれる。
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「ありがとう」
私は顔の汗を拭きながら、レッツォが行っている作業を眺めた。
動かなくなった腐人を一か所に集めているそれは、二度と腐人にならない様にするため、死者を弔うための行為。
本当なら、もっとちゃんとした形で一人一人を供養してあげたい所だけど、それをやっていたらいつ終わるかわからなくなってしまう。
だから、最低限の事だけを済ませて、後をそれらの専門家に任せる事になっている。
やる事は本当に最低限、とにかく死体を燃やす事だ。
骨とかが残るが、死体のままよりは腐人になる可能性が少ないし、なったとしても普通の腐人よりも脆く、動く事すらもままならない状態になる。
「多くて嫌になりますわね、魔物とか魔人とか」
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レッツォが死体を集めるその様子を見ながら、さっきまで戦っていた腐人の事を思い出して、ドルチェは不服の色が籠った言葉を洩らした。
王都にある封印の杭、邪神竜を封印する力となっているソレが魔力を集め始める時期、その予兆が起き始めた結果、杭に集まっていく魔力を求めて、魔物や魔人が王都の方へ近づいていく。
腐人は移動範囲が狭い事で知られているけど、この時期では話が別で、日が落ちては移動し、日が昇れば影のある場所で動かなくなる。
王都周辺や、それ以外の街や、村周辺では、定期的に魔物や魔人を退治していて、今私達がいる場所もその範囲内、本当なら魔物も魔人も多くなく、腐人なんている事自体が普通はおかしい場所だ。
この状況は仕方ないとは言え、ドルチェの言いたい事も分かる。
「確かに最近はいつも以上に多い…気がしますね」
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「・・・話によれば、他の封印の杭の方も魔力の吸収時期になっていて、だから余計にサドフォークに魔物とかが集まってるのかもしれないって」
「あ~、もうそんな時期ですか」
「でも、あたし達の仕事もこれでひと段落、国の方も兵を出して魔物退治に出るし、お姫様もそれに付いて行かず、ちゃんと休みを取ってくださいまし」
「うん。できるかぎりそうします」
「つきましてはこのドルチェ・ストレガ、お姫様が十分な休息を取れるよう、細心の注意を払い、お世話をする所存」
「でも、それだとドルチェが休めないんじゃ…」
「あたしの事はどうでもいいの。というか、あたしとしてはお姫様のお世話をする事が心休まる時で、楽しい時間だから、お姫様もあたしの事は気にせず休暇を満喫していいの」
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「そ、そう?」
ドルチェは献身的に私の世話をしてくれている。
別に私が何かをした訳でもないし、小さい頃から仕えてくれている訳でもない。
この隊が出来た時からの仲間という意味ではレッツォよりも特別な子と言えなくもないけど、それが私に仕えてくれる理由にはならないだろう。
まぁ悪い子でもないし、料理が上手で魔法にも長けた我が隊には欠かせない仲間だから、私の世話をしたいという彼女の好意を無下にする訳にも行かず、いつも何だかんだやってもらっている状態だ。
『ドルチェ、死体を集め終わった。火を頼む』
「ええ。今行くわ」
そう言って、ドルチェは面倒くさそうな表情を見せつつも、レッツォの方へと歩いてく。
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私もその後ろを付いて行き、腐人になってしまった亡骸達をもう一度しっかりと見る。
国に仕える騎士として、民を守る兵士として、彼らのような魔人を倒す責任があるけど、彼らも元は人間で…、恐らくこのサドフォークの民だった者達。
理由はどうであれ、命を落とした事に変わりはない。
私は手を組み、彼らの安らかな眠りを…、そして、サドフォークを守護する「竜神・ブレンニーダー」様の加護によって傷つき、汚れた魂の救済を…、願う。
「…ミズノ…カムイノミ…アペアリ…カラ…」
ドルチェは人差し指を伸ばして呪文を唱える。
すると、小さな火の玉が発生し、それを腐人が積み上げられた下にある木材へと飛ばす。
ゆっくりと、小さな火は大きくなって、やがて炎に変わり、激しく燃え上がる、その炎が腐人達を包み込んだ。
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その光景を見届け、すぐにでも王都に帰り後処理をしたい所だけど、あいにく太陽が沈んで辺りは真っ暗。
急いでいる時でもない限り、夜道を進む事には問題が多すぎる。
そして、急いでいる訳ではない私達は、近くの水場で野宿をする事となった。
魔物や魔人が活発化する時間帯であり、それに加えて封印の杭の件、周囲を警戒する必要があるから朝までゆっくり…なんて事は出来ない。
夕食がてらにフライパンと鍋を取り出して料理をし始めるドルチェに、仮眠用に簡易小型テントを設置するレッツォ、そして私は上に渡す報告書の作成。
私のやっている事を横に置いておけば、友達とキャンプにでも来たかのような光景で、仕事の事を忘れられたら、これはこれで悪くないのに…と思う。
この状況をより楽しもうと、私は手元にある仕事に手を付け続ける。
報告書といっても、大それたモノを書く訳でもなく、駆除した魔人やら魔物の種類とその数、駆除した場所等を書き込んでいくだけだ。
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